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 暗闇の中で泣いている迷子の女の子。

 辛くて怖いことから逃げ出して、帰り道がわからなくなって泣いている。

 探している人がいても、会いたい人がいても、みつからない。

 暗い場所で途方に暮れて、泣いているのだ。

 行く先がわからない、迷子の女の子。


 ふと、女の子が泣き止み、立ち上がる。

 何かを探すような素振りを見せ、走り出した。

 そっちじゃない!

 こっちに来なさい!!

 そう叫んでも、届かない声。

 君がいるべきところは、ここだよ。


「瑞姫……」


 ふわりと温かいものに包まれ、目が覚める。

「……ん……?」

 私の視界に映ったのは、制服のジャケット。

 もぞりと身動きすれば、目の縁から涙が零れ落ちる。

 泣いていた女の子は、瑞姫だった。

「起きたのか?」

 馴染んだ声がかけられる。

「あれ? 疾風? 私……眠ってた?」

 腕を枕にして突っ伏して眠っていたようだ。

 周りの風景を確認して、首を傾げる。

 図書室だ。

 あのまま眠ってしまっていたのだろうか。

「瑞姫、何で泣いてるんだ?」

 立ち上がって傍へやって来た疾風が、手を伸ばし、私の顔に触れる。

 目の傍を指先がなぞる。

 涙を拭っている仕種だ。

 疾風はジャケットを羽織っておらず、白のベスト姿だ。

「泣いて……?」

「まだ寝ぼけてるのか?」

「疾風の手が暖かくて気持ちがいい」

「…………寝ぼけてるんだな」

 深々と溜息を吐いた疾風が、大きな掌で私の頬を包む。

「起きた。夢を見てたんだ、迷子の女の子の」

「夢?」

「うん。泣いてる女の子。帰り道がわからなくなって迷子になっちゃったんだ」

 あんなに会いたがっているのに。

「そうか。早く帰り道がわかるといいな」

「そうだね」

 疾風の掌に頬を預け、目を閉じて夢の残滓を振り払った私は、表情を改める。

「もしかして、随分待たせてた?」

「いや。珍しく眠っていたから、疲れていたのか?」

「どうだろう? 疲れるようなことはしてないし。ああ、でも、早く選挙が終わらないかなっては思ってる」

「ああ。あれは煩すぎるからな。瑞姫がわざわざ表に立つ必要はどこにもない。それを勝手に思惑ばかり押し付ける方が悪い」

 過保護な疾風は、自分たちの要求ばかりを押し付けてくると、生徒会長や二宮先輩が気に入らないようだ。


 誰だって、自分を中心に世界が回っている。

 その世界の中心に自分を据えたとき、周囲が見えているか見えていないかで、対応が違う、それだけだ。

 たまに、その自分の世界の中心に自分ではなく、他の人間を据えてしまう人もいる。

 小さな星々のように、太陽の周りを回ることで、自分らしく居られると思っているのだろうか。

 私の世界の中心は、私自身ではなく瑞姫だ。

 あえて言えば、私は彗星のようなものだ。

 ほんの一瞬、通り過ぎるただの記憶の欠片。

 今は迷子になっている女の子に、この世界を返さなくてはいけない。

 そのことは、誰も知らない。

 すべてを欺き、裏切っても、悔いはない。

 何を手放そうとも、願いが叶えばそれでいい。

 もう少しですべてが片付くというのに、瑞姫だけが見つからない。


 頬に触れていた疾風の掌がふわりと動く。

「少し、熱い。熱があるのか?」

 額に当てられ、熱を測っているようだ。

「眠ってたからじゃない? 風邪をひくような季節でもないし」

「そうだといいが、まだ本調子とは言えないんだ。用心に越したことはない」

「過保護すぎー!」

「何とでも言え! 俺は茉莉様が恐ろしいんだ」

「………………激しく納得いたしました。そして、同感であります」

 長姉の名を持ち出されては、反論できない。

 女帝様は恐ろしい。

「帰るぞ、瑞姫」

「うん」

 本を片付け、図書室を後にする。

 まばらにひと気が残る校舎内を疾風と2人、並んで歩く。

「疾風」

「うん」

「サカナが網に掛かった」

「そうか。どの網に掛かったのかが、問題だな」

 大神が書記を受けるつもりになったことを告げれば、疾風がどの陣営なのかを気にする。

「サカナ自ら決めた網か、それとも網を仕掛けた者が決めたのか」

 会長職に誰が当選するのか、決まったならばその時にわかることだろう。

 私としては、どの網に掛かろうが、構わない。

 ただ、先程の反応から、大神はまだ本気で動く気はないということだけ感じ取った。

 自分が仕掛けるつもりで、逆に誰からか仕掛けられたことが不本意だったのだろう。

「問題は、2年になってから、か……」

 ぽつりと呟いた疾風の言葉に、無言で頷く。

 投票日まで、もう残りが少ない。

 そう思いつつ、校舎を出て、迎えに来た車に乗り込んだ。




     ****************




 翌日、大神が二宮先輩の下でなら書記になると、他の候補者たちの前で宣言したそうだ。

 朝からそのニュースが広まり、あちこちで話している声がする。

「君たちにはしてやられたよ」

 久々に女子包囲網が解かれ、私の机までやって来た藤堂生徒会長が苦笑しながら告げる。

「私は何も。私が動くと碌なことが起きませんので、傍観者役に徹していたいと思っていますよ、いつも」

「大神君を動かしたのは、君だろう?」

「大神様は、大神様自身の意思で動く方です。私が何をやっても動いてはくれませんよ」

「……本当にそうだろうか?」

 今日もバリトン美声だな。

 バリトンもいいが、聞くだけならバスがいい。

 超低音な声は、日本人では滅多に聞くことができない。

 テノールあたりが一番多いのだろうか?

 かすれ気味の声もそれなりに色気があってよいのだが、やはり艶のある豊かな声量の声が好きだと思う。

「やはり、どうしても引き受けてはくれないのかい?」

「先程も申し上げましたように、私が動くと碌なことが起きません。無駄な争いが起こるのなら、その原因を潰すしかないでしょう?」

「……確かに、そうだね」

 溜息交じりに同意する会長。

「まさか、たった一言でこうなるとは予想もしていなかったよ」

 私が関わり合いになりたくないと告げた言葉が波紋となって、今回の騒動になったのだと藤堂生徒会長は信じているようだ。

 上辺だけ見れば、確かにそうだ。

 私を守るために1年女子が動き、教室どころか廊下にさえ生徒会長は近付くことが許されなかった。

 二宮先輩は、本来最有力候補として悠然と構えていればいいだけの選挙活動が一変して、票獲得が非常に難しい立場へと追いやられ、劣勢に陥った。

 さらに状況をかき回すかのように、2年生から生徒会長に立候補した生徒が数人出たのだ。

 大体、1人か2人の候補者しか出馬しないはずなのに、1年生から立候補したものを含め6人ほどの候補者が乱立したのだ。

 本来なら対抗馬にさえ難しい者たちが、ある程度の票を獲得できたのは、嫌がる者を生徒会へ引き込もうとするのはいかがなものかと訴えたからだ。

 責任を自覚し、目的を持ってなりたい者が生徒会運営に携わるのが正しいことだと訴えれば、確かにと納得もする。

 そのうえで彼らは、それぞれの主張を告げたのだ。

 藤堂生徒会長の後継者である二宮先輩が訴えたのは、藤堂先輩の意思を引き継ぐということだけだった。

 具体的に何をするとも言わず、ただ、自分の後に私を据えると言ってしまったため、一時失墜したのだ。

 今は、具体的なことを言っているらしいが、二宮先輩以外の候補に投票することを決めている私は、聞いたところで自分の意思を撤回するつもりはない。

「…………」

 予想はしていなかったが、予感はしていた。

 言葉の影響力がどれだけあるのかを知っていれば。

「仕方がない。今回は君を諦めるよ。卒業していく身だ。綺麗に去っていかねばならないからね」

 穏やかに笑った藤堂生徒会長は、私に視線を落とす。

「大学で、君を待っている。次は諦めないから」

 そう言って、藤堂生徒会長は自分の教室へと戻っていく。


 ごめんなさい。

 私は大学部へ進まず、外部の国公立大学に進みたいんです。

 学びたいことが、ここの大学にはないので。

 そう声に出して告げることができない私は、生徒会長の後姿を見送るだけだった。

一部、違う表現が混じっていましたので、修正しました。


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