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「瑞姫様が卒業されるなんて寂しいですわ」
感慨に耽っていたら、いつの間にか卒業式に出席していた下級生たちに取り囲まれていた。
「高等部の敷地は隣だからね、いつでも会えるでしょう?」
苦笑し、そう窘める。
「そう、ですわね。会えなくなるわけでは……あ……」
同意しようと頷きかけた一人が口許を手で覆い隠す。
明らかに自分の失言に気付いた仕種だ。
2年前の事故を無意識に言いかけたらしい。
水を差してしまった少女に批難の視線が降り注ぐ。
これは少々まずいかもしれない。
回避した方がいいだろうと、私はちょっと笑う。
「おや? どうやら君は私をスイスの寄宿舎に入れたいようだね?」
「いいえっ!! そんなことは!! 絶対にありませんわ!」
冗談めかして言えば、真っ赤になって少女たちが首を横に振る。
スイスの寄宿舎というと有名どころはいくつもあるが、彼女たちにとっては花嫁修業学校と有名なとある学校を思い浮かべるのだろう。
実際、ある程度の名家の娘は婚約が決まると、式の数年前にそちらに通うものが多い。
年頃の少女たちにほんのりと色めいた話題を提供すれば、恋バナに興じ始めるのは出自には関係ないらしい。
ひっそりと気配を殺して眺めやり、頃合を見計らってそっとその場を立ち去る。
孤高の人を気取っていたわけじゃないが、名家中の名家であり生徒会役員でもあった私に声を掛ける者は少ない。
黄色い声を上げる御嬢さん方は例外だが、異端者でもある私には何やら威圧感を感じると言う者もいた。
2年前、巻き込まれた事故は、偶然でもあり、必然でもあった。
ゲームに関係するが、シナリオには関係ない事件ともいえる。
兄八雲と同じく王道ツートップの片割れ、今年一緒に卒業した生徒会長の諏訪伊織に関係している。
諏訪伊織には、彼が恋い焦がれる年上の従姉妹がいる。
初等部の時から片思いを続け9年目だ。
シナリオから言うと、この春休み、その従姉妹に振られ、1年間も女々しくも失恋を引き摺って、その後、主人公とその件に関し口論した挙句に惚れてしまうという微妙な話が待っている。
奴はMか!? と、叫びたくなるが、どちらかというと俺様Sタイプの帝王様だ。
少々粘着質なのだろうか、ストーカーのようにその従姉妹に付きまとい、あらゆる危険を排除していたつもりの諏訪は、あの時ばかりは役立たずであったようだ。
彼の従姉妹である諏訪詩織様が彼の目の前で誘拐されそうになっていたのだ。
高等部の裏門近くで男数人に捕えられ、ワゴン車に連れ込まれそうになっていた詩織様と、無謀にもそれを阻止しようと一人で立ち向かう諏訪を偶然私は目撃した。
成人男性4人に対し、中学1年のまだ小柄で華奢としか言いようのない体格の少年が立ち向かうなど、まさに無謀。
しかも、諏訪は特に武芸に秀でているわけではない。
同じ地族と言っても諏訪家は代々神官の家系であり、豪族から大名になった武官の相良とは育て方が違う。
すでに段持ちである私ですら成人男性4人の相手を一手に引き受けるのは難しいと一瞬で判断できたのに、恋とは恐ろしいものだとぞっとする。
ここはひとつ、あるべきところに連絡を入れるのが正しい対処法だと、持たされた携帯で数か所に連絡を入れる。
GPS機能付きで特殊なアプリを入れてあるから、こういう時は便利だ。
金持ちというのは無駄に危機管理が完璧だ。
すでに警察と学園の警備部が動き始めたはずだとホッとしたところで詩織様が私に気付いた。
『瑞姫さん!? 駄目、逃げて!!』
誘拐されるときの心得を無視しきった叫び声に、確かに私は舌打ちした。
『相良!? おまえ……』
ああ、ここにも馬鹿がもう一人いたよ、とか、完璧なお嬢様らしからぬことを考えても仕方ないだろう。
『……ッ!! 相良? あのガキ、相良家の娘か!』
余計なことを言うから見つかった挙句に出自がばれたじゃないかと、むっとしてもいいだろうか。
ふたりぐらいなら、何とかなるだろう。
警備部が駆けつけてくれたら。
ならば、ここは囮になった方が得策だ。
だから私は、わざと手にした携帯を見せる。
『すでに警察と警備部には連絡した。間もなく駆け付けてくる。逃げた方がいいよ、オジサンたち』
もっとも、彼らの姿はちゃんと撮影しているが。
『なんだと!? おい、逃げるぞ』
『だが、獲物だけでも……』
『詩織を放せっ!!』
往生際が悪いのか、ワゴン車へ詩織様を連れ込もうとする男に諏訪が飛びつく。
世話の焼ける……と思いつつ、私はカメラを起動し、シャッター音を響かせる。
『撮られた!? くそっ! 待て!!』
シャッター音を聞いた男は諏訪を突き飛ばし、くるりと背を向けて走り出した私を追いかけてくる。
かかった!
3秒ほど待ち、くるりと背を向けて走り出す。
そう、学園の警備部が姿を現すだろうルートを選んで。
だが、ここで誤算が起きた。
ひとり目の男に肩を掴まれ、その反動を利用して後ろにいったん倒れながら相手に頭突きをかまし、相手が怯んだすきに腕を取ると姿勢を低くして後ろに下がって背中に相手の上体を乗せて投げ飛ばす。
所謂背負い投げというものだ。
自分の体が相手よりも小さいことと、動きが素早いこと、そうして基礎がきっちりわかっているからこそできる技だ。
素人であれば、こんなことはできない。
そうして、痛みに呻く男の首を踏み、気道を圧迫したついでに鳩尾も踏みつけてさらに走り出す。
追い駆けてきているのはもう一人いる。
少しでも離れないと挟み撃ちにあうからだ。
『このチビ、待てっ!』
今度は肩を捕まえられる前に振り返る。
背中まで伸ばした髪を掴まれないようにするためだ。
『不審者発見!』
背後で声が聞こえる。
それと、複数の足音だ。
やっと来た。
そう思った時、どんっと鈍い音がした。
ジェットコースターに乗った時のように急激に宙に体を放り投げられる感覚が私を襲う。
がつんと何かに叩き付けられる。
全身が熱くなる。
熱湯の中に頭から投げ込まれたかのような感覚に、これは『痛み』なのだと頭が理解する。
何故なのかは、感情が全く追いつかない。
視界を占めるのは赤。
色んな赤がぼとぼとと視界を染めていく。
『………………』
たくさんの人の声が遠くに聞こえる。
なのに、体が動かない。
徐々に意識が頭を押さえつけられるように下へ奥へと埋められていく。
眠ってはいけないと思っているのに、意識がどこかへ吸い込まれていく。
そうして、奈落へ落ちるように私は意識を失った。
再び目覚めたとき、私が『相良瑞姫』で、知人を仕方なしに救うために巻き込まれ、車に轢かれたのだと理解した。
本当に、誤算だった。
車に乗って逃げるとばかり思っていた相手が、仲間ごと私を轢き殺そうとして途中まで成功し、私の連絡でやって来た警備部にその場を目撃され、取り押さえられ、そうしてその後やって来た警察に現行犯逮捕されたということを、後日、見舞いに来てくれた兄に聞かされた。
もちろん、説教付きで。
私がした対応は、ある意味正しいものだった。
だけれど、間違いでもある。
そう言われ、そのツケを自分の身体で払う羽目になったのだ。
それこそ九死に一生を得た私の身体は、本当にズタボロ状態で一生残る傷が大小合わせて数えきれないほど刻まれたのだ。
駆けつけた諏訪家の一族と我が相良家で最高の形成外科医に傷が残らないように治療するように頼み込み、何度も手術を受けさせられた。
動かない手足を普段の生活ができるまで機能回復させるために苦しいということができないほどつらいリハビリを受けることにもなった。
自分の考えが甘かったせいだと、最初は我慢して手術を受けていた。
だが、度重なる手術と、そのたびに動きが鈍くなる手足、長引くリハビリに耐えかねて私は形成の手術を嫌だと叫んだ。
母がこれは私のためだと何度も説き伏せようとしたけれど、もう限界だった。
体力的にも精神的にも。
諏訪家が新たな整形外科医を連れてきたが、それも断った。
担当医も、新たな形成外科医もそれを了承してくれた。
何故なら、私がまだ子供だったからだ。
しかも成長期の子供だ。
形成手術をしなくても、成長期の子供の身体なら自然治癒でかなりの部分が回復できるだろうという専門家の見立てである。
逆に手術を重ねていけば、私の成長が止まってしまい、体に負担がかかってしまうと両親や諏訪家の当主を説得してくれた。
定期的に傷を診て、ある程度成長が止まり、そうして体力も完全に回復したのち、残っている傷を綺麗にした方がよいと説いてくれた。
普段の生活の注意点として、傷口を陽に晒さないこと、機能回復のために基礎運動をし続けること、傷が痛むときは無茶をしないことということを約束させられて退院許可が出た。
事件が起きて半年後のことである。
貴重な中等部1年の後半を病院暮らしで潰されたのである。
出席日数が足りないのに無事に進級できたのは、日ごろの成績が良かったおかげである。
入院中もレポートや簡単な試験を受けることで出席扱いとし、留年を免れた。
入院していた理由が人助けであるから、ある意味、当然の処置なのかもしれない。
傷跡を人目に曝さないためにも、私は父にお願いをした。
女子の制服では足や腕の傷が見えてしまう。
なので、男子の制服と夏場の長袖着用、及び体育の授業でのジャージ着用の許可がほしいと。
末っ子のお願いに父は即座に動いてくれた。
学園側の警備の穴を指摘したりとか、色々心臓に悪いことを告げたりしたわけではないと願いたい。
意識が戻った後も、その後、リハビリに励んでいた間も、私は家族以外の見舞いを受け付けなかった。
詩織様と諏訪が何度も見舞いたいと言ってきていたようだが、ひたすら拒否した。
あのゲーム通り、諏訪家は鬼門なのだと思っていたわけではない。
己の怪我は己の慢心が原因という相良家の訓えが理由だった。
ひたすらリハビリに耐えて退院したのち、純和風の家の一角に洋風の離れができていたことに驚いた。
怪我をした私が和式の建築での生活が辛いだろうという当主判断だと聞いたときに名家の剛毅さに呆れるしかなかった。
家、一軒建てるか、普通!?
庶民ならそう突っ込むところだろう。
前世は正統派庶民であった私も速攻ツッコミを入れそうになって言葉を飲み込んだ。
自室の改装だけでいいんじゃないのかと。
そういうわけで、現在に至っても私は別棟にぼっちで暮らしている。
相良家は大家族だから、プライバシーの面からしてひとりの方が落ち着くのは確かだ、なんて家族の前では言えないが。
男子用制服を着用するうえで、私は髪を伸ばさないことにした。
中等部に入学した時には、背中を覆う程度の長さがあったが、事故にあった時にばっさりと切られた。
手術のために仕方がなかったのだと後で説明を受けたが、髪を切られたことよりもザンバラになっていた髪型のほうにショックを受けた。
頭を怪我していたから髪が邪魔だったというのはわかる。
だからと言って、長さがバラバラになって整えようもないほどになっていたというのは衝撃だ。
どうせなら全部潔く丸刈りにしてくれてた方がまだ衝撃が少ないような気がする。
均等に伸びるから。
ついでにウィッグも被れるし。
長さがバラバラだと揃え辛いようだ。
入院中、私の髪を気にした母が担当の美容師さんを呼び、私の髪を目にしたときの彼女の表情が忘れられない。
夜叉がいると思うくらいにものすごい形相だった。
彼女には申し訳ないことをしたと謝罪したが、『いいえ。悪いのは犯人と髪を切った看護師です!』ときっぱりと断じられてしまったので、それ以上謝りようがなく困ってしまった。
この髪を詩織様に見せたら、またとんでもないことになりそうな気がして、面会を断ったということもある。
半年経ち、髪もある程度揃い、学園復帰にこぎつけたときに美容師さんに相談したのだ。
『男子用の制服だから、このまま髪を伸ばすのもどうかと思って。制服に似合う髪型にしてほしい』
この際、ベリーショートでも構わない。
そういう気持ちで問いかけたら、色々な髪型を試すのも若さの特権ですからねと柔らかく笑って、そうしてできたのが現在の髪型だ。
正直なところ、意外なほどに似合いすぎて逆に困っている。
身長が伸びすぎたこともあり、何処から見ても立派な男子生徒にしか見えない。
高等部でも男子用制服での申請が許可されているから、もうしばらくはこの髪型とお友達だ。
だが、王子様扱いはやめてほしい。
男装趣味でもなく、女の子を愛でる趣味もない。
自分がイケメンであることに何の感慨も抱けないのだから。
これ以上、中等部にいる意味はない。
セレブ校では卒業後にクラスメイトとカラオケ打ち上げなんてことはありえない。
むしろ、カラオケの存在を知る者の方が少ないだろう。
何せごく普通に男子生徒が株価の話題を口にし、女子生徒はクラシックコンサートやオペラ、パーティの情報交換や、それに着ていくドレスなどしか話題がない。
別世界、異次元、そんな言葉しか思いつかない異様な空間だ。
多少は勉強の話をしようよと思っても、御稽古事などを優先させるセレブにとって勉強は力を入れるべきことではないのだ。
そんな中で私や諏訪、大神などは異色としか言いようがないだろう。
まあ、諏訪たちはいずれそれぞれの家の当主になるために必要なことだと学んでいるようだが。
私の場合は、完全に異色だろう。
形成手術を受けても傷が消えなかった場合を想定しての行動だ。
相良家は大家族だ。
しかも私は末っ子だ。
相良家の特徴として娘を嫁にほしいという家は沢山ある。
まだ成人してもいない、中学生であった私にもそういった申し入れがあった。
当主である祖父がすべて一喝して断ったけれど。
いくら、私が相良の娘だからと言って、あまりにも無残な傷を目の前にして怯まない者はいないだろう。
特に女性よりも男性の方がそういった傷に弱い。
事実、肉親と医師以外の男性で私の傷を直視できた人は皆無だ。
女性の場合は傷を見てしばらく硬直するけれど、すぐに我に返り、痛ましげな表情になる。
お嬢様のイメージとして、惨いものを見ると悲鳴をすぐにあげそうだが、実際は少し違う。
本当に育ちがいい方は悲鳴を上げれば相手が傷つくことを理解し、決して声を上げない。そしてすぐに私が生きていてよかったと言ってくれる。
悲鳴を上げるのはきちんとした上層階級の教育を受けていない成り上がり成金と呼ばれる家の出だ。
人が見せたくないと言っているのに無理やり見て、悲鳴を上げて気を失ったふりをして、繊細でか弱い自分を演出しつつ人を貶めようと計算しているらしいが、ここではそういった輩は相手にされず、そのうち存在すら無視されてあえなく自主退学していく者もいるらしい。
氏より育ちというけれど、東雲学園では氏も育ちも超一流の名家の子弟を育て上げることを旨としている。
だからこそ、私が彼らの試金石に選ばれたのだと気付いたのは、随分後のことだった。
講堂からいったん校舎に入り、荷物を取ると降車場へと向かう。
もうそろそろ抜け出す頃だろうと、相良家の車が待っているだろう。
「相良」
そんな私の背中にかかる声。
「……諏訪様、ごきげんよう」
たくさんの花束を抱えた諏訪伊織であった。
その隣には大神紅蓮の姿もある。
前生徒会長とその副だ。
「もう、帰るのか?」
一応、私も前生徒会書記である。
別に字が上手だからというわけではない。
議事録はすべてパソコンにデータを保存している。
「ええ。中等部にもう用はありませんから」
「……相変わらず醒めているな。もし、用がないのなら……」
「中等部には用がありませんが、これから私用があります。卒業式の時くらい、家族で食事でもと父に言われましたので」
「……そ、そうか」
誘いの言葉を即座に切り捨てると、諏訪は戸惑ったように頷く。
「諏訪は、今から詩織様のところですか」
隣に立つ大神が、視線だけで話しかけてやってと言ってきたので、ウンザリしながら言葉を続ける。
「ああ。詩織が相良に会いたいと言っていたから……」
「申し訳ありませんが、予定にない行動は慎むようにしております。詩織様とはまたの機会に」
あの事件後、詩織様とは数回しか会っていない。
女子生徒の憧れのお姉さまである詩織様は、私を格別気にかけているという態度を取っているが、実際には自分本位な頼みごとがあるので会いたがっているだけだということを私は知っている。
いいように使われている諏訪の純情が気の毒になってくるほどだ。
つまり、従弟で幼馴染である諏訪のことを弟にしか思えないため、諦めさせてほしいということと、自分の結婚相手に私の兄、相良八雲を望んでいるため、取り持ってほしいということだ。
諏訪分家からの申し入れを兄は即座に断った。
何故なら、あの事故から今まで、詩織様の両親は私への謝罪をしに相良家へ一度も来ていないからだ。
諏訪本家は当主夫妻にその息子である伊織の両親も事故直後に謝罪に来たが、それで済んだと分家は思っているらしい。
済んだことと水を流して、兄の許嫁に詩織様をと申し入れてきたのだ。
私が車にはねられたのは、確実に詩織様の失態のせいだ。
それ故に相良の家は分家に至るまで詩織様を許せないでいる。
誘拐された時の対処の一つとして、誰かが近くにいた場合、決して犯人には悟られず、その者をそこから逃がして助けを求めてもらうというものがある。
それは、東雲学園で初等部の時にきっちりと教え込まれていることだった。
そういった現場に行き合わせた者も、必ずこっそりその場から離れて学園の警備部や警察、または自宅へと助けを求めることとなっていた。
あの時、詩織様はわざと私の名を呼んだ。
あれは相良家の方が諏訪家よりも格上の家柄だと判断していたからだ。
相手が身代金目的なら、諏訪家よりも相良家の方が搾り取られるはずだと計算して、自分ではなく私を襲うはずと思ったらしい。
だが、あれは確実に詩織様本人を狙っていた。
でなければ、私を殺そうとは思わないはずだ。
運よく私は生き延びることができた。
だから、詩織様の罪悪感は半減してしまったのだ。
あの時の兄の憤りはすごかった。
八雲の上の兄や姉たちも、諏訪の分家をどういう目にあわせようかと身も凍るような笑顔で真剣に話し合っていた。
私が詩織様と接触すれば、兄姉たちは再びあの笑顔を浮かべて本当に計画を実行することだろう。
「……そうか。詩織が残念がるな」
御遣いが果たせなかった諏訪は、肩を落として残念そうに呟く。
「諏訪もあまり詩織様の傍に侍らぬ方が良いかと思いますが」
君の失恋はカウントダウンが始まっているからな。
「何故だ!?」
「入学式の翌日は学力試験です。外部生も入ることですし、順位を落とすことは避けた方が良いかと」
事実だけを告げる。
「そんなことか」
「ええ、そんなことですが、外部生は受験を勝ち抜いてきた優秀な方ばかりです。外を知らぬ我々と異なり、プレッシャーにも強い。慢心は身を滅ぼすとも言いますし、身を引き締めて首位を守って内部生の実力を見ていただくべきだと思います」
「伊織。僕は相良さんの意見に賛成だよ」
穏やかな笑みを作り、大神が私の言葉に同意する。
まさか大神が私の意見に賛同するとは思わなかったらしい。
「紅蓮まで。おまえたちなら、勉強せずとも十分に首位を取れるだろう?」
「内部性の実力がどれほどのものか、努力を怠らず見せるのも我々の役目だと思うよ」
「諏訪がその気なら、今度の実力テストは私と大神が主席と次席だということでしょうか。今から結果が楽しみです。では、失礼」
ごきげんようとは言わずに、そのまま立ち去ろうとする。
「相良さん」
大神がにこやかな笑顔のまま呼び止める。
「なんでしょうか?」
「勉強、わからないところがあったら、メールしてもいいかな?」
「……ご随意に。私が答えきれるかどうかはわかりませんが」
「ありがとう。気を付けて」
大神の言葉に送られて、私は迎えの車の許へゆっくりと歩いて行った。