89 (島津斉昭視点)
島津斉昭視点
島津家の三男として生まれた俺は、何もかも中途半端な存在だった。
物心ついたときには、一族の悲願とやらを押し付けられ、叩き込まれていた。
ひとつは、血を絶やさぬこと。
何でも、本家の血を何度か絶やし、今、本家と言われている俺たちは、分家筋の子孫だというわけだ。
なので子供は多い方がいい。
特に女は一族総出で可愛がられる。
何故なら、女は政治的道具として有効活用できるからだ。
俺が生まれたとき、女じゃなくて相当がっかりされたようだ。
今でもその態度は変わらない。
男は2人目までは喜ばれるが、3人目になると何故女じゃなかったのかと思われるらしい。
別にかまわないけどな。
ふたつめは、相良の女を嫁にすることだ。
俺の知る限りでは、相良家の女は確かに美人揃いだ。
本家はもちろん、分家に至るまで、ありとあらゆる系統の美人が揃っている。
本家の娘は3人。
上2人は気性が荒く、到底手出しは無理だと言われている。
最後の1人は、俺と同じ年。
上に比べれば気性は穏やか、そして尤も相良らしい女だと言われている。
兄貴や親父に至るまで、その相良の末娘を狙っている。
ロリコンかよと突っ込みたくなるところだが、あいつはどこか醒めていて大人びている。
同じ年の俺が一番有利だと言われているが、親父達同様相手にされていない。
それでも、そう、俺は、あいつに惚れていた。
島津の家系は、女好きの家系と揶揄されるように、幼い頃からその手解きを受けさせられる。
俺の初体験の相手は、家庭教師をしていた女子大生だった。
中学に入ってすぐの頃、教えてあげると言われて押し倒された。
その女子大生の家庭教師は、親父の愛人の1人だった。
うちではよくある話だ。
知っていて困ることではないため、最初の頃はなされるままだったが、そのうち厭きてきた。
親父のオンナなんて、所詮、金と権力に目が眩んだだけで相手が誰だろうと構わないのだろう。
まあ、金で左右されるならば、後腐れが無くて便利だ。
そう思って遊んでいたころ、思ってもみないことが起こった。
諏訪のやつを庇って、相良瑞姫が重傷を負って入院した。
それは、俺たちにとって大ニュースだった。
半年後、退院した相良は、俺が知っていたやつとは全く違う人間のようだった。
綺麗な顔は以前のまま。
だが、身に纏う男子用の制服のせいか、本当に男のように見えた。
傍に寄せるのは相変わらず岡部だけ。
ゆったりとした動作に隠されたぎこちない動き。
顔以外、全身傷だらけだという噂は、そのいでたちが裏付けしているようだった。
喜んだのは女だけで、男の大半は失望したように思えた。
俺も、傷だらけの女なんて、いくら美人でも嫌だと思い、興味を失った。
そのはずだった。
あれは、中2の夏のことだった。
体育の授業が早めに終わり、着替えを終えて教室に戻る途中のことだった。
妙に落ち込んでいる諏訪を気にした1人が声を掛けたのが発端だったと思う。
「詩織が俺を見てくれない」
何とも馬鹿げた悩みだった。
自分を見ない女なんて必要ないだろう。
そう思うが、からかってやろうという考えが過る。
「女の扱いなんて簡単だろう? 押し倒して、キセイジジツってやつを作ればいいじゃん」
どういう反応が返ってくるか、笑って眺めていたら、意外な反応が返ってきた。
「汚らわしいことを言うな!!」
思っていた以上に潔癖な答えだった。
「えー? だって、惚れてるんだろ? ヤればいいじゃん」
教室の中に入り、そう言いながら机に腰かける。
「冗談じゃないっ!」
今度の拒絶は、嫌悪だった。
あんなに気持ちイイことを嫌がるやつがいることも、俺は知っているが、これは極端だ。
潔癖すぎてそういう行為が嫌なのかと諏訪を見れば、どうやら違うようだ。
「詩織はそういう対象じゃない」
神聖視しすぎているのか、他に理由があるのか、突いてやろうかと思った時だった。
カタンと窓際で音がした。
ぎょっとしてそっちを見れば、相良が立ち上がった音だった。
手には次の授業の道具一式がある。
相良は体育の授業は出席せずに教室で待機が許されていたことを思い出す。
今までの会話を全部聞かれたことに気付き、マジでヤバいとそう思った。
何を言われるかわからない。
糾弾されて仕方がないことを話していたことは事実だ。
だが、相良はゆっくりとした動作で教室を出ていくために歩くだけ。
緊迫した空気の中に閉じ込められた俺達とは違い、あいつを取り巻く空気は涼やかだ。
「……相良……」
誰かがあいつの名前を呼んだ。
その声に反応するかのように、相良がこちらを振り向く。
振り向いたが、その瞳に俺たちの姿は映っていなかった。
見えているだろうが、その扱いは机やいすと一緒のようだ。
その瞳に俺を映し出してほしい。
ふと、そう思った。
そしてぞくりと背筋を這い上がる馴染のある感覚。
あいつを手に入れたい。
俺という存在を刻み込みたい。
今まで感じたことのない欲求だった。
何も意味あるものは見いだせなかったと言いたげな表情で、ふいっと相良の顔が前を向く。
金縛りにあっていたかのような感覚から解き放たれ、ほっとする間もなく俺は諏訪の表情に気付く。
熱に浮かされたような、あるいは酩酊したような表情だった。
何だ、あいつ。
詩織とかいう従姉に惚れてるんじゃなかったのかよ。
惚れてるのは相良の方かよ。
無性にムカついた。
惚れてる女に死なせるような大怪我負わせて、その表情かよ。
絶対に、邪魔しちゃる。
まあ、親父も相良と諏訪の情報を欲しがってたから、チクってやれば喜んで動くだろう。
あいつを手に入れるのは、この俺だ。
ゆっくりとその場を離れ、自分の席に戻る。
次の授業は移動選択だ。
早く行けば、いい席が取れる。
そう思い、俺は教科書とノート、筆記用具を手にすると、相良の後を追うように教室を出た。
運命ってやつは、ままならぬようで、俺はその後、相良と同じクラスになかなかなれなかった。
ようやく同じクラスになれたのは高2になってから。
だけど、その間に邪魔なやつが増えていた。
菅原の双子と在原に橘。
特に橘は俺の敵だ。
気に入った女の子に声を掛ければ、たいていが橘の方がいいとそっぽを向かれる。
そして、最大の敵が相良本人だった。
中性的というのか、男とか女とかいう性別を感じさせない顔立ちに女子にしてはかなりの高身長。
すっきりとした身のこなしに、すっきりしすぎた体形。
女だよな? 本当に、おまえ、女だよな?
そう言いたくなるほどすっきりしすぎている。
性格もすっきりしすぎて男前。
ついたあだ名が『完璧な王子様』だ。
確かに、女が好きそうなタイプだろう。
頭が良くて美形、背も高くて見た目すっきりでフェミニスト。
しかも、優男に見えて文武両道とくりゃ、確かに惚れる。
何で俺、こいつに惚れちゃったんだろう。つか、未だに厭きてないんだろう?
てゆーか、俺の目には王子様が可愛い女に見えてるんだろう。
毎回、不思議に思いながら声を掛けては岡部に床に沈められる。
身動きできないくらいに固められてるけど、かなり手加減されていることは型をキメられてよくわかる。
痛いと言っても本当はそこまで痛くない。
こいつは有段者で練士だと聞いたことがある。
つまりは素手でも人が殺せるやつなんだろう。
しかも、相良が絡めば躊躇いはない。
声を掛ける程度なら構わない。それが不快レベルだと沈められるようだ。
そのあと、風紀委員に連れられて、説教を受けるという一連の流れができてしまった。
そんな時、俺の子を孕んだという女が出て来た。
見れば、1、2回、遊んだことのある女だ。
もとはといえば、親父の愛人候補だった女で、親父のオンナを見て自分じゃ駄目だと思って兄貴に乗り換えようとして拒否られ、俺のところに来たやつだ。
勿論、俺も面倒だからすぐに切ったけど。
相良が手に入れば、他のオンナはいらないが、未だ手に入らないのだからとりあえずは必要だ。
だからと言って、子供ができるようなアホな真似はやらかさない。
教え込まれた時に、そこはきつく言い聞かされたからな。
だから俺に腹違いの弟はいない。
子供を産ませるのは、本妻だけだから。
さて。
こいつの処理は親父と兄貴に任せて、俺はのんびり自宅待機といこうか。
相良の周りをちょろちょろしようとする馬鹿な女もいることだし。
あいつを手に入れるには、まだ時期尚早ってことだ。
どうやってあいつに近付くか。
いろんなパターンを妄想しながら、俺は目を閉じた。
数日前からアレルギーで体調を崩しています。
なかなか回復しないので、しばらくの間、掲載が数日おきになりそうです。
入院だけは避けようと思っているので、しばらくの間、お待たせするかもしれません。
申し訳ありません。