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GW明け。
待ちに待ったこの日がやって来た。
初めてのお土産配りなのです。
以前だったら、長距離移動は駄目だとか、タイトなタイムスケジュールでお土産買う暇がないとか、色々あってお土産を買うということに縁がなかったのだけど。
今回は心行くまでお土産選びをしたとも。
職人さんともじかにお話しする機会ができてちょっと楽しかった。
千瑛や瑞姫さんにもアドバイス貰って、選び抜きました。
教室のあちこちから華やかな笑い声と共にプレゼント交換のようにお土産配りが行われている。
「瑞姫様はどちらに行かれましたの?」
お土産を配っていた子が、私に問いかけてくる。
「ああ、本拠地の方へ戻っていました」
「まあ。それは遠かったのでは?」
「ええそうですね。SLに乗って行きましたしね」
「SL! それは素敵ですわね」
SLという言葉に反応して、あちこちから人が集まってくる。
「あの、石炭で動くという列車ですよね? SLって」
「そうですよ」
「じゃあ、トンネルで窓を開けるというのは、本当ですか!?」
「いえ。窓は開かない仕様になっています。渓谷沿いを通りますので、危険ですから」
トンネルで窓を開けたら、煤が入ってきて、顔が真っ黒になるというお約束のアレか!?
誰だろう、そんなことを教えた人は。
在原とかやってみたいとか言い出しそうだ。
言わなかったけど。
「あちらはとても良いところだと伺っておりますわ」
「ええ。鄙びていてとても良いところですよ。ぜひ、一度お越しください。お土産です」
やっとこの時が来た。
お土産を配るときが!
やー楽しいな。
疾風の生温かい視線が気に食わないが、まあ、よしとしよう。
いそいそと配っていたら、当然のことながら大神にあたる。
「……僕もいただけるのですか?」
意外そうな表情で大神が問いかける。
「ご迷惑ですか?」
瑞姫さん直伝の切り返し。
首を傾げて、ちょっと上目遣い。
相手が背が高いと、上目遣いはやりやすいな。
大神は言葉遊びを仕掛けてくるタイプなので、真面目にというか、実直にというか、誠実に返すと意外に対応に困るらしい。
大神を見た後、手にしていたお土産に視線を落とす。
「瑞姫ちゃんの心尽くしを拒否するなんて、どういうつもりかしら。ねぇ、大神君?」
千瑛が私の背後から大神に脅しを掛けている。
「人の好意を無にするような冷血漢なんて気にしちゃだめよ、瑞姫ちゃん!」
慰めているような言葉だが、思いっきり人の悪い笑みを浮かべてる千瑛がいた。
「まあ、大神様が……」
ひそひそと大神を詰る声が聞こえてくる。
あ、あれ?
「菅原さん! 人聞きの悪いことを言わないでくれる?」
これには大神も多少慌てたようだ。
「あら? 本当のことじゃない!? 瑞姫ちゃんがお土産渡そうとしたら、自分の分もあったのかなんて嫌味を言うし。しょんぼりしちゃった瑞姫ちゃんを慰めるわけでもないし。どうみても瑞姫ちゃんをいじめてるじゃない」
きっぱりとした口調で断言する千瑛が大神をいじめてるんじゃないのかな?
そう言えば、以前から千瑛は大神相手だと容赦がないし。
「いいよ、千瑛。受け取ってもらえないのなら、仕方がない」
しょんぼりと肩を落として千瑛を宥める方へ回る。
「先日から迷惑をかけているから、せめてと思ったのだけれど……」
「え? あの、相良さん!?」
本気で焦り出す大神も珍しい。
「泣いちゃだめよ、瑞姫ちゃん。繊細な瑞姫ちゃんを傷つけるなんて!!」
繊細な瑞姫ちゃんって、一体誰のことだろう?
私ではないことは確かだな。
納得したところで大神の手にお土産を落とす。
「ノルマだ、受け取れ」
「……ノルマ……何だろう、僕の方が傷ついた感がする」
私の言葉に大神が苦笑する。
「人の厚意を先に無にしたのは、君の方だろう? 言葉遊びに付き合うつもりはない」
「確かに先程の言葉は言い方が悪かった。ありがたく頂戴するよ。それで、これ、伊織の分はあるの?」
「何故?」
クラスメイト用のお土産なのに、何故、諏訪の分まで用意する必要があるのだろうか。
隣のクラスに行くつもりは全くない。
反対側のクラスなら、橘と千景がいるから、いつでも行こうと思うけれど。
「いや。伊織が悔しがるなと思って」
「思わないだろう? 人からもらったと吹聴しなければ、隣のクラスの人間にそのことが知れるわけがない。知らなければ、口惜しがることはない」
いつも思うが、大神は妙な発想をするな。
その場にいない人間や、関係のない人間をあたかもその場に居合わせたような言い方をする。
そうやって相手に誤認識させたり、誘導したりするのだろうが、明確に状況を判断すれば、それらに引っ掛かることはない。
「あ。千瑛。今日、千景はお昼一緒できるかな?」
旅行に一緒に行けなかった千景には、クラスの皆とは別にお土産を用意しているのだ。
多分、気に入ってもらえるだろうから、ぜひとも渡したい。
「うん、大丈夫。ちーちゃんも瑞姫ちゃんに会いたがってたしね」
にこにこと笑顔を作って千瑛が答える。
2人揃って大神から離れ、自分たちの席に向かう。
「……瑞姫ちゃん、理事の件、わかったわよ」
大神から充分離れたところで、千瑛がぽつりと言う。
「うん」
「……島津の父親」
その言葉に、私は千瑛に視線を向ける。
「お昼の時に、詳細を話すわね」
「……中庭がいいかな?」
「そうね」
何事もなかったかのようにそれぞれの席に着き、いつも通りに過ごす。
いつもより、昼休みの到来が待ち遠しかった。