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 3学期が始まる。

 久々の学園は、ひやりとした空気が漂っていた。

 短い間とはいえ、人がいなかったせいだろう。

 人が増えるたびに、学園内の空気が温かく解けていく。

 この刻々と変わっていく空気を眺めるのが、私は好きだった。

 人の気配がこうまで空気を変えるのかと、温かな驚きを感じるのだ。

 だから、始業日が一番好きだ。




 お正月を暖かい海外で過ごしてた方から大量のお土産をいただく。

 実にありがたい。

 そして、すみませぬ。

 うちは日本から移動しないので、お渡しできるものがないのですよ。

 大叔父に頼んで、地元の特産品でも送ってもらうか?

 焼酎が送られてきそうな気がするから駄目だ。

 うん、焼酎最中も駄目だ。美味しいけど、アルコール少し入ってるし。

 キジ車とか花手箱なんかはいいかも。

 本来は子供のおもちゃなんだそうだが、あれはすでに工芸品の域に入ってるし。

 椿のデザインが華やかで可愛らしいのだ。

 そういえば、あのデザインで羽子板があるって言ってたな。

 それも可愛いかも。

 お土産くれるの女の子が多いしね。

 帰ったら相談してみよう。

 そんなことを考えながら、彼女たちのお土産話に相槌を打つ。

 夏冬に海外脱出をしないせいで、私が海外に行ったことがないと思っているお嬢さんも割と多いが、一応、行ったことはあるのですよ?

 七海さまに拉致られて、御祖母様と一緒にとかでイタリアやフランスあたりの劇場限定ですが。

 なので、オペラ座の内装には詳しくなった。

 歌舞伎もそうだけど、舞台装置とか見るのが楽しいんだよね。

 御祖母様は歌舞伎もお好きなので、よくお供します。

 歌舞伎の衣装は、生地が本当に素晴らしいものを使っているものが多くて、色の組み合わせとか、勉強になるし。


 一生懸命にお土産話をしてくれるクラスメイト達を可愛いなぁと思って眺めていたら、彼女たちがはたっと表情を改める。

「瑞姫様が聞き上手なので、ついつい話し込んでしまいましたけれど、つまらなくありませんでした?」

「いいえ。とても興味深くお聞きしていますよ」

「わたくし、普段、ここまでお喋りじゃありませんのよ?」

 一生懸命弁解する様子は、本当に可愛らしい。

「私に聞かせようと思って、話してくださっているんですよね」

 わかっているとも。

 にこにこ笑って聞いてくれる人には、熱弁を奮いたくなってしまうしまうんだよね。

 滾る気持ちを抑えきれずに語っちゃうんだよね。

「……瑞姫様はずるいですわ」

 頬を染め、拗ねたように告げるクラスメイト。

「おや、どうして?」

「つまらないことでも笑顔で聞いてくださるので、ついつい話し過ぎてしまいますもの」

「つまらないことはないですよ。とても興味深いし、参考になります」

 特に、食べ物系の話はありがたいよね。

 海外での食事って、気になるところだし。

 私が海外に行くときは、殆ど七海さまが取り仕切っているのであまり自分の意見を言うことはないけれど、たまに、本当にたまに、お願いしたいことがあるのだ。

 七海さまはあの通り、茶目っ気たっぷりで冒険家なところがあるので、気になったちょっと変わった料理を出すお店に私たちを連れていくことがある。

 一度、足を運んで気に入ったから、ということはまずない。

 話を聞いて、ちょっと気になったから行ってみましょうよと、私たちにまで冒険を課すのだ。

 七海さま、お願いです。ゲテモノ系と呼ばれる料理を出すお店には私たちを連れて行かないでください。

 精神的に食べれない料理というか、食材というのは、確かに存在するのですから。

 出された料理を食べないというのは、マナー違反なので頑張りますけど、胃と精神にダメージが与えられますので、食材だけは確認してください。

 まぁ、そういう時に、クラスメイト達から聞いたお店が私の助け手になるのだ。

 七海さまの気を逸らし、美味しい食事にありつくための。

 ですから、皆さま、もっと詳しくたくさん聞かせてください。

 わりと切実です。




 始業式が始まるまでの間、教室でまったりと時間を潰す。

 もうそろそろ放送が入るころだろうかと時計を見上げたとき、机の横に誰かが立った。

 見覚えのない顔の男子生徒だ、誰だろ?

 ふと首を傾げ、目を瞠る。

 見覚えがないわけがない。

 充分あるだろう!?

 諏訪伊織じゃないか。

 随分と雰囲気が変わって、そのせいで顔立ちまで違っているように見えたのかもしれない。

 パーツは確かに、見覚えがある。

「休んでいなくて大丈夫なのか?」

 こちらを気遣うような口調で見下ろしてくる諏訪の顔は、大人びて見える。

「……え?」

 何のことだと首を傾げれば、わずかに諏訪が笑う。

「3日、両親がそちらへ挨拶に向かった。おまえに会わせてほしいと頼んだら、休ませているからと断られたと言っていた」

「……ああ。翌日が病院で検査があるので、疲れないように大事を取っていたんだ」

「そうか。それなら、当然だな」

 少しばかり嘲笑うような色が滲み出る。

「諏訪は来なかったのか?」

「……行けるわけがない。両親のことは、止めたが、愚かなことに大丈夫だと言って人の忠告を聞かずに出かけたがな。表面上、赦されている態度を真に受け、本邸に伺うなど、我が親ながら、呆れてしまったぞ。去年、どれだけのことを相良にやったのか、理解していないらしい」

 去年の秋ごろから、諏訪に何があったのか。

 今見る限りでは、色々削ぎ落とされて、シンプルになっているという感じを受ける。

 俺様なところは微妙に空気が残っているが、まあ、それがなくなれば諏訪ではない気がするので、仕方がないところだが。

 それ以外のところでは、常識的な判断を下している気がする。

 相良の本邸に行けないと思うところとか、両親を止めたというところとか。

 表面上、赦されていると理解しているところも意外だった。

 以前の諏訪なら、本当に許されているのだと思っていてもおかしくはない。

「……今、家を出て、先代……祖父のところに身を寄せている。そこで、祖父に一から鍛え直してもらっている。今まで理解できなかったことが、少しずつわかりだした。己がどれほど愚かだったのかも、情けないことにな」

「………………」

 先代は、斗織様に家督を譲られて悠々自適のご隠居生活を送っているという話だが、諏訪家で一番恐ろしいのは先代であることは間違いない。

 今まで何も動かれなかったのは、ご自分の役目を決めておられたからなのか。


 諏訪老は、諏訪家を飛躍的に発展させた方だ。

 名家としてはトップクラスの歴史を持つが、財閥としては中堅の上といったところから大財閥へと押し上げた逸材で、財界には今でも影響力を持っている。

 もし、3年前の事件の時に諏訪老が指揮を執っていたら、今、こんなことにはなっていなかっただろう。

 あの時、諏訪老が当主であったなら、そもそもあの事件すら起こらなかっただろうと簡単に想像できる。

 それこそ陰で諏訪老は退陣の時期を誤ったとすら言われたほどに。

 だがそれもif話だ。

 すべては仮定であり、諏訪老が動かなかったことで相良が有利に動けたということもある。


 諏訪の面差しが変わったという理由には充分すぎるほどだ。

「己が愚かだとわかることは、本当に恐ろしく、そして恥ずかしいことだろう?」

 ある程度、年を取れば、若い頃の己を思い返して黒歴史認定したくなることがある。

 薄っぺらい割にはやたら高額な本を大量に買い込んで鼻息荒く読んでいたとか。

 あの本、どうなったんだろう?

 私が死んだあと、誰かに見つかってるだろうなぁ。

 友人たちが察して引き取ってくれていると助かるが、親が遺品整理で見つけたとしたら……ごめんなさいとしか言えない。

 それよりも、私の死因が事件性に関わることだとして、警察がマンションを調べたらとか考えると、もういたたまれない。

 死んでてよかったと別の意味で思ってしまう。

 過去を憂いて思わず呟けば、意外そうに諏訪が目を瞠る。

「相良にもそう思うことがあるのか?」

「……私を何だと思ってる? 完璧な人間などいない。自分が至らぬ人間だと知っているからこそ、常に何が最良かを考えている。それでも失敗して、己の愚かさに反省しているが」

「相良に迷うことなどないのかと思っていた」

「迷いはあるが、それを悟られてどうする? 迷う姿を見せれば、時として信頼を失いかねないこともある。気弱な姿を見せれば、そこを攻められる。自分の為だけでなく、守らねばならないものの為にも迷いない姿を見せ続けなければならない世界に生きているのだろう。君も、私も」

「…………先代と同じことを言う。そうか。相良はそう考えて立っているんだな」

 諏訪の声に、驚き以外の別の色が滲む。

「俺が相良に追いつくのは、相当時間がかかるということだけはよくわかった」

 追いつく?

 何のことだろう。

 何を考えている?

「いつか、必ずお前に追いつく。そして、その時、今までのこと全てを謝罪する。そこから対等の関係を作り上げる」

 淡々と決意表明をする諏訪。

 ちょっと待て!

 何のフラグだ、それは!?

 ここでフラグを立てるつもりなら、『勝手にしろ』とか答えちゃうんだろうけど。

 嫌だ。

 それは絶対にいや。

 フラグは立てたくないぞ。

「……いつ、誰が、追いついたと判断するんだ?」

 フラグは折るものだろう、絶対。

「それは……」

「判断基準がないものを目標にしたところで、納得することはない。そして、何の謝罪だ? 誰が受け入れればそれは終わると思っているんだ?」

 私は過去の記憶の残滓のようなものだ。

 諏訪が本当に謝るべきは、瑞姫本人だ。

 その瑞姫は、いない。

 諏訪が答えようとしたその瞬間、放送を知らせる音が鳴り響く。

 そうして、講堂へ集まるように指示する声が教室にいた生徒たちを廊下へと促す。

 私も立ち上がり、廊下へと向かう。

 諏訪からの答えは、聞こえなかった。

無事、退院してきました。

詳しくは活動報告に記しています。

入院中、PCも携帯も扱えないのが苦痛でした。

ノート持ち込んで下書きはしてましたけど(笑)

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