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3日目は、朝食時に祖父に今日は客人対応をしなくてもよいと言われた。
何かしたっけか、私?
昨日1日を振り返り、失敗らしきことがなかったかをざっと思い出してみたが、思い当たることはなかった。
「今日は岡部の者たちも入るから、手は間に合っている。瑞姫は部屋で仕事をしているか、疾風と遊んでいなさい」
父からも言われ、盛大に首を捻る。
何か、おかしい。
私を表に出したくないみたいだ。
「何方がお見えになられる予定なのですか?」
私に来客対応をさせたくない相手が来るということなのかも。
そう思って、問いかければ、実にイイ笑顔が返ってきた。
「……言いたくないということですか。わかりました。これ以上は訊ねません。疾風と別棟で遊んでます」
ちょっとばかり拗ね加減で言えば、顔色を変えるのは兄たちだ。
「瑞姫! 時間が空いたら、何か持って遊びに行ってやるからな!!」
蘇芳兄上がここぞとばかりに声を掛けてくる。
「蘇芳兄上は真面目にお仕事をしてください」
きっぱりと拒絶すれば、ショックを受けて固まる。
「瑞姫の様子なら、僕が見るから、兄上は心配なさらないでください」
「八雲兄上も結構です。もし、私の部屋に来られるというのなら、まず、スマホの私の写真データをすべて消去してからにしてください。肖像権の侵害を訴えます」
「もしかして、それ、颯馬に聞いた!?」
愕然とした表情を浮かべた八雲兄が、心当たりの名前を告げる。
「私のニュースソースがひとつであるわけがないでしょう? 確認を取れる方は複数名いらっしゃいます」
あれからちゃんと調べて確認を取ったのだ。
そして、犯人の1人を突き止めた。
「ごめーん、八雲! 頼まれて送ったデータがあるの、ばれちゃった」
にこやかな笑みを浮かべた茉莉姉上が片手をあげて軽く謝罪する。
「茉莉姉さん!?」
「盗撮は犯罪です」
にっこりと笑って告げれば、茉莉姉上が首をすくめる。
「だって、瑞姫が怒ると怖いんだもの。分が悪いし」
おほほほほ。
理詰めで説教しましたとも。
ちゃんと刑法とか刑事訴訟法とか、民事訴訟法とかを調べて、裁判の結果も調べて、淡々と説明しましたし。
医者が盗撮したとなったら、盗撮した中身にかかわらずどのような噂が立って、どういう影響が出るかも想定して。
想像力を掻き立てられるように、丁寧にお話をさせていただきましたとも。
だんだん顔色が悪くなっていく茉莉姉上の様子を無表情で眺めました。
「弁護士を目指す八雲兄上が、まさか犯罪履歴があるとなったら……」
「! ごめんなさい。すぐ消します!!」
本気でやるよ? と、にこやかに笑えば、八雲兄上は白旗を掲げた。
よし。勝った!
「本当に、あなたたちは仲がいいこと」
私たちのやり取りを眺めていた御祖母様が口許に手を添えておっとりと笑う。
「本当に平和ですわね」
母もにこやかな笑みを浮かべている。
そうか、これは仲が良いで済んじゃうレベルなのか。
「母様、お昼御飯、2人分確保したいのですが、よろしいでしょうか?」
「ええいいわよ。御節も厭いたでしょう? 何か、簡単に作って持って行ってあげましょうね」
「ありがとうございます!」
ラッキー!!
母の手料理って滅多に食べれないから、言ってみるものだ。
得した気分。
お行儀よく解散の合図を待って、それから部屋に戻った。
その日1日、別棟で大人しく過ごしました。
とりあえず何も問題は起こらず、平和だった。
そして、後から気づく。
どうせなら、道場に行く許可貰っておけばよかった。
かなりの時間潰しができたものを!
三箇日が終わると、日常が戻ってくる。
3学期が始まる前に定期検査を受ける予定になっている。
指定された日時に病院に行き、血液検査などを受ける。
炎症反応とかを調べるそうだ。
血液だけで、いろんなことわかるって不思議だなぁ。
検査の結果が出てから診察なので、時間がかかるのは仕方ない。
名前を呼ばれて診察室に入ると、PCの前に座った桧垣先生が穏やかな笑顔で迎えてくれた。
「検査結果が出ましたけれど、特に問題なしですね。まぁ、ちょっと貧血気味だけど、これは深刻なレベルではないので、食事で気をつければ十分かな」
お。炎症反応なしですか!
たまに引っ掛かるときもあるけど、これならしばらくは検査受けなくて済むようだ。
「2学期の間は、皮膚が破れたりしなかった?」
2学期中も定期検査は受けていて何度も同じことを聞かれたな。
「……そう言えば、夏休みに入る前の6月に1度、ちょっぴり破けた後は全然……快挙ですね!」
こんなに長い間、何もなかったのは初めてだ。
「大分、腕の皮膚も強くなってきつつあるようですね。でも、油断してはいけませんよ?」
「はい。ストレス溜めないように気をつけます」
嬉しくてにこにこしていたら、傍に控えていた看護師さんたちも良かったですねと言ってくれる。
「ありがとうございます。早いところ、面の皮並に腕の皮膚も厚くなるといいんですけどねー」
しみじみとそう言ったら、我慢できなかったらしい看護師さんたちが吹き、笑い出す。
え? ココ、笑うとこ?
「瑞姫ちゃん、面の皮、厚いんだ?」
桧垣先生まで笑っている。
「え? 普通に厚いですよ? 笑顔貼り付けて、裏ではいろいろやらないと余計なことを押し付けられちゃいますし」
「面白いよね、さすが、相良先生の妹さんだ」
それって、どういう評価でしょうか?
絶対、褒められてないよね。
茉莉姉上、病院で何やってるんですか、アナタ。
「さてと、次回の予約は3月で大丈夫ですね。春休みの予定はどうなってるの? 都合のいい日にちはある?」
「春休みの予定は、勉強のみです。いつでも大丈夫ですので、先生にお任せします」
「……勉強って……」
桧垣先生が微妙な表情になる。
「学生さんなんだから、勉強するのはいいことなんだけど。でもそれだけって……」
「主席、取りたいじゃないですか。全科目制覇とか、全部満点とか狙うのも楽しいですし。1人で勉強するんじゃなくて、友達も一緒ですし」
「そうなのか。お友達も一緒なら、確かに勉強するのも楽しいね」
妥協点を見出したのか、無理やり納得したような表情で桧垣先生は頷く。
「じゃあ、この日はどうかな?」
3月の予約状況を確認した桧垣先生が、カレンダーから日時を示す。
「構いません」
「じゃあ、予約しておきますね」
PCの予約システムに私の名前を打ち込んでいく。
机の上にあるプリンタから予約票が印刷されて出て来た。
検査結果や受診票などと一緒に予約票も手渡される。
「会計受付の方へ行ってください。お大事に」
看護師さんが今日の診察は終わりだと告げる。
「はい。ありがとうございました」
「瑞姫さん、くれぐれも無理はしないようにね」
「はい。承知しました」
先生に念押しされてしまった。
そこまで信用ないのか、私!
診察室を出て、疾風と合流する。
「瑞姫、どうだった?」
「ばっちり! 腕の皮膚も厚くなってきてるって」
「そうか、よかったな」
結果を聞いて、疾風がホッとしたように笑う。
「あらあら。仲の良いご兄妹だこと」
診察を待っているらしい老婦人が微笑ましそうに私たちに声を掛ける。
「優しいお兄様ですねぇ」
心配かけちゃだめよとおっとりと話すご婦人に、私も笑顔を返す。
「はい。では、失礼します」
軽く会釈をして、疾風を促し、受付に向かって歩き出す。
「疾風、お兄様だって?」
「う……まぁ、誕生日は俺の方が早いし。兄と言えば、兄かもしれないけど……」
「顔、似てるかなぁ?」
同じ学年なのに、兄妹に見られたことを不思議に思いながらひたすら歩く。
顔ではなく、仕種が似ていると指摘されるまで、私たちの間ではそのことが疑問として残っていた。
症状があまり芳しくないため、明日より数日間、入院することになりました。
そのため、更新が数日間滞ります。
詳しくは活動報告に記しますので、そちらの方をご覧ください。