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 待ち合わせは午前9時。

 場所は自然公園でピクニック。


 指定された内容に、私は少しばかり驚いた。

 男3人で何を考えて『ピクニック』という言葉が出て来たのだろう。

 この場合、お弁当についてはどう考えているのか。

 私か!? 私が作るのか!!

 よかろう。その挑戦、受けて立とうではないか。

 これでも前世では一人暮らしをしていたのだ。

 社食やコンビニランチではなく、お弁当派だったのだ。

 自炊上等! な生活をしていた。

 ある程度の知識はあるから、作れるだろう……多分。

 運ぶのは、食べる人間が運べばいい。

 そう結論付けて、我が家の料理長にピクニック用のメニューを書いて見せ、自分で作りたいので重箱に詰めるのを手伝ってほしいとお願いした。

 相良家の人間は、使用人に至るまで末っ子に甘いという現実を今更ながらに知る結果となった。




 4人分のお弁当を疾風に持ってもらって、自然公園の入り口に辿り着くと、そこには人目を惹く少年が2人、立っていた。

「……すまない、遅れてしまっただろうか?」

 そう声を掛けると、驚いたように振り返った在原と橘が、疾風を見てさらにぎょっとする。

「岡部、何その荷物?」

「何って、ピクニックと聞いたが、お弁当はいらなかったのか?」

「……弁当……」

 初めてそのことに気が付いたと、在原と橘が顔を見合わせる。

 まぁ、得てして男というモノはこういうモノだと、姉なら言うだろうな。

「瑞姫がわざわざ朝早くから作ってくれたんだ。当然……」

「もちろん、食べる!!」

「運ぶよな?」

 疾風の言葉を遮るように慌てて答えた在原の言葉と疾風の言葉がすれ違う。

「……あー……」

 非常に痛い光景に、目を覆った橘が呻く。

「すみません、相良さん。わざわざお弁当まで作ってくださって。改めておはようございます」

 爽やかな外見を裏切ってそそっかしい在原を苦笑して宥めた橘が、朝の挨拶から仕切りなおす。

「おはよう。瑞姫と呼んでくれて構わない。友達として遊びに来たのだろう?」

「重ね重ね申し訳ない。こちらの都合を押し付けるようで」

「おはよう、相良さん。ごめんなさい」

 ぺこりと頭を下げる在原静稀は、この愉快な言動から想像しづらいが、学年5位の成績優秀者である。

「気にしないでいい。こういうのは気が付いた者がするものだ」

「在原、瑞姫の作ったお弁当、食べなくてもいいぞ。お前の分は、俺が食べるから。瑞姫の料理はとても美味い」

「いや、食べる!! いただきます!!」

「遠慮しろ」

 疾風が全力でからかいにいっているとは珍しい。

 そう思って見てみれば、納得するほどに面白い掛け合い漫才が繰り広げられている。

「疾風、そのくらいにしてやれ」

「……瑞姫がそう言うのなら」

「ちょっ! ひどくない、それ!? 岡部、酷いよ!!」

 からかわれたということに今頃気づいた在原が、抗議を申し入れているが、疾風は知らん顔をしている。

「この先に、あまり人が来ないちょっとした滝があるんだ。そこに案内したくて……ああ、足場はきちんと整備されているから、無理なく歩けるよ」

 彼らを無視して橘が私に説明する。

「そうか。では楽しみに歩こう」

 私が頷けば、橘も嬉しそうに頷く。

「俺のことも誉と呼んでくれると嬉しい。細かいことを歩きながら説明させてほしいし」

「あ、僕も静稀と呼んでくれ。相良さん……瑞姫とは以前から話をしてみたいと思っていたんだ」

「そうなのか?」

 私と話をしてみたいとは、妙なことを言い出すものだと首を傾げたくなる。

「そうだよ。大神や諏訪が近寄らせてくれないものだから、なかなか話しかけることができなくてね。岡部が承諾してくれてよかったよ」

「諏訪や大神の件はよくわからないが、疾風は一定条件をクリアしていれば、問題なく頷くと思うよ」

「条件?」

 私の言葉に橘誉が首を傾げる。

「そう。内容については秘密。私は疾風の目を信用しているという意味にとってもらって構わない」

 ゆっくりと歩き出しながら話を続ける。

「わかった。俺たちはそれなりに岡部にお墨付きをもらえたというわけだ」

「そう考えてもらっても大丈夫だ。しかし、諏訪や大神のことは、私は知らなかった」

「牽制というか、威嚇というか……それこそ見当違いなところで君の傍に誰も近づけさせまいと躍起になっていたよ。まぁ、彼らも岡部のように君の傍に控えることを許されてはいなかったようだけどね」

「え?」

「俺たちは、諏訪に少々思うところがある、というわけだ。もちろん、岡部もね」

 ちょっと笑った橘は、在原に視線を向ける。

「もうへばったのか、静稀。そのくらいでは荷物持ちの役には立たないぞ」

「だけど、重い!!」

「荷物の半分以上を岡部が持っているように見えるけど」

 私以外、それぞれが荷物を持っている状態だが、嵩張っているのは疾風の荷物、しかしながらコンパクトな在原の荷物が一番重いことを私は知っている。

 あれは水筒だ。

 持ちやすさを重視しているが、中身はお茶がずっしりと詰まっている。

 重くて当たり前だろう。

 余程、在原のことが気に入っているんだな、疾風は。

「静稀、貸してくれないか? 私が持とう」

「え?」

 在原の方へ手を差し出すと、当然のことながら在原が戸惑う。

「持ち方にコツがあるんだ。手にぶら下げるのではなく、抱え込むように持った方が重さが半減するし、運びやすい」

 だから私が持つと、もう一度催促すれば、在原は慌てる。

「大丈夫! 僕が持つよ。女の子に重い荷物は持たせられないからね」

「私の方が力があると思うぞ。男女関係なく、適性がある方が引き受ければいい」

「……その考え方は、ある意味、非常に魅力的なんだけど。やはり、男の面子というモノがあるから……」

「そうか。では、在原に任せる。もうじき着くのだろう?」

 笑顔を作って、あっさり引けば、在原が目を瞠る。

「あっ! やられたっ!! 瑞姫は人を扱うのが上手いな」

 苦笑を浮かべて天を仰ぎ、唸った在原は、肩をすくめてボヤく。

「最初からわかっていたことだろう。生徒会を務めあげた人間に敵うわけないだろうが」

 橘が笑いながら告げる。

「さて、目的地に着いたことだし、まずはのんびりと寛ぐことにしようか」

 その言葉で、滝の存在に気付き、私は目を細めてそれを見上げた。




 剥き出しの岩肌。

 高い位置にあるはずなのに、切り立った崖から迫り来るように身を乗り出してくる木々。

 それらの隙間から、思い切りよく宙へ身を躍らせる水龍。

 岩へと躰をぶつけ飛沫を上げると、陽に身を曝し、虹となる。

 そうして空中散歩を楽しんだ後は、淵へと身を沈める。

 滝は水龍が遊ぶ姿なんだよと、幼い頃、2番目の兄、蘇芳が私に言ったことがある。

 八雲は3番目の兄。

 私には3人の兄と2人の姉がいる。つまり、6人兄弟だ。

 幼心に2番目の兄の頭は大丈夫だろうかとちょっと不安に思ったが、今ならわかる。

 蘇芳はファンタジー好きだったのだ。

 剣道や居合を学ぶ兄や姉とは趣を異にして、蘇芳は両手剣を学ぶことを好んでいた。

 諸刃の両手剣、つまり中世欧州やファンタジーで言う大剣だ。

 残念ながら蘇芳を勇者召喚してくれる異世界はなかったようで、現在、ごく普通に相良グループの情報系を扱う会社の社長に就任しており、新婚さんだ。

 蘇芳が言っていた滝に似ているそこは、そんなに大きなものではないが、水龍を思い浮かべるよりも神域といった張り詰めた空気の方がよく似合う。

 不浄のモノを押し流す力強さと、潔癖さ、そうして清浄なものを愛でる大らかさを感じさせる。

 マイナスイオンとかパワースポットとかよく言われるが、滝の傍でボーっとしているのは確かに心が和む気がする。

 滝壷に水が流れ落ちる音やせせらぎなどで周囲に人がいたとしても話し声は聞こえてもその内容までは聞こえない。

 今は私たち以外には誰もいないが、いたとしても大丈夫だろう。

 景色を堪能するよりも、育ち盛りは胃袋を満たす方が重要なようだ。

 よく躾けられた上品な仕種でがっつりと食事を摂る少年たちに思わず見とれてしまう。

 マナーを守りながらも、会話を楽しみ、それ以上に食事を楽しんでいる。

 作った甲斐があるというモノだ。


 彼らに比べればさほど量を必要としない私は、別の意味で満腹であった。

 好きな声優さんのために買ったと言っても過言でもないゲームであった『seventh heaven』の世界とよく似た現実。

 ここに攻略キャラのうちの3人がいる。

 実に耳が幸せである。

 これでBL好きならば、さらに別の意味で萌えるのだろうが、私はそこに萌えポイントはおいてない。

 おいてないが、滾りそうになる何かはある。

 彼らを攻略する気はないが、ぜひとも全員と友人関係になって彼らの会話に耳を傾け、声フェチ煩悩を滾らせたいなとは正直思う。

「瑞姫? さっきから静かだけど、疲れたのかい?」

「……え?」

 橘に顔を覗き込まれ、我に返る。

「瑞姫、大丈夫か?」

 心配そうな表情で秋田犬じゃなかった疾風が問いかけてくる。

「ああ、大丈夫だ。静稀と誉の声が耳に心地よくて、ちょっと聞き惚れていたところだよ。実にいい声だな、ふたりとも」

「………………」

 疾風に頷いた後に、正直に答える。

 その直後、在原と橘が目を逸らし在らぬ方を見る。

 片や真っ赤、もう片方はうっすらと頬を染め上げ恥らっているようだ。

「何かまずいことでも言ったのか、私は?」

 乙女なのか、彼らは?

 何故声を褒めて恥らうんだろう。

「いや。顔を褒められたことはあるけど、声は初めてだったから、ちょっと照れた……」

 実に恥ずかしそうに在原が答える。

「そうか。だが、顔より声がいい方が得だと思うぞ? 政治家にしろ、企業トップにしろ、人前で話すことが多いだろう? 耳に心地よい声というのは、それだけで話を聞いてもらえる。最初から最強の武器を手に入れたという点で、誰よりも優位に立てているということだ」

「顔より声とは、想像の斜め上をいくな。相良は天然だというのは、案外本当のことかもしれん」

 ぶつぶつと橘が呟いている。

「瑞姫は決して人を出自や見栄えで判断しない。きちんと中身を見て判断する。すごいと思う」

「疾風、それ、絶対に買い被りとか色眼鏡とか、そういった類だから。まぁ、顔はね、性格や表情の作り方や化粧で変わるから、見た目で判断はしないけどね」

「顔だけで判断しないと言える人は少ないから、そこは助かるけど……」

「……そこまで冷静に判断されると、すごく困るな」

 微妙な表情で話す彼らに、私はのんびりと滝を見上げて聞き流したのであった。

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