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 夏休み終盤、無事に退院した。

 今回、トラブルらしきことがなくホッとした。

 そう思って、ふと気づく。

 どんだけトラブル体質なんだ、私っ!?

 いや、私がトラブルを起こしてるわけじゃなくて、何故かトラブルが持ち込まれてくると、思いたい。

 地味に目立たなく、平穏に。

 ただそれだけを思っているのだが。


 夏休みの課題も、前半中にすべて終わっている。

 コツコツやっていれば難しくはないというレベルしか、東雲は夏の課題を出さない。

 何せ、避暑を海外でというセレブが多い学園だ、課題ばかり出していては父兄から文句が出ないとも限らない。

 普通はもっと出せという文句が出るらしいが、ここは逆だ。

 尤も、休み明けの実力テストでどれだけきちんと勉強していたかは、はっきりわかるので遊び呆けていれば恥をかく。


 疾風は入院中、宣言通り、毎日顔を出した。

 そしてなぜか、弟の颯希もかなりの頻度でくっついてきた。

 私としては嬉しい限りだ。

 退院後も颯希は別棟の方へよく顔を出すようになった。

「瑞姫様、ご機嫌いかがですか?」

 今日も疾風と一緒にやって来た颯希が元気よく挨拶をする。

「さっちゃん、今日も来てくれたのか? ありがとう。機嫌も気分も上々だ」

 可愛いなぁと思いながら、笑顔で挨拶を返す。

「瑞姫様! 僕のことはさっちゃんじゃなくて、さつきとお呼びください! 僕も瑞姫様付きにしていただいたのですから」

 はきはきした口調で颯希が言う。

 その後ろで憮然とした表情の疾風が立っている。

「颯希! 控えろ。まだ、おまえの役付きは決定していない」

「ほぼ決まったも同然です。僕は、瑞姫様にお仕えすると決めていたのですから!」

 むっとした様子で颯希が疾風に言い返す。

「……疾風、さっちゃん。岡部で何があった?」

 御祖父様からも父からも、何も話はなかった。

 当然、岡部の当主からもだ。

 私が入院している間に、何があったのか。

「まだ何も」

 疾風が淡々と返す。

「何か起こる前に、瑞姫様の警護を厚くする必要があると父は考えているようです」

 まっすぐな視線で颯希が告げる。

「何故、私だけ? 姉たちはいつも通りだったが」

「大伴様のパーティの出席が話題になったようだ。あちこちから招待状が届いて、少し問題が起こった」

 憮然とした表情のまま、疾風が答える。

「お館様がそのすべてに、瑞姫の体調不良を理由に欠席を告げたら、病院の方へ強引に来ようとした阿呆がいてな。岡部の方で止めることができたが、その件で、諏訪が動こうとした」

「諏訪が? 何のために?」

 その問いかけに、疾風と颯希の表情が一気に歪む。

「疾風兄! 何で諏訪を潰さないんですか!? あんな家、厄災でしかないのに!! 絶対に要らない!!」

 颯希から紡ぎだされた言葉は、嫌悪と拒絶。

 それも、生半可なものではない。

「あんな家でも、巨大企業だ。潰せばそこの従業員が路頭に迷う羽目になる。経済界が破綻する。彼らに罪はない」

 冷静に告げる疾風だが、そう自分に言い聞かせているようにしか見えない。

「でもっ!! あいつらが元凶じゃないですか! 瑞姫様をつらい目に合わせて! それなのに、きちんとした謝罪もせず、さらに問題ばかり起こして!! あんな奴ら、いらない!!」

「さっちゃん!」

 思わず手を伸ばし、颯希を抱きしめる。

 それ以上の言葉を言わせたくなかった。

「……瑞姫様」

「いい子だね。さっちゃんは、本当に優しい、いい子だ。ありがとう。でも、それ以上は口にしちゃダメだよ」

 耳許でそう囁き、ふかふかで柔らかな髪を撫でる。

「…………瑞姫様……」

 おずおずと伸ばされた腕が、ぎゅっとしがみついてくる。

「でも、僕、口惜しいです! 瑞姫様の髪、あんなに長くて綺麗だったのに……こんなに短くなって。それに、稽古だって。疾風兄を投げ飛ばしてあんなに格好良かったのに、乱取りすらできなくなって……」

 ちょっと、颯希君。

 君の中の私のイメージって、一体……!?

 最初はいいけど、そのあとの疾風を投げ飛ばしって、どんだけ凶暴認定されてるのっ!?

「あのね、さっちゃん。例え怪我してなくても、もう私は疾風を投げ飛ばせないよ? どれだけ身長と体重差があると思ってるの? さすがに重いよ」

「重い……」

 疾風の顔が微妙なものになる。

 いや、平均体重から考えれば、標準よりは筋肉質な分、重いだろう。

 太っているっていう意味じゃないからね。

「さっちゃんならイケるかもしれないけど」

「瑞姫様っ! 僕、瑞姫様をお姫様抱っこぐらいできますよ!!」

 むっとしたのか、颯希が至近距離から私の顔を覗き込んでくる。

「それと、さっちゃんじゃなくて、颯希です! これから颯希と呼んでください。いいですね!」

「え? ああ、うん。ごめんね、そうしよう。颯希」

「はい」

 にっこりと嬉しそうに笑った颯希は、私から離れる。

「それから、僕が瑞姫様をお嫁さんにしますから」

「颯希!」

 颯希の嫁発言の直後、疾風の鉄拳が颯希に落ちる。

「いたっ!! 何で!?」

「当たり前だろう!! 自分の歳を考えろ! マセガキが。第一、オヤジが許可するわけがない」

「でも絶対、あいつらには渡さないっ!」

 何だろう、この兄弟喧嘩モドキは。

「疾風。詳細を言え」

 目を眇め、疾風に問う。

「……諏訪当主夫人が、瑞姫を貰い受けるのは諏訪だとどこかのパーティで仰ったようだ。その真偽を問い質すこともあって一時、周辺が騒がしくなった」

「律子様か……」

 多分、言い出すだろうとは思っていた。

 私を傷物にしたという思いが律子様にはある。

 その責任を取るのなら、私を諏訪伊織の妻に据えるのが最良だと考えたのだろう。

 普通、これが一般的な考え方なのだ、この世界では。

 しかしながら、相良や岡部にとっては屈辱でしかない。

 互いが想い合っていない婚姻など、不幸なだけだ。

 そんな思いを誰が大事な子供にさせるモノかと、一族中が怒り狂っているのが想像つく。

 私とて、諏訪伊織の嫁よりも颯希の嫁の方が遥かに心穏やかに過ごせるというものだ。

 本当に小さい頃の疾風を見ているようで、さっちゃんは可愛いのだ。

「疾風、皆に手を引くように伝えてくれ」

 私の言葉に疾風が驚く。

「しかし!」

「御祖父様以外、黙るようにと。御祖父様にとりあえずのところはお任せする。だがな、頃合を見計らって、私が直接、律子様にお仕置きするつもりだと、な」

 ゆっくりとした口調でそう告げれば、青褪めた疾風がぎこちなく頷く。

 颯希も押し黙ってしまった。

「……だから、言っただろう。相良の中で一番怒らせたら恐ろしいのは、瑞姫だって」

「疾風?」

 颯希に耳打ちする疾風の言葉が引っ掛かり、名前を呼ぶ。

「うわっ!! はい!?」

「誰が、何だって?」

「何でもないっ! 何でもないって!!」

 びくっと引き攣った疾風が慌てて誤魔化そうとする。

「まあ、いい。諏訪が動いたのなら、近々大神も動くはずだ。動向に気を付けてくれ」

「大神……わかった」

 表情を改めて、疾風が頷く。

「颯希」

「はい!」

 元気よく返事をする颯希の頭を思わず撫でる。

「瑞姫様!」

「ああ、ごめん。随身の件、岡部から打診があれば、受けようと思う。ただし、疾風を外さないという条件でだ。それでいいか?」

「はい! 僕、精一杯、瑞姫様にお仕えしますから」

 嬉しそうに頷く颯希の後ろで、疾風は複雑そうな表情だ。

 それも仕方ないだろう。

 疾風ひとりでは私の警護が間に合わないと判断されたのだから。

 私としても不本意な状況になっているのだから、ここは疾風にも妥協してもらわないと困る。

 祖父も父もおそらくは私の外出時に警護の者をわからないようにつけるつもりなのだろうことが推察される。

 彼らと密に連絡を取り、指揮を執るのが疾風の役目になる。

 その間、私の近くに誰もいないということが、相手の狙い目になっては困るのだ。

「頼むぞ、疾風」

「承知した」

 仕方ないと頷いた疾風に笑い返し、間もなく始まる2学期に思いを馳せた。

 試験、絶対にこの怒りをぶつけて1位を取ってやる。




     ***************




 2学期が始まり、登校すると、教室内は騒然としていた。

「おはようございます、何事でしょうか?」

 笑顔を作って問いかければ、教室内が静まり返る。

「どうしました?」

 もう一度、ゆっくりと問い直せば、近くにいたひとりがおずおずと話し出す。

「相良様のご婚約が決まったと噂が流れて……」

「兄がひとり結婚しておりますが、それ以外はまだそのような話は決まっておりませんが?」

 首を傾げて疾風を見やれば、疾風も無言のまま頷いて見せる。

「そ、そうですか」

「ええ。ああ、兄のひとりが、近々婚約者となる女性を口説き落として連れてくるとは言っておりましたが……どんな方なのか、今から楽しみで」

 くすくすと笑って言葉を重ねれば、何処か唖然としたような表情で皆がこちらを見つめている。

「や、八雲様がですか?」

「いえ。長兄です。ひと回りほど年が離れておりますので、皆様には馴染ないと思いますが」

 上品な笑顔を心掛けて言えば、ほっとしたような空気が漂う。

「ああ、もしかしたらその兄のことが噂になっていたのでしょうか?」

「ええ! そうですね。きっとそうなのでしょう」

 誘導するように仕向ければ、穏やかな空気が戻る。

 これで諏訪本人が何かを言い出すまでは、押し通せるだろう。

 自分の席まで移動し、鞄を机の上に置いたときだった。

「瑞姫っ!! 瑞姫ちゃーん!!」

 バタバタと廊下を走る足音が響き渡り、教室に飛び込んできた少年が私に抱き着く。

「もう大好き! 愛してるよっ!!」

「うわっ!! いたっ!!」

 ぎゅうぎゅうと力一杯抱きしめられ、ぐりぐりと頬擦りされる。

「在原っ!! 離れろ! 瑞姫を放せ! 痛がってるから!!」

 私が漏らした『痛い』という言葉に反応した疾風が、顔色を変えて在原を引き離す。

「岡部、乱暴! 瑞姫への親愛表現を邪魔しないでほしいんだけど」

「瑞姫を抱き潰すのが親愛なら、俺がお前を蹴り潰してやるが?」

「え? 僕、潰してた?」

「潰しかけてた!」

「……そこ、よそのクラスで漫才するのやめなさい」

 疲れ果て、げっそりした表情で注意すれば、ふたりとも私を振り返る。

「ごめん、瑞姫! 大丈夫だった?」

「……本当に潰されるかと思ったよ」

「ごめん。本当に嬉しくて、想いが溢れかえっちゃった」

 へらっと笑う在原に少々殺意が芽生えそうになる。

 似たような身長とはいえ、相手は男子だ、力はある。

 手加減なしで抱き着かれればさすがに苦しい。

「その様子だと、上手く収まったようだな」

「うん。瑞姫のおかげだよ。そう言ってた、向こうも」

「そうか。よかったな」

「うん」

 本当に嬉しそうな笑顔で何度も頷く在原。

 相手が悪い方ではなかったため、傷付けずに双方上手く収める方法を探して悩んでいたから、本当によかったと思う。

「瑞姫のおかげだよ、本当に」

「いや。それは違う。少々姉が力技で押し切ってしまってな。申し訳ないことをしたと思っていたんだ」

「そうなの? そんなこと、全然……ああ。そうか」

 首を横に振っていた在原が、ふと何かに気付いたように頷いた。

「確かに無茶振りと言えるかも。力関係考えると」

「そうなんだ。まあ、あの方の性格の一面以外は、非常に優秀な方だから、受け入れる側としては宝を手に入れるようなものだと思うんだけど」

 年が離れすぎていなければ、在原も割り切って受け入れていたかもしれない方だったのだ。

「そうだね。幸せになっていただきたいとは思ってるよ」

 にこやかに笑って、在原がその話を締めくくる。

 次にこの話をするときは、きっと公の場での祝福の時だろう。

 そろそろ教室に戻るようにと促そうとした時だった。

 扉がガタリと鳴る。

 その異様な音に、教室内にいた者たちが一斉に扉を振り向く。

「……あ……」

 そこには驚いたような表情の諏訪が立っていた。

 諏訪の姿を認めた者たちの表情が一変する。

 音の原因がわかってほっとしたような表情を浮かべ、再び自分たちの話に戻る者。

 憧れの諏訪様の姿にうっとりと見惚れる者。

 そうして、夏休みの間に起ったことを知っている者の表情は厳しいものだった。

「静稀、疾風、そろそろ教室に戻れ」

「……でも……」

「新学期早々H.R.に遅刻か?」

 冗談めかして言えば、仕方なさそうに肩をすくめ、その場を離れる。

 諏訪とすれ違う際、疾風はしっかりと諏訪を睨んでいた。

 大人げないぞ、疾風。

 苦笑を浮かべた私は、そのまま諏訪の存在を無視して自分の席に座る。

 諏訪の表情など見なくてもわかっていた。

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