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いつもは静かな屋敷内も、警察車両の到着で騒然としていた。
騒がしいのは警察だけ。
我が家の人々は通常運転だ。
刑事ドラマとかでよくやってる指紋採取の白い粉。
実際は銀色っぽい粉で、指紋採取した後、拭き取ってくれないんだと初めて知った。
そして、それがちょっとやそっとでは落ちないということも。
警察というか、鑑識の人たちが帰った後、掃除をしようと張り切っていた家政婦さんたちが悲痛な叫び声をあげ、怒り狂っていた時にその事実を知った。
思わずごめんなさいと謝ると、悪いのは嫌がらせをしたり、私を殺そうとした犯人であって、私ではないからと一生懸命に慰めてくれたので、さらに申し訳なくなった。
犯人が悪いと言いつつも、鑑識の人が憎いとも唸っていたしなぁ。
お仕事だから仕方ないとは思うんだけど、後片付けはしてほしいよね。
どういう洗剤使ったら、きちんと落ちるのかだけでも教えてほしかったよ。
だって、家政婦さんたち、目が据わって怖いんだから。
通用口に現れた男とその場所の警備員との会話や中に入った経緯など、監視カメラと音声がしっかり拾っていた。
これはきちんとした証拠になるらしい。
普通、監視カメラって映像だけだが、何故音声まであるのかと聞かれたら、人の記憶はあてにならないので、会話もきっちり録音した方が何かあった時の為になるだろうと、警備の責任者が答えていた。
それに、ちゃんと通用口のところにカメラ作動の文字を表記しているし、プライバシーに配慮して、問題ないと判断されたものは消していっていると言葉を添えていた。
それとは別に、事情聴取もされた。
何度も同じことを聞かれると、ムカついてくるのは何故だろう。
いや、何故、何度も聞かれるか、理由はわかってるけれど。
やっぱり、イラっとしてくるものだな。
心当たりを聞かれると、実に困る。
何が原因で恨まれるかわからないし、自分ではなく親兄弟関係かもしれない。
尋ねられて、そう答えれば、『御嬢様というのも大変ですね』と、実に心無い言葉が返ってきた。
口先だけの言葉はいりません。
結果を出してくださいね。
そう言えたら、きっと気分がいいだろう。
おそらく、岡部はもう犯人の目星をつけているはずだ。
警察が帰ったら、疾風を締め上げよう。
翌日、教室に足を踏み入れた途端、女の子たちが駆け寄ってきた。
「瑞姫様! 御無事でしたか」
「ようございましたわ。わたくし、知らせを聞いて、気が気ではなく……」
「瑞姫様の御命を狙うなんて、何て卑劣なことをするのでしょう!!」
一瞬にして取り囲まれ、自分のことのように憤る少女たちの姿に、呆気にとられてしまう。
何というか、情報速いな、君たち。
一応、報道規制はかけていたのだよ?
襲われたのが未成年であることを理由に。
明日ぐらいには、知られるかと思っていたが、昨日の今日だ。
「ああ、御心配をおかけして申し訳ありません。この通り、私は無事ですよ」
にこやかな笑みをたたえて少女たちを宥める。
「本当によかったですわ」
「犯人は捕まったそうですね?」
「ええ。実行犯は逮捕されていますよ」
笑顔のまま、頷く。
一瞬、きょとんとした少女たちの顔色が変わる。
「瑞姫様っ!! 大変ではないですか!? 何故、しばらくお休みされませんの!」
「どこにいても一緒だからですよ。それに、疾風がついてくれていますしね」
「ああ、岡部様。それでは安心ですわね」
おや、疾風の名前を出しただけで、安堵の表情を浮かべる御嬢さん方が多いこと。
信頼されているようだな、疾風は。
「ええ。ですから、私はいつも通り過ごせるのです」
にこやかに告げれば、安心した少女たちが道を開けてくれる。
自分の席まで移動したところで、来客があった。
「相良さん、ちょっといいかな?」
声を掛けて来たのは、大神だ。
「おや、珍しい方が。おはようございます、大神様」
笑顔を作って挨拶をし、荷物を片付けた後、廊下へ出る。
「何かご用でしょうか?」
「ええ。怪我はない様子で安心しました」
「これまた、耳が早い。どなたからお聞きになられましたか?」
「父からですが、今朝は学園中、あなたのニュースでもちきりです」
複雑そうな表情の大神が、廊下の窓の外に視線を落とし、中庭を見つめる。
登校途中の生徒たちが、数人固まって何かを話している様子がこちらからもはっきりとわかる。
「隠してはいませんが、一応、報道規制は掛かっているのですよ。不思議ですね?」
のんびりとした口調で告げれば、大神の目が細くなる。
「内部の犯行だと?」
「いいえ。情報を漏らした人間はいるでしょうが、利用されたのか、面白がってしたのか、どちらかでしょうね」
「何故、そのように?」
「昨日は、学校側の事情で午前中までの授業でした。直前にならなければ、私の行動は把握できないでしょう」
「そうですね」
「それにもかかわらず、帰宅して着替えている間に、宅配業者を装って実行犯が来たんですよ。私がいると確信して、ね」
「つまり、誰かが真犯人にあなたの予定を教えたということですね?」
「私の予定なのか、学校の予定なのかはわかりませんが、教えた可能性は高いですね」
世間話でもしているかのように、のんびりとした口調と表情で私と大神は昨日の事件について話す。
「わかりました。生徒会として動きましょう。そのように提案してみます」
「私個人の為に動くのはやめた方がいい。情報を与えた人物に悪気がない、つまり、利用されただけという場合も考えられるので」
「あなたは自分の命を軽く考えすぎる。いつもだ! 生徒会としては、たったひとりでも命を脅かされたという事実があれば、生徒を守るために動くものです」
「情報を漏らした人物を掴まえて、どうするつもりですか?」
「それは、その人物を特定してから考えましょう。状況に応じて、冷静に対応することは約束します」
真面目な表情で告げる大神に、私は渋々頷く。
「それから、学園内の警備を強化することを学園側に申し入れるように、会長に提案してきました。間もなく、会長が理事の方へその旨をお願いしに行かれます」
「……そこは、仕方ありませんね。私の事情ですが、他の生徒に被害が出てはいけませんし」
溜息を吐きながら呟けば、大神はわずかに顔を顰める。
「学園周辺で、不審な人物が数名いるようです」
「それは、刑事では? 私、張り込みされているようですよ?」
「何故ですか!? あなたは被害者でしょう?」
「だからです。犯人が接触すると思っていらっしゃるのかも」
「なるほど。馬鹿げた理由ですね。人を介して犯罪を犯すものが、直接接触すると思いますか?」
皮肉気に笑みを浮かべた大神は、視線を天井へと向ける。
何かを考えているような眼差しは、すぐに私に据えられる。
「つまり、あなたを囮にしているというわけですね」
冷ややかな声。
どうやら大神は怒っているらしい。
笑顔で怒れるとはうちの姉のように器用だ。
「彼らも排除の対象としましょう。二宮会長が戻られたら、相談します」
相談という名の強制だろうが。
そう思ったが、口にはしない。
「それで、心当たりは?」
「八つ当たりとか、逆恨みも含めますと、ありすぎて」
犯人がもうわかっているのだろうと言いたげな大神に、とぼけてみせる。
できれば、早いところ封じたい相手であったというのは、決して悟られるわけにはいかない。
逃がすわけにはいかない相手だ。
犯人の特定をした岡部家の手柄だが、それを警察に直接伝えるわけにもいかず、どうリードするかが現在の問題だ。
大人たちが考えているところに首を突っ込むわけにもいかない。
そこが、もどかしい。
「そろそろ、教室に戻った方がいいですよ。大神様」
にこやかな笑みで別れを告げて、廊下に大神を置いて私は教室へと戻った。