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暗闇の中、対峙する2人の少女。
どちらも同じ顔をしている。
片方が小柄で幼さを残しており、もう片方は背が高く少しばかり大人びている。
客観的な視点と、自分の意識から見た視点。
その2つの視点を違和感なく受け止めながら、私は彼女の腕を掴んだ。
先程まで、確かに講堂で始業式の校長講和を聞いていたはずだった。
あの最中、何かの気配を感じ、見つけたと思った。
そうしてその気配を追って、気が付けばこんなところにいた。
ここ、どこでしょう?
似たようなことを考えているらしい瑞姫も、困ったように周囲を見回している。
まだ12歳の少女だ、困りもするだろう。
でも、どうにかしないとね。
そう腹を括った私は瑞姫に声を掛ける。
「瑞姫」
その声に、瑞姫はびくりと肩を揺らして私を見る。
「あ……私……?」
私の顔を見て、それが自分であることに気が付いたようだ。
「そうだよ。16歳の瑞姫の姿だ」
それだけ長い間、瑞姫はこの暗闇の中、彷徨っていたんだ。
「16歳……」
「そう、16歳だ。君は3年半ほど私の中で行方不明になっていたんだ」
「……あ……」
逃げ出したことを思い出したのか、バツの悪そうな表情になる。
「そのことで君を責めるつもりはない。それは、君にとって必要なことだったんだから」
時に逃げることも大切だ。
そうしなければ、心が壊れる。
ただ、瑞姫の場合、逃げ出したのはいいけれど、そのあと、盛大に迷子になって、戻ってくるのに時間がかかりすぎたんだ。
おかしいな。私はそこまで方向音痴じゃなかったはずなのに。
ちょっとむくれたくなるけれど、それは後でやればいい。
「だけど、君が行方不明になったことで、この身体が生きていけなくなりかけた。心がなければ、身体はうまく機能できない。でも、身体は生きたがっていた。だから、残った欠片を集めて、私が目覚めた。瑞姫の身体を生かし、動かすものとして」
前世の記憶の欠片である私が目覚めたのは、本来あるべき心がいなくなってしまったからだ。
そう仮説を立てれば、辻褄が合う。
でなければ、今生での瑞姫の記憶を私が取り込むことができないからだ。
記憶の欠片である私に前世の記憶の封印を解き、自我を甦らせた。
欠片でしかない私は、本体の前では無力だ。
瑞姫が戻れば、今いる場所を受け渡すしかない。
未練などは感じてはいないけれど。
そう、不思議と未練はない。
まあ、瑞姫にこの場を渡しても、私自身が死ぬわけではないからだ。
記憶は瑞姫に引き渡され、私は眠りにつくのだろう。
「瑞姫、これから先は、君が生きなさい。君の大切なものを君に返すよ」
その言葉に瑞姫の顔色が変わる。
「それじゃ!!」
「元々が君のものだった。私は少しの間、代役を果たしていただけだ」
「それでも!! あなたが生きていた間、それはあなた自身のものだ」
「いや。間違えてはいけない。私は君の一部だ。本来、君が経験することを私が代行していたに過ぎない。君が本来の場所に戻れば、私が経験してきた記憶は君へ引き継がれる。だから、何も心配することはない」
私の言葉に瑞姫は硬い表情を浮かべたままだ。
「それでは、入れ替わった後、あなたはどうなる!?」
思いもよらぬ激しい口調。
「私? どうなると思う?」
「ふざけないでっ!! 真面目に聞いている!」
「正直に言うと、死ぬわけではない。それはわかっている」
「……え?」
「君が死なない限り、私も死なない。入れ替われば、記憶はメインになっている方に引き継がれる。それは、確かだ。私もそうやって君の記憶を引き継いだから」
笑みを浮かべたまま、正直に答えれば、瑞姫が戸惑いの表情を浮かべる。
「では、あなたは……」
「役目は終わった。だから、眠ろうと思う」
「眠るって……」
「その言葉通りの意味だ。君がいなくなったから目覚めた。戻ってきたのなら、起きている必要はないだろう? 1人の人間に自我が2つも必要ないし。その状態を二重人格というのだろう? やはりそれは問題だと思う」
説明を聞きながら、納得しつつも納得できないと言いたげに私を見上げている。
「私という自我が眠りにつけば、おそらく、君に融合するんじゃないのかな? 私は君の中で、君が体験することを夢現で見守れるということだね」
「……本当に?」
「さあ? 私にもわからない。何せ、この状態自体がイレギュラーだ。本来起こるべきことではなかった」
きゅっと唇を噛みしめ、自分を責めている様子の瑞姫の頭を撫でる。
「さあ、もう往きなさい。疾風たちが君を待っているよ」
「え? 今、どうなって……?」
きょとんと瞬きをして、瑞姫が問う。
「さあ? 高2の春、始業式の最中だったことは確かだ。君を見つけて私も意識を飛ばしちゃったからね、今頃、いきなり倒れた私を見て疾風たちが慌ててるころだろうなあ」
「ええええええええっ!?」
「起きたら、きっと怒られるだろうなぁ。うわあ、嫌だな」
「あれで結構、疾風は怒ると怖いからな」
ふたりで同じ結論に辿り着き、うんうんと頷き合う。
「潔く疾風に怒られてきなさい、瑞姫」
「ええ!?」
「それで3年半の迷子はチャラだ。大丈夫、皆が君を助けてくれる。それにね、起きたらわかると思うけど、机の引き出しに日記と資料が入っている。それを見れば、これからのことが多少わかるだろう。誰にも見つからないように、それを見て、対応策を考えるといい」
するりと立ち位置を変え、瑞姫の肩を掴む。
「対応策?」
「そう。これから起こりうる可能性があることを書き記している。東條凛という女の子が転校してきてから、彼女が起こすだろうことを書いているんだ。まあ、随分状況が変わってきているから、その通りに彼女が行動を起こすかどうかはちょっとばかり疑問はあるけれど。とりあえず、乗り切れる打開策にはなると思うよ」
細かい説明をしたいところだが、もう時間はないらしい。
眠りの時間が近づいてきたようだ。
緩やかに意識が遠のいていく。
恐怖を誘う闇が、心地良い眠りへ誘う闇へと変化していく。
そうか、ここで私は眠りについて、彼女の中へ同化していくのか。
「詳し事はそれに書いてあるから」
そう言って、私は笑った。
「3年半、私はとても楽しかった。これからは、君が楽しむ番だ」
瑞姫の肩をそのまま後ろへと押し上げる。
「え!?」
ふわりと瑞姫が浮上する。
慌てたように少女が私を見つめる。
彼女とは反対に、私の身体は闇に絡め取られ、ゆっくりと後ろへ倒れ込んでいく。
「待ってっ!!」
浮き上がりながら焦ったように瑞姫が手を伸ばす。
闇に墜ちていく意識の中、彼女が私の手首を掴んだ。
途端に覚醒する意識。
「えっ! ちょっと待って!!」
どちらが叫んだのかわからない。
白い光があたりを照らし出し、私の意識は呑みこまれた。




