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 穏やかな表情、優しげな笑み。

 静かな眼差しが真っ直ぐにこちらを見つめている。

「ごきげんよう、相良瑞姫さん」

 目を細め、笑みを深くした3年生が、私の名を呼ぶ。

「ごきげんよう、生徒会長と書記の御二方」

 いきなりの大物登場で、在原も橘も息を詰めている。

 疾風は相手の様子を静かに窺っているようだ。

 相手の出方次第では、割って入るつもりなのだろう。

「役職ではなく、名前で呼んでくれないか?」

 甘く響くバリトンが、柔らかく要求してくる。


 うを。尾骶骨直下型の美声だな。


 鳥肌が立ちそうになるのをこらえ、臨戦態勢を整える。

「藤堂先輩と二宮先輩とお呼びしてもよろしいでしょうか?」

 相手の名前を呼ぶのは要注意だ。

 どこに地雷が潜んでいるのかわからない。

 手堅いところから探りを入れるべきか。

「下の名前はわからない?」

 首を傾げ、藤堂生徒会長が訊ねる。

「存じ上げておりますが、許可をいただいてもお呼びすることはできかねます」

 明らかな拒絶にも、藤堂生徒会長は笑みを崩さない。

 それどころか、満足げな笑みを浮かべている。

「それはどうして? なんて言葉遊びをするつもりはないから安心してくれるかな?」

「御用件をお願いいたします。本来ならば、生徒会長も書記の皆様も講堂に詰めていなければならないはず。責任者としての責務を果たされず、温室の奥まったところまでわざわざ足を運ぶほど大切な用があるとは思えませんが」

 1年生が4人、サロンで食事を終えて寛いでいるところに、用件もなしで現れるはずはない。

 厄介ごとを持ち込む気で探し当てたのだろう。

 でなければ、千瑛が用心しろと言うわけがない。

 一番忙しい今日でなく、明日でもよかったはずだ。

 後片付けも終わって、時間的余裕も生まれているだろうに。

「大事な用だよ。とても、ね」

 にっこりと藤堂生徒会長が笑う。


 藤堂会長は、所謂万人受けするイケメンではない。

 顔立ち自体は整ってはいるだろうが、好き嫌いが分かれる顔だ。

 人によっては普通と言うかもしれない。

 ただ、顔立ちよりも全体の雰囲気で印象に残るタイプだ。

 穏やかそうに見えて、底知れない感じがする。

 そういう印象を受けるのだ。


「用件は、僕ではなく、二宮が伝えるよ」

 二宮先輩に頷き、発言を促す。

「相良瑞姫さん、あなたを来期生徒会書記の任に就くことを要請いたします」

 清潔感のある爽やかなイメージの二宮先輩が、力強い声で用件を伝える。

「お断りいたします!」

 間髪入れずに言葉を返す。

「え!?」

 まさか即座に返されるとは思っていなかったらしく、二宮先輩の目が瞠られる。

「断るって……」

「ええ。お断りいたします」

 千瑛が匂わせてくれていてよかった。

 どこから仕入れたのかはわからないが、千瑛もはっきりしたことがわからなかったにも関わらず、忠告してくれていたおかげで、間を置かずに返事できたし。

「よく考えてから、返事をしてほしい。君にとってマイナス要素はないと思うんだが」

「マイナス要素はあります。そして、プラス要素はありません。生徒会書記は中等部の時に経験しましたので、充分です。二度としたくないと思っております」

「そんな! 去年、中等部を盛り立てたのは君の手腕があってこそということは、こちらでも調べている。ぜひその力を貸してほしい」

「では、私がなぜ、生徒会に所属したのかその理由は御存知でしょう? 幸いにも内申書の加点を今のところ必要としておりませんので」

 取りつく島を作ってなるものか。

 生徒会にはいい思い出などない。

 思い出すのは書類の山だけだ。

「しかし!」

「二宮、退きなさい」

 説得しようと言い募る二宮先輩を藤堂生徒会長が制する。

「会長!」

「少し、冷静さを失っているよ。相良さんの思う壷だ」

 ち。ばれたか。

「率直に言おう。君に次の生徒会長を引き受けてもらいたいと思っている」

 やはり、その流れか。

 生徒会長の判断で任命できる書記を下級生に任せるということは、会長の仕事を近くで見て学ばせ、後任に据えるということだろう。

 来期の生徒会選挙に二宮先輩が生徒会長として立候補する予定だということは予想がついていた。

 というか、ゲーム上では、二宮先輩から諏訪へ会長職が移ることになっていた。

 これもイベントで諏訪ルートの生徒会長選挙応援で成功させないと先に進めない。

 失敗して在原が生徒会長になったら、バッド・エンドとなる。

 在原でなく、私が生徒会長か。

 やっぱり話が変わっている。

 あまりゲームにこだわる必要もないだろうが、生徒会長なんて雑用係もいいところだ。

 書類の山にうなされる毎日はもう嫌だ。

「お断りいたします」

「頑なだね」

 苦笑を浮かべ、藤堂生徒会長が呟く。

「藤堂先輩、私に関する肝心なデータが抜け落ちていませんか?」

 二宮先輩よりもやはりこちらの方が強敵だ。

「肝心なデータ?」

「私は、確かに東雲学園の生徒ですが、同時に商業活動もしているデザイナーでもあるんですよ? 生徒会の人間が商業活動をしていてもいいのでしょうか?」

「……あ!」

 驚いた表情で声を上げたのは二宮先輩だった。

 藤堂先輩は微笑んだままだ。

「やれやれ。本当に手強い。だが、こちらも引く気はないよ」

 無駄に美声。

 美声の低音ボイスって悪役系に多いよなー。

 藤堂生徒会長が悪役ってことはないだろうけど。

「時間も押してきたことだし、そろそろ講堂に戻らないといけないな」

 ふと腕時計を見て、藤堂生徒会長が呟く。

「相良さん、持久戦で君に取り組むことにするよ。よろしくね」

「外堀埋めをしようとしても、無駄ですよ。籠城する気はないので、外堀が埋まったところでそこに私がいるとは限りませんから」

「……本当に、君は手強いね。じゃあ、また今度」

 ひらっと軽く手を振って藤堂生徒会長が踵を返す。

「相良さん、君が何と言おうとも諦める気はありませんから」

 二宮先輩も藤堂先輩と私とのやり取りの間に頭を冷やしたのだろう。

 熱くなっていた感情を抑え込み、朗らかに笑って生徒会長の後に続く。

「…………瑞姫、どーすんの? 藤堂さんとやりあう気?」

 心配そうに在原が問いかけてくる。

「やりあう気はないけど、生徒会に興味はない。どうしてもというのなら、どんな手段を使っても叩き壊すか、捻じ伏せる」

「もー、瑞姫ちゃんってば武闘派なんだから~」

 呆れたような笑みを浮かべ、在原が肩をすくめる。

「でも、向こうも本気みたいだから、覚悟しないといけないようだね。俺達で力になれることがあったら、遠慮なく言って」

「うん、ありがとう。その時は遠慮なく頼らせてもらうよ」

 橘の言葉に素直に礼を言う。

 頼っていいと言われると、どうして照れ臭くなるんだろう。

「じゃあ、とりあえず、千瑛たちを探そうかな? 一緒に行ってくれる?」

「了解」

 笑いあって、テーブルを片付けた後、立ち上がる。




 ふと、諏訪からもらった袋に視線が留まる。


 さて。

 諏訪はあのキャンディの花束の意味に気付くだろうか?

 在原たちは気が付いてくれたけど。

 ロリポップの花言葉。

 君は知っているのだろうか。




     ***************




 温室を出て、校舎へと戻る。

 長身4人の集団は、いささか威圧感があるらしく、すれ違っても声を掛けてくる勇者はいない。

 疾風の機嫌が悪そうだからだろうか。

 そんな中、見知った顔が声を掛けて来た。

「瑞姫様! trick or treat!」

「おや、小松の姫君」

 クラスメイトの女の子だ。

 今朝も千瑛が髪飾りをつける時に鏡を持っていてくれた子だ。

「お菓子を下さらないと、わたくし、悪戯してしまいますわよ?」

 にこやかに、悪戯っぽくこちらを見上げてくる。


 おや、これは。

 挑まれているのだな?

 君は私に挑んでいるのだね。

 よろしい。

 受けて立とうではないか。

 幸い、ここは廊下で、壁の傍だ。


「瑞姫!! 駄目だって!」

 笑顔を浮かべた私に、疾風が止めようと声を上げる。

 だが、一足遅かった。

 小松さんの耳の近くの壁に手をつき、身をかがめる。

 乙女の胸キュン上位ランキング、『壁ドン!』だ。

 私としては使い古された感があるんだけど。

 八雲兄が一番最初に言った方法だし、やるべきだろう。

「私に悪戯をしてくださるんですか?」

 手をついた方とは反対側の耳許で、そっと囁く。

「……どんな?」

「~~~~~~っ!!」

 真っ赤になった小松さんは耳を押さえて座り込む。

「……あーっと……」

「瑞姫、やりすぎ……」

 背後の男性諸君が一斉に顔を覆って溜息を吐く。

 八雲兄上、これはやはり効きすぎのようです。

「ごめんなさい、小松の姫君。悪戯が過ぎたようです」

 慌ててしゃがみこみ、小松さんにロリポップの花束を差し出す。

 最初から素直に渡しておけばよかった。

 反省。

「もう、口惜しいです!!」

 真っ赤な顔をして、小松さんが言う。

「うん、ごめんなさい」

「瑞姫様が殿方でないなんて!! 本当に悔しいですわ!!」

「え? そっち!?」

 憤慨された方向が予想外だったので、驚いて瞬きを繰り返す。

「今のが様になる殿方って、そうそういませんもの」

「あはははは……いたら、気障ったらしくて逆に気持ち悪いんじゃない?」

「それは、そうかもしれませんけれど。ああ口惜しいですわ」

 ぷくっと頬を膨らませ、口惜しさを十分に表した小松さんは、私の掌に小さなケーキボックスを乗せる。

「お返しですわ。それから、菅原様からの伝言です。中庭にいるので気が向いたら来てください、だそうですわ」

「ありがとう。じゃあ、気を付けて。よいハロウィンを」

 小松さんに手を貸し、立ち上がらせると、手を振ってその場を離れる。

「疾風、中庭だって」

「早くあの双子を回収して引き上げよう」

 何故だろう。

 疾風が言う回収するものが双子ではなくて私のような気がするのは。


 私たちは大急ぎで中庭に向かい、無事に2人と合流した後、少しばかりの情報交換をし、帰宅した。

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