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 東雲学園高等部の数少ないイベントがハロウィンだ。

 お菓子持込み可なのは、このハロウィンイベントが少なからず影響している。

 もちろん、バレンタインディもある。

 ただし、バレンタインは女の子が異性にチョコを贈るのではなく、男女問わずプレゼント交換日のようになっている。

 ちなみに、クリスマスは、敷地内にある礼拝堂で聖歌を歌うだけなので、イベントとしては盛り上がらない。

 荘厳な雰囲気なので、私は好きだが。


 ハロウィンのルールは簡単だ。

 お菓子は手作り。

 衣装は、校章及び制服の一部着用が義務だが、それ以外は華美になりすぎなければよい。

 華美になりすぎなければ、というのは、凝りすぎた衣装や宝石の類を身に着けないということや、剣などの小物は危険かどうかを判断することという意味だ。

 例年、何人かは金に飽かせてとんでもない衣装を作っちゃうのが出てくるらしい。

 ハロウィンは高等部だけなので、私も経験ないため詳しいことは知らないのだ。

 なので、かなり楽しみ。

 いたずらは大がかりなものは当然駄目で、本当にちょっとした、相手を傷つけない程度の可愛らしいものにすること。

 これは、随分前に校庭に穴を掘ったやつが出たからこうなったらしい。

 校庭に穴って、暇だったのか!? どんだけ暇だったんだ!!

 つか、誰も引っかからないだろう、そんな穴。




 千瑛に誘われたのは、10月に入ってすぐの事だった。

 あの事件から3年が過ぎたことになる。

「瑞姫ちゃん! お菓子作ろう!!」

 単刀直入すぎて、何のお菓子かわからず、きょとんとしてしまった私に罪はないはずだ。

「……どのお菓子?」

「ハロウィンの!! 手作りなんだから、練習しないとね!!」

「……張り切ってるね、千瑛」

 手作りルールには、実は裏がある。

 自分で作らなくても、手作りならOKなのだ。

 つまり、家族やその家の料理人でも手作りの条件さえ満たせばいいのである。

 そんなのあり!? とか、一瞬思ったけど、男子生徒にお菓子作れと言うのも酷な話ではある。

 そうして、中には破壊の手と呼ばれる味覚が破壊された前衛的な料理を作る人もいる。

 危険な真似は許してはいけない。

 お菓子をくださいと言えるのは、それが安全なお菓子を作った人だとわかっている相手のみだ。

「ちなみに、どんなお菓子を作るつもりなのかな、千瑛は?」

「うんとね、ハバネロ入り生キャラメルとー、グミ入りクッキーにウォッカのボンボン」

「最後マズい! 最後の、めちゃくちゃマズい!! お酒は駄目だって! つか、それ、全部食べれるの!?」

 私が突っ込む前に隣にいた在原が叫ぶ。

「在原、失礼ね! ちゃんと食べれるじゃない」

「もしかして、悪戯の方のお菓子だったりするのかな?」

 憤慨する千瑛に、少々青褪めながら橘が問う。

「ううん。普通にとりっくおあとりーとって言われたらあげる方だよ」

「……わかった。菅原姉弟には絶対に言わない」

 最初から私も千瑛にだけは言うつもりなかったけど、正解だったか。

「意気地がないのね、橘は。人を脅して食べ物を強奪しようとするんだから、それなりのリスクがあって当然じゃないの!」

「ハロウィンってそういうイベントだったか!?」

 在原が橘に問いかける。

 疾風は我関せずで彼らの会話を聞き流している。

「瑞姫ちゃんは何を作るの?」

「んー? キャラメルのビターとスイート2種類と、キャンディ……ロリポップっていうんだっけ? あの、棒付きの小さなキャンディって」

 本当は棒付きのアイスキャンディがロリポップだったと思うんだけど、普通のキャンディバーもロリポップって呼ばれてたよね。

 間違ってもチェーンソーを振り回している御嬢さんの方ではない。

「へえ、そうなんだ?」

「何個かまとめてリボンで結んだら、花束みたいで可愛いかなぁと思って」

「はいはいはーいっ!! 瑞姫! 僕、それ、欲しい」

「男は却下!」

 手を挙げた在原に対し、突き放す。

「それに、私はお菓子を作ったことがないから、ちゃんとうちのパティシエに協力を要請してるし」

「ま、妥当よねぇ」

 うんうんと頷く千瑛。

「人の話を聞かないで超感覚のみで作る千瑛よりも遥かに上手く作れると断言してあげるよ」

 ぽんっと千景の手が私の肩に乗る。

「……それ、褒めてるのかな? 私、喜んでもいい場面?」

 褒められている気は全くしない。

「全身全霊で褒めてるつもりだけど? 君には人の話をきちんと聞けるという実に基本的な常識がわりと身についているとね」

「……わりと?」

 やっぱり褒められてないじゃないか。

「……瑞姫は頑固だからなぁ。人の話をきちんと聞けても、筋が通らなかったら梃子でも動かないから」

 疾風が苦笑して千景の言葉を後押ししている。

「お菓子作りは理科の実験と同じで、グラム数をきっちり量っておけば、そんなに大きな失敗はしないと聞いてるけど」

 何故、私の言葉に、皆、微妙な表情になるんだ。

 うちのパティシエがそう言ってたんだが。

「つまり、設計図をきちんと描いておけば失敗はしないってことね!」

 千瑛だけが納得したように大きく頷く。

「じゃあ、私もハバネロの量をきちんと量っておくべきね」

「……私、味見は絶対にしないから」

 これだけは、きちんと言っておかないと。

「あら、大丈夫よ。恐喝犯に渡すお菓子に味見なんて必要ないわ!」

 じゃあ、何で練習しようと言い出したんだろうか。

 尋ねようかと思ったが、千瑛の後ろで首を横に振る千景の姿に、私は沈黙を守ることを決意した。




     ***************




 お菓子作りの練習は、うちですることになった。

 菅原の双子はもちろん、在原と橘、それに疾風も一緒に作るようだ。

 疾風は誰かに作ってもらうのかと思ったけど、妙なところで律儀だからな。

 日にちと時間を決め、家に帰ってからその予定を厨房の方に伝える。

 一応、場所は、厨房とは別に私が暮らしている別棟の中にも小さなキッチンがあるので、そちらを使うつもりだ。

 道具が色々揃っている厨房は確かに便利だろうが、そこは料理人たちの場所であって、私が使っていい場所ではない。

 前回のお弁当も別棟のキッチンで作ったのだ。

 女の子なら料理やお菓子作りに興味を持つかもしれない、だが、厨房では彼らの邪魔になるから、そこそこ作れる場所をついでに作っておこうと考えた御祖父様が別棟建設の時に組み込んでくれたのだ。

 大変ありがたいとは思うのだが、普段は全然使わないので、もったいないような気もする。

 厨房へ予定を伝えた後、自分の別棟へ戻ろうと廊下を歩いていたら、八雲兄と遭遇した。

「瑞姫、厨房に何しに行ってたの?」

 用事もないのに立ち寄る場所ではないため、八雲兄は不思議そうに私を見下ろす。

「ハロウィンのお菓子作りの助力を乞いに坂田さんのところへ行ってきた」

「ああ、もうそんな季節か。あれは、大変なイベントだからね」

 自分の時のことを思い出したのか、八雲兄の表情がやや引き攣る。

「そんなに大変なイベントなのですか?」

「そりゃあね。自分が想定していた以上の人からお菓子を要求されるんだから、手持ちがすぐになくなって、毎年、どれだけ用意すればいいのか、本当に悩んだよ」

 そんなにか!?

 思わずドン引きしそうになり、ふと気づく。

 この兄が、お菓子を全部奪われるはずがない。

 きっとうまく丸め込んで、悪戯回避する技があるはずだ。

「兄上、ちょっとご相談が……」

「うん。可愛い妹からの相談なら、いつでもどうぞ」

 にっこりと爽やかに笑って頷いた八雲兄が身をかがめる。

 内緒話で相談を受け付けるということか。

 八雲兄の耳許に顔を寄せ、こそこそっと相談事を告げる。

 くすぐったそうにその話を聞いていた兄は、楽しげに頷き、その回答を実演してくれた。

「……なんと! そういう切り返しがあるとは」

「瑞姫なら、上手にできそうだね。期待しているよ」

「いや、しなくていいです。上手くできたらそれはそれで問題だと思うので」

「女の子相手なら、いいんじゃないかな?」

 兄上、そこが大問題だと思うのですよ。


 久々に八雲兄から色々な情報を手に入れた私は、ご機嫌状態で別棟へと戻っていった。




 そして、数日後。

 予定通りにお菓子作りを皆ですることになった。

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