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167 (岡部疾風視点)




 にこやかに微笑む美貌の男。

 主と寸分違わぬ顔立ちの、誰よりも大切な主の、その兄君。

 顔立ちは主君と瓜二つと言っていいのに、纏う空気の何と異なることか!

 玲瓏たる美貌と表現できそうな冴え冴えとした美しさを持ちながら、どこかふんわりとした柔らかさを持つ瑞姫と異なり、八雲様は柔らかく麗しい笑顔を浮かべていながら禍々しい空気を醸し出していた。




     **********     **********




 事の始まりは、前田家の厄介事からだ。

 橘誉が、前田誉に変わったお披露目だとかで、あいつのパートナー役に瑞姫が選ばれたことに端を発する。

 この場合、未婚の男女であれば即、婚約という考え方が浮かぶ老害共から瑞姫を守るために、俺も瑞姫のエスコート役に選ばれる。

 これはよくあることだ。

 岡部家は相良家の随身、一の臣ということで、未婚の娘の傍に控えていても婚約者という考えはあまり出てこない。

 そうして、相良の姫を随身とセットでパートナー役をさせるということは、それこそ名前だけの役割だと周囲に知らしめることになる。

 まだ、婚約者として認めてはいないが、大事な娘を任せてもいいと思う程度には信頼関係を育んでいる家ではあると、そう勘違いする者はいるだろうが。


 どこか浮世離れしている瑞姫は、前田翁の謝礼に心底驚きながらも自分も似たようなことをやらかした。

 曰く、『誉へのお祝いは、やはりいくらでも気軽に使える貴石や半貴石を贈るのが一番だろう?』と。

 まあそこで、ある程度の品質の宝石を多種類及び多数取り揃えるのが一般的な考え方だろうが、瑞姫の場合は根本的なところがずれている。

 どうしてそこで高品質な石を輩出する鉱山の採掘権を手に入れてしまうかな?

 質量を考えれば、確かに研磨後や裸石を大量に手に入れるよりは採掘権を得た方が最終的には安上がりだけどな。

 その辺りを納得して瑞姫が動かせる金でそれらを手に入れたのは、確かに俺だ。

 そうしてそれらの権利書を前田誉に差し出せば、中身を確認したヤツは涙目になった。

「何で止めなかった!?」

 割と真っ当に聞こえる発言だが、根本的なところが間違っている。

「何故、止める?」

「常識外れだろう、これは!?」

「……おまえのじーさんも似たようなことをやったぞ?」

「だけど!!」

「……あのな?」

 ぽんっと前田の肩を叩き、顔を覗き込む。

 俺の目線に近いところにこいつの顔は来るけれど、やはり少しばかり低い。

「瑞姫は俺の主だ」

「知ってる!」

「随身の俺は、基本的に主に従う」

「だからって!!」

「勿論、主が道を踏み外した時には全力で諌めるし、命を懸けて止める。だけどな? 今回の場合、止める必要なんてどこにもないだろう?」

「は?」

「瑞姫が自分の才能で稼いだ金を使って、正攻法で買い取った採掘権だ。そこに不正は何もない。それを誰に渡そうが、問題なんて生じない。止める必要があるか?」

 俺がそう言えば、前田はがっくりと肩を落として項垂れた。

「恨むのなら、瑞姫じゃなく、おまえのじーさんだな。そのせいであれはやってもいいことだと瑞姫が判断した。あれより金額が低いからっていう理由でな」

「おっ……おじーさま……」

 とうとう頭を抱えた前田に、さすがに多少は気の毒になったが、まあ、仕方がない。

 因果は廻るというし。

 祖父がやったことのツケが孫に来るのも納得領域だ。

「……ふっ……わかったよ。ここで採れた最高級の宝石を使って、瑞姫を飾ることにするよ」

「まあ、頑張れ?」

 悔し紛れか何なのか、壮絶な顔色で笑った前田がそう告げる。

 心意気は認めるが、瑞姫がその意図に気付くかどうかは謎だぞ?

 否、気付かない方に賭けてもいいぞ。オッズはかなり低いだろうが。


 これが、ついこの間のことだ。


 そうして昨日、前田誉の披露目の夜宴が行われた。


 どこまでいっても無邪気な相良の末姫は、己が手掛けた友禅の出来栄えにご満悦だ。

 着物がよく似合っているというよりも、良い着物だと褒めた方が数倍嬉しげな笑顔を見せる。

 多分あれは『着物が似合っている』というのはお世辞だと思い込んでいるせいだろう。

 『良い着物』と言われるのは、描いたのが瑞姫だと知らない方々の言葉だから純粋な評価だと思えるから嬉しいのだろう。

 実に単純。

 そこが可愛らしいと思うのは、一体どんな感情から来ているのか。

 ご機嫌な笑顔を振りまく瑞姫は、やや幼く見えて可愛らしいのだが、それが要らぬ注目を集めてしまう結果につながる。

 背後からかなり圧力のある視線を感じるのは気のせいではないだろう。

 招待客であるけれど、前田家との関係性を勘繰られるのは避けたい相良の皆様が、俺にきっちり虫除けしろと無言の圧力をかけてくるのだ。

 あのシスコンぶりにはドン引きだ。

 兄君方は年の離れた妹ならば確かに可愛いだろうと想像するが、姉君方も一切負けてはいない。

 何故あそこまで末の妹を溺愛されるのだろうか。

 はっきり言って、俺も瑞姫も迷惑だ。

 早いところ相手を見つけてまとまってもらえないだろうか。

 いや、自力で相手を見つけた蘇芳様の御寮様も瑞姫激ラブ状態だから、アレが基準ならもっと面倒臭いことになるだろう。

 しかし、妹に心配されているということに気付いているのだろうか、あの方々は。

 御館様も次期様もやはり同じような視線を送ってこられているので、もうこれは諦めるしかないだろう。

 瑞姫が相良の家を出ない理由が他にもあるとは、本人は気付いてないだろう。

 完全に柾様のスペアだと思い込んでいるフシがあるし。

 よからぬ相手が瑞姫に声を掛ける前に先手必勝で相手を逸らしていた俺達は、さらに不快げな視線をあてられ嘆息した。


 こちらに近付いてくるのは朱雀院の息子だ。

 あまり良い噂を聞かない男だが、その内容は女性関係のみ。

 気に入った女性を相手の気持ちなどを一切無視して……というものもある。

 皇族縁の家柄だけに、泣き寝入りをさせられてしまった令嬢も多いとか。

 それが事実かどうかはわからないが、不快であることは確かだ。

 瑞姫の姿を見る事すら赦し難いと前田と視線で語り合う。

 こういう場合は先手必勝で相手の弱点を確実に抉るのが一番だ。

 力技で捻じ伏せて追い返せば、瑞姫がその背を眺めている。

 どういうことかと尋ねれば、瑞姫はやっぱり瑞姫だった。

 着目している箇所がズレている。

 俺達の言葉をあっさりと信用してしまうところが困ったところだ。

 一度信用すれば疑わないという懐が深いところは上に立つ者としてはよい資質だと思うし、美点でもあるだろうが、騙されやすいのではないかと心配になってしまう。

 相手を見ての信頼であるから、そうそうは騙されないとわかっているが。

 だが多少は裏を疑ってくれと願う気持ちが擡げてくる。

 本当に素直すぎるのも困りものだと苦笑しかけたところで朱雀院の息子がこちらをちらりと見たことに気が付いた。

 瑞姫に視線を走らせ、笑みを刻んでいる。

 嫌な笑みだ。

「……つまり、あの噂は本当だってことか……」

 前田翁と話している瑞姫に気付かれないように前田誉がぽつりと呟く。

「部屋を変えれば気付かれるな」

 次に言いそうなことを先回りして否定する。

「それじゃ」

「部屋を変えずに、部屋の主が変わればいいんだろ?」

 俺がそう言えば、前田は意味がわからないと首を傾げる。

「瑞姫の部屋だと思って押しかけてみたら、別の人間が出てきたらどうなる?」

「それって……」

「瑞姫が部屋にいてもあいつにわからなければ、出て来た人間の部屋だと思うよな?」

「でも、気付かれれば」

「他の人間の気配で誤魔化せばいいんだ」

「つまり、俺と岡部が瑞姫の部屋にいればいいということか?」

「ついでに言えば、俺があいつの対応をしている最中に、おまえが奥から『瑞姫から内線がかかってきて、煩いから静かにしろと言ってるぞ』と言えば、同じフロアの別の部屋だと思い込むだろ?」

「そう上手くいくか?」

「いかせるのが腕ってもんだ。少なくとも、あの阿呆よりはおまえの方が演技力はあると思うぞ。如何にもゲームしてましたって顔を装って……いけるだろ?」

「……そこまで難しいレベルじゃなさそうだけど」

 溜息交じりで呟いた前田は、視線を落として表情を改める。

「女の子を都合のいい玩具扱いするような男など、赦しておくわけにもいかないからな」

 根っから紳士的な前田は、噂以上に被害にあった女性がいることを悟って告げる。

「決まり、だな。あいつが赤っ恥かこうが知ったことじゃない。むしろ、抹殺してやりたいくらいだな」

「瑞姫にバレない方向にしないと、後が怖いと思うけど」

「バレてもそう問題ない。犯罪犯してなけりゃな。守るべきは弱き者、だからな」

 その辺りは徹底して揺るぎない。

 女性の意思と身を守るという大義名分は、錦の旗だ。

 家と力を嵩にきて、無理強いをするようなヤツに明日が無くても心が痛むことはない。

 そんなことをする奴が同じ男として扱われることの方が不快だ。

 そう言えば、前田はあっさり納得した。

 己の身が大切なら、瑞姫に手を出そうとは思わないだろう。

 相良の鉄壁の守りはあまりにも有名だ。

 家を離れたからといって、その守りがなくなるわけではない。

 むしろ、逆に強固になると考えるべきだろう。

 そう考えつくなら、決して下手を打つような真似はしない。

 さて。

 朱雀院の息子は、弁えたやつなのか、下手を打つやつなのか。




 そう考えた時期もあったことがあまりにもむなしい。




 夜宴を終え、予定通り瑞姫の部屋に軽食を持って遊びに行く。

 寝る前だからと軽食に手を付けずにいる瑞姫を寝かしつけるべく色々と世話を焼いてみれば、女子会のようだと嬉しそうに笑う始末。

 まあ、同性の友人が極端に少ないせいだろう。

 昼間からの疲れもあって、瑞姫は割と早く寝付いた。

 全然警戒心を持たれていないことにへこむ前田に、警戒心を持たれる方が厄介だと伝えて慰めてみる。

 瑞姫は野性の獣と似たようなものだ。

 警戒心を持てば、近付くどころか姿を見せることもないだろう。

 それだけ徹底した行動を取る。

 その瑞姫が顔や手に触れさせてくれるのだから、破格の対応だと言えるだろう。

 その言葉に、前田は実に微妙な表情になった。

 普通、素直に喜べないだろう。

 とりあえず、喜んでいいとは思うけれど。

 寝入った瑞姫の顔を眺めてほっこりした気分にしばし浸っていたら、部屋のチャイムが鳴った。


 うん、莫迦だろう。


 前田と顔を見合わせ、溜息を吐く。

 こんな時間帯、チャイムを鳴らされたからって、わざわざ出ていくような人間はまずいない。

 もう少し早い時間なら、何事だろうかと思って誰何するだろうが、ホテルの部屋で扉を開けるような真似はしないだろう。

 来客ならホテルのフロントから連絡が来るし。

 下手を打つなんてものじゃない。

 何も考えていない大馬鹿野郎だ、こいつは。

 瑞姫は未成年だぞ。

 朱雀院が相手にしている成人女性ならこの時間帯に起きている可能性もないとは言えないが、良家の未成年の娘がこんな時間に起きているわけがない。

 呆れ果ててものも言えないが、ドアが開かないことで騒ぎ立てられても拙い。

 仕方なく誰何の声を上げて、扉を開ける。

「なっ……何故、ここに……?」

 挨拶もなしに言う言葉か、これが?

「……妙なことをいきなり言われる。この部屋を借りたのは俺ですが?」

「そんなはずはっ!?」

「なにゆえ、そのようなことを思われる? そもそも、何をしにここへ?」

 誰か、グルになってるやつがいるな。

 しかも、ホテル側に。

「それはっ! その……」

 大いに慌てる辺りが底が浅いと思われる理由の1つだろう。

 こういう事態を想定していないのだから。

 まあ、だからこそ、内通者がいると簡単にわかるのだが。

「用が言えないというのであれば、疚しい事情だと理解します。お引き取りを」

「岡部! 廊下で煩いぞって瑞姫から電話かかってきたぞ。それと、早くしろよ、ゲーム、おまえの番だぞ」

「わかった」

「彼女は今どの部屋にっ!?」

 扉を閉めようとすれば、やつがそれを押さえ、必死の形相で問いかけてくる。

「瑞姫に何の用ですか?」

「彼女に呼ばれて……」

「嘘ですね」

 あっさりと断じれば、表情が歪む。

「嘘かどうかは……」

「部屋を間違えている時点で嘘だとばれるでしょう? それに、こんな夜更けに部屋に招くような性格をしていませんよ、瑞姫は」

「それは君が知らないだけで」

「その言葉は瑞姫を侮辱したと捉えます。今の会話とこの姿はカメラによって撮影されています。これを証拠として提出すれば、どちらが正しいかすぐにわかるでしょう。相良の御館様と朱雀院家のご当主にも立ち会っていただきましょう、その時は」

「卑怯なっ!!」

「何をもって卑怯と仰る? 夜更けに招かれもせずに人の部屋に押しかけ、用も言わず、未成年の婦女子の部屋へ入ろうとし、招かれたなど偽りを口にした挙句、それを指摘すれば相手を卑怯だという者の方が余程卑劣だと思うが、如何に?」

「なっ!!」

「前田、警備に連絡」

「もう入れたよ」

 背後から現れた前田が俺の肩越しに朱雀院家の息子を見下ろす。

「この階は前田家が借り切っている。部屋を訪れる者は事前に警備に連絡を入れているから、もし、それ以外の者が来た時点で警戒するように言っている。あとは、対応した者がどう判断するかで警備の者が動くように事前に段取りを行っているんですよ」

 実ににこやかに前田が告げる。

「ほら、来た」

 警備の制服を身に纏った男達が数名、こちらにやってくる。

「身元は分かっているが、不審者だ。おそらく余罪があるはずなので、警察に引き渡すように」

 笑顔のまま、前田が警備の人間に伝える。

「それと、ホテル側に内通者がいるはずだ。この部屋を使う予定の者の名を事前に知っているのは借りた我々以外にはホテルの人間のみ。仕事で知り得た情報を外部に漏らすのは犯罪行為だと記憶してるがどうだろうか?」

「仰る通りです。ただちにその件について調査し、通報いたします」

「よろしくお願いいたします」

 警備の制服の威力は相当あるようだ。

 朱雀院の息子はガタガタ震え、大人しく取り押さえられた後、引き摺られるようにして去っていく。

 それを見送った後、ドアを閉め、鍵をかける。

「さて、寝るか」

「そうするか」

 頷き合って、寝室へと向かう。

 ソファで眠るなど、この時まったく考えてなかった。

 何故なら、ソファは小さいし、ベッドはキングサイズよりも大きい。

 3人寝転んだところで狭いと感じるような幅ではない。

 そういう判断をしてしまったあたり、俺も前田もかなり疲れて眠気に負けてしまったためだろう。

 翌朝、瑞姫に指摘されたことにより青褪める結果となった。


 そして、それは事実となる。




 にこやかに笑うが、全く笑っていない八雲様。

 瑞姫に対してはいつも通り甘い笑みと態度で接しているが。

「疲れただろう? 早く部屋に戻ってゆっくりおやすみ?」

 兄の命令と称して休むことを薦めた八雲様は、俺には残るように告げる。

「後でな、疾風」

 疑いもせず、瑞姫は俺に声を掛け、別棟へと戻っていく。

 こういう時に俺を庇えば、さらに後から俺への対応が酷くなるということをわかっているからだろう。

 どこか気の毒そうな視線が痛い。

「……さて、と。話を聞かせてもらおうじゃないか」

 笑顔のままの対応は、一体いつまで続くだろうか。

 俺は天を仰ぎながらそう思った。


 一矢報いるとするならば、朱雀院の息子を奈落の底に叩き落とすよう唆すことぐらいだろうと考えながら。

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