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えーっと、これは一体……。
何をどう反応すればいいのでしょうか?
3回目のデートは、橘プロデュースだ。
橘のイメージからかけ離れた場所に、私は呆然と見上げる。
賑やかな音楽に、あちこちに点在するショーケース。
階段があり、その上からもさらに賑やかな音が。
「……誉、ここ……?」
「ああ。やっぱり、瑞姫は初めてなんだ? アミューズメントパークだよ」
にっこり笑って告げる橘の笑顔が眩しい。
いや、知ってますけど!
かつてというか、前世で友達と通い詰めたことがありますけど!!
ええ。クレーンゲームの中に大好きなキャラの人形があったんで、欲しくて欲しくて通ったんですけど。
こんなちゃちな人形にどんだけ大金注ぎ込むんだよ! というレベルまで行っても取れなかったので、別の場所で邪道にも買っちゃいましたが。
まさか、今生でも来るとは思いもよりませんでした。
まさに住む世界が違ってたし。
「えっと……何をするの?」
クレーンゲームは、私にはハードルが高すぎます!!
前世で懲りました。
今はクレーンでほしいものって、知らないから何もないし。
「ローラーブレードのコースがあるんだ、ここ。ボウリングなんかもあるけど、あれは瑞姫には向かないからね」
ちょっと苦い笑みになる橘。
ボウリングは、確かにこの腕じゃ無理だ。
爪が割れる心配もあるし。
基本的に爪は丈夫だけど、万が一を考えておかないと。
「ローラーブレードがあるんだ」
ちょっとハードだけど、ブレードはやったことがある。
「アイススケートの方も。でも、ちょっと寒すぎるから」
言葉を濁す橘の言いたいことはわかっている。
傷が冷えて、痛みだすといけないし、私がスケートを得意なのか苦手なのかもわからないからだ。
ブレードならガードをつけてすることができるけれど、スケートの場合はガードをつけるのはいいがかえって動きづらくて強打してしまうこともあるし。
その微妙な判断で寒くない方を選んだのだろう。
気を遣ってくれてありがとう。
「…………クレーンゲームが気になってるの?」
私の視線を追った在原が、きょとんとした表情で尋ねてくる。
「クレーンゲーム……」
気にはなりますとも。
何が入ってるのかは、チェックしたいよね。
でも、取れないからなー。
「あれは、コインを入れて、手許のコントローラーで中にあるクレーンを動かして、欲しいものを取るゲームなんだ」
橘が瑞姫は知らないと思って説明してくれる。
知っているとは言えないな。
「欲しいものがあれば、後で取ってあげるよ」
なんですとっ!?
「見たいっ!! 取ってるところ、見せて!!」
思わずわくっとなっちゃったよ。
上手いのか!? 橘、クレーンゲームが上手いのかっ!?
おぼっちゃまのくせして、何でクレーンゲームが上手いんだっ!!
私の剣幕に、橘が笑い出す。
「うん、わかった。見せてあげるよ。静稀も結構、上手いんだよ」
なんとっ!!
期待に満ちた視線を在原に向けると、びくっと肩を揺らした在原が、困ったように視線を揺らす。
これは、照れてる時の癖だ。
「静稀」
「……えーっと……」
「静稀。見たい。お願い!」
「そんなに期待に満ちた目で見られると、照れるんですけどー……」
「見たいです」
「……うっ……わかった」
「やった!」
クレーンゲームって、自分が下手だとわかっているだけに、自分がやるより人がやるのを見る方が楽しいんだよね。
「じゃあ、早めに上がって、ゲームを少しやるのもいいね」
笑いながら言う橘に礼を言って、階段を上がる。
受付を済ませてブレードを借りると、荷物をロッカーに預ける。
靴をはき替えたら、リンクに降りる。
春休みの割には、人は少ない。
ぶつかってきそうな人がいないことを確かめて、足馴らしで一周回る。
「へえ。瑞姫、上手いじゃん」
感心したように在原が言う。
「前に進むくらいなら、何とかね」
「他に人がいるから、競争とかはできないな」
ちょっと悔しそうに呟いて、在原はリンクを眺める。
さすがにここで競争しようとか言い出したら、いくら私でも注意はするしね。
「ここって、内側の方がスピード出してもいいみたいだね」
そんなに大きくないリンクだけど、二重に取り巻いている。
外側には初心者が多いようで、転んだりしている姿が見受けられる。
逆に内側は、ある程度のスピードを出してぐるぐるとまわっている人が多いようだ。
「じゃあ、内側に行くか」
人がさほどいない内側の方がいいだろうと話し合い、そちらへ向かった。
今日は始終、声を上げて笑っていたような気がする。
約束通り、クレーンゲームも見せてもらった。
コイン3枚で目的のモノを手に入れられるとは、見ていて滾りました。
ふかふかなぬいぐるみをもらいました。
手触りいいのって、すごく幸せな気分になるよね。
ぬいぐるみを抱きしめて、ふと思った。
もう、思い残すこと、ないなぁ……。
それほど楽しかったんだ。
友達と遊ぶってこと、社会人になってからほとんどなかったし。
ここでは瑞姫は友達を作ることを拒んでいたし。
本来ならば、ここにいるのは瑞姫で、私ではない。
そういう点では瑞姫に悪い気がする。
そう思っていても、とても楽しくて幸せだと思った。
色んなゲームを見せてもらって、たまに手ほどきを受けてやってみてというのを繰り返し、そろそろお開きの時間が迫ってきた。
「静稀、誉、疾風。ありがとう。楽しかった」
3回のデートは、それぞれ、本当に楽しかった。
それぞれ趣向を凝らして考えてくれて。
友達と普通に遊べる楽しさを思い出せた。
笑って礼を言う私とは真逆に、私の言葉を聞いた3人の表情が抜け落ちる。
「…………瑞姫……?」
「新学期が始まると、なかなか遊びに行けないからなあ」
そう言いながら窓の外に視線を向ければ、迎えの車が近づいてきていることに気付く。
「ああ。車が来たね。戻ろうか」
車に向かって歩き出す私の後をやや遅れて3人がついてくる。
だから、私は、彼らがどんな表情をして私を見ていたのか、全く気付かなかったのだ。