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79 (岡部疾風視点)

岡部疾風視点



 どうやら、東條凛は諏訪伊織を諦めたらしい。

 そんな噂が微妙に広まった。

 原因は、隣のクラスに日参するようになったからだ。


「弟君、おっはよーっ!! って、あら、いない?」

 がらっと教室の扉を開けて、東條凛が声を掛け、教室を見回して首を傾げる。

「ねえちょっと! 八雲様の弟君、このクラスなんでしょ!?」

 ちょうど教室に入ってきた女子を呼び止め、問い質す。

 質問の形を取っているが、とても他人にモノを尋ねる態度ではない。

「何方のことを仰っているのか、わかりかねますわ。このクラスに、八雲様の弟君という方はいらっしゃいません」

 きっぱりとした口調で応じた女子は、そのまま彼女を無視して自分の席に向かう。

「嘘よ!! マナーの授業の時にいたじゃない!!」

「それは、何方のことを仰っているのでしょうか?」

 副委員長が凄みのある笑みを浮かべて問いかける。

「当クラスに、相良八雲様の弟様はいらっしゃいません。嘘偽りございませんわ」

「じゃあ、あの子は誰よ!?」

「何方のことを仰っているのか、わかりかねます。それから、他クラスへ勝手な出入りは禁止されております。立ち去ってくださいな」

「他人のクラスに用事がある場合は、扉の外から声を掛ける決まりになっている。勝手に足を踏み入れることはマナーに反する恥ずべきことだと入学前の説明会で話があったはずだけど?」

 外部生の男子が彼女の背後から教室内に足を踏み入れ、冷ややかな声音で注意する。

「そんなの、知らないわ!」

「君のひとりの態度が俺達外部生の立場を悪くしているということを自覚しろ! いい加減、迷惑なんだよ、その君の態度は」

「一般人が何言ってるの? あたしは、葉族よ!」

「それが何?」

 ひやりとする声がその場を支配する。

 小柄ながら、その存在感はかなりのものだ。

「ちびっこ!」

「誰のことかしら? ケバくて普通以下の容姿の人」

「何ですって!?」

 菅原千瑛の言葉に、周囲からかすかに噴出す声が漏れる。

 それに気付いた東條凛が、目を吊り上げて周囲を睨めつけた。

 だが、睨まれたくらいで怖がるような者はいない。

「葉族だから、ナニ? 私たちは四族よ? 葉族は、四族の分家の分家よ。主家からも分家からも切り離された厄介者だけど、知っていて自慢しているの? 己の愚かさを自慢するって、どんな気分なのかしら?」

 にこやかに微笑む菅原は、菅家の直系だ。

 神族の中でもかなり厄介な存在であることを知らない者は四族ではいない。

「あら、あなた。『恥知らずの葉族』は石よりも劣るってことを理解していないのね。勿論、『常識を理解している葉族』は沢山いるけれど、残念ね」

「はあ!?」

「愚かなあなたに教えてあげる。権力は、自分よりも立場の弱い者たちを守るためにあるものなのよ? 決して、自分を優位に保つためのものじゃないわ。理解できてもできなくてもかまわないから、自分の教室に戻りなさいな。あなたの愛しの諏訪伊織様がお見えよ?」

 くつりと笑った菅原姉が、ついっと手を上げ指先で隣の教室を示す。

「……ふんっ!」

 つんっとそっぽを向いて東條凛は足音高く教室を出て行った。

「………………イマドキ、『ふんっ!』って言う人がいるなんて……」

 ぼそりと、平坦な声音で菅原姉が呟く。

 その一言で教室内が爆笑の渦に巻き込まれた。

「菅原さん、ありがとう」

 東條凛に注意をしていた外部生の男が礼を言う。

 菅原は彼を守るために割って入ったのだと、彼は気づいたようだ。

「あら、何のこと? 私はあのケバい女がまき散らす不快な空気を吸いたくなかっただけよ」

 つんっとそっぽを向いた菅原姉と俺の視線が合った。

「……何でここにいるの、岡部くん?」

 わざと『くん』付けときた。

 瑞姫を1人にしたと怒ってるな、これは。

「俺がここにいた方が都合がいいからだ」

 何の都合かは言わない。

 こいつの頭なら、すぐに理解できるからだ。

「……なるほどね。確かに都合がいいわ」

 ほら、な。

「で、あいつがいなくなったから、今から迎えに行くところ」

「あっそ」

 こいつは潔い。

 瑞姫以外に愛想を売らないところとか。

 だから信用できる。

「さっきは助かった。おまえが出なきゃ、俺が出ようと思ってたところだから」

「あんな小者、出なくていいわよ。せいぜい吠えさせていなさい」

 あっさりとした口調で今年の問題児を叩き斬る。

「自分がやってることの意味がわからないなんて。せいぜい、口を滑らせて自滅するだけよ」

「それならそれでありがたいが、瑞姫の負担にならないといい」

「岡部のその瑞姫ちゃん莫迦なところ、わりと気に入ってるんだけど。そう思ってるんだったら、片時も離れないようにしなさいよ」

「それじゃ、瑞姫の息が詰まるだろ? 息抜きも必要だ」

「……前言撤回してあげる。よく考えてるのね。確かに息抜きは必要だわ」

「褒められたと思って、迎えに行ってくる」

 そう言って、俺は立ち上がる。

「王子様は、例の場所?」

「そ。今はあそこが一番安全だから」

「確かにね」

 菅原姉がわずかに表情を和らげた。

 ここはこいつに任せても大丈夫だろう。

 あの問題児が何度来てもこいつひとりで撃退できるはずだ。

 微妙に女嫌いの在原や、腹黒い大神に任せても安心できないが、菅原姉は間違いない。

 俺は、瑞姫がいる場所へ向かった。




     ***************




 図書室には『木漏れ日の王子様』なる者が存在するらしい。

 そう言う噂を知ったのは、図書室から浮かれたように出てくる下級生たちが話していた会話を漏れ聞いたからだ。

 何のことだと首を傾げて図書室に入ってみて、すぐに納得した。

 窓際で本を読んでいた瑞姫の姿があったからだ。

 一年中、図書室には光が直接入らないようにという配慮がなされている。

 例えば南側に樹を植えているとか、西日が差さないように窓自体に角度を与えているとか。

 本好きの司書が、本の為に設計士にあれこれと注文を付けて設計してもらった部屋だとか。

 普段、瑞姫は光量が一定である北側の窓辺を好んでそちら側に座っているが、入口に近いため、今はあえて南側に座る位置を変えている。

 その南側に立つ樹が光を遮りつつ、木漏れ日を部屋に差し込ませている。

 木漏れ日を受けながら、柔らかな表情で読書に励む瑞姫は、彼女たちにとって夢の王子様なのだろう。

 八雲様によく似た整った顔立ちは、どちらかというと中性的で硬質だ。

 瑞姫が着ている男子用の制服も、実は俺と同じように見えて少しだけ作りが違っている。

 男物でも女の子が着るのだ、一緒にしては窮屈だろう。

 それに、あまりにもピッタリに作りすぎては瑞姫の傷に差し支える。

 おまけに成長期でもある、少し余裕を持たせないといけない場所もあるだろう。

 そういう配慮から、パッと見にはわからないが、ややゆったり目に作られている。

 今のところその配慮は無駄になっているようだが。

 瑞姫は華奢ではないが、細すぎる。

 ちゃんと筋肉も綺麗についているので病的に痩せているようには見えないところが救いだが、それでも細い。

 クラスメイトである女子たちは、瑞姫の細さを羨ましがっているようだが、本人はもう少し肉をつけたがっていることも知っている。

 どこら辺? と在原が突っ込んでいたら、手首という答えが返ってきた。

 確かに手首は俺の親指と中指で輪を作って掴んでも相当余る。

 親指と人差し指どころか、親指と小指で輪っかを作っても余裕の細さだ。

 幼い頃から武術で鍛えているせいで骨が太い瑞姫だが、他の女子と同じくらいの骨の太さだったら、どれだけ細い手首になっていたかと思うとぞっとする。

 もちろん、粉砕骨折で済まなかった可能性だってある。

 医者であるしずかに他の子よりも遅い成長期だと思えと諭されなければ、今頃、怒り狂って諏訪の分家を壊しに行っていたかもしれない。

 こればかりは瑞姫に止められても無視して突っ走っていただろう。

 彼女たちの言う『木漏れ日の王子様』は、読書好きの中の極上の秘密として外に出回ることはない。

 だから、図書室に寄り付きもしないあいつに瑞姫の居場所を悟られる心配もない。




 図書室に着くと、俺は迷うことなくカウンターの奥の司書室の扉をノックする。

 ここに入ることができるのは、図書委員だけである。

「岡部です、失礼します」

 そう声を掛け、ドアを開けると、司書の先生方数名と瑞姫がいた。

「あ。疾風!」

「本の修復を教えてもらっていたのか」

「うん、そうだよ。難しいけれど、楽しいね」

 背表紙がはがれた本の修復をしていたらしい瑞姫がきらきらと瞳を輝かせて笑う。

 瑞姫は手先がとても器用だ。

 何かを作るということが好きだということも知っている。

 どんなに大切に扱っていても、時間に伴い本も傷んでしまうということを知っている瑞姫には、この本の修復は確かに楽しい作業だろう。

「疾風も今度、先生に教えてもらうといいよ」

「そうしよう」

 瑞姫の言葉に俺が頷くと、先生方は不思議そうな表情を浮かべた。

「やだな、先生! 疾風は私よりも器用ですよ」

 イメージが違いすぎると思いますけど、と笑う瑞姫。

 それはちょっと俺に対して失礼じゃないのか?

 胡乱な表情を浮かべて瑞姫を睨めば、舌を出して笑っている。

「H.R.が始まるので、迎えに来ました」

 このままだと埒が明かない。

 そう判断して言葉を挟めば、一斉に時計を見て驚いている。

「あら、もうこんな時間?」

「集中すると時間が経つのは早いですからねぇ」

 おっとりとした口調で司書の先生方が瑞姫を庇い始める。

 この人たちの中で俺のイメージはどうなっているのだろうか。

 そんな人たちの言葉の意味に気付かずに瑞姫は丁寧に後片付けをしていく。

「先生、これでよろしいですか?」

「はい、結構ですよ。相良さんは当番でない時も熱心に通ってくださるので助かります」

 初老の司書の先生が穏やかに頷く。

 それほど年を取っていないだろうに、彼はすでに白髪だ。

 若白髪だったのものを染めもせずにそのままいたので、さほどかからず総白髪になったのだと言っていた。

 だが、その白髪頭が彼の容貌と相まってとても穏やかな雰囲気を醸し出している。

 瑞姫が一番懐いている先生だ。

「岡部君も昼休みや放課後にはきちんと手伝ってくださるので、いつも感心していますよ」

「いえ。委員ですから当然です」

「いえいえ。当然なんてことは、ないんですよ。そうしようと思うその心が行動を生み出すわけですから」

「……はあ」

 イマイチ納得がいかない俺の様子に、先生は笑みをこぼす。

「では、おふたりともまた来てください。お待ちしておりますよ」

「はい」

 教室に戻ることを促され、頷いた俺たちはその場を後にする。

 廊下には、生徒の姿はまばらになってきている。

 この時間帯ならあの東條も教室から出てくることはない。

「疾風、大丈夫だった?」

 こっそりと瑞姫が聞いてくる。

 何を聞きたがっているのかは、わかっている。

「菅原姉が追い返したから、大丈夫だ。被害は出てない」

「そっか。千瑛……すごいな」

「……俺は、あいつだけは敵に回したいとは思わない」

「だね」

 何を想像したのか、くすくすと笑う瑞姫の半歩後ろを歩く。


 何としても瑞姫のために、あの東條をこの学園から追い出したいところだが、まだ何も手出しが許されていないところがもどかしい。

 まだ新学期が始まってから1ヶ月も経っていないのに、俺は東條という存在にうんざりしていた。

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