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 あ、御曹司がいる。

 そう思ってよく見たら、顔が諏訪で残念だった。

 御曹司というのは、今流行ってるアニメの主役格のひとりの渾名だ。

 あのとぼけたキャラが結構好きなのに、諏訪だとはすこぶる残念だ。

 まあ、確かに御曹司だけどね!

 半袖のYシャツにライトグレーのネクタイと同系色のパンツという制服スタイル。

 東雲の制服と色だけなら似ているけど、誰が作ったんだろう、この制服。

 現実逃避をしたいときは、大体、くだらないことを考えちゃうよね、私って。


「姿を見かけて声を掛けようと思ったら、騒ぎが起きて……割って入ればよかったと思ったが。すまない」

 落ち込んでいますというような表情と声で告げられて、何のことかと一瞬、考える。

「騒ぎ……?」

「東條家分家の令嬢だ」

「東條? 聞き覚えのない家だな」

 一瞬、東條凛の名が掠めたが、現時点では東條家と私の接点は何もない。

 考えるように小首を傾げ、首を横に振る。

「おまえは知らなくて当然だ。名家とは程遠い葉族の末端だからな」

「その、東條の分家の娘がなぜ私に?」

「東條本家には後継ぎがいない。分家も女ばかりだ。だから、本家の当主にふさわしい男と婚約した娘を後継ぎにするという話が出たらしい」

「それで?」

「下世話に言えば、男漁りというのか? パーティというパーティに顔をだし、名家の男に声を掛け、ことごとく振られているらしい」

 だから、どうしてそこで私への悪意になるんだ?

 視線で先を促せば、諏訪は言いたくなさそうに口を開いた。

「本家の当主にふさわしい名家の男と言われて、最上級クラスを狙った阿呆だ。同じ葉族を狙えばよいものを、神皇天地狙えば、結果は知れているだろう? 彼らは相良の娘に選んでほしいと願っているのだから」

「……は?」

 女帝と女王の間違いでは?

 たまに逆ハーレムな状態を見ることがあるけど。

 女帝様の場合は、白衣で有名な巨塔状態ともいうが。

「もしかして、私の悪口を言いたてて詩織様につく振りをしていたのは、おまえを取り込むためか?」

「俺は東雲で令嬢たちを見慣れているんだ。あんな品のない女を相手にするか」

「また明後日な方向で攻め込んできたなー。この場合、気の毒にというべきか?」

 嫌そうに顔を顰める諏訪に視線を流して問いかける。

 四族間での婚姻に何も問題は起こらないが、四族と葉族では四族側が全く相手にしないという現状がある。

 葉族は分家が独立した形で本家から切り離された家だ。

 下手すると離反した家と取られることもある。

 葉族でも藤原から独立した家は名家と呼ばれるものもあるが、その実態を知るものからすれば失笑ものである。

 戸籍貸しをして財を成した家があるからだ。

 名家とは呼ばれない成り上がり商家は、商売をするうえで箔をつけるために彼らと養子縁組をするのだ。

 縁組をしたことで商家は義親に謝礼を支払う。

 そうやって維持する家に何の価値があるのかと。

 四族は彼らを不快に思うのだ。

 不快な存在にがっつり狙われていい気持などするはずがない。

 特に諏訪など、詩織様以外に目をくれなかった男だ。

 まとわりつかれれば最悪な機嫌になることだろう。

「だから、見かけたときに止めに入ろうと思った。だが、あの場に詩織がいたし、何より、おまえなら俺よりもうまくあしらえるだろうと思った」

「そうか」

 詩織様と顔を合わせづらかろう。

 大目に見るとするか。

「さて、ここでの立ち話は暑いので場所を移したいのだが」

「すまない。怪我の具合は大丈夫か? 暑さで悪くなったりしないのか?」

「古傷だ。暑さでは別に痛まない。と、いうか、暑さで傷が腐りそうな表現はやめてほしい」

 私の指摘に諏訪が固まる。

 ちょっと顔色が悪くなった。

 どうやら傷が腐っていく様子を想像したらしい。

 想像力が豊かなのは褒められるべき事柄だが、何を想像するかは内容によりけりだと自戒すべきだと思うぞ。

「今までのことを色々と話したい。どこか人が少ないところを……」

「私の部屋へ行くか? おじさまが私に用意してくださった部屋がある。2階だ」

「案内してくれ」

 素直に頷く諏訪と連れ立って、奥へと向かう。

 エントランスホールの階段は人目がありすぎるのであそこから2階に上がる必要はない

 客人に解放されたスペースからプライベートスペースへと移動する。

 喧騒から隔離された静かな廊下を歩き、奥の階段から2階へと上がる。

 その階段の近く、中庭に面した部屋が、私に用意された部屋だ。

 幼い頃からお祖母様に連れられて大伴家へ遊びに来ていた私が、幼いゆえに疲れてすぐ寝入ってしまうので、ゆっくり眠れるようにとおじさまが用意してくださったのだ。

 今は、七海さまのお供で遊びに行った帰りに泊まらせてもらっている。

 淡い青と白の壁紙は静けさを感じさせる。

 部屋の調度はその壁紙に合わせて整えられている。

 あえて言うのなら、カントリー風だろうか。

 赤毛のアンをイメージしたけれど、それだと私に合わないので色を調整してみたと自慢げに仰っていた。

「意外だな」

 部屋に入るなり、諏訪が目を瞠る。

「おじさまの趣味だ」

「……あ、そうか」

 ここが大伴の家であることを思い出し、諏訪は納得する。

「そちらのソファに座ってくれ。お茶を出せなくてすまないが」

「いや、大丈夫だ」

 ソファに座った諏訪が、首を横に振る。




「友人ではないと言われて、ショックだった」

 ひとしきり部屋を眺めた諏訪が、ぽつりと言った言葉がそれだった。

「あれで、目が覚めた。今まで散々迷惑かけて、その上、助言までもらっていたのに、わかっていなかった」

 ほう。やっと理解できたのか。

「俺が今までどれだけ己の立場に甘えて来たのか、気が付いた」

 今まで見た中で、一番まともな表情だった。

 スタート地点にようやく立ったのだと、その表情でわかる。

「まず、詩織のことだが、分家の跡継ぎの娘が本家の俺と婚約などできるわけがない。そのことに気付かなかった俺もそうだが、詩織もそれに気付かず、弟のように思っていると言ったことで分家の跡継ぎの資格がないとわかった。そのことに気付いて初めて、他の家の者たちが俺のことをどう思っているのか理解できた。さぞ、愚かしいと嘲笑ったことだろう」

 うん。笑ったとも。

 分家の跡継ぎが本家に嫁ぐことはできない。

 その一言を言えば、両者とも傷つくことなく諏訪は自分の想いを諦めることを選べた。

 それだけの頭と理性は持っている。

「あの事件も、詩織の一言で相良が轢き殺されかけたということに重きを置いていなかった自分に呆れた。おまえに逃げろと言った詩織は優しい人間だと思っていた。おかしな話だ。助けを求めるなら、声を上げて危険を知らせても、傍にいる者の名前を呼ぶなと言い聞かせられてきたはずなのに。あれは、相良をわざと狙わせる目的で告げた一言だった。詩織がお前を殺そうとしたんだ。何の関係もない、ただ居合わせただけのおまえを」

 自分が信じていたことを根底から覆されるのは、かなりつらい。

 それこそ、自分という存在すら揺らぐことになる。

「俺たちに会いたくないと言ったお前の言葉は正しい。誰が自分を殺そうとした人間に会いたいと思うものか。それなのに、見舞いを許そうとはしないおまえを聞き分けのない奴だと思っていた。おまえのリハビリを見るまでは」

「見たのか、あれを?」

 何のフラグだ。

 あんなもの、お坊ちゃんが見るモノじゃないぞ。

「父に連れられて、見た。リハビリがあんなにきついものだとは思わなかった」

 両手に顔を埋め、首を横に振る諏訪。

 見たのは歩行訓練か。

 脇の高さのバーが左右両方にあり、そこに掴まり、あるいは脇に挟んで体を支えながら足にかかる負担を減らしただひたすら歩く訓練だ。

 ただし、いきなり歩くのはいろんな場所に負荷がかかるので、筋肉をほぐすストレッチを行った後にやる。

 萎えた足で歩くため、身体を支えてもまっすぐには歩けない。

 しかも、足が上がらないため、よくこけるのだ。

 こけても、基本的には助けてもらえない。

 起き上がることもまた訓練だからだ。

 歩くと同時に、身体に衝撃が少ないこけ方を学び、そうして諦めないことを学ぶ。

 あの訓練は、ちょっと意地になるのだ。

 派手にこけるため、近くでリハビリしていた人が助け起こそうと手を差し出してくれるのだが、それを全部断り、自力で立とうとみっともなくもがいては何とか立ち上がる。

 なにせ、片腕も見事に使えないのだ。

 両手がつけないと、上体を起こすことも非常に難しい動作になる。

 見る人がやきもきしてしまうので、それが伝わってストレスに感じてしまうので、見られたくなかった。

「人それぞれだ。私はきついとは思わなかったぞ。うまく立ち上がれたときは、得意絶頂になっていたな」

 手足が思うように動かないことを嘆くよりも、先日より確実に動けてることに喜びを感じていたため、実はリハビリは好きだった。

 リハビリ担当医が思いっきり褒めてくれるのも好きな理由だったけれど。

 自分がきちんとしたことを褒めてもらえるのは非常にうれしい。

 だから、リハビリを熱心にしていたのだ。

 お手軽な性格と呼んでくれ。事実だから、これに関しては怒らないぞ。

「俺たちが、おまえをあんなつらい目に合わせたんだと、あの時思った」

「もう過ぎたことだ」

「憎まれても仕方がないと思った。だが、実際には違ったんだな」

 諏訪の視線は相変わらず足元に落ちている。

 私の顔を見ることができないらしい。

「おまえが無関心を装うことで、俺や分家への報復を抑えてくれていたんだな」

「装ったんじゃない。どうでもよかったんだ。自分のことに対して必死で」

「どちらでも構わない。だが、助かったのは事実だ」

 諏訪グループは、あの事件直後、本当に屋台骨が揺らぎ、潰れるのではないかと思われるほど業績悪化したのだ。

 相良からの報復を予想した者たちが一気に手を引いたせいもある。

 実際に相良が報復措置を取ったのは、諏訪分家筆頭のみである。

 あれで借金が余計に膨らんだとか聞いたけど、聞かなかったことにした。

「先日、俺に渡された書類の中に紛れ込んでいた不正疑惑のメモは、父がわざと入れていたものだとわかった。そして、集めた資料も思った以上に簡単に集まった。相良で集めたものだと後から聞かされた」

 息子への試練にしたのか、諏訪当主は。

 息子を廃嫡にするかの見極めだったのかもしれない。

「俺が未熟であることが、あの資料集めひとつでもわかった。これでは、おまえに認めてもらえなくても当然だ。あれらはおまえの指示だったと聞いた」

「それは、違う。私ではない」

「いや、おまえだと確かに聞いた」

 ようやく諏訪の視線が私に向かう。

「こんなに差があるのなら、友人ではないと言われても仕方がないと理解できた」

 はっきりとした眼差しでこちらを見る諏訪に、私は溜息を吐く。

 これからの展開が鉄板なシナリオに向かうのではないかと、ちょっとうんざりした。

昨日UPした19話は後程大幅改定いたします。

眠気と闘いながら書くと、書き落としが結構あるのです。

申し訳ないです。

おそらくいろいろと不思議に思う点があると思いますが、後々答え合わせができると思いますので、ゆっくりお待ちください。

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