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 生徒会選挙が終わって、学園内は一気に静まり返った。

 旧生徒会から新生徒会へ引継ぎが迅速に行われる。

 そうして旧生徒会役員が引退すると、12月が始まる。




 12月のイベントといえば期末テストとクリスマスだ。

 今年は生徒会選挙が白熱化したため、勉強が手につかずに疎かになって順位を下げたと嘆く人の姿をわりと見かける。

 授業もある程度予定範囲まで辿り着いた教科から、名目自習となり聖歌の授業に割り当てられる。

 東雲学園はキリスト教系の学校ではないのだが、何故か敷地内に礼拝堂がある。

 その建物自体、かなり古そうな感じなので、もしかしたら学園が建設される前から在るものなのかもしれない。

 ステンドグラスの薔薇窓も実に見事なもので、調べれば由緒などわかるだろうか。

 何故、キリスト教系列の学園でもないのに、クリスマスに聖歌を礼拝堂で歌うのかなど疑問に思えばきりがない。

 大体において、このクリスマスの行事と結婚式以外で礼拝堂が使われることはあまりないらしいし。

 そう、結婚式。

 東雲学園の卒業生が、この礼拝堂で結婚式を行うことがあるのだ。

 あの薔薇窓から差し込む光がとても綺麗で、ぜひにと申し込みがあるという。

 生徒がいない時間帯ならと許可が下りているのだ。

 と、いうことは、礼拝堂を守る人がいるということだろう。

 いつ行っても無人だったから、誰もいないのかと思っていた。

 壁の一角にパイプオルガンが据えられているので、堂内の音響はそれなりに素晴らしい。

 聖歌の伴奏は、このパイプオルガンで行われるのだ。


 聖歌を歌うのも、ただ歌えばいいというものではないらしい。

 必ず声の音域を計ってパートごとに分かれて歌わないといけないようだ。

 初等部の時は、ただ歌ってただけだったんだが、高等部にもなるとハーモニー重視になる。

 ちなみに中等部の時はというと、1年の時は入院中、2年の時は体力不足で歌えず、3年の時は生徒会役員として準備に奔走していたため参加できずで寂しいクリスマスを送っていた。

 今年はようやく参加できるので楽しみだ。

 しかしながらここで問題が。

 私はそこまで歌がうまくない。

 声もいい方ではないだろう。

 自分が認める美声には程遠い。

 話す声はアルトヴォイスなのに、歌うと少しばかり音域が高くなるようだ。

 パート分けの時にメゾソプラノと言われたので、そうなのだろう。

 メゾソプラノのところに向かったら、意外そうな眼差しで見られたのが心に痛かった。

 皆、私の声はアルトだと思っていたんだね。

「瑞姫様ならテナーでもいけるのかと思っていましたわ」

 そう言われた時には、心が折れそうになりました。

 さすがにそこまで低くはありません。

「他のパートに引き摺られて、音程が外れるんですけど、どうすればいいんでしょうか?」

 他の音が気になり、どうしても自分が歌う箇所でミスってしまうことに萎れ、聞いてみる。

「耳で音を追っているからじゃないでしょうか?」

 そう言われ、びっくりする。

「耳で音を拾うものでは?」

「音は身体で覚えるものですよ」

 え! そうなんだ!?

 ぱちくりと瞬きを繰り返しながら、首を傾げる。

「どうやって身体で音を覚えられるんです?」

 その言葉に皆さん固まってしまった。

「こればかりは……言葉で説明するのは難しいですわ」

「そうなんだ。どうにも自分の声が音を外すばかりで不満ばかり覚えてしまって、なかなかうまく音を覚えられない」

「瑞姫様は耳がおよろしいのですわ、きっと」

「それならば、聖歌隊よりも楽器演奏の方がきっとうまくいくと思いますわ」

「楽器、ですか? それこそ、ピアノぐらいしか習ったことがないのですよ、私は」

 とりあえず、母親のお付き合いか何かで幼稚舎の頃に少しばかりかじった程度だ。

 一般家庭のように習いに行くのではなく、先生が教えに来るところが、少し違うだけで、教わる内容は全く一緒、当たり前か。

 指の形は卵を軽く握るようにというところから始まって、後ろを向いて音階当てゲームとかやって。

 その頃までは楽しかったが、実際に弾き始めてCDの音と自分が弾く音が違いすぎることに苛立って癇癪起こしかけたころ、ピアノを置いてある部屋で蘇芳兄上が遊びに夢中になって大暴れして、そのピアノを壊してしまったので、辞めてしまったのだ。

 ちょうど10歳ほど年の離れた兄と、その随身は、木刀片手に大暴れしたのだ、ピアノが置いてある部屋だけ防音だったため、音が外に漏れないと大喜びして。

 大破したピアノに愕然となったけれど、もう習わなくてもいいと秘かに喜んだのは内緒だ。

「ピアノは楽器の王様ですもの、基礎がきちんとしていれば、どんな曲も練習次第では弾きこなせますわ」

 にこやかに微笑まれ、促され、いつの間にか私はメゾソプラノパートから楽器担当の補欠要員になっていた。

 またしても!

 今回もまた、参加できないとは!!

 まぁ、去年と違って特等席で聴けるからいいか。

 聖歌隊の練習に参加しないでぼーっと椅子に座って聴いているだけの私の姿に気付いた疾風たちに、どうしたのかと聞かれ、事情を説明したら、派手に笑われた。

 別に音痴過ぎるから外されたわけではないんだからなっ!

 多分、そうであることを祈りたい。




     ****************




 11月の終わりごろから、急激に気温が下がってきた。

 普段はここまで急激な変化はないのに、今年の気温の変化はあまりにも大きすぎる。

「いつっ!!」

 ぴりっと走った痛みに、思わず声を上げてしまう。

「瑞姫!?」

「あ。大丈夫。平気、だから」

 心配そうな表情の疾風に、言葉を返す。

 梅雨時はじくじくと痛んでいた傷跡が、今は鋭い痛みが走っている。

 急激な寒さに身体がついていけないのかもしれない。

 今もきりきりと右脚が痛んでいるが、夏場に比べれば大したことはない。

 だが、痛みを恐れた身体が庇うようにゆっくりとした動きを望んでいる。

「ちょっと、冷えただけだろう」

「寒さは大敵なんだろう? もっと暖かいコートを選べ」

 そう言って、疾風が自分のコートを脱いで私の肩にかける。

「疾風も寒いだろう! 自分のコートをきちんと着てくれ」

「俺は、寒くない。寒くなれば、身体を動かせばいいだけだし」

「駄目だ! 風邪をひく」

「引かない。きちんと体調管理をしている。もう二度と、風邪なんか引くものか」

 風邪をこじらせ、肺炎を引き起こしかけて学校を休んだ時に、私が事件に遭遇したため、疾風はことさら自分の体調管理に気を使うようになった。

 常に完全な体調で、私の傍にいるために。

「疾風が風邪を引いたら、私が世話をしてやろう」

「絶対に引かない!!」

 ぎょっとしたような表情で、疾風が拒否する。

 そこまで嫌がらなくてもいいじゃないか。

 いくら私でも傷つくぞ。

「コートかぁ……ダウンを着るのは早いだろうな」

「いいんじゃないか。別に、校則違反っていうわけでもないし」

「……コートに関しては、東雲は緩いよね」

「まあな。それで助かってる面もあるし」

 校舎内は完全快適暖房だが、通学に関しては個人で暖を取るしかないため、冬の装いとしてのコートには、細かい指定があまりない。

 色は黒・灰・白・ベージュ・茶と地味な色を選ぶこと。

 毛皮など、学生らしからぬ素材でなければそこまでめくじらを立てられることもない。

 今私が来ているのは、グレーのハーフコートだ。

 ロングにしていれば、足は痛まなかっただろう。選び方を間違えた。

 一方、疾風が着ていたのは、ベンチコートだった。

 体温が高いから、そこまで寒さを感じないと言う疾風は、冬場でもそこまできっちりと防寒しないことが多い。

 マフラーさえあれば大丈夫だと平然とした顔で言い切る。

 その疾風がわざわざベンチコートを用意していたとなると、やはり私のためか。

 困ったな。

 疾風の過保護ぶりが板につきすぎている。

 心配をかけ過ぎているということか。

「クリスマスが過ぎれば、一気に正月だな」

「年末は行事が多すぎて困る。在原たちの誘いを受けることもできない」

 話題を変えれば、渋面が返ってくる。

「神職系の家じゃないだけましだろう?」

 この寒いのに、禊だのなんだの言って、冷たい水に浸かる沐浴とかしなくてはいけないしきたりがあるらしい。

 その話を聞いたときには、神職系の家に生まれなくてよかったと、本気で思った。

 身を清める必要があるのなら、塩で清めてもいいだろうとか思うのだが、それではいけないのだろうか。

 宗像家は海水に浸かると言っていたな。

 くれぐれも心臓麻痺を起こさないでほしいと真剣に告げたら、それをやるのは男だけだから大丈夫よとにこやかな返事が来た。

 巫女を重視する家系と神巫を重視する家系とで、多少異なるらしい。

 クラスメイトが過酷な状況に置かれているわけではないと知り、ちょっとホッとした。

 ちなみに我が家では、年末の大掃除は男が行い、その間女性はお節料理作りに精を出す。

 たかがお節料理とは言えない。

 種類もさることながら、人数が半端ではない。

 おそらくは300名分ほどは最低でも作っているはずだ。

 挨拶に来る分家や、岡部家など、かつて家臣であった家々、それに会社関係などの人々をもてなすためだ。

 業者を使えばいいじゃないかという考え方もあろう。

 系列のホテルなどの料理人を集め、作らせれば簡単なのかもしれない。

 それでは、我が家に仕えてくれている人々に感謝の気持ちを伝えられないではないかと代々の当主が言うため、こればかりは本家女性の仕事になった。

 去年までは私は手伝いには入れなかったが、今年からお手伝い要員だ、下っ端だけど。

 皆のおかげでこれだけ蓄えることができた、それを存分に味わってほしい。そして、また今年一年、力を貸してほしいという意味があるため、家政婦さんたちのお手伝いもなしなのだ。

「包丁で指切るなよ」

 疾風がからかうように告げる。

「大丈夫、包丁は使わないから」

「何するわけ?」

「んー? 栗きんとんの裏ごし要員……腕がこわりそうだ」

 若者には体力及び力勝負の仕事が割り振られる。

 他にも真薯の裏ごしとかも言われた。

「……クリスマスが終わったら、そのまま翌日3学期でもいいとおもう」

「だな」

 そのあとから始まる恐怖に、珍しく疾風も同意する。


 今年はクリスマスプレゼントを渡す人が増えたから、選ぶのが大変だ。

 でも、選ぶのは楽しい。

 そう思いながら、2人肩を並べてゆっくりと歩いていた。

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