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 生徒会役員選挙は、混迷を極めていた。

 どの陣営も大神を欲し、逆に私を忌避する。

 当然だ、1年女子の現生徒会長に対しての鉄壁の守りを見て、あれを突破できる勇者などいないと思うだろう。

 実際、1年女子だけでなく、2年や3年の女子も私の擁護に回ってくれた。

 それでも二宮先輩は私への書記要請を撤回せず、ますます戦況が悪化しているらしい。

 二宮先輩の陣営も大神を引き入れるように説得しているが、二宮先輩が頷かないため陣営内が対立している状況も伝わってくる。

 立候補届け出から選挙まで、たかだか2週間。されど2週間。

 いつもは穏やかな学園内も殺気立っている。


 あまりにも騒がしい構内に嫌気がさして、逃避行に出る。

 目的地はやはり図書室だろう。

 ここはなかなか素晴らしい蔵書がある。

 中には稀覯本もあり、それを目当てで通う生徒もいる。

 稀覯本は、当然のことながら持ち出し禁止だからね。

 閲覧は司書の許可があれば可能だ。

 必ず司書の手から預かり、司書へ返さなければならないが。

 私の目的は大体において歴史書である。

 私がかつて知っていた世界史と、こちらでの歴史とに食い違いが生じるところがあるので、そこをすり合わせているのだ。

 まさかこういう落とし穴があるとは思わなかった私は、結構必死で読み漁っている。

 そして、歴史書というのは罠が多い。

 結論をはっきり書かずにぼかしているものもあるので、結局どっちなんだと頭を抱えるようなものもあるのだ。

 時間があれば図書室に通っているので、図書室の住人だとか読書好きという認識になっている。

 まあ、本を読むのは好きですけど。

 ライノベとか読めなくなってつらいなあと思ってます。

 こんなところにライノベなんて置いてないし。

 一般の図書館には通えないしなぁ。

 通販も考えたけれど、届けられる荷物は必ず不審物がないかチェックが入るので無理。

 そういう意味での不審物ではないが、別の意味で思いっきり不審物だもんな。

 妄想に耽られる歴史書は結構読むのが楽しいので、これで我慢しているところもある。

 今、ようやく民族大移動あたりまで確認したところ。

 この後にカール大帝が出てくるんだっけ?

 叙事詩ロランの歌のあたり。

 ロランの歌は結構好きだったな。

 最後はちょっとボロ泣きしたけど。

 ロランよりもオリビエが好きだったりする。

 こっちで話が変わってないといいな。

 そんなことを思いながら、本棚から目当ての本を抜き取り、お気に入りの場所へと移動する。

 北側の窓際。

 ここが私が決めた指定席。

 明るさが一定だから目が疲れなくていいのだ。

 ぱらりとページをめくり、読み始めたところで近くに人が立っていることに気付く。

 顔を上げると、そこに立っていたのは、大神紅蓮だった。




「やってくれましたね、相良さん」

 笑顔魔人の大神が凄みを増した笑みでこちらを見下ろす。

「何の事でしょうか、大神様?」

 知っているがとぼけることがお約束。

「生徒会役員の事ですよ。僕を推挙したのは、あなたですね?」

「いいえ。私ではありません。生徒会長には、主席を争う実力者は十数人ほどいると伝えただけで、誰が相応しいなどは一切口にしてはおりません」

「嘘だ!」

「いいえ。私は、嘘をつきません……そうですね?」

 大神の言葉を封じ、まっすぐに彼を見上げる。

 しばらく睨み合いのように見つめ合っていたが、根負けしたのは大神だった。

「そうだったね。君は嘘をつかない」

「嘘をついたところで、バレれば一緒なら、最初から嘘をつかない方がお得ですからね。無駄なことはしたくない」

「そうだね、君はそういう性格だ」

「わかっていただけて何より。誤解は解けましたか?」

「すみません。いささか頭に血がのぼっていました。少しお話してもよいでしょうか?」

 私の前の席を指さし、座ってもいいかと問いかける。

「他の方もいらっしゃらないようなので、どうぞ」

 実際、私たち以外は図書室には誰もいない。

 話したところで迷惑は掛からないだろう。

 そう思い、頷く。

「失礼」

 大神も普段の穏やかさを取り繕い、ゆったりとした仕種で椅子に腰かける。

「先程は、失礼しました。申し訳ない」

「誤解だとわかればそれで構いません。それで、お話とは?」

 本は読めないと悟り、閉じてテーブルの上に乗せる。

「僕を推挙した方をご存知ですか?」

「その場面を目撃したことはありませんので、私にはわかりません」

「君なら知っていると思ったのだけれど……」

「残念ながら、私も自分の事に手一杯なもので。火種になるのは本意ではないのですが、なかなか生徒会長が諦めてくださらないので」

「ああ。毎朝、大変そうですね」

「ええ。私ではなく、女子の皆様が」

「時折、2年生や3年生の女子生徒の姿も見受けられましたが」

「そのようです。さすがに、毎日、生徒会長が1年の教室に日参するのは外聞が悪いと窘めに来られているようですよ」

「……会長のファンですか?」

「さあ? その方々と直接お話したことはありませんので」

 嘘はつかないが、とぼけることはとぼけます。

「相良さんは生徒会長の地位には興味がないの?」

「ありません。生徒会はうんざりです」

 本心からの言葉に、大神が笑みを見せる。

「あはははは……本当に嫌そうだ。まあ、当然だよね、僕と彼の御守役だったんだものね」

「意外と暴走される方たちだったので、驚きました。しかも、穴だらけの計画書など、悪夢としか言いようがありません」

「君に指摘されたから、多少は成長したつもりなんだけれど」

「そうですか? どのように成長されたのか、知る術はありませんので、確認しようもありませんが」

「そこは、書記をやって証明すれば? って言う場面じゃないのかな」

「やりたければどうぞ? ですが、生徒会の書類は表には出ませんので、一般生徒の私には確認しようがないでしょう? 勧めませんし、唆しもしませんよ」

「………………うん。確かに、君じゃないな」

 大神が納得したように頷く。

 ここで素直にだまされる大神は、やはり詰めが甘い。

 私は確かに嘘はつかないが、とぼける時は、徹底的にとぼけて相手を騙すぞ。

 そこのところの認識がなっていないのなら、まだまだ情報収集不足だ。

「……君は、本当にやる気がないね」

「やる気はありますが、興味のないことに対しては確かにそうですね」

 誰でもそうだと思うのだが。

「君は、僕がどうすればいいかと思いますか?」

「お好きに? 書記になろうがなるまいが、会長に立候補しようが、それは君の自由です。私を巻き込まないで頂けるのなら、陰ながら応援しましょう」

 正直な気持ちを素直に伝える。

 大神の笑顔が苦笑に変わった。

「陰ながら、ですか。それでは応援していないことになりますね」

「表ばかりが総てではないでしょう。私が動けば、混乱が起こることは、君も知っているはずだ」

「そうですね。珍しく相良さんが意思表示をしたばかりに、1年女子が反生徒会長に回ってしまいましたしね」

「望んではいない展開でしたが……助かっていることは事実です」

 正直ベースで答えれば、大神の苦笑が深くなる。

「女の子たちにとって、君は理想の王子様なのだそうですよ、相良さん。女性に優しく穏やかで、だけど強い。自分を守ってくれるとわかる相手だからこそ、守りたいのだとうちのクラスの女子が言っていましたよ」

「そうでしたか。買い被られても困りますが」

 私という人間とは程遠い理想像に、困って言えば大神は首を傾げる。

「彼女たちの言っていることは、外れてはいないと思いますが? 君はどこか、生身の人間臭さが欠けているような気がします」

「どういうことでしょう?」

「お伽噺か、夢の中のような人に、時折見えます。手を伸ばしても届かない気がして、確かめたくなる」

「……無遠慮に確かめられても困ります。私は臆病な人間だ。今の段階では、接する人間が少ないほど安全ですから」

 言葉遊びはここまでだ。

 これ以上は付き合う気がないと匂わせれば、そうと悟った大神が肩の力を抜く。

「見当違いか。相良さんに接触すれば、誰か現れるかと思ったんですが」

「そのようですね。私としても思惑が知りたいところだったので、誰か来ないかと思っていたんですが」

 千瑛なら絶対に近づかないだろう。

 わかっているから、正直に告げる。

「悔しいな。今回は僕を陥れた方の思惑に乗ることにしましょう。ですが、来年は必ず引きずり出して見せますよ」

「そうですか。健闘をお祈りいたしましょう」

 やる気のない私は、やる気のない言葉を返す。

「ところで、相良さん」

 立ち上がった大神がふと私を見る。

「何方が生徒会長に当選すればよいとお考えですか?」

「……それは、当選した方でしょう」

 誰でも構わないと答えた私に、大神は苦笑する。

「君を本気にさせるのは、至難の業ですね」

「褒め言葉をありがとう」

 手を伸ばし、本を手許へ引き寄せる。

 表紙を眺め、ページをめくり、文字を追い出すと、大神が去っていく気配を感じた。


 とりあえず、大神を表舞台に引き吊り出すことには成功したようだ。

 この後、千瑛はどう動くつもりなのか、考えを聞く必要がある。

 だが、迂闊に接触はできないだろう。

 私がここにいることを突き止めたということは、誰かに頼んで私の動向を見守らせている可能性がある。

「あ! 違う!?」

 本を読んでいた私の前に新たな事実が。

 カール大帝=シャルルマーニュだったはずなのに、ただのシャルルになってる!!

 たかが名前、されど名前だ。

 昔読んでいたロランの歌のとんでも本ではシャルルマーニュが女性だったというのがあった。

 あれはあれで、かなり無茶振りで面白かった。

 来年、図書委員になって、とんでも本を探して購入してもらうのもいいかもしれない。

 委員会に所属している人間は、生徒会役員にはなれないはずだ。

 うん、これはいい考えかもしれない。

 少しばかり上機嫌になって、私は読書に熱中した。

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