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 何事にも全力で。


 座右の銘はこれにしようか。

 実力テストの最中に、ふと思いつく。

 うん。懐かしい話、昔の私がそうだったんだよね。

 そこそこ器用そうに見えてかなり不器用で、失敗ばかりしてたけど手を抜くということができなかった。

 今は?

 ハイスペックな瑞姫のおかげで、手を抜くということもありだということは覚えました。

 そうそう、全力といえば、もぐらたたきならぬG叩き!

 悲鳴あげながら新聞紙とかハエ叩きとかでバシバシやってたなぁ……。

 スリッパはやったことないですよ、もちろん。

 後でそれを履かなきゃいけないってことをしっかり理解してたら、絶対、スリッパでは叩けない。

 ここじゃGという存在を見たことがない。

 その名称も聞いたことがないので、存在するのか知らない。

 まあ、あえて聞いて確かめたい存在ではないので、さっくり無視しちゃってますけど。


 解答欄をすべて埋め尽くして、溜息を1つ漏らす。

 いくら、外見の瑞姫がハイスペックでも、中身は私なのだ。

 問題が多すぎれば処理ができないし、難しい問題であれば逃げ出したくなる。

 ピタゴラスの定理のように、はっきりした理論が展開されているならば、公式にあてはめて問題を解けるのに。

 私に降りかかる問題は、数学のように答えが簡単には導き出せないモノばかりだ。

 テストを受けながら、しきりにこちらを気にしている諏訪とか。

 昔から何考えているのかわからないタイミングで話しかけてくる大神とか。

 いや、大神の目的は、大体わかっている。

 私に関するデータを集めているのだろう。

 接触してくるのは、私の反応を見るためだ。

 問題を提議し、どう処理をするのかを知るためだ。

 それが解析のためのプログラムになる。

 大神は、自分で描いたシナリオ通りに人を動かすことを得意としている。

 登場人物の性格などを細かく把握し、自分が持っていきたい結果を導き出すためにはどう動かすか、常に考えているのだ。

 親友である諏訪は、大神にとって格好の駒と言える。

 目立つ存在であるため、陰に隠れるにはちょうどいい相手なのだ。

 諏訪の感情すらもコントロールできると自負しているところがあったが、春休みの詩織様に失恋したときの諏訪の荒れようは、完全に彼の手綱から放れてしまったようだ。

 それゆえ、私に丸投げしてきた。

 諏訪を落ち着かせるには、私が適役だと判断したのだろうが、自分が思っていた方向とは真逆に落ち着かせた私に警戒したようだ。

 大神にとって、理詰めに動いているように見えて、実は感覚で動いている私は一番苦手なタイプなのだ。

 だから、常に慎重にこちらの動きを眺めている。

 もうしばらくは、大神は泳がせておいても大丈夫だろう。

 何か仕掛けてきたとしても、大神が一番嫌がる方法で封じることは可能だ。

 うん。我ながら性格が悪くなったな。

 当面の大きな問題は、律子様だろう。

 これもしばらくの間は御祖父様に任せておいて大丈夫だ。

 むしろ、私が動かない方が律子様の動きを見極めるのにいい。

 今は、放置が一番だな。

 相良が動かないことに気付いて、徐々に怯えるだろうから。

 感情で動くタイプって、相手のリアクションがないと、我に返って怯える人が意外と多いんだよなー。

 相良の人間は、殆ど自分のカンで動くタイプが多いから、人目を気にしないというか、リアクション関係なく結果だしちゃうんだよね。

 これは、良いように見えて悪い点だ。

 在原の件は、とりあえず片が付いた。

 梅香様のことについては、あの後、菊花姉上をシめ……厳重に抗議しておいた。

 あんな強引な手を使って、梅香様に万が一何かあったらどうしてくれるんだ。

 一条の秀明さんが手の早い方でなかったからよかったものの、心に傷を負わせる可能性だってないとは言えなかったのだ。

 千瑛と千景は、相変わらずなのでいいとして。

 橘は、どうするか。

 本人がまだ何も口にしていないことだし、現状維持でいいことにしよう。

 自分の中での作戦会議を終えたところで、チャイムが鳴る。

 解答用紙を後ろから集め、先生が回収し終える。

 これで、テストは終わりだ。




 筆記用具を片付け、鞄に入れる。

 明日から通常授業が始まる。

 多分、明日はお土産の嵐なんだろうなあ。

 ふざけたことに、東雲の高等部はお菓子持込み可なのだ。

 もちろん、コンビニ菓子など持ってくる者などいないのだが、高級パティスリーのショコラとかマカロンとか、まあその手の類が配られる。

 小袋わけなど可愛らしいものではない、おひとり様ボックスで配られるのだ。

 サロンで優雅にティータイムをするときのお茶菓子はたいていその戦利品だ。

 私も疾風も、そこまで甘いものは得意ではないため、一応、ありがたくいただくものの、たまに処分に困ったりする。

 甘いもの大好きの在原がいてくれてよかった。

 一緒にいただいたという形を作って、在原に全部食べてもらうのもひとつの手段といえるだろう。

 そのサロンに諏訪が居たら、在原が『瑞姫ちゃん、大好き!』と叫んでハグしてくるだろうが。

 あれは、在原なりの諏訪に対する嫌がらせのようだ。

 まるでクマのぬいぐるみのようにぎゅうぎゅうと抱き締めてくるので、かなり苦しいが、甘んじねばなるまい。

 あの嫌がらせ中の諏訪の表情が崩壊していて、結構楽しいのだ。

 ゆっくりと帰り支度をしていたせいで、うっかり諏訪が近づいてくる気配に気付かなかった。

「相良」

 横に立った諏訪が、申し訳なさそうな表情で立っている。

「母が相良に対し、申し開きもできないことを言った。俺から、謝罪する。すまない」

 許せとは言わずに頭を下げる諏訪。

「……何のことでしょうか? 私は夏の間、入院していましたので、社交界の事は全く知らないのですが」

 今回は見逃してやると言外に匂わせれば、諏訪は苦しげな表情になる。

「母は、相良を諏訪に貰い受けると言った。さすがにこればかりは許されないと思う」

 馬鹿正直に言いやがった、このど阿呆め!

 見逃してやると言ってやったのに、自分で退路を断つな。

 思わずため息をついた私は悪くないと思う。

 律子様も売り言葉に買い言葉だったのではないかと思ったのだが、違うのか?

 いや、これは、布石の1つになるな。

 ふと過った考えに、私はそれもありかと頷く。

 お仕置き前に、息子の逆襲にあうのもいいかもしれないな。

 いい具合に、教室の中にひと気はない。

 諏訪が私に声を掛けたときに驚いたのか、それとも気を利かせたのか、一斉に教室から出て行ってしまったのだ。

 君たち、級友の危機を助けようという気はないのか?

 ないんだろうなぁ。

「諏訪。律子様の言葉の意味をどのように理解しているのか、尋ねてもいいか?」

 取りようによっては、この解釈は非常に諏訪伊織という人間に過酷なものだということを、多分、彼は理解していない。

 その証拠に、諏訪は頬を染めて私から視線を逸らした。

 こいつの頭の中は、お花畑か! おめでたい奴だな。

「その……相良を俺の……婚約者として……」

 やっぱり。

 もう一度、深々と溜息を吐いた私は、絶対に悪くないと思う。

 諏訪の根底が善良にできているのは、悪いことではないと思うが、これでは無理だ。

「それも、考えられないことはないが、可能性としては低い方だぞ」

「え!?」

「……わかっていなかったのか」

 私の言葉に、思わずといったように振り返った諏訪に、私は憐みの視線を向ける。

「文字通りの意味だとは、受け取れなかったのか?」

「それは、どいういう……」

「君は、現在の諏訪家の数字を見ているだろう? 数年前の数字から、どれだけ下がった? 率直に問おう。悪化した業績が回復する見込みはあるのか?」

 おそらく、現在の諏訪家の業績は、低空飛行だ。

 辛うじて外枠を保てているといった数値しかないはずだ。

 取引先は、常に相良の動向を気にしており、何かあれば前回同様すぐに手を引く準備は整えている。

 現当主の手腕はそれなりに大したものだが、回復させるための起爆剤には欠けている。

 そして、次代に至っては、能力的には問題ないだろうが、思考回路がお粗末だ。

 勘違いしている選民思考が矯正されない限り、ついてくる者などほとんどいないだろう。

「……それは」

 数字を思い浮かべた諏訪の表情が強張る。

 無駄に頭はいいんだ、無駄に。

 ちゃんと数字が理解できている。

 感情を挟まなければ、経営者に向いていると言えるかもしれない。

「数字が下がって行っている原因も、わかっているな?」

「……ああ」

「それを簡単に回復させる方法がある」

「あるのか!?」

「君を廃嫡して、私と養子縁組をし、私を次代当主に据える」

 そうすれば、相良は全面的に諏訪をバックアップする。

 当然、相良を敵にしたくない者たちは追従し、業績は一気に安定化に向かうだろう。

 実に簡単な話だ。

 相良が許せば、の前提条件が付くが。

 まあ、諏訪財閥を飲み込むつもりなら、頷くだろう。

 私も、養子縁組をしたからと言って、諏訪の人間になるつもりはない。

「そんな馬鹿な!?」

「もうひとつ、あるぞ」

「何を……」

「分家から養子をとり、その者を次代当主にする。そうしてその次代の婚約者に私を迎える」

 その言葉に、完全に諏訪の顔色が変わった。

 該当者に心当たりがあるのだろう。

 勿論、珂織さまだ。

 諏訪の若手の中では確実に人望があり、能力に遜色なしということで注目されている人物だ。

 そうして、諏訪家の中で、唯一私と懇意にしている人物でもある。

「まさか!?」

「その、まさかだ。私と養子縁組をするより、そちらの方が確かだな」

 のんびりとした様子で告げれば、諏訪の表情が引き攣る。

「それで、君はそのままにしておいていいと思っているのか?」

「諏訪の後継ぎは、この俺だ!」

「そうだな。律子様は、あくまで当主夫人であって、諏訪の権限を握っているわけではない。当主が次代の指名を覆さない限りは、ないだろう」

 だが、万が一ということもある。

 私の視線を食い入るように受け止めた諏訪が顔を起こす。

「母の暴走の件、改めて謝罪に来る。少し時間をくれ」

「かまわない」

 諏訪の言葉に頷けば、諏訪は自分の鞄を乱暴に握りしめ、教室を出ていく。


 さて。 律子様?

 ご自分の息子からの逆襲を、どう防ぐおつもりかな。

 まさか、息子から刺されるとは思うまい。




「……本当に、性格悪くなったなぁ、私ってば」

 がりがりと髪をかき乱しながらぼやいた私は、サロンで待っているだろう友人たちにどう言い訳をしようかと考えながら、教室を飛び出した。

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