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 新年2日目になると、あちらこちらから挨拶に来られる。

 本日のお仕事は、案内係だ。

 分家の従姉妹たちに交じって、お客様を案内する。

 一番難しいのは、お客様をお待たせしないことなんだよねー。

 こればかりは挨拶を受ける祖父や父の手腕なんだけど。


「瑞姫さん、岡部家の皆様が……」

 菊花姉上のところにお客様を案内して、玄関に戻ろうとしたところへ声を掛けられる。

「はい、今いきます!」

 疾風たちが来たのか。

 裾が乱れないように気をつけながら、なるべく早く歩く。

「……あ」

「これは、瑞姫お嬢様」

 玄関からちょうど上がってこられた岡部のおじさま……つまり、疾風のお父さんだった。

「岡部のおじさま、あけましておめでとうございます。寒い中、ようこそおいでくださいました」

 端に寄り、膝をついて挨拶をする。

「あけましておめでとうございます、瑞姫お嬢様。これはまた、艶やかなお姿ですな。お館様も次代様も目を細めておいででしょう。うちの莫迦息子どもがご迷惑をおかけしておりませぬか?」

「いえ、疾風にも颯希にも助けてもらっています。本当にいつもありがたいと思っているんですよ」

「そうですか。疾風も颯希も瑞姫お嬢様に差し上げましたので、存分に扱き使ってください。それが、これらの為にもなるでしょう」

「ありがとうございます。祖父のところにご案内いたします」

 正月だけに、いつもと違って形式ばった会話をしつつ、岡部家の方々を御祖父様のところへと案内する。

 御祖父様への挨拶が終わるまでは、他の方と気軽にお話はできないのだ。

 家長が最優先だから。

 御挨拶が終わって、広間の方へ案内したら、普段通りにお話ができる。

 岡部家の皆様が来たら、私の案内係はお役御免だ。

 そのまま岡部家のおもてなし係になるからだ。

 本家の娘がもてなすことで、これまでと変わらず岡部家を大切な家だと思っていることを示すのだそうだ。

 それもしきたりなので、あまり深く考えたことはなかったが、お客様を広間まで案内し、そこにいる一族の女性に託すと、あからさまに落胆の表情を浮かべるお客様が中にはいるので、それなりに意味があることなのだろう。

 祖父の居る部屋まで案内し、中で控えている大叔母に託すと、私は廊下に座って待つ。

 正座ができるようになったから、この役目も苦ではなくなった。

 椅子に座る生活が主流になってきたとはいえ、やはり日本人は畳の上に正座が一番だと思う。

 藺草の香りがふわりとすると、ものすごく落ち着くし、和むのだ。

 道場の畳はちょっと汗臭いけど。

 あれ、定期的にちゃんと干してるのになぁ。

 ちなみに私が座っている廊下も畳敷きだ。

 本邸の廊下は板張りと畳敷きの2種類がある。

 これは、一種の境界線のようなものだ。

 ごく一般的なお客様だと、板張りの廊下までにある座敷にお通しするけれど、お正月などの特別な場合と、大切なお客様は畳敷きの廊下にある座敷へご案内するのだ。

 もちろん、畳敷きの廊下に気付いて質問してくるお客様には笑顔でスルーだ。

 自分がどのランクの客なのか、知らない方が幸せというものだ。

 岡部家の人間は当然ながらフリーパスだ。

 どの部屋でも、自由に出入りできる。

 まあ、個人使用の部屋であれば、当人の許可はとりあえず必要だけど。

 私がいる別棟は1階部分はフリーパスで、2階以上は疾風と颯希のみ自由に出入りできる。

 一言声を掛けてもらえれば、全然構わないという程度なのだが、一応、随身とそうでない岡部の人間とを区別しているだけだ。


 のんびり考え事をしているうちに挨拶が終わったのだろう。

 すっと襖が開き、大叔母が顔を見せ、小さく頷く。

 それに頷き返し、私は立ち上がる。

「では、どうぞこちらへ。広間の方へご案内いたします」

 にこやかな笑顔を作って、斜め前に立ち、案内係を務める。

 そんなことをしなくても、場所は知ってるし、勝手に行っても大丈夫な人たちなんだけど、他のお客様の手前もあるし。

 でも、何だか不思議な感じがする。

 岡部のおじさまは通常運転で穏やかに微笑んでいるけど、疾風のお母さんであるおばさまは微笑ましそうに私を見つめている。

 疾風の2人のお兄さんは、にこにこと、それはもうイイ笑顔で私を見ているし、疾風はどういう表情をしたらいいのかわからないといった風によそ見している。

 颯希はじいっと何故か、私の帯を見ていた。

 何故、帯!?

 形、崩れてないけど。

 ちょっと気になるところだが、お仕事中なので、広間についたら聞いてみよう。


 広間につき、中へ入る。

 岡部家の方々の席は、下座のお客さま方とは違い、きちんと席が決まっている。

 不慣れな私でも、席次は覚えているので案内は楽だ。

 もちろん、毎年同じ席なので、彼ら自身、どの席かを知っているというのもあるのだが。

 中で給仕を手伝ってくれている分家筋の女性たちが、おしぼりやら飲み物の準備を整え、慣れた様子で配っていく。

「ささやかではございますが、どうぞお召し上がりくださいませ」

 準備が整ったら、今日足を運んでいただいたお礼と、料理を勧める口上を述べて、本日のお仕事終わり。

 はふっと息を吐いたら、皆に笑われた。

「お嬢、可愛いー! 八雲が萌え萌えしてたんじゃない?」

 颯馬さんがくつくつと笑いながら言う。

「……萌え萌えって……」

「あの妹馬鹿、スマホにお嬢の写真集つくってるんだよ? お嬢に会えないとずーっとスマホ眺めてんの」

「それはイヤ! 颯馬さん、私が許します。その写真、消去でお願いします。出来れば、スマホに入ってる私の写真、全部消しちゃってください。肖像権の侵害です!」

「だよねー。それは、やっちゃうけど。多分、データのコピー、取ってると思うよ? 用意周到で執念深い性質だから」

 自分の写真が、兄とはいえ他の人のスマホにあるなんてこと、とてもじゃないが耐えられない。

 八雲兄上に嫁の来てがあるか、心底心配になってきた。

「年が離れているから、可愛いんだよ。それに、その着物もよく似合ってるし。帯の結び方も変わってて可愛いね」

 伊吹さんが穏やかに笑う。

「瑞姫様、その帯、どうやって結んだんですか?」

 伊吹さんの言葉に颯希が興味津々になって問いかけてくる。

 そうか。帯の結び方が気になっていたのか。

「花結び。ふくら雀という帯の結び方の変形版。人の帯だったら結べるけど、自分では無理だから、これは結んでもらったの。基本のふくら雀なら1人でも大丈夫なんだけど」

 昨日は、文庫結びだったけど、今日はお客様のお相手をするからと、華やかに見えるように姉たちに結んでもらったのだ。

 もちろん今日は振袖だ。

「花結び……」

 颯希の表情からすると、これは帰ってから調べる気だな。

 だけどね、いくら君が私の傍付きだからといって、着物の帯を結べとは言わないからね。

 そのぐらい、自分でやるから。

 疾風にだってさせたことないんだからね。

「瑞姫、筋肉痛は大丈夫か?」

 ずっと気になっていたのか、疾風が問いかけてくる。

「もう大丈夫! 治った」

「筋肉痛? 瑞姫ちゃん、筋肉痛って何をやったの?」

 伊吹さんが心配そうに顔を覗き込んでくる。

 岡部家の人たちも大概心配性だ。

 世話好きな性格が多いため、こういったところでそれが遺憾なく発揮される。

「左腕の鍛錬と銘打って、きんとんの裏ごしをさせられました」

 心配されるより笑いを取ろう。

 そう思って正直に告げれば、一瞬吹き出しそうになったものの、とっさにそれを呑みこみ、微妙な表情になる。

 うん、優しいなぁ。

 うちの兄姉なら、長兄を除いて全員大爆笑だ。

「……左腕……そうですか。では、栗きんとんは心していただきましょう」

 穏やかに微笑んだ岡部のおじさまが言う。

 何故右腕を使わなかったのか、おじさまにはわかったらしい。

「お嬢、お嬢! 他には? 何を手伝ったの?」

 颯馬さんが食べる気満々で問いかけてくる。

「真薯の裏ごしと、まるめたの。他には……」

 ローストビーフの紐掛けとか、海老の殻むきとか、初心者でも大丈夫! 的な初お手伝いの中身を羅列していく。

 栗の殻むきは、結構大変だった。

「……お嬢、頑張ったね。確かに筋肉痛にもなるよ」

 お手伝いの内容を聞いた颯馬さんがしみじみと言う。

 労ってくれてありがとう。

 美味しく食べてもらえたらもっと嬉しいです。

「では明日は、疾風を差し向けましょう」

 おじさまがさらりとそう仰ったので、思わずおじさまを見て驚く。

 三箇日だけでも家族と過ごすようにと、代々の取り決めで岡部の者が主の許へ侍ることはない。

「ですが、おじさま……」

「お館様の許可はいただいております。どうぞ、存分に使ってください」

「……助かります」

 もう決まったことなのだと言われ、戸惑いながらも礼を言う。


 彼らが何を警戒していたのか、それを知るのはかなりあとの事だった。

アレルギー発作と風邪とを併発してしまいました。

明日の体調により更新をお休みするかもしれません。

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