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久々に夢の中。
気が付いたら、目の前でソファに腰かけ寛ぐ瑞姫さんの姿があった。
「久しぶりだね、瑞姫」
優しい笑顔の人は、私と同じ顔をしているとは思えないほど大人びていてカッコいい。
「お久し振りです」
「そんなところに立ってないで、座るといい。ティーセットもあるし、お茶でも飲みながらってとこかな」
くすくすと笑いながらテーブルを示す瑞姫さん。
「あ。ホントだ。いつの間に……」
「ここで味覚があるのかとか、空腹感が満たされるのかとか、疑問に思うところだけどね。まあ、いいや、何でも」
テーブルの上に乗ったティーセットを眺めていれば、瑞姫さんが笑いながら言う。
こういうところ、似てるなぁと思うと、少し嬉しくなる。
いそいそとソファに座り、ティーポットを手にしようとすれば、私を制した瑞姫さんがポットを手に取り、紅茶を淹れてくれた。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
にこにこと笑う瑞姫さんに勧められ、カップを手にし、そっと一口。
「美味しい。味覚、ありますね」
美味しいと感じたことが嬉しくて、そう言えば、よかったねと微笑んでくれる。
ほっこりと和んだところで、何を話そうかと悩みだす。
聞いてほしいことは沢山ある。
聞きたいことも、もちろんだ。
どれから整理して話すべきかと考えていれば、瑞姫さんの方が話題を振ってくれた。
「由美子さまは、残念だったね」
「はい。誉が予想以上にショックを受けてました。多分、ショックが大きすぎて自分の感情を感じ取れなくなっているというか、麻痺しちゃっているというか……」
「うん、そんなカンジだった。ゲーム進行で行くとね、由美子さまは秋頃に亡くなられるはずだったんだ。設定よりかなり早い展開だ。まあ、現実とゲームが一緒のわけがないから、それに振り回されるのもどうかとは思うけれどね」
少しばかり沈んだ表情で瑞姫さんが言う。
「秋頃と、夏前……確かに早い」
「東條凛が、誉と親しければ、葬儀に参列して誉を慰めるっていうイベントになるんだけれど。それ以前だったね」
「はあ。彼女、まだ課題が終わってないようです」
「………………」
私の言葉に、瑞姫さんは視線を逸らし、無言を貫く。
コメントはないが、言いたいことは言葉にするよりも遥かに伝わる。
癇癪起こして真面目に課題に取り組んでないんだろうな。
教科書をよく読めば、大体のヒントは書いてあるのに。
頭の良し悪しじゃなくて、真面目に取り組もうと思うか否かの問題だ。
「まあ、この調子じゃ、学期末のテストも赤だろうね。その時点で彼女の望むストーリーは断たれるってことに気付けばいいけれど」
まず無理だろうという言葉がその言葉の裏から読み取れる。
私は彼女が努力できない人間だとは思わない。
毎日、私を探すために隣の教室へ通っていた人だ。
普通であれば、一度行っていなかったら諦めるだろう。
ところが毎日通っていたのだ。
だから、私は彼女が努力できない人ではないと思う、ただ、努力する方向性が著しく間違っているだけなのだ。
そう言えば、瑞姫さんは『確かにね』と笑ってくれた。
瑞姫さんと話すことは、本当に飽きないというか、勉強になるというか。
興味が尽きないことばかりだ。
私が聞きたいことに対しての答えも、直接わかりやすく説明して答えてくれる時もあれば、自分で考えるようにとヒントしかくれない時もある。
まるで学校の先生のようだと言えば、『新人研修の手伝いをしたことがあるからだよ』と教えてくれた。
会社の新人研修は、自分で答えを導き出すことから始まるらしい。
どの会社もそうだというわけではなく、瑞姫さんが所属していたところはそうだったということだ。
会社か。
八雲兄上から時々様子を聞くことがあるけれど、私には実に謎な場所だ。
私も時期が来れば、足を踏み入れる場所なのだろう。
その時まで楽しみに待っていよう。
「でも、この時期に瑞姫と入れ替わることができて良かったよ」
ふと、瑞姫さんがそんなことを言い出した。
「瑞姫の身体が成長しきる前で良かった」
「え?」
どういうことだろう?
思わず瑞姫さんをまっすぐ見つめて首を傾げれば、ちょっと苦い笑みが返ってきた。
「だってね。12歳の女の子が、成長しきったナイスバディな身体に戻ってきたら、違和感感じて自分の身体じゃないような気がして拒絶反応起こしちゃうかもしれないだろう?」
「あ……そう言えば、そうかも」
この身体に戻ってきて最初の頃、視線の高さに違和感を感じた。
だけど、それはすぐに治まった。
事故の前はちょうど身長が伸びかけの頃で、気が付いたら目線の位置が変わっていて身長が伸びてたんだなと思ってた頃だったから、いきなり高くなっていても、『ああ、身長がここまで伸びたんだな』としか思わなかった。
体形は、悲しいと思うべきか、あの頃とそこまで変わっていないような気がしていたから、そこまで違和感を感じなかったんだ。
まあ、よくよく見れば、もちろん変わっていたんだけど。
戻って来た当初に、すでに姉上たちみたいなプロポーションだったら、絶対に自分の身体じゃないって思ってただろう。
それを言えば、確かに瑞姫さんの言うとおりだ。
「瑞姫の身体は、成長が遅れている。これは、事故の傷のせいだと言っても過言じゃない。茉莉姉上も仰っていたからね。傷の回復期と安定期、それに身体の成長期が交互に来るんだそうだ。この間までが安定期で、また回復期に入る。その後に安定期が来るか、身体の成長期が来るかのどちらかだろう。違和感を感じずに身体の成長に心がついていければ何の問題も起こらないからね」
「そう、ですね」
回復期か。
ケロイドの所がむずむずと時々むず痒くなるのは、そのせいなのかもしれないな。
たまに掻き毟りたくなるほど痒くなって困るのだ。
掻いちゃ駄目だ! と、自分に言い聞かせなきゃいけないので、実に戸惑うのだ。
だって、何で痒くなるのかよくわからなかったから。
ついうっかりケロイドに手が伸びかけると、疾風が慌てて止めてくれるので助かっている。
まあ、痒いからって、かゆみ止めの薬を塗るわけにもいかないけれど。
「ああ、そうそう。これから梅雨に入って、体調を崩しやすくなるから気を付けて。少しでも申告が遅くなれば、疾風が怖いから」
「えっ!? そっち!?」
気を付けるのが、体調不良じゃなくて疾風への申告なんだ。
「だって、疾風、ものすごーっく! 怖いんだよ。何で少しでも気になった時に言わないんだっ! って、目を吊り上げてね」
「うわぁ……予想がつくだけに恐ろしい」
「でしょう!? 実際、想像するよりも遥かに恐ろしいんだ」
ぷるぷるとわざとらしく震えてみせる瑞姫さんに、どれだけ疾風の地雷を踏みぬいたのか、ちょっと興味が湧いてしまった。
でも、聞いてはいけないことだとわかっている。
聞いたら最後、私が泣き叫びそうだ。
「雨が降るとか、天候が大きく変わる前、じくじくと古傷が痛むんだ。気圧の関係らしい。よくわからないけど」
感覚の問題だから説明しづらいのか、少しばかり困ったような表情で瑞姫さんが説明してくれる。
「アレは本当に不快なんだ。派手に痛いのなら、何とかなるんだけど。鈍~く! 地味~っに、疼くように痛いんだよ。そしてたまにぎゅーっと痛くなる。これは、気圧が急激に変わるときみたいだ。鈍い痛みだから、何となく、何とかなるんじゃないかなって思って申告せずにいたら、動けなくなるほど痛くなって疾風にしこたま怒られたことがあってねー……あの時思ったよ。些細なことでも疾風には正直に言っておかないと、降臨した般若と対峙しないといけなくなるんなら絶対に速攻で言ってやるって」
「……般若、ですか……」
鬼女の面を思い浮かべ、あの壮絶な表情に恐怖を覚える。
基本的に、疾風は静かに怒るタイプだが、私に対しては瞬間的にがっと感情を見せて怒るのだ。
自分が悪いとわかっていても、反発したくなる時がある。
そういう時に疾風が、がっつりと怒るのだ。
あれを般若というのは、実にもって正しいと言えるだろう。
しかも、怒っていてもというか、怒っているからこそなのかもしれないが、疾風の怒り方は感情に任せてではなく、理詰めでこんこんと説教しながら怒るのだ。
感情を見せても感情任せではないところがとても恐ろしい。
理詰めでこちらの反論を見事に封じてくれるので、実にきつい。
だから、毎回思うのだ。もう二度と、疾風を怒らせるまい、と。
そう決心しても何度も怒らせてしまうところが成長できてないというか、何処に地雷があるのかいまだに把握できていない未熟さゆえか。
瑞姫さんですら疾風を怒らせているのだから、私が怒らせても仕方がないと思う。
「まあ、いいか。で、済ませちゃ駄目だからね! 疾風に関しては、それは般若の予感なんだから!」
「肝に銘じます!」
素直に瑞姫さんの言葉に従い、頷く。
経験者の言葉は実に重い。
ふと気づけば、周囲がきらきらと淡く輝きを放っていた。
「ああ、もうじき目覚めるんだね」
その光に気付いた瑞姫さんがゆったりと笑う。
「もっと、お話したい」
「うん。また今度ね」
私の我儘を、我儘と窘めずに次回にと受け流す。
こういうところが、瑞姫さんが大人なんだと思うところだ。
また次があると、私に教えてくれることで、安心して目覚めるようにと促してくれるのだ。
「約束ですよ」
「わかった。約束だね」
目を細め、柔らかく笑う瑞姫さん。
まだ眠らずに起きていてくれるんだと安堵して、私は光に身を委ねた。
更新しようとして、なかなかネットに繋がらずに焦りました。
どうやら周辺でアクセスが集中して繋がりにくい状況に陥っていたもよう。
物理的に設定を見直した貴重な時間を返してほしいとちょっと思いました。




