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 私たちが逢坂さんの入院する病院から帰った直後、東條凛の母親が謝罪に来たらしい。

 娘は伴わなかったのは賢明な判断だというべきなのか。

 入院費用や治療費などの件もきちんと話して全額負担となったようだ。

 非常にまともな対応だったそうだ。

 ただ、妙なことは言っていたらしい。

 こんなことをするような子ではないというのは、どの親でも同じことを言うだろう。

 ただし、祖父母と会ってから人が変わったようだと悄然として零したそうだ。


 人が変わる、と、聞くと、ぎくりとしてしまう。

 私も瑞姫さんと入れ替わったからだ。

 まさかと思うが、彼女も誰かと入れ替わったとかないだろうな。

(入れ替わる理由がないから、そこは考えにくいな)

 ぽそっと瑞姫さんが呟く。

 では、何故、人が変わったと言われるほど、激変できるのだろうか。

(トリガーがあるんだ。おそらく、今までの安倍凛は、普通に両親に愛された娘だった。ところが引き金を引いた何かが、今までの安倍凛を打ち消すほどの衝撃を与え、以前の記憶を呼び覚ましてしまった……瑞姫の様に自分を守るために逃げ出したんじゃなく、押し潰された感じがするね)

 押し潰された……

 それが、もし、本当ならば、何てことだろう。

 彼女の中で本来の安倍凛は、父親と共に死亡してしまったことになる。

 以前の彼女の友人たちは、今の彼女をどう思うだろう。

(瑞姫! 何とかしてあげたいなんて思っちゃだめだよ)

 ぴしりと瑞姫さんが私を制する。

 だけど!

(今、安倍凛に戻ってどうするんだ? 彼女は東條凛がしてきたことを全く知らないのに、東條凛の尻拭いをしなければならなくなる。東條凛が負うべきことを安倍凛が負ってはならない)

 それは、確かにそうだけど……。

 何も知らないうちに押し潰されてしまうなんて。

(気の毒だなんて、思っちゃだめだよ。確固たる自我があれば、安倍凛は残っているはずだ。今の私と瑞姫の様に)

 そうか。

 どのみち、心の内側の問題を外からどうこうできる事はない。

 安倍凛を助けたくても、手段がないのなら、手出しはできない。

(そうそう。東條凛はどうなっても構わないなーと冷たく思っちゃうけど、今、安倍凛に変わっちゃうと、いろいろ彼女が困るからやめた方がいいという方向で割り切って)

 わかりました。

 とりあえず、彼女の言葉に納得して、東條凛の問題は手放すことにする。


 東條凛の母親が、東條家の中で唯一と言っていいのかわからないが、ごく普通の感覚の持ち主であることが判明したのは幸いだった。

 学校側は交渉相手を東條家当主夫妻ではなく、保護者である彼女の母親と定めて話し合いを持つ方針になったようだ。

 東條凛は謹慎処分となり、大量の課題を与えられた。

 謹慎期間は一週間だが、課題を終えるまで謹慎は解かれないと伝えられた。

 東雲の平均的な学生であれば、一週間で終わる程度の課題だが、史上最低の落ち零れ記録保持者の東條凛なら、どのくらいかかるかわからないということだ。




 翌日、坂田さんのタルトタタンとオレンジタルトを手土産に、退院した逢坂さんのご自宅へお邪魔した。

「ごきげんよう、逢坂さん。お加減はいかがですか?」

 逢坂さんのお母様の案内で、彼女のお部屋へお邪魔すると、机の脇に松葉杖を立てかけて、予習をする逢坂さんが私たちを迎えた。

「相良様、岡部様、ありがとうございます」

 立ち上がろうとする逢坂さんを押しとどめ、タルトが入った箱を差し出す。

「うちのパティシエ渾身の作なんですよ。きっと気に入ってくださると思います」

「うわあ!! 昨日のケーキも美味しかったのに、今日もですか!?」

 嬉しそうに受け取った逢坂さんが箱を開けて絶句した。

 タルトタタンは見た目こそ普通だが、味は絶品だ。

 問題はオレンジタルトだ。

 私が幼い頃、夢中で眺めた繊細な飴細工がオレンジタルトを飾っているのだ。

「………………えええええっ!! うそぉ……綺麗!! 金色の王冠が乗ってるーっ!! これ、食べられるの!?」

 光を受けてキラキラと輝く飴色の細工は、小さな王冠。

 光の加減では本物の金に見える。

 もし食べられなくても、充分に美しいそれはいつまででも眺めていられるが、食べられるとなったら、逆に勿体なくて絶対に食べられない。

「食べられますよ。甘くて美味しいです」

「ええっ!? 食べちゃうの……勿体ない……」

 わかります。

 究極の選択になっちゃうよね。

「一応、日持ちはしますから」

 つい、言葉を添えてしまう。

「賞味期限、ぎりぎりまで眺めます!!」

「ではもうひとつご忠告を。くれぐれもご家族の方に、いつ食べるのかをお伝えください」

「だよねー! 絶対、お兄ちゃんなんか、勝手に食べちゃうもん」

 ぷくりと頬を膨らませ、かつてあったことを思い出したのか、怒りを滲ませ告げる。

「相良様の所もケーキがあれば、皆が食べちゃったりするの? ご兄弟が多いんでしょ?」

「ええ、私が末っ子の六人兄弟ですね。年が離れておりますので、兄や姉がケーキを買ってきては私に食べろという時の方が多いです」

「そうなんですか。ああ、年が離れると喧嘩なんかしなくなるって聞きますからね」

「そうですね。対等に喧嘩はできないようですよ」

 微妙に引き攣りながら答える。

「……疾風。声を殺して笑わなくていいんだけど?」

「や、悪い!」

 相良家の真実を知っている疾風は、横を向いて声を殺して笑っていた。

「え? 岡部様?」

「瑞姫の兄と姉は、超が付くシスコンで、ものすごく瑞姫を可愛がってるんだ。末っ子の奪い合いで喧嘩してる」

 いや、そこ、暴露するところじゃないって!!

「えーっと……つまり、相良様とは喧嘩しなくても、他のお兄様とお姉様たちの間で喧嘩をなさっているということですか?」

 疾風の暴露で内情を悟った逢坂さんは、見てみたいと言い出す始末。

「頭痛や眩暈を覚える光景が広がっているので、お勧めできませんから」

「きっと、相良様のことが可愛いんでしょうねぇ……すごく意外です」

 逢坂さん、ちょっと傷つきましたよ、私。


 今日の授業のノートを渡し、説明をした後、明日の送り迎えの件について相談する。

「ここからだと、学校まで車で10分程度で到着できると思います。いつ頃、学校に到着すれば良いですか?」

 ここからの通学時間と、逢坂さんが学校に到着したい時間を聞いて、逆算して迎えの時間を割り出しましょうと問いかける。

「相良さんの都合に合わせますけど?」

「いいえ。私はいつでも構わないのです。逢坂さんは松葉杖をつくでしょう? いつもよりも動作が鈍くなってしまいますから、そちらを重視して考えた方がいいですよ」

「ああ、そうか」

 私の言葉に、逢坂さんは納得したようだ。

「意外と松葉杖は歩きにくいですからね。慣れていないうえに、サイズがきちんとあっているわけでもないですから」

「そうなんですよね。想像してたのと違って、歩きにくくて、車で送ってもらえると本当に助かるって思いました」

「しばらくの間ですから。用心して、癖にならないように気をつけましょう」

 捻挫は、きちんと完治させないと、再び同じ場所を捻挫してしまうというのはよく聞く。

 こればかりは、腫れが引いて、痛みが取れたからもう大丈夫と思うのは早計なのだそうだ。

 逢坂さんのお母様とも相談し、迎えの時間を決めてから、暇乞いをする。

 今日は引きとめられても長居はできない。

 迎えの車を路上駐車させるわけにはいかないのだ。

 渋々とだが、納得してもらえて助かった。

 車に乗り込んだ時、逢坂さんとよく似た風貌の男性が車の横を通り過ぎた。

 あれがお兄さんだろうかと眺めれば、案の定、逢坂家の玄関へ躊躇なく足を運んでいた。




     ***************




 逢坂さんの送り迎えは思っていたよりもスムーズに行えている。

 車寄せで疾風がドアを開け、松葉杖を差し出すと逢坂さんがうちの車から降りたという光景に、一部悲鳴が聞こえたというまことしやかなデマが流れていたが。

 幸運なことにそれを聞いて、問題行動を起こしそうな人は現在登校していない。

 東條凛が登校したのは、GWが終わってしまった後、実に3週間の謹慎となっていた。

今週水曜日から週末まで、出張となりました。

現場視察及び打合せに行ってこいとの部長命令……。

研究畑の技術者にフロントに立てって、自分の業務なら納得しますが、何故他の班の業務で出張なんでしょうか。

疑問が積もっている最中ですが、その間、更新が滞ります。

申し訳ありません。

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