【御礼小話】縁は異なもの味なもの 1
ブックマーク&ポイント評価ありがとうございます!蛇足として書いていたモノをアップしたいと思います。時系列は本編完結後です。
私の名前はシルヴィア・フォード。
これでも一応は筆頭貴族の令嬢をしている。
ところで、私の周りが最近とても面白いことになってきた。
…あー、先に申し上げておけば、私は全く面白くない。
何故なら、最近王宮から“お茶会”と称して呼び出しを受け続けているからだ。しかも王妃さま直々に。これは、いくらフォード公爵家といえど断れるシロモノではない。
かといって決して無理な話でもないが、私と王太子殿下が懇意にしているということで、妃候補に名が挙げられてしまった。第二王子の婚約者だった私を、と思ったのだけれど、そこはあまり関係がないらしい。たぶん、私がルーク王子をあんな公衆の面前で叩きつぶし…追い詰めたことが要因だろう。
何はともあれ、私は「いつになったら招待状が届くのが終わるのかしら」と密かに思っている。
…いや、もうソフィあたりにはバレてるだろう。
私の自慢の侍女兼親友は、一緒にいる時間が誰よりも長い。私のことなんて手に取るようにわかるのだから。
いつものようにフォード公爵家の黒と白の侍女服を隙なく身に纏ったソフィが、見事な手つきでティーセットを並べていく。あっという間に並べられたそれらを手に取り、私は一口飲んだ。
もちろん、向かい側に座るお客様にこれが害のないものであることを示すために。
「どうぞお召し上がりになって下さいませ、ラルム侯爵さま」
にっこりと微笑むことも忘れない。私が何もできない小娘、と思っている侯爵はそんなことを気にせずに一気に紅茶を煽ったけれど。
「とても美味しゅうございます、フォード公爵令嬢」
「あら…、お褒めの言葉ならそこの侍女にかけてくださいね」
無言で頭を下げたソフィをじっくりと見つめたラルム侯爵は、今度はその丸い顔の肉を上に持ち上げてにんまりと笑った。
「…ほぅ、お若いのに大変優秀ですなあ」
私のは最高に美味しいけれど、ラルム侯爵が口にしているものは、茶葉の美味しさが保たれるギリギリの温度のものだ。ソフィ曰く『どうせ美味しさなんて感じていないでしょうから』と。あくまでも、チクチクと嫌がらせをするソフィは素知らぬ顔で私の後ろに立っている。…私の侍女さんコワイ。
「いやいや、お恥ずかしい話、私の屋敷で侍女が不足しておりましてな。優秀な使用人を探しておるのですよ」
つまり、ラルム侯爵はソフィを欲しがっているということか。
情報通りの展開に、私は内心舌をまく。
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『…シルヴィア、君の侍女を今度の“風通し”に使っても構わないか?』
フィルニアス、いや、フィニにそう言われたのは約1ヶ月前。王妃さまのお茶会に呼ばれて、その帰りに王太子の執務室に呼び出された時のこと。
『…まっとうな理由を聞かないと納得しないですよ』
私には、ソフィや仕えてくれる人の安全を守る義務がある。それが私のエゴであることもわかっているけれど。
『ラルム侯爵一派に例の件の加担容疑が浮上した。我々王家はこれを看過できないものとみなし、彼らを粛清及び処罰する』
フィニの声は凛として、王の声そのものだった。元は王族だったとはいえ、臣下の血筋である私は自然と背中が伸びる。
『奴らは10代の少女たちを集め、侯爵家の屋敷で働かせているらしい。…無論、手当も何もない。彼女たちの家族には「家出をする」と書かせ、強制的に労働させている。人権も何もない、ただの腐った貴族どもだ』
『そこに“餌”として私の侍女を送り込み、囮作戦を敢行する…。そういうことでよろしいのですか?』
察しがよすぎるだろう、とため息を吐いたフィニがばさりと大きな資料を机の上に置く。見てみろ、と言うように示されたそれを手に取って開けると容疑の掛かっている貴族が事細かに記載されていた。
…ああ、この人はお父様も「怪しい」から気をつけろ、って言ってた。そういえばこの家のご令嬢は何かと羽振りが良くなったし、裏で何かあったのかと思ったら出処はここだったのか。
なるほどなるほど、といった具合に納得していると不意に疑問が湧く。というか、青くなった。
これって国家機密じゃないか、と。
『…私などに、見せても構わないのですか?』
私は王太子妃候補とはいえ、ただの候補の娘に見せてもいいシロモノではない。
『は…?』
『私、部外者でしょう?』
『いや、シルヴィアは…。…これだとはっきり言わない俺が悪いのか…』
フィニが項垂れるようにして頭を抱えている。本当に珍しい、とニヤニヤしているとジロリと睨まれた。おおコワイ。
『……とにかく。これは多くの貴族令嬢にも関わってくることだ。シルヴィアにはそれをまとめてほしいのと、君の侍女のソフィ・オルスターを使うことを公爵家に了承して欲しい』
また無意味に笑顔を振りまかなくてはいけないのか…。
いや、大丈夫なんだけど…、キツイんだよ、あれ…。
ずーん、と沈む気持ちとよりも、フィニが私を信用してくれることが嬉しい。
こういうの、何て言うんだったか…。
『…ご命令のままに、フィルニアス殿下』
こうして私はこの懸案に関わることになった。
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…という事情もあって、最近の私は忙しい。先程は「面白くない」と言ったけれど、段々やる気になってきているため、とても面白くなってきている。
「この子は我が家の侍女ですので、それはご遠慮させていただきます」
きっぱりと断ると、あからさまに肩を落とすラルム侯爵。そもそも、公爵家から侍女を貰い受けるという考え自体がおかしいけれど。
「…あぁ、でも」
妥協策を口にしようとしたところで、バァン!と扉が荒々しく開いた。
ビクッと肩を揺らしたラルム侯爵は熱々の紅茶を自分の膝の上にぶちまけた。情けない悲鳴をあげてテーブルの上のナプキンをひったくっている。
ソフィは即座に侵入者の類と受け取って私を背にかばってくれていた。
…しかし。
扉の向こう立っていたのはいつも整えている黒の髪を乱し、荒々しく息を繰り返す見知った顔だった。
アルフリード・ラフォート。
フィニの側近の一人で、ラフォート伯爵家の三男、近衛騎士団にも在籍する現役の騎士。
彼は扉の近くに座るラルム侯爵を一瞥し、ついでに私を睨みつけた。アルの「何してくれてんだコノヤロウ」とでも言いたげな視線には、口角を上げて嫌みたらしく笑いかける。言いたいことはあるが、ぐっとこらえた。その間にも、ソフィがそっと手にしかけていた暗器らしきものをスカートの中に収める。
「……ごきげんよう、アルフリードさま。殿下からのお遣いですか?」
見知った人物とはいえ、公爵令嬢の仮面をかぶる。ある意味、フィニや王家の政敵とも言えるラルム侯爵の前で、近衛騎士団に所属し側近でもある人物と親しげに話すのは良くないと判断したからだ。
「…ええ、フォード公爵令嬢」
その真意を、アルは正しく理解していた。さすがというか、野生のカンというか、なんというか…。
「それで、どういったご用件です?私、ラルム侯爵と面会中でしたのよ」
「それは失礼をいたしました。殿下からの急なお遣いでしたので、礼節を欠いたようです」
…いけしゃあしゃあと。
私は内心で毒付いた。
本当はそんなこと思ってもいないくせに、と。
「…私はいま手が離せませんの。ソフィに代行してもらうことになりますけれど、構いませんか?」
ソフィは「やめて下さい」と目で訴えている。がしかし、今は気にすることができない。ええ、とアルは頷いた。
そして、私はソフィに向き直る。
さぁ、最終兵器だ。
「ということでソフィ。行ってきてね?」