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 クリスマスプレゼントは、疾風にマフラー、在原はひざ掛け、橘に手袋、千瑛にイヤーマフで、千景には何故かブックカバーになってしまった。

 本人をイメージしてのプレゼントとか思って選んだつもりが、何でかこういうことに。

 千景とはよく図書室で会うからだろうか。

 ぜひとも本も虫同盟を発足したいものだ。

 千瑛は、ツインテールをしたときにイヤーマフが似合いそうだと思ったせいだ。

 もふっと暖かそうなイヤーマフは可愛いと思うのだが、喜んでくれるだろうか。

 在原は寒がりなので、勉強するときに使ってもらおうと思った。

 橘は、何故かいつも手袋をしていないので、つい気になってしまって買ったのだ。

 なんか理由があって手袋していないのなら、失敗したけどまあ、いいか。

 受け取ってはもらえるだろう。

 疾風はすぐ私にコートをよこしてくるので、せめてマフラーだけは死守してもらおうとこれにした。

 聖歌が終わったら、プレゼントをサクッと渡して引き上げよう。

 礼拝堂近辺でうろうろしていたら、いろんな人に掴まって、クリスマスから新年にかけてのイベントに誘われてしまうので、お断りするのも気が引けるため即行で逃げる。

 一応、聖歌が終わったら集合場所を決めて、そこに集まるようにしたので、無事に逃げられるはずだ。


 楽器演奏の補欠要員というのは、本当に名ばかりで、眺めているだけの役だった。

 あ、でも! パイプオルガンを少しだけ弾かせてもらった!!

 足のペダルが複雑で、鍵盤もすごく重い。

 これを同時進行で操るなんて、いや、本当にすごい。

 エレクトーンのような感じだけど、実際の感覚はハープに近いんじゃないかな?

 足のペダルで音を変えつつ、メロディを両手で奏でるわけだし。

 エレクトーンの足のペダルはリズム系で、音を変えるのは手許のレバーだったような気がするし。

 何人か、試に弾かせてもらったけれど、そのほとんどが音すら出なかった。

 私の場合、音は出たけど、気の抜けた音だった。

 パイプオルガンというのは、日本でもかなり珍しい楽器で、あまり多くはないらしい。

 一番古くて大きいパイプオルガンが九州の私立大学の礼拝堂にあるそうだ。

 ぜひ見てみたいものだが、そう簡単に見せてもらえそうにないのが残念だ。

 とりあえず、パイプオルガンを普通に弾けるには数年がかりの根気が必要だということだけは理解した。

 ピアノを兄に破砕されたことで断念した私には到底無理だということだろう。

 しかしながら、パイプオルガンの音というのは、光を浴びているときの感覚に似ている。

 降り注ぐ音と降り注ぐ光。

 雅楽で言えば、笙の音だ。

 すごく気持ちがいい。

 そう言うと、耳がいいと言われた。

 やはり同じ感性勝負でも、音楽は私には難しいようだ。




 終業式の翌日、クリスマスの午前中に東雲の礼拝堂へ集まる。

 クリスマスイブにやたらと盛り上がる日本人だが、ミサが行われるのはイブではなくクリスマスだ。

 クリスマスパーティと呼ばれる催しは、数日前からあちこちで行われている。

 祖父が私は体調不良で欠席と断っているが、ごめんなさい、わりと元気です。

 寒さでちょっときしんで痛いけど。

 ストレスさえ溜まらなければ弱い皮膚も頑張ってくれてるし。

 まあ、以前よりは多少強くなってきているから、もうちょっと頑張れば元に戻るんじゃないかなーと思ってる。

 右側の筋力は、以前よりも上がってるしね。

 砕かれた骨をカバーするために筋肉が発達してくれたのだ。

 今は、骨も完治しているので、とはいっても、以前の骨よりも太くなっているので、全体的に左側より右側の腕の方が太い。

 一応女の子なので、そこは気にしてます。

 バランス悪いし、やっぱり多少はほっそりした腕には憧れるし。

 肉振袖とは縁のない腕だけど。

 そういうわけで、ちょっとドレスは着辛いものがある。

 着物はそう言ったところを上手に誤魔化してくれるので、着付けした直後はちょっと苦しいけれど、全体のバランスとしてはうまく誤魔化せるので助かるのです。

 とは言っても、クリスマスに着物というのも何となく浮いているような気がして、パーティには参加しづらい気もするし。

 気にし過ぎと言われれば、それまでだけど。

 御祖父様の判断には、私個人としては非常に助かってます。


 疾風と一緒に礼拝堂へ訪れたときには、かなりの人数が集まっていた。

 中等部も高等部も3年生は自由参加だ。

 外部受験を控えている者は、そちらに非常を傾けなければいけないからだ。

 内部受験でほぼ確定している者たちは、のんびりとしているため参加している者が多い。

 疾風と別れ、パイプオルガンの傍の所定の位置につくと、ミサらしきものが始まる。

 らしきものというのは、うちはしっかり仏教徒なのでキリスト教のミサに参加したことはないので、よく知らないからだ。

 しかも、仏教もキリスト教もそれぞれ宗派というものが存在するため、その宗派というもので細かいしきたりが異なってくるせいで余計にわからない。

 知らないことは無難に済ませたいと思ってしまう事なかれ主義を誰が責められようか。

 とりあえず、毎年の流れが滞りなく行われたところで聖歌に移る。

 パイプオルガンの荘厳な響きが堂内に反響し、それを覆うように様々なパートの歌声が響き始める。

 参加すよりも聴き手に回っている方が耳が幸せだ。

 少なくとも、自分の残念な歌声を聴かずに済む。

 空から降り注ぐようなパイプオルガンの音色と歌声に目を細め、余韻に浸っているうちに一連の行事が終わったようだ。

 ざわざわとした気配が漂い始め、退出する者、他の席に移動する者が出てくる。

 それに紛れ、私も礼拝堂から外へと移動した。


 あまり人が来ない集合場所へ荷物を持って向かった。

 中庭の一角で、今は水が止められた噴水がある。

 そこのベンチに座って待てば、徐々に集まって来た人たちの顔ぶれに顔も綻ぶ。

 さくっとプレゼント交換をして、年末年始のお互いの予定を確認し合う。

 皆、国内にいる予定だが、それぞれの家の行事で大忙しだそうだ。

「じゃあ、やっぱり3学期にならないと会えないわけだ」

 わかっていたが、残念なこともある。

「ま、仕方がない。3学期は短いうえに、イベントごとも多くはないし。すぐに2年になるな」

「そうだね。今度は一緒のクラスになれるといいけれど」

 そんなことを言い合って、『良い年を』と締めくくり、わかれる。

 やはり、最後まで一緒にいたのは疾風だった。

「マフラー、ありがとう。手触りがいいな」

 嬉しそうに笑ってすでに首に巻いている。

 選んだのは、シルク混のカシミヤ素材のマフラーだ。

 ストールではよくある素材だが、マフラーではそこまで見かけない。

 見た目が非常に薄いので、色合いによっては寒そうに見えるが保温性は抜群だ。

 何より手触りがいい。

 薄くて軽くて暖かいという優れものであるから選んだのだ。

「厳選したから、当然だな」

 ちょっと偉そうに言ってみると、疾風が笑う。

「タオルもそうだけど、肌触りにこだわるよな、瑞姫は」

「そりゃ、気持ちいい方が絶対いいじゃないか!」

「そうだけど。昼寝用の枕とか、ブランケットとか、妙なところでこだわってるし」

「妥協は許しません! もふもふとふわふわは正義です! 気持ちいいのは幸せだしね」

「そういうもの?」

「そういうものです!」

 肌触りって大事だと思うわけですよ。

 気持ちいいとうっとりしてリラックスできるし。

「すごく気に入ったから、疾風にも同じものをと思ってね」

「そっか」

 嬉しそうに笑ってくれるから、贈った甲斐があったというものだ。

 こういうプレゼントって自己満足かもしれないけど。

 気に入ってもらえたら、本当に嬉しいものだ。

「年末は、疾風も忙しいのだろう? 無理に顔を出さなくても大丈夫だから。私も家から出る予定はないし」

「いいのか?」

「兄も姉も皆、家にいるのに、私が外に出られるわけがないだろう? ものすごい重さの子泣き爺になりそうな蘇芳兄上がいるし」

「……蘇芳様は相変わらずか」

「深雪義姉様と仲が良いのはいいことだけれど、2人して構ってこられるからなぁ……」

 深雪義姉様は蘇芳兄上のお嫁さんで、小柄で可愛らしい方なのだが、小さな見た目と違ってパワフルだ。

 ぽややんとした印象とは異なり、全力で私に構ってくださる。

 そこが蘇芳兄上の気に入ったツボだったと後から聞いたが。

「ま、頑張れ」

 笑う疾風と一緒に車に乗り込み、学校を後にした。




     ****************




「さあ、瑞姫! 左腕の鍛錬よーっ!!」

「ちゃんとボウルを支えてあげるから、頑張りなさい!」

 冬休みが始まり、今年は平穏に新年を迎えられるだろうと思っていた矢先、人型台風が襲撃した。

「や。左腕って……右腕、使えるようになってますよ、私」

 むしろ、右腕の鍛錬をさせてくださいと茉莉姉上に言う。

「わかってないわね、瑞姫。あなたの右腕は詳しく知らない人間から見れば、立派な弱点よ。そうして、左手一本で何ができると侮られるわ。だからこそ、その左腕一本で返り討ちにしてみせるのよ!」

 拳を握り、突き上げての茉莉姉上の宣言に、私は溜息を漏らす。

「いや、戦うつもりはありませんので」

「人生は常に戦いよ。戦いに負ければ、そこで終わりなの。あなたも諦めずに最後の最後まで全力で戦いなさい。例え、相手が雑兵や小者であっても」

「そうよ。茉莉姉さんの言うとおり! 瑞姫は左腕をきっちり鍛え上げなさい。右腕も、ちゃんとリハビリしてるのなら、そうそう衰えすぎることはないのだし」

「左腕もきちんと鍛えてますよ、私は!」

 それこそ、右腕が二度と使えなくなるのではないかという恐怖と戦いながら、ちゃんと左腕の訓練はしましたとも。

 万年筆を持って文字を書く練習をしたし、お箸もちゃんと持てるようになったし。

 文字を書くだけなら、シャープペンで練習すればそれなりに読めるようになった。

 だけど、余計な力が入ってしまうので、わざと万年筆で練習するようになったのだ。

 万年筆は余計な力が入っていれば、インクが掠れて書けなかったり、滲んだりして読みづらくなる。

 お箸の訓練も、正しい握り方を基礎からきっちりやったあとに、豆を挟んで並べたり、米粒を摘まんで移動させたりと、実にイライラするリハビリをやりました。

 そのおかげで、左手でも不自由なく大体の事ができるようになったし。

 まあ、やはり、力加減は右側の方が上手くいくけれど。

「裏ごしを馬鹿にしちゃいけないわ、瑞姫。力任せにすればいいってものじゃないの。絶妙な力加減で繰り返しすることが、滑らかな舌触りの裏ごしを仕上げることになるのよ」

「…………はあ」

 真面目な表情で言っているけれど、絶対、私で遊ぼうとしているな。

「特に栗きんとんは、お節料理の中でも人気が高いの! 丁寧に美味しく仕上げなきゃ」

 基礎だけど、大事なお仕事なのよーと訴えてくる姉2人に、ちょっと呆れてしまう。

 この人たち、見た目や性格はかなりギャップがあるけれど、料理の腕前は予想に反してかなり上手だ。

 普段は絶対にしないけれど、こういう時はその実力をしっかり発揮している。

 ただ、2人揃って非常にお遊びが好きなのだ。

「茉莉、菊花! 食べ物と瑞姫で遊ばないのよ」

 はしゃぐ2人に母が釘をさす。

「はーい! 食べ物は無駄にしませんから」

 否定しなかったぞ。

 私で遊んでいたのか、やっぱり。

「瑞姫。疲れたのなら無理をせず休みなさい。料理はその時の気分で味が決まりますからね。疲れて楽しくない時は、我慢ぜずにやめなさい。料理を召し上がる方に対して失礼ですからね」

「はい、母様」

 思わぬ母の一言に、素直に頷く。

 そうか。

 料理って、食べる人のために作るから、義務感だけで作っちゃダメなんだ。

 当たり前のことに気付かされて、苦笑する。

 昔は、単に自分が食べるためだけに作ってたから、そんなこと全然考えなかったしな。

 特にうちの御節は、振る舞い料理だから余計にそうなんだろう。

 そう思いながら、真面目に裏ごしに励みました。


 結果、見事に筋肉痛になりました。

 何故背中がこわるのか、ちょっと不思議です。

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