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 諏訪老の下に移ってから、諏訪の人気は急上昇中だというのは知っていた。

 それこそ基礎的なところから再教育を受けていると、本人が言っていたのだから、人当たりが変われば元がいい諏訪ならば、確かに人気も上がるだろう。

 人としての教育と、上に立つ者としての教育、さらに経営学など、諏訪家随一の実力者直々の教育だ。

 ほんの数ヶ月で顔つきやら雰囲気やらがかなり変わっていたので、それなりの成果が出始めている頃なのかもしれない。

 律子様譲りの激情家なところさえ理性で抑え込めるようになれば、かなり変わるだろう。

 今は、私との接触を極力控えようとしているらしいが、始業式の時のように私が倒れたとか不測の事態に陥れば、感情的に突っ走ってしまうところがまだ治っていないようだ。

 それでも、クラスが離れた私と顔を合わせないように頑張っているらしいと、大神が笑いながら言っていた。

 まだ、完全に自分の身体と瑞姫さんの記憶とに馴染んでいないため、接触する人が少ないと私としては助かるのだが。

 その諏訪に関する噂が一気に駆け巡ったのは、昼休みに入ってからだ。


 カフェでテイクアウトしたボックスランチを中庭でのんびり食べて、教室へ戻ってきたときのことだった。

「瑞姫様!! 聞きまして? 諏訪様が……」

 教室にいくつかのグループに分かれて固まっていた集団のひとつが、私が戻るなり声を掛けて来た。

「諏訪様がどうかなさいましたか?」

 本人に対して苗字を呼び捨てにしていても、人前では様付けで呼んでしまう奇妙な礼儀正しさが自分でもおかしいと思ってしまう。

 そして、自慢にもならないが、私は噂に疎い。

 周囲が全員知っていても私ひとりがその噂を知らないということはざらだ。

 細かいことは気にしないおおらかな性格なのだと、クラスメイトの皆はフォローしてくれているが、実際において、興味ないことには一切関知しないという困った性格のせいだ。

 とりあえず直そうかとは思っているが、必要なことなら疾風が教えてくれるので、まあいいかと思ってしまうのが敗因だろう。

 私の性格を思い出したのか、声を掛けてきた少女は苦笑を浮かべて頷くと、素直に教えてくれた。

「諏訪様が、あの転校生と婚約をするという噂がありますのよ」

「あら? わたくしは、纏わりつく転校生に怒った諏訪様が、今後一切近付くなと怒鳴りつけたということを耳にしましたわ」

 別の集団からそういう声が出てくる。

「私は、諏訪様が財閥を引き継ぐために学校をお辞めになられるという話を伺いましたわ」

「まあ、そんな!」

 もっともらしい表情で、それぞれのグループから色々な諏訪に関する話が飛び交う。

 つまり、どれが本当のことなのかを私に尋ねたいということか。

「申し訳ないが、今の話はすべて初めて聞いたことばかりだ。なので、もう少し詳しく話を聞かせてほしいが、よいだろうか?」

 そう言えば、ほっとしたような表情を浮かべて詰めかけてくる。

「こんなところでは迷惑になるだろうから、席に着いてからでいいだろうか?」

 あちこちから一斉に近付いてきたので、ちょっと驚いていたら、疾風が声を挟んでくる。

「あ、あら。申し訳ございませんわ、岡部様。そうですわね、入口では、皆様のご迷惑ですわね」

 ぽっと頬を染め、謝罪した御嬢様方は、道を開けてくれる。

 それに軽く会釈して礼を言い、自分の席に向かうと、彼女たちもついてくる。

 椅子に座ったところで、他の人たちも近くの席に座ったり、椅子を引き寄せてきたりとして集まりつつ、それぞれが順番を追って説明を始めた。




 彼女たちの話を聞いてまず思ったことは、諏訪の噂は多すぎる。

 目を引く容姿、明晰な頭脳、堂々とした態度、それらに加え、華やかな気配と人目を奪う要素が多いせいだろうか。

 瑞姫さんに言わせると、ご先祖様に感謝な容姿と頭脳に、俺様過ぎる態度、もう少し謙虚になれということだが。

 人によって、色々の見方ができるという一例なのだろう。

 疾風はというと、ウンザリしたようにあさっての方向を見て退屈そうにしている。

 在原はというと、スマホを片手に何かを検索している。

 それが何かなのは、大体予想はついている。

 まず、諏訪と東條凛との婚約話は、その意外性について皆囚われてしまっているが、肝心なところを見落としていた。

「婚約発表はいつ頃かという話は、何方か聞いていらっしゃいますか?」

「え? いいえ。そう言えば、婚約が決まったという話は伺いましたが、いつ頃発表するかなんて……」

「婚約披露パーティについても、噂は出回っていないようですね」

「そう言えば……」

 私の言葉に皆が一斉に頷く。

 一般的に考えて、誰とかと誰とかが婚約したという噂が立てば、披露パーティがいつ頃、どのホテルで行われるという情報も一緒に流れるものだ。

 付け加えるならば、いつごろ結婚する予定だとかも。

 それがないというと、外堀埋めな情報操作ということになる。

 だが、この場合は社交界に一気に流すのが原則だ。

 相手方に否定をさせる隙を与えずに、一瞬で広範囲に流す。

 そうして相手に拒否できぬように状況を固めてしまうというのが、この手のやり方だ。

 だが、今回の場合、話が回っているのは学園内だけだ。

 もし外でその噂が出回っているのなら、兄や姉たちが何か言ってくるはずだ。

 それと。

「静稀、ホテル見つかった?」

 スマホをいじる在原に問いかける。

「んー……ないね。半年先まで予約が入っているか検索掛けてみたけど、諏訪系列のホテルで一切、そう言った予約は入っていない」

 画面を眺めながら、在原が答える。

 先程から在原がスマホをいじっていたのは、諏訪系列のホテルで婚約披露パーティの予約が入っているかどうかを確かめていたからだ。

 婚約披露パーティとなれば、諏訪家の嫁を披露するということになるので、諏訪系列のホテルなどで開催するに決まっている。

 半年先まで検索してないということであれば、それはまず予定がないということだ。

 在原の言葉に、話を聞いていた少女たちは一斉に目を瞠る。

「瑞姫様、これは……?」

「どうやら、根も葉もないというものらしい。外堀埋めてというには、かなりお粗末な結果のようですね」

 私の予測に彼女たちも察したのだろう。

 殆どが半眼になってあらぬ場所を睨んでいる。

 ちょっと怖いよ、その表情。

 なまじ顔立ちが整っている分、無表情っぽくなるとおっかないです。

「つまり、それは、諏訪様の方ではなくあちらが勝手に流した噂ということですわね」

「断言はできませんが。彼女は諏訪の好みではなさそうですしね」

 その言葉に、一斉に頷く少女たち。

 彼女たちの脳裏には、おそらく詩織様の姿が浮かんでいることだろう。

 儚げな美女である詩織様と、まったく普通の東條凛とでは比べるのが酷だというくらい顔立ちに差がある。

 東雲は両家の子女たちが通う学び舎である。

 つまり、代々選りすぐりの容姿を持つ両親から生まれた子供たちが通っているわけで、顔立ち云々に関しては瑞姫さんに言わせれば眼福クラスがごろごろしている状態なのだ。

 幼い頃からそれに慣れていれば、メンクイというものに育ち、美意識も格段に成長してしまうそうだ。

 ごく普通が、ここでは格段に劣るというランクになってしまうほどに。

 加えて、基本的にメンクイではあるが、人の顔立ちよりも表情に重きを置いてしまう我々にとって、東條凛の喜怒哀楽がはっきりしすぎた表情は大変醜く感じてしまうのだ。

 喜怒哀楽がはっきりしすぎるのは、本来、悪いことではない。

 それに伴う表情の作り方が問題なのだ。

 どちらかというと喜びと楽しさがはっきりと出てしまう我々の表情の作り方とは異なり、東條凛の場合は怒りが殆どなのだ。

 剥き出しの怒りというのは、あまりにもきつすぎて、近付きたくないと思ってしまう。

 そう言った理由で、東條凛に対して友達になろうと話しかける生徒はまったくいない。

 外部生ですら、彼女を敬遠しているのだ。

「……言われてみれば、何てお粗末な……」

 誰が言ったのかわからないが、ぽつりと漏らされた言葉に皆がそれぞれ頷いている。

「四族と葉族の婚約なんて、あり得ない話ですものね」

「ましてや、犯罪者を出した家ですもの。常識があれば、そのような家から妻を迎えたいとは思いませんもの。知り合いと少し話しただけで、相手を傷つけるかもしれないという危険性を持つ妻なんて必要ないと思うのが常識ですもの」

 口々に言い合い、納得してしまう。

 いきなり沸き起こった噂は、1日も持たなかった。

 噂を流すなら、もっともらしく作るべきだろう。

 でも、ちょっと不思議だ。

 瑞姫さんが書いた資料には、転入して1週間くらいで婚約の噂が流れるなんてことは書いてなかったはずだ。

 あとから確認しなおそう。


「では、瑞姫様。諏訪様が転入生を怒鳴りつけたというのは?」

「……可能性は否定できない。何方かその場面に遭遇した方がいらっしゃるかもしれないね。その方にお尋ねした方がいいだろう」

 噂は、誰が発したのか、辿るのは難しい。

 だがしかし、誰から聞いたというのを遡るのは、割とスムーズにいくものだ、途中までなら。

 ある程度まで遡れれば、誰かがそれを見ていたということも割り出せるはずだ。

「諏訪様が学園を辞められるというのはいかがでしょう?」

「私としては、ありえない話だと思います」

 普通に考えれば、ありえない。

 諏訪は未成年だ。

 未成年が巨額を動かすには、まず、保護者の承認が必要になってくる。

 諏訪が権力を奪う相手は両親だ。

 どう考えてもこの場合、許可は下りない。

 つまり、後を継ぐというのは、今ではないということだ。

「例え、後を継いだとしても、学歴はどうしても必要です。いえ、財閥の頂点に立つ者ならば、必ず大学卒という肩書は必要になってくるでしょう。現時点で高校中退なんてことは考えられません。それに、元々諏訪様が財閥を引き継ぐことは決まっていますし、慌てる必要はないでしょう」

 分家に優秀な人材はいるだろうが、直系で唯一の男子というのはかなりの強味だ。

 その上に、諏訪伊織は成績優秀者でもある。

 東雲で成績優秀者という栄誉をそう簡単に投げ出すメリットは見当たらない。

 デメリットなら、たくさん見つかるが。

「そう、ですね。では、瑞姫様と諏訪様のご婚約が調ったという噂も嘘なんですね」

「ええそれはもう。我が一族は、諏訪家と島津家とは婚姻関係になりたくないと言っておりますし」

「島津さまは、確かに……聞きました? 島津さま、とうとうお子さんができたと仰る女性が現れたそうですよ」

「自業自得ということですの?」

「財産目当てということも考えられますけれど」

「それでいて、毎朝、瑞姫様にあのご様子ですもの、赦せませんわ!!」

 島津に子供……本当にできたのか、狂言なのか。

 実に微妙なところだ。

 今朝、大神が言っていたことは、このことだったのだろう。

 日頃の行いとは、こういうことなのか。

「諏訪様が転校生のことをどう思っているのか、すぐにわかりますし」

 ふと、誰かが呟く。

「ご自分に正直な方ですもの」

「この手の噂は、鵜呑みにせずに潰しに掛かった方がよいということですか」

 なにやら納得した様子で頷き合った少女たちはにこりと微笑む。

「噂に惑わされず、詳細を確かめ、即座によからぬ噂は潰すことにいたしますわ」

「そ、そう? 頑張って……」

 それ以外、何と答えればいいのだろうか。

 私の後ろで、深々と溜息を吐く疾風の気配に私は視線を彷徨わせた。

本日仕事納め。

そのはずですが、年末年始、出社命令が下りました。

私の仕事は全部前倒しで終わっているのですが……。

そして、大陸から流れてくる汚染物質のせいで、相変わらず体調不良です。

皮膚に湿疹があちこち出始めました。

かゆみはないですが、ざらついて気になります。

ステロイドが使えないからなぁ……。

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