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 実力試験の結果は、私の一人勝ちだった。

 東雲の内部生にお受験はないけれど、勉強してよかった。

 これなら、八雲を見習って東雲の大学部ではなく外部受験で国公立を目指すのもいいかもしれないと少しばかり調子に乗ってみる。

 高等部では外部生が増え、1学年150人になる。

 30人ほど、狭き門をくぐり抜けて東雲の名声に花を添えるのだ。

 掲示板に張り出された順位表は1位から50位までが載っている。

 この中に、今年合格した外部生30人の名前が全員入っているはずだ。

 ここから転落したら、悲しいことに彼らの場合は退学となる。

 優雅な校風と言われる東雲の例外的存在なのだ。

 彼らは当然1位を狙っていたはずだが、追従を許さない点数で私がいただきましたとも。

 全教科満点。完璧だ。

 オレ様に死角はないと言ってみたいけれど、恥ずかしいので無表情を装ってみる。

 2位は大神だけど、点数的に10点ほど差があった。

 そして、諏訪の名前は50人の中にはなかった。

「相良様、お見事ですわ」

「素晴らしい点数ですわね。感服いたしましたわ」

 あちこちから声がかかる。

 見知った相手には会釈で応える。

「うっわー……やっぱり負けちゃったよ。つけ入る隙があるかなと思ってたのに、死角なし!?」

 賑やかな声がし、振り返れば、在原が立っていた。

「つけ入るとは、張り合っていたのか?」

 ふと疑問に思って問いかければ、明るい笑顔が返ってくる。

「当然ですとも、お嬢様。せっかく、瑞姫の勉強を近くで見るチャンスがあったのに」

「だが、順位も点数も上がっているだろう?」

 在原は今回3位だった。

 点数も私と12点差で、2位の大神とは2点差。

 挽回のチャンスはあるポジションだ。

「そうだね。ま、次を狙うか」

 にっこりと笑う在原が私と並ぶ。

「……瑞姫様」

 傍にいた女子生徒が恐る恐る私に声を掛けてくる。

「瑞姫様は在原様と親しかったのですか? 中等部ではそのように見受けられませんでしたが……」

「疾風が彼らと仲が良いのですよ」

「まあ、岡部様……えぇ、確かに同じクラスでいらっしゃいましたものね」

 疾風経由だと告げればあちこちで納得する声が上がる。

「では、これから在原様たちとご一緒されることもあるのですね」

「目の保養ですわ」

 さざめくような笑い声とともに気になる一言が。

 ナニが目の保養?

 深くは考えまい。

 女子の会話はその場の気分次第と相場は決まっている。

 私とは別に、秘かに話題をさらっている者もいた。

「……諏訪様が載ってないですわね。何があったのかしら?」

「御存知なかったのですか? 諏訪は……」

 ひそひそと小声で話される内容は、予想通りのモノだった。

 教室へ戻ろうとする私と肩を並べ、在原が耳打ちしてくる。

「諏訪が詩織嬢に振られたと噂になっているね。詩織嬢の評価は地に落ちたよ」

「詩織様が?」

 ちらりと視線だけで先を促す。

「2年前の事件の真相が今頃明らかになったんだ。詩織嬢を狙っての怨恨だ。君と諏訪はその被害者だというのに、助けてもらって感謝もしない詩織嬢は、こともあろうか本家筋の諏訪を振って傷付けた。その理由もまた自分勝手だとかで地に落ちた。ほとぼりが冷めるまで留学するしかないよね」

「……そうか」

「驚かないの?」

 表情も変えずに頷いたことを在原は意外に思ったのか、問いかけてくる。

「何を?」

「事件の真相とか、諏訪を振ったとか」

「真相については、怨恨だということは最初から分かっていた」

「え?」

「金が目的なら、詩織様が私の名を呼んだ時に鞍替えしているはずだ。あの時、そうではなく、詩織様に固執し、そうして目撃者で邪魔者だった私を殺そうとした。一人殺すも二人殺すも同じことだという考え方だ、あれは」

「瑞姫を呼んだ?」

「知らなかったのか? 警察には話しているから、知っているものだと思っていたが。あの時、詩織様は私の姿に気付いて、わざと私の名を呼んだんだ。逃げてと言いつつな」

「………………」

 在原の表情があからさまに変わる。

 なんだ、知らなかったのか。

 情報操作をしたものがいるというわけか。

「……僕は、詩織嬢のことはそこまで好きじゃなかったけれど、今の話で考えを改めたよ。過大評価していた。下方修正しなくてはいけないな」

「え?」

「いや、逆だな。瑞姫がいかに男前でカッコいいかということを改めて再認識したというか」

「……褒め言葉なのか、それは?」

「もう、絶賛中。瑞姫なら嫁に行ってもいいくらい惚れたね」

「そうか」

 褒められた気がしないのは何故だろう。

「だが、断る。嫁も婿もいらない。欲しいのは自由と平穏だ」

「……瑞姫のクラス、暗雲立ち込めてるからなぁ」

「可視化まで状況は悪化しているのか、奴は」

 疾風がからかって遊びたがるのが納得できるほど、在原との会話は面白い。

 そして頭がいいので、こちらがはっきりと言葉にしなくてもニュアンスを読み取って軽く返してくれるのだ。

「抜け殻になっているし、なんか一人で呟いてるし。諏訪の御曹司じゃなければ、通報されてるかもよ?」

「直接的に人に迷惑かけているわけではないだろう? いや、迷惑は掛かってるな」

 連日のごとく、腑抜けになった諏訪に恐れをなして私にどうにかしろと言ってくる者が増えつつある。

 対岸の火事は見物する以外にどうしようもないと思うのだが。

「あー……まぁ、頑張って?」

 何故か疑問形で、在原が激励してくれる。

「何をがんばれと……」

「んー……いろいろ?」

「在原。正直に言おう。鬱陶しいから嫌だ!」

 すっぱり本音を語ると、小気味いいほど気持ちよく吹き出してくれる。

「鬱陶しいで終わっちゃうんだ! さすが! 本気で惚れそうだよ」

「恋文なら原稿用紙10枚以内に収めて郵送してくれ。兄が添削してくれるだろう」

「いや、もう、最高!! 嫁にして!!」

 げらげらと大笑いする在原を置いて自分の教室へと足を踏み入れる。

 窓の外には桜。

 なのに、教室の中は極寒のシベリア寒気団只中だ。

 どよどよどよんと澱んだ空気を作り出す人型低気圧が机にべったり張り付いて溜息を量産している姿に、正直なところうんざりした。




 クラス委員や各委員選出をするにあたって、担任も生徒たちもなぜか私の顔色をうかがう。

 私が役付きになることはないとわかっていても、クラス委員か何かをさせたかったことは明白だ。

 そうして、諏訪の面倒を見させようと思っていることもわかっている。

 いまだに病院通いをし、さらには急に学校を休むこともある私に、委員会出席は難しい。

 表面上はよくなっているように見えても、梅雨の時期や気温変化、気圧の変化が大きいときには、傷が非常に痛むのだ。

 息をするのも苦しいと思うほどに全身が痛い。

 そんな状況に陥った時に迷惑がかかるから委員会は難しいと先に告げている。

 一応、その状況は納得してもらったので、何も言われないのだが、視線が裏切っている。

 諏訪を何とかして欲しいと、訴えてくるのだ。

 それに気付かないふりをして、のらりくらりとかわしている。

 日を追うごとに諏訪の状況は悪化し、完全シャットアウトしている私以外、胃痛を訴える生徒が続出している。

 繊細な人というのは、時に可哀想だ。

 すでに一度、社会人を経験し、使えない同僚や後輩、話の分からない上司などの取扱説明書を書けるほど図太い神経の持ち主になった私には、諏訪の亜空間ごときに怯むことはない。

 だからこそ、何とかしてほしいと思っているクラスメイト達の醸し出す空気など、簡単に流せる。

 しかしながら、鬱陶しいと思う気持ちに嘘はない。

 これが1年間続くと想像すると、諏訪を蹴り飛ばしたくなる。

 さてどうしたモノかと考えた矢先に大神に捕まった。

「こんなことを君に頼むのは筋違いだと思っているんだけれど」

「では、頼まないでください」

「それができれば苦労はしない。諏訪は、相良さんの言葉には素直に従うんだ。君に頼るしかもう方法は残ってないんだ」

 何くれと世話を焼いていた大神の心労はいかばかりか。

 同情はしよう。

 だが、同情だけだ。

「初恋は実らないというけれど、あんな振られ方をしていい男でもない。何でもいいから、一言でもいい。諏訪に言葉をかけて、立ち直らさせてくれないか?」

 困ったような表情で、大神が頭を下げてくる。

「立ち直るのは、本人の自覚だよ。諏訪は自分の傷口に浸っているだけだ。声を掛けたところで、心に響く言葉なんてない」

 そう言って断ったが、大神は諦めなかった。


 5月の大型連休が終わり、スポーツを楽しむ初夏がやってきても、教室内の暗雲が晴れることはなかった。

 普通であれば、1ヶ月半も澱んだ空気に室内を占領されても、何とか折り合いをつけていくものが増える。

 さらにもう少しで、中間試験が始まる。

 このままでは確かにまずい。

 そう思って、私は諏訪を呼び出すことにした。

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