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 面倒臭い問題がひとつ解決して、学生生活は晴れやかになった。

 諏訪が落ち着きを取り戻してくれたことで、ようやく日常的な平穏が取り戻せたような気がする。

 中間試験も無事終わり、今回も1位を取れた。

 さすがに満点は無理だけど。

 家でしっかり勉強してますとも。

 所謂チートなんてありえないし。

 一度勉強したところで、何度も復習していくと、抜け落ちていた部分が補足されてよりわかりやすくなってくると言えばいいのか。

 前世の時は全然わからなかったとこも、今なら説明聞いて納得できるし。

 なんで繰り返し復習しなかったんだ、前世の自分! そうしたら、もうちょっといい大学に入れたかもしれないのに!! と、今頃になって思ってる。

 後悔先に立たずって、ホントだよね。

 諏訪も本調子に戻って、今回は2位に返り咲き。

 前回の成績は、真剣な表情で聞かないでほしいと頼まれた。

 聞いてみたい気もするけれど、聞いたら聞いたで心臓が痛いことになりそうなので、聞かないと約束した。


 梅雨に入り、少しばかり体調が悪い。

 古傷になった事故の後遺症というべきか、全身がずくずくと鈍く痛む。

 顔色が悪いと、事情を知る人たちが心配して声を掛けてくるので、そうそう具合が悪い様子を見せられないし。

 なるべく学校は休みたくないので、少しばかり困ってしまう。

 心配してくれるのは非常にありがたいのだが、声を掛けられる度に諏訪と疾風がつらそうな表情になるのでどう対応していいのかわからなくなってしまうのだ。

 そんな梅雨空のある日、一通の招待状が手渡された。


「……諏訪、これはどういうことでしょうか?」

 真っ白な、純白とか雪白とか言ってもいいほど白い封筒が手の中にある。

 手渡してきたのは諏訪であり、送り主は諏訪の母君だ。

「ぜひ母が相良と話をしたいので、お茶を飲みに来てくれと言っている」

「全力でお断りしたいと思います」

 自分に正直に答えると、諏訪はむっとした表情を浮かべる。

「お茶ぐらいいいだろう?」

「甘いな、と言ってもいいですか?」

 たかがお茶会、されどお茶会。

 有閑マダムはお茶会でとんでもないことを企画し、実行しているのだ。

 お茶会をなめてはいけないと言っておこう。

「だが!」

「言っておくが、諏訪。お茶会とは魑魅魍魎が跋扈する恐ろしいモノなのだというのは認識していますか? うっかりお茶会などに出て、その場で君の婚約者に私が決まってしまったらどうするつもりか?」

 親というモノは、子供の希望というモノの斜め下を走り抜けて勝手に現実を押し付ける存在だ。

 ついうっかりは命とりなのだ。

「それは、困る!」

「ならば金輪際持ってくるな。全力で拒否って粉砕してしまえと申し上げましょう」

「相良の言葉は全く持って正しいと今更ながら再認識した。やはり、師匠だな。お前の言葉に従おう」

 はたから見れば、何のコントかと思ってしまうが、本人たちは至って真面目だ。

「……これ、どうしようか……」

 諏訪が私の手の中にある招待状に視線を落とす。

「もらってしまったものは仕方がない。今回は出席するしかないでしょう。とりあえず、母君の言葉に迂闊に反発しないことをお勧めします。全部聞き流しておくように。あからさまに聞き流しているという態度を貫いてください。私が対処します」

「わかった。肝に銘じる」

 真面目な表情で会話を続けた後、2人揃って白い封筒を眺め、深く溜息を吐く。

 やはり御大が出て来たか。

 一筋縄ではいかない諏訪の御母堂をどうするか、ほんの少し、唇をかみしめ考え込んだ。




     ***************




 数日後、私は指定された時間に諏訪本家の御屋敷に伺った。

 本日のお召し物は、江戸小紋。つまり、御着物である。

 正式な外出の際は和装にしているのだ。

 通学では男子用の制服だが、本来女性がパンツ姿というのは公式では認められない。

 かといって、あの傷を人目に曝すのはいくら私でもかなりの勇気がいる。

 正装として認められ、なおかつ無理なく傷を隠せる姿というのが、考えた末に着物に辿り着いたというわけだ。

 好都合なことに、現在私は駆け出しの友禅デザイナーである。

 自分がデザインした着物を人前で着る事に不自然な点はない。

 それ以外の着物を着ても、おかしいものでもない。

 なぜなら、私はまだデザイナーとしては駆け出して、作品数はわずかだ。

 それに、相良は代々続いた旧家である。年代物の着物など、それこそ博物館をひらいてもいいほどにある。

 着物であれば、ゆっくりとした動作に見咎める人はいない。

 本来ならばひとりで着ることができる着物だが、いまだに不自由な右手の為に帯を結ぶのを手伝ってもらっている。

 催しごとに着物にもルールはある。

 華やかな場には華やかな色合いや柄の着物がよく、地味な柄や色合いはちょっとした訪問に向いている、など。また、帯の結び方もいろいろと種類があり、季節ごと、年齢ごと、または格式の程度や着物の柄によって結ぶ形が変わってくる。

  未成年である私は、色々と遊べる結び方があるので、ワザと型を崩して結んだりすることもある。

 襦袢や裾除けなども、場に応じて色や柄物などを選べたりする。

 着付けは大変だが、着物というのは大変奥が深く、楽しいものであるとここに明言しよう。

 本当は道着や袴の方が楽で好きだけど。


「まあ、まあ! ようこそおいてくださいました、瑞姫様。素敵な御着物ですこと」

 瀟洒な洋館である諏訪家の玄関で出迎えてくださったのは、諏訪の御母堂であった。

 本来ならば待合の部屋に通され、そのあとに茶会の会場へ案内され、亭主つまりホスト役の挨拶を受けるという流れになる場合が多いのだが、無駄嫌いで有名な律子様は直接出迎えに来られたというわけだ。

「今日はお招きくださいましてありがとうございます。律子様におかれましてはご機嫌麗しゅう……」

「固い挨拶はなしね。無礼を承知で瑞姫様をお招きしましたこと、お許しくださいな。さあ、参りましょう」

 人の挨拶を途中で封じた律子様は、私の腕を取ると奥へと誘う。

 諏訪本家の人々は、人の上に立つことをよく知っている人たちだと思う。

 傍若無人とも思える振る舞いをしつつも、それが不快感を呼び起こさせない。

 洋館であるがゆえに草履を脱がずに済むのは、私としては非常に助かる。

 誘われるままに律子様に従い奥へと進む。

 案内されたのは、陽当たりの良い小応接間、所謂サロンだ。

 お茶会だと伺っていたのに、他のお客様の姿は見えない。

 謀られたのだろう。

 予想はしていたけれど。

「こちらにお座りになってね。寒くはない? 大丈夫かしら」

「お気遣いなく。何も問題はございません」

 アルカイックスマイルを浮かべ、ソファに腰掛ける。

 手土産はすでに渡している。

 誰にかというと、メイドさんにだ。

 律子様のお好みで、こちらに勤めておられる方の中で女性たちは所謂メイド服を着ている。

 白と黒のお仕着せは、萌えや浪漫を掻き立てることだろう。

 前世の友人なら、彼女たちの姿を見て丼飯3杯は少なくともイケるだろう。

 共に薄い本を作ってきた友人たちは今どうしているのだろうか。

 気にしても仕方がないことだが、メイドさんを見てちょっと萌えながら思ってしまった。

 うん。滾るより萌えだ、メイド服は。

 メイドさんが用意したティーセットで律子様が紅茶を淹れる。

 一杯目は主催者が。

 それ以降は執事や使用人がお茶を用意するというのが、お茶会のルールのひとつにあるらしい。

 お茶会は出されるお茶の種類によって作法が変わるため、理論より身体で覚えろと言われる部類だ、私にとっては。

「大変良い香りですね。これは……」

 お茶の銘柄と原産国などを口にすれば、律子様は驚いたように目を瞠る。

「香りだけでおあてになるとは、本当にすごいですわね。相良の末姫様はお茶に通じていらっしゃるという噂は本当ですのね」

「お恥ずかしい限りです。幼い頃、兄の執事になるのだと張り切ってお茶の勉強をいたしましたもので」

 大好きな兄の傍に一番長く居られる方法として、執事が最適だと思いこみ、幼少時にお茶の猛勉強をした瑞姫は、割と極端な性格をしていると自分でも思う。

 前世の記憶が戻った今、それ以前のこともきちんと自分のことと認識はしているが、たまに他人事のような感覚に陥ることもある。

 知識は知識として、きちんと身についてはいるのだが。

「皆様、大変仲が宜しいと伺っておりますわ」

「いえ、普通だと思います」

 私の兄姉は破天荒な性格をしている。

 姉2人は上から女帝・女王と陰で呼ばれているし、兄たちは氷結・苛烈・冷徹な貴公子と二つ名で呼ばれている。

 彼らが末っ子に非常に甘いというのは割と有名な話であるため、非常に仲が良いと思われている。

 そのあたりを差っ引けば、ごく普通の兄弟だと思う。

 諏訪の御母堂、律子様は、当たり障りのない話題を振り、こちらの反応を見定めている。

 それをのらりくらりとかわして煙に巻きながら、逆に律子様の反応を眺めやる。

「ああ、そう。先日から元気がなかった伊織が急に元気になって、聞けばあなたのおかげとか」

 にこやかに、晴れやかに、見事な笑みを作った律子様が本題に入る。

「心当たりがありませんが」

「ふふふっ ごまかしても無駄ですわ。ぜひとも主人共々お礼を申し上げなくてはと思っておりましたの」

 笑顔のまま律子様が戸口へと視線を向ける。

 全く嫌な予感しかしないのは何故だろう。

 扉が開き、スーツ姿の男性が入ってくる。

 すらりと背の高い、英国紳士風な男性は、DNAを調べなくても諏訪とよく似ていた。

 諏訪がよく似ている、が、正解なのだろうが。

 血の繋がりとは非常に厄介で怖いモノである。

 さて、どうしたものかと考えながら、私は挨拶をするためにゆっくりとソファから立ち上がった。

週末は、ムーン様の方の作品をあげるため、更新をお休みします。


感想を書いてくださった皆様、ありがとうございます。

読ませていただいておりますが、お返事が追い付かず申し訳ありません。

話を進ませることを優先させておりますので、なかなか時間が取れないのが現状です。

お許しくださいませ。

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