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 クリスマスプレゼント配布は、それなりに好評だった。

 友人たちは淡々と、学友たちは驚愕と共に受け取ってくれた。

 そして相変わらず兄上達の愛は暑苦しく、ハグが標準装備であるのが非常に不本意である。

 だがしかし、全員が全員、オルゴナイトを見た瞬間、固まるのは何故だろう?

 ペーパーウェイトだと言うと息を吹き返して動き出すのだけれど。

 謎の物体を作り出したわけではないのだが?

 綺麗だと言った後、人の手を見て怪我の有無を確かめるのも微妙なところだ。

 怪我はしてないから! その中に血は入ってないぞ。

 何故か妙に疲れた2学期はこうして幕を閉じ、冬休みへと入った。




     **********     **********




 瑞姫さんの日記通りに新年の準備は終わり、年が明ける。

 春が来れば、私が戻って1年が経つ。

 私は少しくらい成長したのだろうか?


 目標は遠く、高い。


 どんなに頑張ったところで、きっと追いつくことはできないだろう。

 自分でもわかっている。

 あの人を理想化しすぎているということを。

 欠点など無いように思ってしまう。

 すごい人だと尊敬しているが、彼女もまたひとりの人間であるのは確かだ。

 それでも私は永遠に彼女を追い駆けるのだろう。




 淡い朱鷺色の友禅に袖を通し、支度を整える。

 帯を締めると気が引き締まる。

 来客対応の役目をきちんとこなさなければならない。

 こうやって少しずつ、家の仕事を覚えていく。

 兄上が当主になれば、その補佐役として、あるいは何らかの不都合が起こり、私が当主となった時の為に。

「瑞姫様、お客様がお見えになられたのですが、お願いできますか?」

 そう問われ、素直に頷く。

「今、行きます」

 ひとつひとつ丁寧に対応すれば、問題ない……と、思う。

 これも経験だと考えることにしよう。

 ばくばくする心臓を押さえ、玄関へと向かえば、意外な方々のお姿に足が止まりかけ、動揺を抑えつつ定位置に座した。


「高座から失礼いたします。あけましておめでとうございます。ようこそおいでくださいました、前田様」

 作法通りに膝前に手を重ね置きゆるりと上体を倒す。

 肘を曲げすぎない、首を倒さないのが美しい礼だ。

 肘を深く折り、身体を二つ折りするように倒し、なおかつ頭を地に伏せるごとく首を倒せば、所謂土下座と呼ばれる形になる。

 たまにこの姿を謝罪の姿だと勘違いされる方がおられるようだが、土下座は謝意を表す姿ではない。

 元々は遥拝の姿で神仏や身分の高い者に恭順の意を示すためのものだ。

 前田様は大大名ではあるが、地族としては相良よりも格下になる。

 この辺りの判断が微妙なところだ。

 家勢を比べてみれば、海外に強い前田と国内に強い相良。

 規模はほぼ一緒となれば、同格として考えた方が無難だろう。

「あけましておめでとう。麗しいお姿だな、瑞姫嬢」

 前田翁が目尻をほんのりと下げて仰る。

「ありがとうございます」

「これらとは御初であったな。御紹介申し上げる。息子の慶司、その嫁の杏子、孫の利正とえみ……笑う美人と書いて笑美という。誉については言わずともだろうが」

 前田翁がお連れになった長男御一家の紹介をしてくださる。

「相良が末子、瑞姫と申します。お見知りおきくださいますようお願い申し上げます」

 翁の言葉を受け、私も名乗る。

 誉の新しい家族はどのような方なのかと多少の好奇心もある。

「すごい! 和美人ね」

 明るい声が響いたかと思うと、勢いよく抱き着かれた。

「瑞姫っ!!」

 誉の慌てた声が聞こえる。

「姉さん! 離れてください! 瑞姫は……」

「笑美、無礼な真似はやめよ。瑞姫嬢の髪や着物が乱れる」

 言い淀む誉に代わって前田翁が制止する。

 おそらく誉は私の身体を気遣い、だがそのことを笑美さまに伝えられずに言葉に詰まり、それを察した前田翁が別の理由で制したのだろう。

 相手の身体に傷があることを勝手に言うのは失礼にあたるという誉らしい気遣いだ。

「あう……ごめんなさい。純然たる日本美人見たの初めてで感動しちゃって……」

 外国暮らしが長い笑美様がしゅんと肩を落として謝罪する。

 日本人でありながら、逆に日本人が珍しい環境にいたのなら、和装姿の人間は相当珍しいのかもしれない。

「いえ、お気になさらず。おあがりになられましたら、和服姿の女性は其処彼処に居りますので私など大したことがないということがご理解いただけると存じます」

「そうかしら? あなた、人形みたいに綺麗よ? ええっと博多人形とか、雛人形とか……」

「人形みたいというのは褒め言葉じゃないと思うよ、笑美。妹が失礼しました」

 利正様が笑美様を窘め、私に軽く頭を下げる。

「いいえ、先程も申しましたが、お気になさらず。海外では着物も限りがございますし、珍しいと伺っております。衣装人形を連想なさるのも道理かと」

 奥に案内するのであがってほしいのだが、皆様、玄関に立たれたままだ。

 さて、どうしたものかと考えていた時、前田翁がこちらを見てかすかに笑った。

 あの笑い方は、何かを企んだ時の誉の笑い方にそっくりだ。

 何かなさろうとしておられるのか、それも、私にではなく、他の方に対してだろう。

 合図のようなものだ。

「さて、瑞姫嬢。こんなところでなんだが、ぜひともあなたにお願いしたい」

 真っ直ぐにこちらを見つめる瞳は真面目さを装っているものの、実に楽しげだ。

「…………」

 だから、あえて返事はせずに前田翁に視線を向ける。

「私の孫、誉の伴侶となってほしい」

「お断りいたします」

 間髪入れずに拒絶する。

 誰かが息を呑んだ気配がした。

「おや、即答か」

「考えるべくもありません」

「何故かとお尋ねしてもよろしいか?」

 驚いた様子もなく、むしろさらに楽しげに、前田翁が問いかけてくる。

「誉以外の申し出を何故考える必要があるのです?」

「前田家の当主からの申し出でもか?」

「ええ。誉は自分の意志で、自分の言葉で時機を見て言える人間です。他の者が変わって言う必要などない。誉が言ったのなら、真剣に考えて答えもしましょうが、それ以外の方の申し出を考える必要もないでしょう? それが本当に誉の意志なのかもわかりませんし」

「本人の気持ちを知って、叶えたいと思う親心でも?」

「当たり前です。誉は自分で言える。言わないのなら、それ相応の理由がある。それを無視する形なら応じる必要がどこにあるというのでしょうか。今まで、誉は周囲の大人の思惑でいいように扱われてきました。だから、誉は自分で立ちたい場所を探して、今、その場所にいる。それをまた奪うというのでしたら……」

 にっこりと笑って見せる。

「言うた通りであったろう? 杏子さん。こういうものは余計な口出しをするものではない、と」

 笑い含みの声で前田翁が慶司様の奥方に声を掛ける。

「ですが……前田家当主直々のお声掛けですのよ? それを即答なさるなんて、恐ろしくはございませんの?」

 信じられないというように杏子様が私に直接問いかけてくる。

「何故、恐ろしいのですか?」

「前田家と言えば……」

「それが何か?」

「は?」

「前田家がどうしたのですか? 大大名だからと仰りたいのですか?」

「それはもちろんそうでしょう! それに付随する力もありますのよ?」

「大大名であったのは、江戸からですね。戦国以前はいかがです? 我が一族はそれより遥か昔から彼の地を守っておりました。幾度、権力者が代わろうとも何方も彼の地より我が一族を引き離せた者はおられませんが。どのような力も、意味をなさない。我が家にとっては、ですが。それに、たかだか小娘ひとりを思うように動かすために力を使うなど底が浅いと周囲に知らしめるような真似をなさるのですか?」

 少し意地悪を言ってみれば、杏子様は肩を落とされる。

「……喜ぶかと思いましたの。誉はよくできた子で、我儘1つ言ってくれませんもの。仲の良いお嬢さんがいらっしゃるならばと思いましたのに……」

 ああ、うん。

 誉を可愛がりたかったのか。

 何をしてもそつがない誉は、逆に言うと甘えるのは下手だろう。

 家族全員、杏子様を生温い視線で見ているので、こういった自爆は日常茶飯事なのかもしれない。

 悪気はなく、むしろ善意というか愛情過多でやっているから家族も自爆するにしろ、被害を大きくしない方向に誘導しているようだ。

 おそらく自分が頼むというのを前田翁が当主が言うのが筋だから口出しせずに見ていろと言い含めたのだろう。

 先に私が承知しないということを伝えたうえで。

 そしてそれを私に知らせるために前田翁は合図を送ってきたのか。

「瑞姫、ごめん」

 誉が申し訳なさそうに謝る。

「この貸しは高くつくぞ」

 これは、放っておくといつまででも気にしそうだな。

 そう考えて、ちょっぴり偉そうに笑ってみる。

「え?」

「カルメンと椿姫で手を打ってやろう」

「………………歌えって?」

「マイスタージンガーをつけてもいいが」

「わかった。今度改めて」

 苦笑した誉が頷く。

「どうぞ、おあがりください。奥にご案内いたしましょう」

 そう言って立ち上がり、少し下がる。

 その言葉に頷いて前田翁が板間へと上がられる。

 続いて慶司様ご一家も中に入られたのを確認して、御祖父様がいらっしゃる部屋へと彼らを案内した。

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