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その知らせが届いたのは、帰宅直後だった。
こちらから提出していた嫌がらせなどの証拠品から、犯人と思しき人物の指紋が出て特定できた、と。
指紋が出た?
何たる間抜け!!
あ。いかん。
ちょっと正直すぎた。
正確に言えば、伝票番号と指紋の組み合わせで誰が出したのかがわかったということだ。
犯人は予想通り、東條分家。
しかも、1人ではなく、複数犯。
最初は地味に嫌がらせをしていただけらしいが、一向に効果が上がらず、それならばと誘拐やら何やら画策しても失敗続き。
誘拐の後に続くのは身代金目当てではなく、女の子が一番ダメージを受ける方法を考えていたらしい。
実に無駄な考えだ。
相手の力量を考えれば、できるはずもないことを理解できないお粗末さ。
誰に頼んでも全く成功しないことに腹を立て、今度は殺すことを計画したらしい。
誘拐できないのなら、相良の本邸で殺してしまえばいいと。
自分たちがどんなに声を掛けても、誰も相手にせず、しかも本家から切り捨てられたのはすべて私のせいだと主張しているらしい。
その裏付けを嫌々ながらしていた警察は、もう呆れ顔で報告してくれた。
実際に声を掛けられた男性の許へ行って、話を聞いたとは、お疲れ様だと言ってもいいのだろうか?
礼儀知らずの身の程知らず。
皆、口を揃えてそう言ったそうだ。
そうして、私のせいだと言っているのも単なる思い込みの逆恨みで、根拠の欠片もないと答えたそうだ。
大伴家の方にも足を運び、夏のパーティの件を七海さまに質問したところ、七海さまは近くで見ていた者を呼び集め、それぞれに説明させたそうだ。
そのうえで、にこやかな笑みをたたえた七海さまは、『招待をされていないのに、勝手に敷地内に入りしかもエントランスに留まっていたのよ。今からでも不法侵入で訴えることができるのかしら?』とお尋ねになったそうです。
余罪追加と微妙な表情で刑事さんが呟いていた。
うん。どうやら、調べまわっていると、あちこちでその話が上がってたそうだ。
招待していないパーティに勝手に来て、品のないふるまいをしていったので訴えることはできるだろうかと。
不法侵入自体はそう大きな罪には問われないけれど、件数が多いと刑の中でも一番重いものが適用されるはずだ。
しかも、中には器物損壊罪が適用されるようなこともやっているらしい。
「名家っていうのもいろいろあるんですな」
呆れたように告げる刑事さんに、同席していた八雲兄上が冷ややかな視線を向けた。
「葉族と四族を一緒にしないでいただきたい。あれは、葉族の中でも最低ランクの家だ。我々四族はそう認識している。一般家庭で育った方のほうがよほど常識があるし、品もいい」
「……はあ。それは、尤もだと思います」
一般家庭でというくだりで刑事さんの表情が微妙に変わる。
名家を皆、選民思想の塊だと思うのはやめていただきたいと正直思う。
あれは、ごく一部だ。
自分が優れた存在だ、なんて、イマドキ、そんな笑っちゃうようなことを考えているようなヤツなんてほとんどいないから。いたら、天然記念物指定されちゃうよ?
「それで、私のせいと主張されたことは、証明されたわけですか?」
呆れたような表情と声音で問いかければ、苦笑を浮かべた刑事さんは首を横に振る。
「事実無根の証明ならされました。名誉棄損で訴えられますよ」
「兄と相談して、後日、その件についての結果を出します」
名誉棄損って、訴えられた方が証明しないといけないんだっけ?
警察が調べて事実無根という結果なら、事実の証明なんて無理だということだけど。
「それから、もう1つ。本来ならお伝えすることは任務上差し障りがあるのですが、もうニュースでも流れていますしね」
そう前置きして告げられたのは、東條本家の娘婿の事故死を装った殺人であった。
「……殺人、ですか? 私のように? 一般人を……」
やられた! と、一瞬、その思いが過る。
そして、同時に、違う、とも。
「東條家の一人娘であった瞳さんと、そのご主人、そしておふたりの娘さんの三人暮らしをしておられたのですが、最近になって勘当した娘夫婦に戻ってくるように東條夫妻が連絡を取られたということです」
「…………大伴家のパーティの後、そのような話を聞いたような記憶はあります」
「おふたりは断られたそうです。勘当された身で、今頃になってそれを取り消されたところで、すでに自分たちの生活があるから、と」
「それは、当然の答えでしょう」
八雲兄が頷く。
「それでも、再三、連絡をし、家に戻るようにと、それが嫌なら孫娘だけでも寄越せと言ってきたそうです」
「勝手な話だ」
「確かに。正式に断るためにご主人が東條家に向かう途中、ブレーキ事故が起こりました」
思わず顔をそむける。
「現場検証、及び事故車両の調査で、ブレーキ関連の部品がが故意に緩められていたことがわかりました。そして、その車に細工をしたらしい人物も目撃されています」
「そうまでして継ぎたいのか!?」
上を見たらきりがないと言えるほど、東條家は名家の中でも最低ランクに近い、それどころか一般出の会社社長の方が業績を誇っているだろう。
誰が見ても、大したことないと断言してしまうほどの小さな家だ。
それでも跡目争いを繰り広げてしがみつかねばならないのか。
「我々としてもそう思いますが、人それぞれですからね。まあ、こんなことになれば、家も潰れることになるんでしょうかね?」
どこか面白そうに告げる刑事さんの言葉に、首を横に振ってしまう。
「再興するつもりはあるんでしょう。その、お嬢さんとお孫さんを強引に連れ戻して」
「やはり、そうなりますか!?」
「彼女たちが家に戻ってくる条件として、お嬢さんのご主人が邪魔だったでしょうし」
私の言葉に、刑事さんたちが微妙な表情になる。
「それはつまり、御本家がそのように唆したと考えられますか?」
「そこまではわかりませんが、本家の対応に煽られたのは事実でしょうし」
子供の言葉に、なぜそこまで反応するんだ、この人たちは。
「実はですね、本当なら、お嬢さんとそのご主人の2人が東條家に向かう予定だったのを、お2人の娘さんが体調不良を訴えてその看病のためにお嬢さんが家に残ることになり、ご主人がおひとりで出かけられたということなんですよ」
「……はあ」
だから、何だというのだろう?
かなり不自然さは感じるが、今ここで何かを判断するには情報そのものが足りなさすぎる。
面倒臭いという表情を張り付けて相槌を打てば、苦笑された。
「妹を疑っているのでしょうか? それとも、相良でしょうか?」
冷ややかに八雲兄が問う。
「それでしたら、見当違いもいいところですよ。犯罪に手を染めるような愚かな真似は致しません。我々には守らなければならない者がたくさんいますので」
「申し訳ありませんね。これも仕事柄ってやつで。時期が一致するといろいろ疑い始めてきりがないというか……」
「被害者が実は加害者だったという定番ですか? 捜査の協力は致しますが、それこそ見当違いの捜査を始められるのでしたら、名誉棄損であなた方を訴えることになりますよ? と、これまた定番の陳腐な嚇しを告げるべきでしょうか」
八雲兄上、笑顔作っても笑ってないから!
ちゃんと笑って!!
というか、脅さないで上げて。
刑事さんの顔色、本当に悪いから!
「いや、すみません。その点に関しては疑ってはいませんから。ただ、本当に色々と腑に落ちないことが多すぎて」
慌てて腰を上げた刑事さんがそのまま逃げの体勢に入る。
「そうですか。納得できる答えが見つかるといいですね」
完全に棒読みで八雲兄上が答える。
刑事さんたちはそのまま屋敷を後にし、入れ違いに客が来た。
それは、今、最も会いたくない相手だった。