表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/176

27

 検査と治療とリハビリの日々。

 今回は右腕は触らないことになっている。

 まだ皮膚の厚さが足りないせいだ。

 右足を中心に治療とリハビリを行う予定だ。

 複雑というか、粉砕骨折をした人ならわかると思うが、足の向きを少し変えるだけでも痛みが走ることがある。

 これは、相当長い間経ってもやっぱり痛むのだとか。

 リハビリによる緩和ケアを適切に行っていかないといけないらしい。

 取り出したボルトとか、相当大きくて長かったからなぁ。

 生きるか死ぬかを乗り越えた後だから、この痛みくらいは大したことないことだと思って耐えるしかないのだろう。

 時々は、やっぱり痛いけど。

 まあ、ずっと痛い状態から、時々痛いという状態に落ち着いただけ、遥かにましだと思う。

 急に動かなければ、大丈夫ということなんだから、普通の生活にも支障はほとんどない。

 リハビリの一環で、同じ怪我をした人の体験談を聞くというものがある。

 日常のどういう動作に気をつけなければならないとか、リハビリがつらくて何度投げ出そうかと思ったとか、人それぞれ、いろんな話が聞ける。

 早く治りたいがために、無茶なリハビリをしかけてかえって症状がひどくなったという人もいた。

 うん。わかった。先生はこれを私に聞かせたかったんだな、きっと。

 基本的に言われた通り淡々とリハビリをする私は、それがつらくて逃げ出したいと思うことはない。

 少しずつでも、身体のコントロールが戻ってきていると実感することは嬉しい。

 そうして、そのリハビリプログラムは、私の現状に合わせて、プロが考えたものなのだ。

 言われた通りコツコツとやるのが一番の近道だと、きちんとわかっている。

 だが、逆に医師たちとしては、思春期とか反抗期頃の子供が、文句も言わずに淡々と言われたことをこなしている姿が不気味に見えるらしい。

 言うことを聞かない身体にストレスを感じ、感情を爆発させる子供が多い中、静かに落ち着いて言うことを聞く私が奇異な存在だと捉えているようだ。

 そりゃ、そうだろう。

 これでも中身はアラフォーなのだ。

 否応でも分別はついている。

 逆切れしたところで、余計に身体が痛いだけだ。

 無駄なことはしない。

 そんなことを考える子供はいないだろう。

 だから、カウンセラーまでやって来たこともある。

 あの時は何でカウンセリングを受ける必要があるのだろうかと思いっきりきょとんとしてしまったため、カウンセラーも苦笑していた。

 カウンセリングの結果としては問題なしだった。

 状況判断に優れ、理性的に対処できているため、現在のところ、問題なしというのが正確な診断結果だ。

 ただ、前向きに、理性的にすべてを処理しようとするため、ストレスを感じていてもそれを認識できないことがあるため要注意とも言われた。

 理性的でも感情的でもないんだけどなぁ。

 このカウンセリングの結果、先生方の対応の仕方が少々変わったことは確かだ。

 説明の仕方が大人対応になったからだ。

 勿論、専門的過ぎる言葉は噛み砕いて、わかりやすい言葉に変えて説明してくれるが、『今の状況は、こうなっています。最終目的はこうです。こういう理由で、次はこれをします』的な全体の流れと細かい流れの両方をしてくれるようになった。

 子供用の説明は、『次は何をする』というような目の前の細かい流れしかないことが多い。

 その説明に納得できれば、大人しく従うので扱いやすい子供に見えてきたのだろう。

 わからない時は、とことん喰らいついて聞くけど。




 病院での生活は、主に午前中にいろんなことが集中している。

 採血は週2回程度、起床時間前あたりに何本か取られる。

 それと同時に、酸素の血中濃度とか体温も測られる。

 起床時間になったら、朝の支度をして、朝食を摂る。

 朝の支度中に、週1回、体重を測られる。

 勿論、体重の計測結果は極秘事項です。

 乙女の秘密ですから。

 朝食が終わったら、本格始動。

 検査やら治療やら、その日のスケジュールに基づいて動くことになる。

 リハビリは、部屋で出来るものは基本、特別室の中で行う。

 リハビリルームに行くときは、人が少ない時間帯を狙う。

 私の存在が、リハビリを行う人たちのストレスになってはいけないからだ。

 別に、黒服はボディガードを連れ歩いているわけじゃないけどね。

 基本的にリハビリ中は、自分の世界に入り込んじゃっているわけだから、あまり人を気にしないと思うんだけど。


「はい、今日はここまでにしようか」

 今日はリハビリルームでの訓練の日だった。

 器具を使っての脚のストレッチで汗が滲みだしてきたころが、終了の合図だ。

 身体にかける負荷というものは、それぞれの訓練で決まっているらしいが、基本的には汗がにじむ程度が一番効果があるらしい。

 汗だくになるほどリハビリするのは、実は身体によくないらしい。

「はい。わかりました」

 ストレッチしていた身体を起こし、深呼吸を1つする。

 心拍数を一定にするため、リハビリは腹式呼吸や深呼吸が基本で、自分の呼吸に注意するようにと常に言われた。

 深く息を吐いて、吸う。

 これだけで滲んでいた汗も引いてしまう。

 息を吐かないと、息は吸えないから、必ず息を吐いてから吸いなさいと、教え込まれた。

 ついでに深呼吸はダイエット効果もあるんだよと、リハビリ専門医が笑って教えてくれた。

 よし、いいこと聞いた! いつか、実行してやる!!

「ちょっと今日は負荷が大きすぎたかな? なかなか汗が引かないね」

 タオルで汗を拭いてもまだ額に滲む汗に気付いた先生が困ったように呟く。

 今日は新しいストレッチをしていたのだ。

 ゆっくりと足の向きを変えて股関節付近の筋力を鍛えるというものだそうだ。

 筋肉フェチじゃないので、筋肉の名前には詳しくありません。

 なので、どの筋肉を鍛える運動なのかはさっぱりです。

「そうですね。ちょっと右足がいつもより痛かったです」

「そうか。じゃあ、休ませた方がいいね。帰りは車いすで帰る?」

「歩きます。歩行が一番のリハビリだと仰ったのは先生です。ゆっくりでも歩いて戻ります」

 車いすは嫌いだ。

 リノリウムの床と車いすの組み合わせは、妙な不安に駆られてしまう。

 だから、断固拒否してしまう。

 それに、車いすの数には限りがある。

 私が使ってしまえば、それを今必要としている人が使えなくなってしまうではないか。

「わかりました。相良さんの意思を尊重しましょう。だけど、杖を使おう。右足を休ませてあげた方がいいのは確かだから」

「先生の言葉に従います」

 妥協案を告げられ、素直に頷く。

 意地を張るつもりは毛頭ない。

「じゃあ、用意するから少しだけ待っていて」

「はい」

 担当医が松葉杖を用意する間、私はタオルで汗を拭きとりながら、暑そうな外の風景を眺めていた。


 病院という場所は、ちょっとした休憩箇所がかなりある造りになっている。

 小さな個人病院だとそうはいかないだろうが、大きな総合病院では待合室自体がかなり広い。

 受付窓口がいくつもあり、初診や再診が別々の窓口にわけられていたり、診察終了窓口と、会計処理窓口に支払窓口、処方箋受け渡し窓口と、やたらと窓口が多い。

 ずらりと受付の前に置かれたソファには100人くらいは軽く座れそうだ。

 そして、ぞれぞれの診療窓口の前にやはり相当数のソファが置いてある。

 トイレ付近にも横になれる長さのソファが必ず2つは置いてある。

 他にも付添いの人たちが待つための椅子があちこちに設置してある。

 特にリハビリルームから受付窓口までの道のりにあるソファの数は非常に多い。

 リハビリ後に体調崩す人とかも中に入るので、すぐに休めるように置いているらしい。

 他にも出窓風にして腰掛けられるように桟を大きく作っていたりとか、アートなオブジェ風の椅子とかもある。

 なので、リハビリに通う入院患者も外来患者も、どちらも安心してリハビリができるのだ。

 病室に向かうには、一旦、ロビーへと出て専用エレベーターに乗らなければならない。

 リハビリルームは、受付から見ると一番奥にある。

 病室に辿り着くまで、結構な距離を歩くことになる。

 その途中に座る場所がなければ、私とて歩くなど言わずに素直に車いすのお世話になっている。

 休めるからこそ、歩く気になるのだ。

 ゆったりとしたペースで松葉杖をつきながら、私は歩く。

 もしものことがあるので、リハビリ中の患者には担当医や看護師が付き添っている。

 部屋まできちんと送り届けてくれるのだ。

 これは、どの病院でも、どんな患者でも、リハビリ中なら同じことをされるだろう。

 のんびりと歩けるように、決して急かすようなことは言わない。

 だからこそ、歩きやすいと言えるだろう。

「あれ?」

 私についていた担当医が、ロビーに目をやり、不思議そうな表情になる。

「相良さん、あの方、もしかしてお知り合いの方じゃないんですか?」

 そう言われて、ふとそちらの方を見やれば、小さなバスケットに花束と何かを詰めた女性が何かを探すようにきょろきょろしている。

 そうして、その女性は何かに気が付いたように受付の一番端にある入院患者の受付の方へ歩いていく。

「う~ん。なんでだろう?」

 私はその女性を知っている。

 ここに用があるとは思えない人だ。

 何かを聞き終えたその人は、受付窓口の人に丁寧に頭を下げ、謝意を表すと、受付の奥にあるエレベータに向かって歩き出す。

 歩き出した直後、その人は私の姿を捉えた。

「あら、驚きましたわ」

 おっとりとした口調で呟いた女性は、少しばかり首を傾げる。

「相良瑞姫様でいらっしゃいます?」

「ええ、そうですが。あなたは?」

 一応礼儀として名前を聞かなければならない。

 彼女が誰なのか、もちろん知っている。

 知ってはいるが、会ったことがないので、初対面という言葉が正しい。

「申し遅れました、わたくし、藤原梅香と申します」

 にこやかに告げる梅香様に、私はどうしたものかと判断に迷った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ