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 高1最後の期末試験は、何とか僅差で有終の美を飾ることができた。

 パーフェクトは無理だったけれど。

 この頃になると、諏訪の容姿が変わってきつつあることに気付いた御嬢様方がひそやかに熱い視線を送り始めた。

 一度は地に落ちた人気も本人に変化の兆しが見え始めれば、緩やかに回復していくものらしい。

 しかしながら、詩織様一筋の時と同じく今の諏訪も女性嫌いなのかと思うほど、周囲に女性を寄せ付けない。

 話しかけられても必要最低限度しか応じず、時には無視さえする。

 ヤツの嗜好がホモでもヘテロでも私としては一切関係ないのだが、素っ気ない態度を取られた女の子たちは、何故か次に私のところへ訴えてくるのだ。

 それは非常に迷惑だ。

 何故私が諏訪のフォローをしなければならない?

 あいつの面倒を見るのは大神だろう。

 たまにそう言ってみるが、誰もが首を横に振る。

 『大神様の言葉でも、諏訪様は聞いてくださいませんもの』と言うのだ。

 ならば、諦めろと言いたいところだが、実際言ってみたりもしたのだが、彼女たちの答えはいつも同じだった。

 『諏訪様が自ら声を掛けられ、会話をし、助言を聞き入れる女子生徒は相良様だけですから』と。

 諏訪とは関わり合いになりたくないという私の意思をいい加減、受け入れてほしいものだ。

 まあ、いい。

 あと1ヶ月もしないうちに、春休みに入って、クラスもわかれるはずだ。

 それまでの辛抱だ。

 そんなことを思いつつ、3年生は卒業式を迎え、高等部の校舎から去って行った。

 大学の敷地は、道路挟んで向こう側なだけに、春休みが明けたら私服姿になった先輩たちの姿を見ることになるのだろう。


 サロン通いをする私の姿を追って、サロンへ足を運ぶ生徒の姿が増えたとコンシェルジュがお茶の用意をしながら教えてくれた。

 さすがに最奥まで足を運ぶような強心臓の生徒はいないようだが。

 カウチで寛いでいると、たまに寝落ちしてしまうことがある。

 日向ぼっこしながらのお昼寝は何故こんなに気持ちがいいのだろうか。

 外はまだ寒いけれど。

 膝掛を掛けて、カウチの上に足を延ばしてのんびりしていたら、いつの間にか眠っていたようだ。

 目が覚めて、まず視界に映ったのは制服のグレーのパンツ。

 枕はどうやら誰かの膝らしい。

 硬いから、男か。

 うぬぅ、残念!

 膝枕は女の子に限るのに。

 眉間に皺をよせ、心の中で盛大に文句を垂れる。

 で、誰の膝だろう?

 半分寝惚け状態の私に羞恥心はない。

 誰かの膝で目覚めて、きゃあ、恥ずかしい。なんてことは思わない。

 人の寝顔をタダで見やがって! とは、思うけど。

「瑞姫、起きたの?」

 降ってきた声で誰の膝かがわかった。

「……誉?」

 身動きして、甘い香りが漂い、それが橘だと確信する。

 橘が気に入っているらしいブランドのボディソープの香りだ。

 バニラビーンズにも似た甘い香りがする。

 仄かにしか香らないため、近距離でないとわからない。

「誰もいない時に眠っちゃだめだよ、瑞姫。不用心すぎる」

「ごめんなさい」

 橘の注意に素直に謝る。

 言い訳をすれば、馴染んだ気配以外では人が近づけば目が覚めるのだけれど。

「でも、何で膝枕?」

「近くをうろついているやつがいてね。神族だったけど。岡部もいないし、ま、牽制ってとこかな?」

「ふぅん。そうか、それは悪かった。だが、寝心地は悪かった」

 起き上がり、髪を手櫛で整えながら正直に言えば、橘が微妙な表情になる。

「どうにも男の膝は硬くて高くて枕に不向きだな。木の根の方が高さに関してはちょうどいいぐらいだ」

「何故、木の根っこと比較する!? それより、何で男の膝枕で眠った経験がたくさんありそうなんだい?」

「兄たちが枕になりたがるんだ。縁側で眠ってると、たまに父も枕になってる」

「そっちか! それより瑞姫、どこででも眠るのはやめた方がいいと思うよ、本当に」

「……家の中なんだけど、駄目か?」

「やめておきなさい」

「……わかった」

 何故だか真面目な表情で橘が言い聞かせてくるので、仕方なく頷く。

「このところ、よく眠ってる姿を見かけるけど、調子悪いの?」

 心配そうな表情で問いかけてくる友人に、私は首を横に振る。

「いいや。むしろ、調子いい。眠いときは、身体が睡眠を欲している時だから、逆らわずに眠れと言われてるけど」

「え?」

「表面ではわからない傷とか内側のヤツとか、癒そうとすると無駄な体力を消費しないように眠くなるらしい。よくわからないけど」

「そうなんだ」

「うん。身体が治ろうという方向に向かって走っている最中なんだろうな。何段階かに分けて、身体が負担なく治ろうとするらしい」

 たまに、昼間でも意識が朦朧とするほど睡魔が襲ってくることがある。

 夜更かしはしていないので、睡眠不足ではない。

 そのまま睡魔に身を任せて眠ってしまえば、目覚めたときに身体が軽く感じることが多い。

 なので、その説明を受けて納得した。

「それじゃ、春休みはあまり予定を入れない方がいいかな?」

 私の説明を聞いた橘が、難しそうな表情で問いかけてくる。

「いや。大丈夫だと思う。寝落ちしたら放置してくれると助かるけど」

 大体、移動中とかは確実に眠ってるな、最近。

 疾風がいないと、こういった場面で非常に困ることになる。

「出かけるのは控えた方がいいみたいだね」

 放置という言葉に顔を顰めた橘が、そう結論付ける。

「お任せします」

 こういう時は、私が大丈夫と言い張っても誰も信用しないだろう。

 ただ眠いだけなのに、妙に心配するのだから。

「春休みか……1年経つんだな」

 ぽつりと橘が呟く。

「そうだね」

 相槌を打ち、近くの薔薇の花を眺める。

「1年、か……」

 何を考えているのだろうか、遠い目で橘が記憶を辿っているようだ。

 本当にいろんなことがあった1年間だけに、思い返すのも面倒だ。

 カウチの端と端に座り、それぞれの方向を眺めて思いに耽る。


 次の1年がどんな年になるのか、のんびりと思いを馳せた。

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