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「Trick or treat!」

「You scared me!」

「Have a nice trick-or-treating!」

「Happy Halloween. All the fireworks Light up the sky. Lets go trick or treating. One by one we knock on the door. Everyone gives us sweets Everyone has a good time Now. its time to have a party.」


 廊下で英語が飛び交っている。

 いつの間にここは英語圏になったんだろうか。

 教室内は魔女やバンシー、吸血鬼に人狼がもそっと席についている。

 ハロウィンルールにはもうひとつあって、教室では声を掛けてはならないことになっている。

 つまり、教室は待避所ということだ。

 参加したくなければ、教室にいればいい。

 私といえば、自分の席に座って千瑛に髪をいじられている最中だ。

 コスプレする気はまったくなかったので、いつも通りの男子用制服姿だったのだが、教室へ遊びに来た千瑛が面白くないと言い出して、この時の為にと用意してきた髪飾りをつけているのだ。

 面白がった他の女の子たちが鏡を持って私の前に立っている。

 そこに髪飾りをつける千瑛の姿が映っている。

 どうやら小さなシルクハットをピンで留めているようだ。

 その小さなシルクハットのつばにはカボチャとカブのジャック・オー・ランタンとコウモリが乗っている。

 シルクハットということは、私は吸血鬼なのだろうか。

 間違っても魔女やバンシーではないようだ。

「でーきたっ!」

 満足そうに鏡の中の千瑛が笑う。

「まあ、可愛らしいですわ。もしかして、これは菅原様がお作りに?」

 千瑛の手先の器用さを知っている1人がわくわくした表情で尋ねている。

「うん、そう。絶対、瑞姫ちゃん、仮装なんてしないだろうから」

「勿体ないですわよねぇ」

 どうしてそこで勿体ないという言葉が出てくるのか、とても不思議だ。

 女の子たちの仮装は、圧倒的に魔女やバンシーが多い。

 ちなみに、さっき聞こえてきた会話はというと。

 『御馳走くれないと、悪戯しちゃうぞ』

 『脅かさないでよ!』

 『キャンディ強奪、頑張ってね』

 『それじゃあ、ちょっと行ってくるか。あとで戦利品でパーティしようね(超意訳)』

 こんな感じかな。

 ホントは、最後の言葉ってもう少し詩的な言い回しなんだけど、言ってる意味は大体こんな感じ。

 廊下は浮足立った空気が漂っているが、教室内はやや冷ややかな感じ。

 これを機に、気になっている方に声を掛けて親しくなろうと思っている人たちは、その相手が教室にいるのを見つけては落胆して自分の教室へ戻っているというパターンも多い。

 どうやら私や諏訪もそのターゲットになっているらしく、廊下側の窓からこちらをガン見している人が結構いるのだ。

 身動きするたびに声が上がるので、少々居心地が悪い。

 今日の授業は午前中までで、午後からはイベント一色になる。

 講堂の方には生徒会主催の会場まで出来ているそうだ。

 立食式で軽食やお菓子などが用意され、学年問わず交流できる場を提供するという趣旨らしい。

 クラスメイトの何人からか、ぜひ一緒に行こうと誘われたけれど、平穏無事な学園生活の為に丁重にお断りさせてもらった。

 何事も目立たないのが一番だ。

「瑞姫ちゃん、今日のお昼はどうするの?」

 千瑛が問いかけてくる。

「んー? カフェでボックス買って、どこかで隠れて食べる」

 食べる場所は言わない方がいい。

 絶対に襲ってくる人が出てくるはずだ。

 そう思って、千瑛に口止めしようと振り返ろうとしたとき、ちりりりっと澄んだ音が聞こえる。

「え?」

 頭を動かすと、ちりっと高い音。

 鈴?

「ち~あ~き!」

「えへへへへ。ジャック・オー・ランタンの中に鈴入れちゃった。瑞姫ちゃんに鈴だね」

「可愛いですわ、菅原様!! 素敵です」

「まあね!」

「まあねじゃない!!」

 隠れててもうっかり身動きしたらすぐにばれるじゃないか!

 あ。あとで疾風にはずしてもらえばいいか。

 でもせっかく千瑛が作ってくれたのに。

 微妙に葛藤してしまう。

「ああ、もうそろそろ時間だね。教室に戻ろうかなー」

 壁に掛けられている時計を見上げ、千瑛が呟く。

「うん。気を付けてね、色々と」

 こちらを見ている視線が気になり、千瑛に言うと、ツインテールのミニマム美少女は素直に頷く。

「瑞姫ちゃんもね。特に生徒会関連には要注意だよ」

 誰にも聞こえないように小さな声でこそっと告げた千瑛は、スカートを翻し、駆け出す。

「じゃあ、またねー!」

 元気よく手を振った美少女は、そのまま教室を飛び出した。


 生徒会関連?

 千瑛が去って行った廊下を見つめ、私は顔を顰める。

 何故、生徒会が私にかかわってくるんだろう?

 難しい表情になっていた私と、偶然教室へはいってきた諏訪と視線が合う。

「…………ッ!」

 睨まれたとでも思ったのか、諏訪が視線を落としどこか切なそうな表情で自分の席に歩いていく。

「……諏訪様の肩に乗っているのって何でしょうか? 顔が目玉の小人……?」

 不思議そうに傍に立っていたクラスメイトが首を傾げて呟く。

 あれは、妖怪の部類に入るのだろうか?

 むしろ西洋のイベントで、何故日本の親父殿を肩に乗せているのだろうか。

 諏訪の感性がわからない。理解しようとも思わないが。

「人面瘡の方が面白いと思うんだがな」

 肩につけたらわからないから、頬とか手の甲とか。

 だが、あれだと仮装にはならないか。

 残念だが、仮装ではないな、あれは。

「瑞姫様?」

「そろそろチャイムが鳴るよ。君たちも席に戻るといい」

「そうですわね。では、失礼しました」

 にっこり笑った少女たちは、それぞれ自分の席に戻っていく。

 午前中、私は教室から一歩も外には出なかった。




 午前中の授業が終わり、昼休みになる。

 ランチボックスは朝の時点で注文をしているので、受け取りに行くだけなのだが、心配性の疾風がランチボックスの受け取りは自分が行くから迎えに来るまで教室から出るなと念押しするので教室で待機中だ。

 最初の内は廊下でうろうろしていた生徒たちも、そのうち、自分の昼食の為にその場から去っていく。

 今は、ほとんど残っていない。

 そのタイミングを見計らって、疾風が迎えに来てくれた。

「瑞姫」

「うん、今いく」

 念の為にお菓子の入った小さなバッグを手にする。

 どう見てもランチボックスにしか思えない形だ。

 ここから先は、戦闘だ。

 いかにこちらの手持ちのお菓子を減らさずに、相手の悪戯を躱すかという。

 さすがに保健室という絶対安全地域に逃げ込むつもりはない。

 私が保健室に逃げ込むと想定して追い駆けた者は、女帝様の餌食になるだろう。

 子供のお遊びを拒否して、保護者のスカートの陰に隠れるような怯懦は我が家では許されないことなのだ。

 武闘派揃いだからなぁ、姉たちは。

 そして、私を逃げ出すような人間だと思った者に対して遠慮なく再教育を施すくらいやるだろう、あの姉ならば。

 そりゃ逃げ出しますが、逃げ出す場所は保護者の許ではありません。

 温室の奥です。

 私専用のカウチが置いてある場所は、サロンを利用する人でもごく一部しか知らない。

 そして、私がそのカウチを利用するときは、具合が悪い時だと思っている人が殆どなので気兼ねして近寄らないのだ。

 教室を出て、ひと気の少ないルートを選び、サロンへと向かう。

 勿論、絶対に見つからないと思っているわけではない。

「さ、相良さん! Trick or treat!」

 背後から突然声を掛けられた。

 しまった、見つかったか!

「瑞姫」

 疾風が気遣わしげに私を見る。

 聞き覚えのない声だから、知人ではない。

 ならば、兄上直伝の撃退法で。

 疾風に頷き返し、軽く深呼吸をすると背筋を伸ばす。

 表情を消して、ゆっくりと振り返る。

 そこにいたのは、見覚えのない顔だ。

 校章の下にある名札には同じ1年であることを示す青いラインが入っている。

 名札は3年間使用するため、名字の上にラインが1本入っているのだ。

 今年の1年は青、2年は緑、3年が赤という色が与えられている。

 3年生が卒業したあと、その赤は来年の1年生に与えられるのだ。

 私と同じ位置に目線が来る少年は、緊張した面持ちで私を見ている。

 そんなに緊張するなら声を掛けなければいいのにとつい思っても仕方がないだろう。

「……そう、か。私に、悪戯をする気か?」

 無表情のまま、ゆっくりと話す。

 なまじ顔が整っていると、無表情は作り物めいて恐怖感を覚えるのだと八雲兄が言っていた。

 兄の言葉通り、その少年は無表情の私に多少怯えたようだ。

「え……えっと……」

「悪戯をする気、なんだな? この、私に」

 唇の端を持ち上げるように、にいっと笑う。

 相手をまっすぐ見つめたまま、口許だけ持ち上げて笑うって難しいですよ、兄上!

「え、あ、あの……ご、ごめんなさいぃっ!!」

 慌てた少年は謝罪の言葉を残して一目散に走り去っていった。

「さすが兄上! 効果抜群だ」

 あまりにも見事な遁走ぶりに、ちょっと感動したじゃないか。

 私の感動をよそに、背後で大きな溜息が零れる。

「……八雲様~」

 頭を抱えた疾風が唸っていた。

「ちゃんと追い払えただろう? 何か問題があるのか、疾風」

「お菓子ねだられた相手が悪戯返ししてどうするんだ!」

「千瑛も言っていただろう? お菓子を恐喝するんだ、それなりのリスクがあってしかるべきだと」

 あれは至言だと思う。

 確かにそうだと納得したし。

「だから、そーゆーイベントじゃないって」

「兄上から教わった撃退法はあれだけじゃないぞ。全部試して兄上に結果がどうだったか報告しないといけないんだ」

「八雲様~っ!! 本当に何を教えたんですか」

 呻くように言う疾風の目がちょっと据わっている。

 これ以上、この話をしているのは危険かも。

「ほら、疾風! 早く行こう。お腹がすいたって」

 ぱたぱたっと足を踏み鳴らして言えば、一瞬のうちに疾風の意識も切り替わる。

「お腹空きすぎて貧血起こして倒れる前に、目的地へ行くか」

「貧血起こして倒れるはないから!!」

「どーだか。ま、その時は、俺がちゃんと運ぶけど」

「倒れない! けど、その点は信頼してますって」

 軽口を叩きながら、その場から足早に移動を始める。

 健康な胃袋を持つ身としては、食事の邪魔だけはされたくないと思ってしまう。

 先程以上に周囲に気を配り、私たちはサロンへと向かった。

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