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「瑞姫、デートしようか」




 春休みに入り、いつものように別棟に集まっての勉強会で、突然、橘が笑顔でこう言い出した。

「……は?」

 ぎょっとしたように在原が真っ赤になって固まっている。

「うん、いいよー」

 あっさりと頷いた私に、錆びついたロボットのようにぎぎぎっと首をぎこちなく動かした在原が、ぱくぱくと口を動かす。

「み、みみみみ瑞姫っ!! デートって! デートって!?」

「うるさいよ、静稀」

 橘が在原をいなす。

「聞いてないよ! 誉と瑞姫が付き合ってるなんて!!」

「……付き合ってないよ、ねえ?」

「友達としては付き合ってるけどね」

 テーブルをバンバン叩きながら声を上げる在原に、私と橘は顔を見合わせて頷き合う。

「……へ?」

 きょとんとした在原は、瞬きを繰り返し、私と橘を交互に見る。

「でも、デートって……」

「友達と約束して出かけることをデートって言うよ?」

「うん。女の子はそういう風に言うんだって」

 私の言葉を裏付けるかのように、橘は頷き、疾風が呆れたように肩をすくめている。

「え? じゃ、じゃあ……」

「単に遊びに行こうよっていうお誘い?」

 だよね? と、橘に同意を求めれば、うんと頷く姿が視界に映る。

「ここの所、瑞姫、外に出かけられてないからね。気分転換になればと思って」

「ああ、そうか!」

 ここ最近の一連の騒ぎを知っている在原も、橘の言いたいことを悟って頷く。

「俺達と一緒なら、何とか出掛けられるかもしれないな」

 護衛の数や、出かける場所やらを考慮すれば、可能になると在原も計算したようだ。

「ちょっとした施設なら、貸切にしてもらえるだろうし」

「うん。だからね、瑞姫の時間を3日ほどもらえるかなと思ってさ」

「……3日? 何故、3日?」

 デートなら1日で充分だろうと首を傾げる私に、橘は笑う。

「俺プロデュースのデートが1日、岡部が1日、在原が1日で計3日。そのくらいの余裕はあるでしょ?」

 そう言われ、私は疾風に視線を向ける。

 時間的余裕は確かにあるが、警備の方はわからない。

 いきなり言われても、迷惑がかかるようなことはできないし。

「プランを立てたモノを提出してもらえるのなら、日程調整してやれないことはないな」

 行く場所を事前に下調べして安全かどうかを確認したりするからか。

 そのことを知っているから、私が出かけることを躊躇うのだと疾風は知っている。

 さっき、あっさり返事したのは1日だけだと思ったからこそ。

 3回も出かけるのなら、やっぱり躊躇う。

「疾風……」

「大丈夫だ。少しぐらい我儘言えって。閉じこもってばっかりだと、かえって健康に悪い。遊びに行きたいって言えよ」

 珍しく疾風が外に出ることを促す。

「橘も、言い出したからには、ある程度考えているんだろ?」

「まぁね。とりあえず、色々とプラン考えて、それから了承貰って、実行に移すまでに最低でも1週間はかかるかなって思ってたんだけど」

「……妥当だな。3日でプラン出せるか? それを検討して、修正をしてもらうかもしれないし、そのまま実行できるとしても、場所を押さえる必要もあるし、そのくらいはかかるな」

 てきぱきと流れを説明する疾風の隣で、在原が難しい表情を浮かべる。

「ちょっと待って! プラン出す前に、それぞれのコンセプトを言っておかないと、行く場所が被ったりしたら面白くないよね?」

「あ。そこは、重要だな、確かに」

 頷き合った彼らは、私から離れた位置へと移動して、ぼそぼそと何やら話し合っている。

 私は仲間はずれか。

 ちょっとばかり淋しいぞ!

 話がまとまったのか、こちらに戻ってきた在原が、ごぞごそと勉強していた教科書やノートを片付け始める。

「静稀?」

「デートプラン、ちゃんと練ってくるから、今日はここまでな。楽しみにしてろよ、瑞姫」

 にこにこと満足げな笑みで告げる在原は、バッグの中に荷物を入れ込むと、別棟を後にした。

「あ! 静稀……」

 声を掛ける間もなく去って行った在原に、私は呆然とする。

「さてと。今日は俺も、ここで引き上げるとするか」

 橘も荷物をまとめて立ち上がる。

「誉? あの、さ……」

「楽しみに待っててよ。それとね、瑞姫」

 笑みを湛えた橘が、私の顔を覗き込む。

「瑞姫は何も悪くないんだ。君が我慢する必要はない。警護の者だって、それを充分理解しているし、我儘を言わない君を案じているってことを知るべきだ」

「しかし」

「仕事をさせてもらえないなんて、彼らにとっては屈辱かもしれないよ? 雇い主に信用されていないなんて、不名誉なことだしね」

「信用していないわけじゃない。彼らが仕事しやすいようにここにいた方が」

「瑞姫!」

 私の言葉を橘が遮る。

「よく眠れてないような顔をして、そんなことを言うものじゃないよ。君がはしゃいでよく眠れるのなら、遊園地を貸切にしたっていいくらいだと思ってる人がたくさんいることを忘れては駄目だよ?」

「眠れてないような顔?」

 寝不足ではない、断じて。

「きちんと眠っているぞ」

「じゃあ、悩み事でもあるのかい?」

「……悩みのない人間なんていないだろう、普通に考えても」

「誤魔化さない」

 ぴしゃりと言われ、返事に困る。

「誤魔化すつもりなど毛頭ないが。そう見えたのなら、すまない」

「うん。とにかく、瑞姫は何も考えずに楽しめばいい。そういうわけで、プランができるまで、俺も静稀もちょっとバタバタしてると思うから」

「ああ、わかった。気を付けて」

 そういうしか、ないわけで。

 私は疾風と肩を並べて橘を見送った。

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