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ワルツの調べに乗って踊る男女。
それを優雅に眺める私たち。
マナーの授業って、一度クリアしたら非常に楽だということを初めて知った。
千瑛も千景も何でもそつなくこなすタイプだから、ダンスもかなり上手かった。
ペアを組んだ相手が上手だと、はっきり言ってとても楽。
一度でクリアを言い渡され、それからずっと教室の隅でのんびりと過ごしている。
「あのね、瑞姫ちゃん」
千瑛は前を向いたまま、のんびりとした口調で私に話しかけてくる。
「あの転入生、疑問に思ったことない?」
「疑問? 疑問だらけだけど」
「どんなところ?」
「初対面にも拘らず、誉や疾風の名前を間違えもせずに呼んだこと。それなのに、私を八雲兄上と間違えたこと。おかしなことだらけだ」
正直に言えば、千瑛はふうんと気のない素振りで頷く。
「まあ、そこのところは調べればわかると普通なら思うところだけどね。瑞姫ちゃんを瑞姫ちゃんのお兄さんと間違えた上に、1つ上だと思い込んでたところがおかしいよね」
「そうだね。5歳も違う兄をどうして1つ違いだと思ったりしたのか……調べたらわかっていたことなのに、何を間違えてるんだろうと不思議に思うよ」
「確かにね。それと、あまりにも目的が明確化しすぎて、奇妙なんだよね」
「奇妙?」
「物語のヒロインにでもなってるつもりみたい」
千瑛、鋭い。
先を促すように、私は千瑛に視線を流す。
「主人公は自分。その他は自分を引き立てるモブやサブキャラ扱い。だから、構う必要はない。そう言ってるみたいで、気分が悪いわ」
仰る通りです。
千瑛の言葉に私は驚く。
瑞姫さんから資料をもらっていなければ、私だって同じことを考えていた。
彼女の言動はあまりにも型通りだ。
ここぞという時に限って、シナリオ通りのセリフを読んでいるようにしか見えない。
多分、それが、瑞姫さんの言うゲームのセリフなんだろう。
今のところ、彼女が喋るたび、反発心を覚える人が増えるだけなのだが。
ちなみに、誰にも誘われず、たった1人残った彼女は、パートナーがいないということで先生がパートナーになって踊っているが、まともに踊れず、確実に落第が決まっている。
葉族なら、ワルツを踊れて当たり前なのだが、彼女は春休みの最中、努力とは無縁の生活を送っていたらしい。
先生の足を踏むたび、先生の眉間のしわが深く刻まれていく。
それに気付かず、何故誰も自分を誘わなかったのかと、東條凛は不満ばかり零している。
何故、だれも根本的なことを教えてやろうとは思わないのだろうか。
東條家に言ってやりたい。
鏡を見ろと何故言ってやらないのかと。
自分の足を踏まれるとわかっていて、誰がダンスに誘うものか。
絶対嫌だと思うに決まっているのに、何故、本人だけが気づかないのか。
これは、母親の教育の仕方が間違っていると、そう思われる。
東條凛が自分の考えにこだわっている限り、彼女の考えに賛同する者など現れない。
結局のところ、最後までクリアできなかったのは、東條凛、ただひとりであった。
史上最悪の落ち零れというレッテルを張られたことに気付かないのも本人だけである。
そうして、翌日から、東條凛の隣のクラス訪問が始まったのも、この授業のせいであることは否めない。
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もう間もなく、GWが始まろうとしているこの時期、あちこちからお誘いの声がかかってくる。
春の園遊会は無事にパスできたから、何ともなかったのだが、GWともなれば、割としつこくなってくる。
どこで調べたのか、予定がないから大丈夫ですよねとか言ってくる輩も多いのだ。
私の場合、家長に尋ねよと言えば大体のことは収まるので、それで済ませている。
島津斉昭の件は、子供はいなかったということで収まったらしい。
あれほど遊びまくっていたから、言えば何とかなるだろうという浅はかさで出て来た女性のようだ。
本当に子供ができたのか調べられ、できていればその子供のDNAを調べると言われ、素直に白状したらしい。
玉の輿を狙うのなら、もう少し頭を使うべきだという風潮がクラス内に漂った。
いや。私も少しは思ったけど。
嘘で子供ができたと言えば、いろいろ調べられるということは、頭に入れておくべきではないのだろうかと。
多分、女性にしてみれば、非常に屈辱的な検査を受けさせられるはずだ。
子供が本当にできていて、父親が彼ならば、それなりに耐えられるかもしれないが、嘘であれば絶対に無理だと思うほど過酷な検査が羅列する。
あわよくばと思わせた島津に罪があると、私は思う。
元々、クラス内での評価は低かった島津は、地に堕ちた状態で復帰した。
彼が私に話しかける前に、クラスメイトによって阻止されるという光景はほぼ定着してしまった。
それを私は気の毒だとは思わない。
自分のしてきたツケが、今、自分に回ってきたということだと思うからだ。
「瑞姫、GWはどうするつもり?」
もうすぐGWだと皆が浮かれはじめる頃、在原が私に尋ねてきた。
「家で創作活動」
問われれば、簡潔に答える。
瑞姫さんに教わりながら、友禅の下絵を描くつもりだ。
絵に関しては、それなりに知識はあったはずだが、彼女の持つ知識は独特だ。
教わって損はしない。
それに、筆が主流の友禅に、竹筆という新しい画材を持ち込んだ彼女はすごいと素直に思う。
師匠としては、本当に申し分がない。
時々、意味がわからない言葉を言われるけれど。
「それって、友禅?」
首を傾げながら、在原が問いかける。
「うん、そうだよ。新しい下絵を描かないといけないし。個展を開けと言われているし」
今までのことは、すべて瑞姫さんの実力だけれど、表面上は同一人物である私は、常に新作を求められる立場にいる。
彼女のクオリティを崩さずに、求められるままに描かねばならないというのは、非常に難しいものだ。
画集や写真集を眺め、デッサンする毎日が続いている。
そんな中、何故か個展を開くことを求められた。
今まで瑞姫さんが描いていた作品でそれらをまかなえそうなのだが、それでも新作は必要なのだとか。
いくつか下絵を描いてみたのだけれど、自分的にしっくりとくるものが無くて困っている最中なのだ。
「個展かぁ……それって、僕も行ってもいい?」
興味を示した在原が、個展を開く場所や日時について尋ねてくる。
「来てもらってもかまわないが、多分、退屈だと思うぞ?」
ただの絵画鑑賞とはわけが違う。
絵画と着物の両方の知識を持たなければ、結構つらいものがある。
瑞姫さんも最初はそうだったと言っていたので、多分、間違いはない。
それと、もう1つ、大事なことがある。
「それに、私が個展会場に行くのは1回限りだし」
「え!? そうなの?」
「まだ未成年だからな。色々と制約があるようだ」
「大変だねぇ」
感心したような在原の言葉に、笑いが零れる。
「それより私は、皆と一緒に遊びに行く方が楽しいと思う」
素直にそう言えば、在原が照れたように笑う。
「瑞姫の期待は裏切らないから、安心して」
「じゃあ、盛大に期待する!」
軽口を言い合える友がいるということは、とても幸せなことだ。
東條凛もそのことに気付けばいいのに。
私はうっすらそんなことを考えた。
420万PVと82.6万ユニーク、ありがとうございます。




