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 ひたりと据えられた視線。

 目に力があるというのは、この方のことを言うのだろう。

 その視線を受け止めるには力がいる。

 主に胆力といわれるものだ。

 見つめられるだけで、何か情報を引き出されているのではないかと思う恐怖心と戦い続けなければならない。

 だが、逆に開き直ってしまえば楽だ。

 どれだけ知られようが、私は私だ。

 私の行動を決めるのは、私自身でなければならない。

 だから、何を知られようが構わない、と。

 真っ直ぐにその目を見返せば、柔らかく眇められる。

 そうして驚いたことにご隠居は深く頭を下げられた。

「すまなかった」

 ただ一言。

 それだけの謝罪だが、込められた想いは伝わる。

「顔を上げてください。もう済んだことです」

 諏訪家の誰からもらった謝罪よりも、この一言の方が重い。

 この謝罪を受けて、怒りを持続できる人間はそれほどいないだろう。

 だから、ご隠居は前面に出なかったのだろう。

 ご自分が与える影響力というものをよく御存じの方だ。

 怒りの矛先が己の子や孫に向かうとわかっていても、それが正当なものだと思えばあえて遮ろうなどと思わなかったのかもしれない。

「そう言えるのは、瑞姫ちゃんが生きていてくれたからこそだ。今だからこそ言うが、瑞姫ちゃんにもしものことがあれば、孫どもの命じゃ釣り合わねぇから俺の首出そうと思ってた」

「おじいさまっ!?」

「やめてください。老い先短いご隠居の命頂いたところで私は生き返ったりしないんですから。無駄に命を散らすなんて、冗談じゃない」

 顔を顰めて答えれば、ご隠居は声を上げて笑い出す。

「さすが、こいつの孫だけある。俺に老い先短いなんてぬかすのは、瑞姫ちゃんぐらいだな」

「私に比べれば短いのは事実です! そして、誰の命もいらない」

「そうだな。俺が悪かった」

 肩を揺らし、苦笑したご隠居は、困ったような表情を浮かべる。

「まあ、これは一度きちんと謝罪しておかないとと思ってたからなぁ。ホント、不詳の孫どももそうだが、息子と娘夫婦も迷惑かけちまって」

「孫については謝罪は受け取りますが、イイ年した中年に対する責任までご隠居が引き受けることはないかと。成人するまで、確かに親が責任を持たねばなりませんが、結婚して子供を育てている年代になってまで、その子供の責任を親が取る必要性はまったく感じませんが? むしろ、その年になっても親に責任を取ってもらうなんて恥を知れと言いますよ、私」

「うわぁ……ぐっさりきちゃったよ。俺の硝子のハートが粉々に砕けそう。情けなくて申し訳ないってカンジだわ」

 がっくりと肩を落とすご隠居を見やり、諏訪が固まっている。

 随分と長い間、ご隠居とはお会いしていなかったが、相変わらずな方だと思ってしまう反面、諏訪たちはこんな顔を見たことなかったのだろうと推測してしまう。

 冗談と無茶無鉄砲に破天荒を練り込んで、悪戯心をコーティングして焼き上げたら、きっとこんな人になるに違いないというのがご隠居なのだが、知らなかったのだろう。

 これを大器と呼ぶのなら、絶対に大器にならなくていいと思わせる方だ。

「これ言っちゃったら、完全に砕かれるな。完膚なきまでに叩き壊されそう」

 言いたくなさそうにご隠居の視線が彷徨う。

「早く言え。見当はついておるわ」

 御祖父様がウンザリした様子で促す。

「うわっ! 厭なジジイだな」

「おまえもジジイだろうが!」

 高齢者同士の擦り合いが始まりそうな気配に、溜息を吐く。

「……本題に入るのではなかったのでしょうか?」

 指摘すれば、老人組が固まる。

「もしかして、瑞姫ちゃんも見当ついちゃってる?」

「はい」

「うん、ごめん」

 深々と溜息を吐いたご隠居は、情けなさそうに笑うと、ソファの背もたれに背を預ける。

「ムシのいい話で申し訳ない」

「やはりそうでしたか。諏訪、おめでとうと言った方がいいか?」

「あっ……いや」

 先程からまともに会話に加われずにいた諏訪が、慌てて首を横に振る。

 そうだろうな。

 めでたいことではあるが、実際、めでたくはない。

「次の誕生日は、来月だったか? そこで17歳にして家督を譲り受け、当主に座るのだろう?」

「知っていたのか!?」

「見当がついていると言っただろう? 君がご隠居の許へ行ったと言っていたから、ご隠居なら必ず近いうちにそう動くだろうと思った」

「斗織は駄目だ。伊織が生まれたから家督を譲ってくれと言われて、まあ、こっちもそろそろ引退してぇなと思っていたから譲ったけどよ、なっちゃいねぇ。女房の尻に敷かれるのは家の中のことだけで、それ以外で口出しさせるのは家長じゃねえからな」

「諏訪家が斗織様の代で潰れようが構わないと思っていらしたのでは?」

 今までの態度からすると、諏訪家を大きくしたけれど、それを維持することにそれほどまでのこだわりを持っていらっしゃるようには見受けられなかった。

「潰すなら、潰し方ってぇもんがある。潰れてもいいが、あの女房のせいで潰すのはいただけねぇ」

 不満そうに告げる方は、私の言葉を全く否定しないどころか肯定した。

 そうか、あれほど大きな家を潰すことに否やがないのか。

「それで、ご隠居が後見に立つと仰るのですね? それを相良に黙認しろと」

「その通りだ」

 あっさりと認めたご隠居は、私と御祖父様を眺める。

「儂は構わんよ。誰が当主になろうと他家のことじゃ。相良には関係ないの」

「家長の言葉に従います。他家の事情に興味はありません」

 御祖父様がのんびりとした口調で答え、それに私が同意する。

「……なんだよ。全部、バレバレ?」

 御祖父様と私の言葉からご隠居はある程度のことを察したようだ。

 顔を引き攣らせながら、ぎこちない笑みを浮かべる。

「諏訪の誕生パーティを欠席しろと仰ろうとしていることでしょうか?」

「うわあ……バレてるーっ!! しかも、かなりお怒り?」

「律子様が、私をパーティに招待して、うっかり出席したら、息子の婚約者ですと発表しようと画策しているということですか?」

「うっわー! 笑顔が怖い!! しかもバレてるし。どんだけ阿保だよ、息子の嫁は」

「ちなみに、近いうちに律子様自ら、私をどこかの宝飾店へ誘い、エンゲージリングを押し付けようと計画中であるということくらい、情報は掴んでいますよ」

「マジか!!」

 調べてくれたのは、千瑛だけど。

 そのことは諏訪も知らなかったらしく、目を瞠って驚いている。

「うわぁ……うちのがいなくてよかったわ。これ知ったら、激怒して嫁を締めるぞ」

「大刀自様……」

 諏訪のおばあさまに関しては、あまり記憶がないが、楚々とした日本美人であったような気がする。

 間違っても激怒して息子の嫁を締め上げるような御無体を働くような女性ではなかったはずだ。

 まさかと思って顔を顰めれば、ご隠居が首を横に振る。

「騙されちゃいけねぇ。うちのは見た目で得するタイプでな、俺よりも手が早い」

 真顔で言うご隠居の言葉に、御祖父様がうんうんと首を縦に振って頷いている。

「ま、とりあえず、そこまでバレてるんだったら、嫁が何言ってきても無視してくれ」

「それができれば、そうしますが。もちろん、パーティの方は欠席させていただきます」

 直接来られたら、無視できずに誘いに乗るほかない。

 そのことを仄めかせば、ご隠居は渋い表情になる。

「本当にすまねぇな」

 あのバカ息子とぼやくご隠居に肩をすくめて見せた私は、とりあえずの問題が浮き彫りにされたことに溜息を吐きたくなった。

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