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 静まり返った部屋。

 生徒指導室という私とは縁のない場所で、生徒数人の前に対し小さくなっている指導員というのはどういう光景なのだろうか。


「私たちを呼び出した理由についてお尋ねしているだけですが、何故、先生はそのように俯いていらっしゃるのでしょうか?」

 私とて意地悪したいわけではない。

 理由を聞きたいだけなのだ。

 なのに、理由を尋ねただけでビクつかなくてもいいではないか。




 事の始まりは、やはり問題児の問題行動であった。

 いつものことなので、またかという気持ちもある。

 例の朝の日参だ。

 何度注意を受けても構わずに勝手に教室に入ってきては、私がいないと叫ぶらしい。

 該当者がいないのだから諦めて勝手に教室に入るなと、外部生の女の子が注意したところ、怒りに任せて彼女を突き飛ばしたのだ。

 たまたまその時、登校した在原が彼女を受け止めたものの、その子は捻挫をしてしまったというのが今朝の出来事。

 そうして何故か、生徒指導室に私たちが呼び出されたというのが、今現在。




「何の理由で、私たちが呼ばれたのか、その理由を仰っていただきたい。この部屋に呼ばれる理由が見当たらないので、教えていただきたいと思うのは、それほどまでにいけないことなのでしょうか?」

 椅子を勧められたので座っているが、まっすぐに教師を見つめて問うのもいけなかっただろうか?

 私の視線は少々強すぎるらしい。

 人の目を見て話すのは悪いことではないが、強すぎる視線は時に圧力にもなると兄にも諭されたことがある。

「……今朝の事件について、御存知ですか?」

「今朝の事件? ああ、逢坂さんが怪我をなさったということでしょうか? その場にはいませんでしたから、話だけですね」

 私の回答に、先生はがっくりと肩を落とす。

「そうでしたか……」

「病院に連れて行かれたということでしたが、診断はどのように? 連絡はあったのでしょう?」

「ええ。全治1週間の捻挫という診断でした」

「骨には異常ないのですね?」

「そのような話は聞いておりません」

「それは、不幸中の幸いでした。逢坂さんには非はないはずです。不当な暴力行為によっての負傷ですから、当然、その暴力行為を働いた方に相応の処罰が下されるはずですね?」

「1週間の謹慎処分を決定する予定です」

「それは、何とも軽い処分ですね。在原君が受け止めなかったら、黒板か壁に頭をぶつけていたかもしれないんですよ? それと、診療代及び治療費の負担も、当然加害者側が支払うことを了承しているんですよね?」

「それはまだ……」

 教諭の言葉に、ざわりと怒りの空気が渦巻く。

「先生」

 私は真っ直ぐに教師を見据える。

「彼女がやったことは、傷害罪です。医師に診断書を書いていただき、それに沿って必要な治療費を加害者に負担させるというのが、当然の結果では? それをしなければ、学校側の監督不行き届きや何やらで学校の名誉も傷付けられると思われないのですか?」

 何もかも正直に突きつけることが美徳ではないことは知っている。

 だが、言わなくてはいけないことも確かにある。

 このまま有耶無耶にしては、学校側が逢坂さんの家族から訴えられる可能性だってあるのだ。

 その可能性を消すには、学校側が仲介者として加害者側から誠意ある態度を引き出すことだ。

「それは……」

「では、最初に質問に戻ります。何故、その場にいなかった無関係なものまでもこの場に呼び出した理由をお聞かせください」

 この言葉に、教師は心が折れたようにがっくりと項垂れた。




 ぽつぽつと話し出したその理由は、実に情けないものだった。

「理事会との板挟みは、仕方ないものだと思いますが、それを1生徒に押し付けるおつもりですか?」

 呆れてものが言えないという言葉は、とうに通り越した。

「事実と異なる状況を作り出すことは、学校側の名誉に関わるでしょう? 何方のお考えかはわかりませんが、止めておいた方が無難です」

 私がその場にいたという偽の事実を作り出し、私が迷惑を被ったという形を作り出して、東條凛を退学へと持っていきたかったらしい。

 だが、理事会は東條凛の処分を軽くし、他の生徒たちの不満を募らせ、そうして更なる問題を起こさせようと画策しているようだ。

 彼らは、相良家が東條家から引き出した念書の正確な中身を知らない。

 学校側に提出しているので、そのこと自体は知っているけれど、どんな内容なのかは知らないはずだ。

 相良がどのような使い方をしようと思っているのかも、憶測でしかない。

 あの念書が無くても、相良家ならば簡単に東條家を潰すことは可能だ。

 現に、東條家は相良と岡部の両家からの秘かな動きで、持っていた大半の株を失い、会社を手放し、急激に失速している最中だ。

 すべて合法的に動いているため、ちょっと調べれば犯人はどこかなどすぐわかる。

 だが、調べないのなら、何が起こっているのかわからないだろう。

 実際に、何が起こっているのか全く把握していない東條家は、すべて後手に回り、持っていた株を失った後買い戻すこともできず、会社を手放した後も何もしていない。

 東條家は潰えることはもうすでに確定されていることだ。

 悪足掻きをしていることも、把握している。

「しかし……」

「加害者側の母親を呼び出して、詳細を伝え、どうするか尋ねればいいではありませんか?」

 東條凛の保護者責任は、母親にある。

 決して、東條家当主夫妻ではない。

 そのことを伝えれば、教師は目を瞠った。

「母親……」

「保護者は母親でしょう? 何故、母親を呼び出さないんですか」

「東條家のご当主夫妻が……」

「祖父母に保護者責任があると仰いますか? 母親がいるにもかかわらず? それは、どのような理由なのでしょうか」

 淡々と問いかければ、教師の言葉が詰まった。

「感情のままに他者を傷つけるというのは、初等部の児童並の身勝手さです。高等部に進学している身でそのようなことが理解できないということ自体が問題です。母親の監督責任を問うてもおかしくないのでは?」

「た、確かに……」

 頷く教師に、話は終わったと私は立ち上がる。

「相良さん!?」

「私たちを呼び出す前に、為すべきことをなさってください。今の段階で、先生は私の質問に何一つ答えてくださらないし、肝心の要件も仰らない。これでは話すことも何もできません。私たちが指導室へ呼ばれたことを保護者である両親が知れば、どのようなことを言ってくるのか、そのあたりも考えての行動であれば、もっとよろしかったのですが」

 ここにいる生徒は全員が四族だ。

 しかも、規模の大きい家ばかりだ。

 生徒指導室に呼ばれ、しかもどういう呼び出しだったのかがわからないと子供たちが言えば、保護者が学校側に理由を問いかけるのは当たり前だろう。

 しかも、この呼び出しは、相良家動けと圧力をかけたようなものだ。

 相良家が従うはずもない。

 下手すれば、逆に東雲側に相良が圧力をかけることにもつながるだろう。

「次回、お話することがあれば、実りある内容であることを期待します」

 交渉決裂と告げ、指導室の外へ出れば、呼び出されていた生徒たちも続いて出ていく。

 残されたのは、呆然自失になった教師だけであった。




「あそこまで、短絡的に手を出す性分だとは思わなかったよ。僕の落ち度だね」

 たまたまあの場にいたらしい大神が、肩を落として呟く。

「確かにそうね。瑞姫ちゃん以外は守らないつもりだったのかしら、生徒会って?」

 堂々と本人に皮肉を言うのは千瑛のいいところなのか悪いところなのか。

「そんなことはないよ。生徒会は公平な態度で」

「後手に回るのね」

 ぴしゃりと大神の言葉を封じ、千瑛は千景を見る。

「ちーちゃん、理事会の名簿、手に入るかしら?」

「そりゃあ、簡単に手に入ると思うよ。HPに載ってるし」

「ふぅん」

 にやりと千瑛が笑う。

 絶対に何かを企んでいる笑顔だ。

「それって、理事たちは間抜けってことかしら? 自分の情報を全世界に公開してるなんて」

「悪用するようなことを考え付くのは千瑛だけだから」

 千景の言葉は、妙に納得してしまう。

「危機管理がなっていないってことが問題だと思うのよ。ちょっとだけ別行動するわね、瑞姫ちゃん」

 にっこりと笑った千瑛は、千景を伴い、別方向へと歩き出す。

「僕は生徒会室へ行きましょう。あちらでも情報収集しているでしょうし」

 大神も、生徒会室に向かって去っていく。

「……瑞姫、どうする?」

 疾風がわかりきっているのに、形ばかりの質問をしてくる。

「決まっている。逢坂さんのお見舞いだ。原因は私なのだから、謝罪する必要があるだろう」

「瑞姫は悪くないだろう!?」

「加害者でないから悪くないとは言えないだろう? 逢坂さんがお休みする間の授業のノートとかもあるだろうし。その辺のことも相談した方がいいと思う」

 学生にとって授業のノートというのはとても重要だ。

 特に、外部生である逢坂さんにとっては何より価値があるものだ。

 成績を落とせば退学の可能性もある外部生なのだから。

 2回、50位以下の成績を取れば、退学となる。

 これは、東條凛も葉族であっても外部生であるため、1学期までは通学できるが2学期以降の運命はわからないということだ。

 実力テストは、この2回の中には入らない。

 あくまで、中間と期末のテスト結果だ。

 逢坂さんが通学できない間、当然授業も受けられない。

 この間の保証も、本来ならば東條家がしなくてはいけないことなのだ。

 その交渉を学校側がきちんと果たせれば、という注釈つきだ。

 逢坂さんなら、授業のノートさえあれば、何とかなるだろう。

 学校側が何もできなかった時のことを考えれば、私がクラスメイトとしてノートを持っていくのはそこまで不思議な話ではないはずだ。

「……俺も行くから」

 仕方なさそうに頷く疾風に、悪いと思いつつ笑いながら頷き、私たちは一度教室へと戻った。

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