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 ゆっくりと部屋の中に沈黙が降りる。

 私の言葉を待つ諏訪、何も言わない私。

 どういう答えがほしいのか、考える事すら面倒だ。

「あの時も」

 何も言わない私にしびれを切らしたのか、諏訪が話し始める。

「誰もが俺の想いを否定した中、おまえだけが認めてくれた。それがどんなに嬉しかったか……なのに俺は」

「そのことについて、ひとつ、言っておこう。諏訪」

 フラグは折るためにある。

 断言しよう。

 フラグは立てるものではなく、折るものだと。

「あの時の自分の精神状態をわかっていたか、諏訪? おまえは、間違いなく壊れかけていた」

「……あ……」

「おまえは、精神的に弱すぎる。脆いと言った方が正しいか。想いを捨てきれない自分と、他の者の言葉が正しいと思い従おうとする自分とで揺れていた。その振幅が激しすぎるゆえ、精神に異常をきたしかけていた。部屋で暴れて、中を壊しまくったそうじゃないか。大神に聞いた」

「それは……」

「誰も対処法を見つけられず、私に押し付けて来たんだ、何とかしてくれと、な」

 対処法なんて簡単だ、カウンセラーをつければいい。

 それだけのことを体面を気にしてできないのか、思いつかないのかわからないが、やらなかったということが諏訪サイドの基盤の弱さだ。

 挙句の果てが、被害者側である私に事態の収束を押し付ける。

 呆れない方がおかしいというものだ。

「だから、何とかしてやっただけだ。認められずに壊れかけるのなら、認めてやればいい。それだけだろう?」

 疾風が捜し回るかもしれない。

 早く遊戯室に行かないと。

「……相良」

「実際、おまえの詩織様に対する想いは、『恋』じゃない。異性に向ける想いじゃなく、母親に向ける思慕だった。それが母親ではなかったため、おまえは恋だと思い込んだ。独占欲は酷かったが、所謂『欲』は一切なかった」

「なぜ、そんなことを……」

「答えは簡単だ。詩織様に無理やり手を出そうとしたことは一度もないだろう? お行儀よく傍にいただけだ。普通なら、衝動的になるはずだ、おまえの性格上。そして、そんな話題は一切外には漏れたこともないし、おまえの態度が変わったこともなかった。非常にわかりやすい」

「……なっ!! なんてことを、おまえっ!!」

「正直に答えただけだが、気に食わなかったか?」

 真っ赤になった諏訪が声を荒げるが、怒っているのではなく恥らっての言葉だった。

「私が認めただけで、おまえは落ち着いただろう? 誰でもいいんだ、別に。自分の想いを認めてもらえれば。そうすれば、冷静に戻れる。冷静になったおまえは、父親に試された。それが、分家筆頭の横領問題だ。あれは、随分前からわかっていたことだ。相良の方で調べたというのは本当だ。私の身を守るための切り札の一つだったからな。それを祖父がおまえの父親に見せ、諏訪当主はおまえが次期当主としてどういう判断を示すか、書類に紛れ込ませたというわけだ。分家筆頭の処分を決めたとき、おまえは詩織様に対して罪悪感は覚えたけれど、喪失感は感じなかっただろう? 自ら失恋を決めたというのに、前回のような落ち込みを人に見せず、自分も感じなかった。違うか?」

 畳み掛けるように告げる私の言葉に、諏訪は呑まれている。

 気分が高揚している時なら、気にもかけない言葉だろうが、下降気味の時には他に圧倒されてしまうという不安定さ。

 それを自覚して、コントロールできなければ当主としてはやっていけないだろう。

「どうして、それを……」

「言っただろう? おまえは、わかりやすい、と。人の上に立つ者としては致命的な欠点だ。そもそも、2年前の事件で、一番莫迦なことをしたのは私の名を呼んだ詩織様ではなく、おまえだとういことをわかっているのか?」

「……え?」

 茫然とした表情で私を見つめる諏訪。

 やっぱりわかっていなかったか。

 現当主は、この莫迦息子をどうするつもりなんだ?

 人に教育まで押し付ける気か!?

 もしそうだったら、全力で諏訪家をぶっ潰すぞ、マジで。

 勿論、潰すだけの権力も何も持ってないので、兄姉に泣きつくことになりそうだけど。

「ああ、わからないのか。簡単なことだろう? 襲われた時におまえがスマホのSOSアプリに触れればそれだけでよかったんだ。その時点で警備部に連絡がいく。同時にGPSでおまえたちの居場所が警備部にわかるから、2分で辿り着けた。私が係る間もないうちにすべてが終わる。どうだ?」

「そんな! 俺は……」

「詩織様を解放しようと、無謀にも大人4人に対し、抵抗を試みていた。一見美談だが、あまりにも愚かな行為だ。子供が大人にかなうわけがない。おまえが諏訪家の人間だったから金蔓の息子だから殺さずに排除しようと向こうも手加減していただけだ。おまえのそのすぐに感情的になる癖を何とかしないと、本当に命取りになるぞ」

 深々と溜息を吐いてみた。

「それに、学習しないという点も致命的だ。襲われて、抵抗しようとして怪我をした。抵抗の仕方がわからなかったからだ。それなら、自分の身を守り、周囲の者も守れるように護身術を学ぼうと思うくらいのことは、普通、考えるはずだ。実際に襲われた経験があるなら。しかし、おまえはどうだ? 何もしなかった。つまり、何も学ばなかったということだ、あの事件から」

 以前とは違い、真剣に私の言葉を受け止めて咀嚼しようと宙を睨みつける表情。

 多少はマシになったが、まだ足りない。

「それでも、私に友人と認められたいか?」

「認められたい。相良と友人になりたい」

「では、私のメリットはなんだ?」

「え?」

 意外なことを聞いたとばかりに、目を瞠った諏訪が私を見る。

「……これも、か……本当におめでたいな」

 本心から呆れたぞ。

「名家と呼ばれる家の出で、友人関係を築くというのなら、お互いにメリットがなければ意味がない。私の場合は、私の顧客という人脈と、そこから齎される情報、そして私自身の解析力だ。まあ、尤も、私の持つ解析力など姉たちに比べれば大したものではないがな。他にも多少はあるが、大体、そんなものだ。在原と橘もすごいぞ。在原もある程度の人脈を持っているが、彼の語学力は素晴らしい。現時点で5ヶ国語を流暢に話せる。今、ラテン語を習得中だそうだ。最低12ヶ国語を話せるようになりたいと言っていた。現地語で商談ができるのなら、こちらに有利にまとめることができるからな。静稀なら問題なく習得できるだろう」

「まさか!」

「本当だ。私ですら、3ヶ国語で精一杯だ。フランス語とイタリア語まで何とかなって、あとドイツ語を覚えねばならんだろうが。おまえは英語以外、何処の国の言葉を習得している?」

 固まっている諏訪の顔を覗き込み、英語だけだと悟る。

 まあね、予想はつく。

 諏訪家は神巫の家系だ。

 基本的に日本語さえというか、祝詞さえわかればいいという環境の中で育っている。

 グループ企業の中では珍しく、海外進出に消極的な一族だし。

「橘誉も独自の人脈を持っているし、その情報網も独特だ。それに、なかなかの雑学王で博識だ。学問より知識に特化して学んだ結果だろう」

 ゲーム設定では、橘は橘家当主と芸者の息子だ。

 そのことを揶揄されて鬱屈が溜まっていたのを残念主人公に慰められるという展開だったが、ここではちょっと違う。

 橘家当主夫妻と誉の実母は幼馴染という鉄板設定だ。

 夫人は生まれつき心臓が悪く、子供を産めない。

 だけれど、当主の子供が欲しい。

 代理母はこちらでもまだ許可が下りてないので代理出産は無理だった。

 そこで、彼女は幼馴染に頼んだのだ、夫の子供を産んでほしい、と。

 惚れっぽくて気風がいいまさに芸者の見本のような誉の母親は、わりとあっさり承知したのだ。

 芸者の仕事をするには子供が邪魔だから引き取ってくれないかと、生まれたての子を幼馴染の親友に託した。

 普通、そこで実母は姿を消すのがお約束なのだが、彼らは実に大らかだった。

 隠しておくべきだろう事実をあっさり公表し、それどころか息子を連れて生みの親のお座敷に行くのだ。

 事実を公表しているのだから、他の芸者衆からの受けはいい。

 客の情報を決して漏らしたりはしない芸者衆だが、母親に会いに行く息子ならば気付くことがある。

 そういったことで、橘はちょっと変わった情報収集ができるのだ。

 ちなみに、私も橘のお母さんのお座敷に行ったことがある。

 いい声をした三味線が上手な芸者さんであった。

 カッコいい女性は好きだと、彼女を見るたびに思うのである。

「それで、諏訪。おまえが私にくれるメリットはなんだ?」

 今のところ、デメリットしかないことはわかるだろ。

「詩織様に傾倒しすぎで、ろくに人脈を持たず、大した情報を得ることもできず、感情的になりすぎて冷静な判断が下せない。それが、現時点でのおまえだが、それでもメリットがあるのなら言ってみろ?」

 言っておくが、私は諏訪のことをそこまで憎んだりとか嫌いだったりはしていない。

 何故なら、いい声だからだ。

 ゲームでは王道ルートの主役の1人だけあって、声優陣も相当張り込んだらしく、美声で有名な人気声優が中の人であった。

 他愛ないことを話す分には、いい声だけあって聞き惚れる。

 声フェチにとって、好みの声というものは、それだけで価値がある。

 中身がどれだけ残念だろうと、声が良ければ許される。

 私と関係ないところで、好きなだけ喋ってくれとすら思っている。

 聞くだけ聞くから! 聞き耳立てるから!!

 だから、話しかけなくていいよ。

 そう思う程度には諏訪の声が好きだ。

 中身に価値を見出すことは今のところないが。

「まあいい。自分にメリットがあると思ったら、言いに来てくれ。そこから考えよう。それまで諏訪伊織は、私にとって知人以下の存在だということを理解していればそれでいい」

 そこまで告げて、私は立ち上がる。

「では、夏休みが明けるまでさよなら」

 そう言って、私は自分の部屋を後にする。


 部屋を出たところでこちらに向かって歩いてくる疾風の姿を見つけた。

 やっぱり、時間を食い過ぎたか。

「疾風!」

 片手をあげて、合図すれば、疾風が走ってやってくる。

「瑞姫、こんなところで何をしていた」

「んー……外に出て暑かったから、汗拭き?」

「……ごめん。聞いた俺が馬鹿だった」

 神経質になりすぎたと耳を赤くして告げる疾風に笑いが出る。

「遊戯室へ行こう!」

「ほんと、ビリヤード好きだよな、瑞姫は」

「おじさまに教えてもらったからね。勝負してやろうか?」

 にやにや笑って答えれば、仕方なさそうに疾風が頷く。

「大伴様が初心者の在原にビリヤードの基礎を教えて特訓なさっている最中だ。在原はゲームするつもりらしい」

「いいね。楽しそうじゃないか!」

 喜ぶ私に疾風が肩を落とす。

「ものすごく不安だ」

「大丈夫だって。手加減してあげないけどね」

 そう言って笑うと、私たちは地階にある遊戯室へと向かった。

週末はムーンさまの方の作品を更新する予定ですので、こちらの方の更新が滞るかもしれません。


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