感覚的な時間単位
さて、例として日本語で考えます。
普通に話す場合、「あ」「い」「う」「え」「お」とか、「か」「け」「こ」とか、「し」、「ま」、「ゆ」、「わ」とか、そういう一つの音は、おおまかに一つ一つが100ms.程度の継続長を持っています。1/10秒程度です。まぁ、音にもより、実際には80ms.とかだったりしますが。今はそのあたりはどうでもいいのできりがいいところで100ms.と考えます。
これは、人間が声を出すメカニズムから、だいたいその程度の時間が必要だと言えます。肺からの息が声帯を押し開けたり閉まったりするのにかかる時間、顎を開けたり閉じたりするのにかかる時間、舌を前後や上下に動かす時間、唇を開けたり横に引き伸ばしたりして形を作る時間、あと口の奥の方にある軟口蓋を開いたり閉じたりするのにかかる時間、そういうのが合わさって、だいたいそれくらいの時間が必要になります。早口言葉が遊びになるのは、それらの制御が困難だからという面もあるかなと思います。
たまに、無茶苦茶早口で話す人がいます。以前、ある会社に電話したときにはたまたまそういう人が電話に出て、「はい、XXです」と言ったときに言っているはずの会社名すら聞きとれなかったことがあります。「番号を間違えたか?」と思い、3回くらいかけなおしてしまいました。そういう無茶苦茶早口の人は、ある種の障害を持っている場合もあるのですが。
さて、無茶苦茶早口で話された場合、なぜ聞き取れなくなるのでしょうか? 聞き手が想定している「これくらいの早さ」というモデルのようなものからあまりにも離れているために、聞き取りそのものがコケるというのも理由の一つです。そしてもう一つの理由は、口の形とかがきちんとある音を出すような形になっておらず、話している人はある音を出しているつもりであっても、実はその音になっていないというものです。
ところで、「生命と非生命のあいだ(アシモフの科学エッセイ<4>)」, (アイザック・アシモフ (山高 昭 訳), 早川書房, 1978.)に、「21 われら”中間型生物”」と「22 誰かそこにいますか?」というエッセイがあります。21の方は、シリーズの1巻目(だったと思う)にも同じようなエッセイがあったと思います。22の方にはこういう一節があります。
『だが、それらの惑星のうち、どれだけが知性ある生物を宿しているのだろう?』
生物は化学進化の結果として、条件さえ揃えばまず間違いなく発生すると思います。今のところ、たぶん地球型(水-蛋白)の生物が想定されていると思いますが、「21 〜」のように他のものもありえるのかもしれません。どのような形態にせよ、いずれは光(特にレーザー)や電波を使うかもしれません。そうすれば、恒星の間のあまりにも離れた距離に起因する時間の制限があるため、ただ「ここに私たちはいる」という独り言を発信するだけかもしれません。ですが、受け取る側が一定の技術の段階に達すれば、それを聞くことはできるでしょう。これで、他の知性、あるいは文化圏の存在を知ることができます。
いや、本当にそうでしょうか? 「龍の卵」という作品があります。この作品では、中性子星の上に暮らす知的生物が現れます。その生物にとっての時間単位は、人間にとっては極めて短いものです。アジモフの方に書かれている例は、そこまで極端な違いはないと思います。ですが感覚的な時間単位は違うかもしれません。その生物が存在する環境の温度や、その生物を構成する物質の性質そのものによって、人間における感覚的な時間単位と、その生物のそれとは大きく異なっているということはないでしょうか。
先に声の場合を例に挙げたので、別の例を挙げてみます。たとえば、人が打ったり聞いたりするモールス信号は、人間が打てて聞けるような時間単位にもとづいて用いられます。モールス信号を計算機が処理するのであれば、人間における感覚的な時間単位とは異なる時間単位でも送受信できます。モールス信号というのが古いと思われるのであれば、普通のwifiルータとかとPCとの通信でも構いません。
人間の場合、温度的に中間にあるため(と言っていいと思いますが)、計算機に制御させて様々な感覚的な時間単位で信号を打てますし、聞けます。そして計算機が聞いた結果を人間にわかりやすいように提示させることもできます。計算機と言っても、これまたこの環境の温度に依存した存在です。温度が低かったり高かったりする場合には、ケイ素などを用いた半導体そのものを使えない場合もあります。ケイ素を使うにしても温度が低すぎて、速く動作できないとか、あまりに低すぎて超伝導状態で無茶苦茶速く動作するとかということもあるかもしれません。
計算機を使うにせよ使わないにせよ、人間の感覚的な時間単位とあまりにかけ離れた時間単位に基づいた信号を受信した場合、人間はそれがそもそも信号だと知ることができるのでしょうか? たとえば、「こんにちは」という一言を言うのに、一年や十年かかるような信号を受信したとして、それが「こんにちは」であると知ることができるのでしょか。あるいは、モールス信号で相手が信号を送ってきたとして(いや、宇宙人がモールス信号で送ってるとは思いませんが)、例えば短点が人間の一年に、長点が人間の三年にあたるような場合、人間はそれを見つけられるのでしょうか? 見付けられるとしても、最低の条件として、長い観測が必要です。このように感覚的な時間単位が違う生物がいたとして、彼らが出した信号を聞いたとして、人間は「信号を見つけた」と思えるでしょうか? あるいは、そもそもその信号を発見できるのでしょうか。
個人blog(移行中)にて、こう書いたことがあります。
『電磁波の利用技術はどんどん進歩していますよね。おおざっぱに言っても、「アナログ→デジタル→時分割→スペクトル拡散」となってるわけですよね。
でも、これを考えてみるに、電磁波の利用技術が高度化するほど、そのデコードは難しくなっているのではないでしょうか。スペクトル拡散になっちゃうと、同じ拡散符号を利用しないと元の信号が復元できないわけですからね。』
このような技術的な問題以前に、その生物や、その生物が使う道具の環境による影響、つまりそれらにとっての感覚的な時間単位というようなものが影響するという可能性はないでしょうか。
他の場所から送られている信号が見つからない理由として、そもそも宇宙人はいないと考えるのが簡単です。まぁ宇宙は広いのでタイミングという面倒な問題がありますが。ですが、技術の違いに加え、おそらくは環境の温度にもとづく感覚的な時間幅という単純な問題があるのかもしれません。
なんとなく思うこととしては、それでも見つけられないというのは考えにくいようには思いますが。