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【御礼小話】縁は異なもの味なもの 2

例によって『』は時間軸が過去となっています。





「お連れしました、王太子殿下」


畏まったアルが執務室の扉を叩く。その背後には、きっちりと背筋を伸ばして立つ「彼女」がいるだろう。


「入れ」


アルは彼女をまるでエスコートするようにソファに誘導する。彼女は、ソフィ・オルスターは、そんなアルの対応に一瞬顔をこわばらせ、ちらりと俺の方を見た。


「…アル、お前は下がっていろ」


「ヤだね」


アルは即答した。ソフィの意を汲んでやったたいうのにアルは気にもせず、どかりと彼女の隣に腰掛ける。


…私が何も言わないのをいいことに、妙にガンを飛ばしてくるのはいただけないが。


「…王太子殿下」


ソフィが榛色の瞳を真っ直ぐに向け「申し上げても構いませんか」と切り出す。何を、とは言わなくても伝わる。しかし、というかやはりソフィの隣に座ったアルはすぐさま目くじらを立てた。


「おいフィニ…、本気だったのかよ…!?」


「この計画はソフィなしでは動いてないはずだが?」


「…くそっ」


ガシガシと髪をかきむしって、アルは脱力する。

ラルム侯爵らに対する王家の疑いを確信に変えたのはアルだ。


数々の夜会を渡り歩き、侯爵たちの令嬢にさり気なく近付いた。そして、そこから集めた小さな情報を繋ぎ合わせる。


言葉で言うのは簡単だが、とてつもなく気の遠くなるような作業だ。そんなアルのおかげで芋づる式に関係者が洗い出され、報告書としてまとめると分厚い辞書のようになってしまった。「多すぎる!!」とアルが悲鳴をあげていたは記憶に新しいところではある。


だが、今回の「ソフィ・オルスターを“風通し”に使う」という計画はアルだけに詳細が伝わっていない。




…理由は明確だ。



「お前さぁ、これがどれだけ危ない橋だったか分かってんの?無事だったから良かったものを……」


「ちょっと黙って下さい、アルフリード様」


「…この向こう見ず鉄砲娘」


「アルフリード様は私の保護者か何かですか?」


「は!?ちげぇよ!」


「では、黙っていて下さいね」



アルがソフィのことを気にかけているから、だ。





『…アルには、このことを伝えない方が良いと思います』


『それが妥当だと思う。…あいつ、あの調子だからな』


早速、シルヴィアの護衛兼侍女として執務室にやってきたソフィに絡でいたアル。先ほどまで唸りながら向かい合っていた報告書は放り出されている。仕事中のソフィは社交辞令を除き、全くと言っていいほどアルに興味を示さない。

しかし、最近は軟化しつつあるようで軽い会話ならこなすようになった。そして、相変わらず態度と口は悪いが楽しそうに話すアル。それはアルの大きすぎる無自覚の好意と言ってもよいもので、他人の感情に敏感なシルヴィアは面白そうに見守っていた。


…シルヴィアのそんなところを、少しは自分の方に向けて欲しいところではあるが。





「私の所感を率直に申し上げますと、あの屋敷はおかしいです」


ソフィらしい、無駄なものを一切なくした言葉は聞いていて清々しい。シルヴィアが彼女を重宝する理由が分かる気がする。


「……侯爵が雇い入れた、いえ、屋敷に閉じ込めた彼女たちが着せられていた服は…その、とても働く侍女のものではありませんでした。何より、彼女たちは侯爵の“所有物”であるかのように扱われ、尊厳を奪われている状態でした」


一呼吸おいて、俯いたソフィはぐっと唇を噛む。


「私は苦しむ彼女たちに何もできませんでした。きっと、何か出来たはずなのに…」


ソフィは主人に恵まれている。それを自覚しているからこその言葉だった。


「それは、」


「……お前がそんなことを思いつめることないだろ」


ソフィが背負うものではない、と言おうとしたところにアルがボソリとつぶやく。ゆるゆると顔を上げたソフィに視線をしっかりと合わせたアルは続けた。


「これは俺らの問題だし、巻き込まれただけのお前が抱え込む必要はどこにもない。それに、恵まれてると感じてるお前が『助けられなかった』って言うのは筋違いなはずなんじゃねぇの?…そうだろ、フィニ」


言葉は荒いが、聞いていてた私が驚くほど優しい声。最後にアルから目を逸らしたのは、どうしてなのか…。私にはそれが少しだけわかる気がした。


「アルの言う通りだ、ソフィ。君が必要以上に心を痛めることはない。…ところで、君はシルヴィアから何か聞いているか?」


「いいえ…、特に何も聞いていません。まさかシルヴィア様に何か…?」


途端に顔色を変えたソフィは深刻な表情で俺に詰め寄ってくる。アルから殺気が飛んできているが、触らぬ神に祟りなし、だ。


「いや、そういうことではない。…だが、君には知っておいて欲しいことがある」


「…私に、ですか」


「ああ」


“風通し”には関係のないことだとソフィは理解した。が、アルは「次の任務じゃねぇよな?」と見当違いなことで俺を睨む。



「私は、シルヴィアを王太子妃として迎えるつもりだ」


「? 存知上げておりますが…」


…ソフィは今、何といっただろうか。聞き間違いでない限り、「存知上げております」というように聞こえたのだが。


……。


「…アル。どういうことだ」


たっぷり10秒間続いた沈黙の間、押し殺した声でその「犯人」の名を呼んだ。王太子妃に関することは私の“意向”として両親やごく僅かな側近にしか伝えていない。そのはずが、なぜだかソフィに漏れている。


…消去法でも条件に当てはまるのは1人しかいない。


「アルフリード」


「…不可抗力ってやつじゃダメですかね…?」


不可抗力か、と復唱すると、アルはソフィに助けを止める視線を送る。


「……アルフリード様からはそれとなく聞き及びました。ですが、殿下のシルヴィア様へのお心遣いを拝見して私がいつか“そう”なるのではないかと思っていたのです。…まぁ、ヒヤヒヤすることも多々ありましたけれど」


さらっと、ぐさっと、ソフィは耳に痛いことを言う。その言葉は、まるでチクチクと小さな針を刺されているように感じた。


「…シルヴィア様はずっとあの調子ですし、このままだと殿下とシルヴィア様は独身でいらっしゃるのではと危惧しておりました」


ブハッとアルが笑いをこらえきれずに噴き出し、「独身…!独身って…!」と腹を抱えて笑い出した。「笑い事ではありません」と大真面目な顔でアルを諭すソフィも、心なしか表情は柔らかい。


「…心配させてすまなかったな」


私がぶっきらぼうにそう言うと、ソフィは目を丸くした。


「申し訳ありません。そんなつもりでは…」


あわあわと慌てるソフィも珍しい。そんな顔もするのだな、と妙に感心していると「殿下ーー!」と近衛騎士が部屋へ飛び込んできた。


「フォード公爵令嬢が…!ラルム侯爵の手によって姿を消してしまわれました…!!」


飛び込んできた大の男である近衛の泣きそうな声や、視線で人を殺せそうな目をしたソフィ。そしてなにより手の中にあったペンを折った私。


三者三様、というにはかなり混沌とした状況で、「これは…血祭りだな」というつぶやきをもらしたアルの声は誰にも届いてないなかった。







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