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 闇の中、戸惑うようにあたりを見回す迷子の女の子。

 優しげな顔立ちは、心細げだ。

 長い髪を揺らし、あちらこちらを見渡しては、おそるおそると足を踏み出す。

 進まなければならない。

 その意志だけは感じ取れる。

 もはや、それが使命となってしまった女の子。

 何処に進むのか。

 何をしたかったのか。

 それすらもわからなくなっている。

 ただ懸命に、前に進もうとしている少女に、声を掛けずにはいられなくなる。


 瑞姫、こっちだ。

 こちらにおいで。


 反対側に行こうとする少女に思わず出た声。

 その声に反応するかのように、少女は足を止めた。

(誰? どこにいるの?)

 か細い声が応じる。


 私は、もうひとりの君だ。

 私は君が行きたい場所にいる。

 だから、君は私の声がする方へ歩くんだ。


 私の声に戸惑うように、少女は頭を廻らせる。

(どの方向か、わからないの)

 あまりにも声が遠すぎるのか、方向を掴めない様子で迷子の女の子は途方に暮れた声を出す。


 わかった。

 後ろを向いて。

 そう、その方向だ。

 真っ直ぐ、その方向に向かって歩いて。

 慌てなくていい。

 必ず辿り着けるから。


 そう声を掛ければ、意を決したように少女が歩き出す。

 ゆっくりと、だが、しっかりとした足取りで。


 君が会いたい人達が、君を待っている。

 だから、怖がる必要はない。

 迷う必要もない。

 必ず、皆と会えるから。


 そう話しかけながら、急速に意識が白い光の中へと吸い込まれていく。

 ああ、目覚めるんだなと、そう思いながら、私は光に身を委ねた。




     ***************




 目が覚めると、ベッドの中だった。

「……夢、か……」

 あまりにリアルな夢で、どこまで信用すべきか判断に困る。

 瑞姫の意識が目覚めてくれるのなら、今、ここにいる私は必要なくなる。

 元々それを望んでいた。

 トータルでいけばアラフォーだけれど、私の精神年齢は24歳のままで止まっている。

 社会人としての記憶があるせいで、学生として過ごすことの違和感は半端ない。

 実に不自然な存在だ。

 この身体は瑞姫のものだ。

 そして、今、私が生きているこの人生も、瑞姫のものだ。

 早く入れ替わらねば。

 その前に、片付けなければならない問題もある。




 3学期が始まって、新年の浮かれたムードが落ち着きを取り戻しても、短い学期のためどこか気の抜けた空気が漂っている。

 2年になればクラス替えがある。

 今のクラスメイト達ともあと少ししか一緒の時間がない。

 そう思っているのか、皆でお茶会だとか、絵画鑑賞に行こうだとか、声を掛けあっている姿が見受けられる。

 私も声を掛けてもらっているが、何故か疾風が過敏なまでに反応しているので、お断りしている状況だ。

 以前とは違い、普段通りの生活も苦ではなくなっているし、私を誘拐しようとか思う輩も少なくなっているだろうから、出歩いても大丈夫だとは思うのだが。

 登下校も颯希がぴったりと寄り添い、疾風が周囲を警戒しているので、私に知らせずに何か問題を処理しようと思っているのかもしれない。

 こういう時、私の家族も岡部家も結託して、私をのけ者にしようとする。

 危険から遠ざけたいという理由で無知を奨励するのは問題ありだと思う。

 危険があるときは先に知らせておけと言っているにもかかわらずにだ。

 私が無謀な動きをして、警護の者を危険に曝す可能性を高めては駄目だろうと、そう思うのだが。


 その日、授業は午前中までだった。

 家に戻り、着替えを済ませたところで疾風が別棟にいないことに気が付いた。

「颯希、疾風は?」

 そこに控えていた颯希に問いかければ、微妙に困ったような表情になる。

「颯希!」

「……兄は、瑞姫様宛の荷物を受け取りに行っています」

 さらに促せば、渋々とした表情で答える。

「私宛の荷物?」

 普通に考えて、おかしな話だ。

 私宛に荷物が届くなど、滅多にある話ではない。

 ましてやそれを疾風が受け取りに行くなど。

「颯希、ついておいで」

「瑞姫様!?」

「それから、ここに戻ってくるまで、決して私の名前を呼ばないこと」

「は、はい!」

 嫌な予感というほどのことではないが、妙な気配がする。

 後で叱られる覚悟で、それでも最低限の警戒をしていたという証拠のために颯希を連れ、なおかつ名前を呼ばないことを約束させて歩き出す。

 ぴったりと、私の右側半歩遅れで颯希がついて歩く。

 疾風から言われているのだろう。

 私の弱点でもある右側を補い、なおかつ隣ではなく半歩遅れてつくようにと。

 実際、そこの定位置は疾風のものだ。

 その位置ならば、前でも後ろでもすぐに反応して動ける。

 半歩遅れてついて歩くため、私と疾風が『王子と騎士』と言われている理由だそうだ。

 侍従なら半歩ではなく一歩遅れ、ついて歩くからと聞いた。

 それが本当かどうかは侍従がいないため、確認しようがないが。

 颯希を従え、玄関ではなく通用口へと向かう。

 門から玄関までの距離がかなりあるため、客ではない限り通用口から出入りするのが普通だ。

 こちらの門は特に警備上、出入りのチェックがしやすく、有事に対応しやすい。

 念の為、スマホを取出し、敷地内の警備室を呼び出す。

「瑞姫です。今、私宛に荷物が届いているということで、岡部の者が受け取りに行っているのですが、念の為、そちらの方へ向かってもらえますか? ええ。2人ほどで構いません。はい、じゃ、よろしくお願いします」

 用件だけ伝えると、すぐに切り、今度は疾風にメールを送る。

 今からそちらに行くが、私の名前を呼ばないこととだけ書く。

「これは、どういうことでしょうか?」

 颯希が私を見上げ、問いかける。

「……念の為、だよ。妙な感じがする。疾風がここまで受け取りに手間取るはずがないのに」

「…………ッあ!」

 送り主の名前を確かめ、相手如何で受け取り拒否をするだけに、ここまで時間がかかるはずがないのだ。

 宅配業者が荷物の受け取りに関して揉めなければ。

 そのことに気付いた颯希が声を上げ、そうして表情を改める。

「部屋へ、お戻りくださいっ!!」

 私を守ろうと、前へ進み出、行く手を阻もうと手を広げる。

「どうか、お部屋へお戻りを」

「どきなさい、颯希。すでに手は打った。心配することはない」

「ですが!」

「颯希! 主命だ。従え!」

 私の言葉にびくりと肩を揺らした颯希が横にずれ、道を明け渡す。

「そのままついてきなさい。そして、よく見ておきなさい、君の兄を」

 それだけ告げると、私は歩き出し、通用口への手前で立ち止まった。


「ですから! ご本人にお渡しすることとなっておりますので」

「渡す必要はない。受け取り拒否をします」

「ご本人引き渡しとなっている商品ですから」

「送り主の名前がないものは受け取り拒否だと言っている。受け取り拒否をされたものは速やかに持ち帰るというのがそちらの仕事だ」

「それも、ご本人の意思を確認しないとお受けできません」

「俺が本人の意思を確認している。問題はないはずだ」

 典型的な押し問答。

 本来ならば、こんな会話が成り立つはずもない。

 そこへ、小鳥の鳴き声が聞こえてくる。

 高く澄んだそれは、実は小鳥の鳴き声を模した指笛だ。

 警備室から派遣された警備員が所定の位置についたという合図だ。

 わかったという合図の指笛を今度は私が鳴らす。

 私の到着を知った疾風がさり気なさを装って、指を動かす。

 それは、自分の後ろに立てというサインだった。

 つまり、出てきてもいいということだ。

「……瑞姫宛の荷物が届いたと聞いたが?」

 そう言いながら、姿を現す。

 立ち止まった位置は、疾風からきっちり5歩離れた場所だ。

「こちらに受け取りのサインをお願いします」

 宅配業者の男が、私を見て荷物を差し出す。

「何故?」

 私はそう切り返す。

「受け取りにはご本人のサインが必要ですから」

「だから、何故?」

「……は?」

 意味が解らなかったらしい。

 きょとんとした顔で私を見る。

 語るに落ちたな。

 間抜けにもほどがある。

「何故、私がサインをしなければならない?」

「ご本人様でしょう!?」

「何故、私が瑞姫だと知っている?」

「え?」

「私は一言も名乗らなかったはずだ。瑞姫宛の荷物が届いていると聞いたとしか告げていないはずだ」

「ですから、それであなたが……」

「そのくらい、家族なら誰でも問いかける程度の言葉だ。私が瑞姫だと確証できるはずもない。その場合、ご本人様ですか? と、尋ねるのが普通だ」

「それは……」

「私の顔を見て、受け取りのサインをしろと言ったということは、あらかじめ私の顔を知っていた、ということだ」

 男の表情が険しくなっていく。

「私を近くに呼び寄せて、どうするつもりだったんだ? その隠してあるもので殺すつもりか?」

「!! くそっ!!」

 荷物を放り投げ、ジーンズの後ろポケットに手を回し、そこから銀色に光るものを取り出す男。

 そのままそれを手に握りしめ、私に駆け寄ろうとして、足をもつれさせた。


 彼の敗因は、一瞬でも疾風の存在を忘れたことだろう。

 刃物を持っていようが、相手の動きを綺麗に捉えられる動体視力を持つ疾風の前では、何の脅威でもない。

 足を引っ掛け、体勢を崩しかけたところを手首を押さえ、男の肘を脇に抱え込んで動きを封じた後、遠慮なくその右肩を己の体重を乗せて壁にぶつける。

 何とも形容しがたい音が響いた後、男の絶叫が遅れて放たれた。

「……肩の骨を外されたくらいで、情けない……」

 女性の身体は痛みに強いが、男性の身体はその逆だ。

 頑丈そうに見えて痛みには滅法弱くできている。

 喚きながら目から涙、口から涎を溢れさせ、冷や汗を滲ませ、顔から血の気が失せたかと思うと、白目をむいて気絶した。

 嫌そうに顔を顰めて見下ろしていた疾風が、仕方なしに今度は外れた骨をはめ直してやる。

 だが、男は悲鳴を上げても意識は戻らなかった。

 余程痛かったのか、それとも恐ろしかったのか。

「いやはや、見事なお手並みですな。我々の仕事がありませんでしたよ」

 困った様子で陰から出て来た警備員が苦笑する。

「いや、来てくれただけで助かった。証拠はきちんと撮れてる?」

 通用口にある監視カメラと、音声は確実な証拠としての価値があるのか、問いかける。

「大丈夫です。傷害未遂ではなく、殺人未遂として立件できるでしょう。岡部君の方も正当防衛の範囲内ですし」

「お手本のように見事な捕縛術でしたので、最後の関節外しは偶然に起こったと捉えてもらえるでしょうし」

「あはははは……それはよかった」

 にっこりと笑って誤魔化す。

 確実に狙ってたのバレてるよ、疾風!!

「では、警察に通報いたしますので、現状維持でそのままお待ちください」

 監視室の方へ連絡を入れ、警察への要請を頼み、万が一、男が気が付いて暴れないようにと後ろ手に縄をかける。

 一般市民にも逮捕権はあるので、現行犯逮捕の場合のみ、こういう措置は合法になる。

 手錠をかければ違法だけどね。手錠が持てるのは、警察官だけだから。

 例えおもちゃでも駄目なんだって。

「すまない、瑞姫。結局巻き込んだ」

 しゅんと項垂れる疾風。

「いや。巻き込んだというのはおかしいだろう? 最初から私を狙っていたのだから。この様子だと、前から色々とあったな?」

「……う……」

「私に心配かけるなとか言われて、黙っていたな?」

「あ、そ、それは……」

 私に睨まれ、疾風の顔が引きつる。

「それらごと、全部ひっくるめて警察に引き渡せ。殺人教唆犯を警察に逮捕させてやれ」

「だが、殺人教唆ぐらいでは大した罪にはならないぞ」

「大した罪にはならなくても、身内から殺人に関係した犯罪者が出たというだけでも大ダメージだろう? 株価は値下がり確実だ。そこに追い打ちをかけてやればいい」

「さすが、瑞姫! やることが容赦ない」

 感心したような眼差しが私に注がれる。

「いや。私が考え付いたわけではなく、何かやらかしそうな人たちがやらかしそうな内容を考えただけだ」

 そう言って、肩を落とした私が、主犯の名前を聞こうとした時に、警察が到着した。

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