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「相良様、少々お話をお伺いしてもよろしいかしら?」
サンルームの奥にあるいつものカウチで紅茶の香りを楽しんでいたら、思わぬ方から声を掛けられた。
「私に、ですか?」
「ええ。こちらの学園の行事について少々……クラスの皆様のお話では、要領を得ませんでしたので」
「諏訪様に説明を求められましたか? 彼なら詳しいですよ」
同じクラスの生徒で、彼女が納得できそうな知識を持つ者の名前を上げてみる。
「わたくし、さすがに空気は読めますのよ? あの方、話しかけられたくないという気配が濃厚でとても近づけませんわ」
「あなたに対してもその態度ですか。相変わらずのようだ。わかりました、葛城の郎女。私でわかることでしたらお話いたしましょう」
目の前のソファに座るように促すついでに、こちらの様子を窺っていたコンシェルジュに目配せでお茶の用意を頼む。
「ありがとうございます。お時間を取らせて申し訳ございませんが、よろしくお願いいたします」
にこやかな笑みを浮かべた葛城美沙は、促されるままにソファに腰かけた。
コンシェルジュが彼女に用意したお茶はフルーツティ。
香りよく、色鮮やかで美しく、美味だ。
アールグレイの私とは対照的な内容だ。
彼から見た葛城美沙は癒しが必要だということか。
「よい香りですこと。果物をお茶にするという発想は持ち合わせておりませんでしたわ」
ティーカップを手にした郎女は、驚いたようにぽつりと呟く。
純和風である家では緑茶が主流であるせいか、フレーバーティあたりはあまり馴染がないものだ。
それなりに新鮮に映るものなのだろう。
「フレッシュでもドライでも、香りは損なわれず、果物本来の甘みを感じるので砂糖も蜂蜜も必要ないと思います。ああ、蜂蜜だと折角の色合いが変化してしまうので、なるべく少量の方がよいですよ」
「お茶に詳しいというお話は本当ですわね」
「それなりに学びましたので」
隠したつもりはないので、このくらいのことを知られていても不快だとは感じない。
「それで、お聞きになりたいこととは?」
相手のペースに合わせることはない。
単刀直入に問いかければ、一瞬驚いたように目を瞠った郎女が、微笑みを漂わせる。
「ええ、そうですわね。時間は有限ですもの。わたくしが以前通っていた学び舎と少々勝手が違いますので、教えていただきたいと……この時期、体育祭はないようですね」
「この時期という言い方も微妙なところですが、そもそも体育祭自体が東雲には存在しませんので」
「え?」
「ないのですよ。初等部も中等部も」
「ない?」
「ええ」
「それはまた、何故ですの?」
これには郎女も驚いたようだ。
先程は取り繕った表情も、今は瞬きを繰り返してその感情を伝えてくる。
瑞姫さんの言葉を借りれば、『ゲームのストーリー上必要なイベントだから』だろうが、実際どうなのかというと呆れる理由だ。
「体育祭が、なぜ必要なのでしょうか? 武術を嗜みとする我が家のような家もあれば、野蛮と考える家もある。両家の体力差はかなりのもので、それを不公平だと考える者もいる。いらぬ怪我をすると怖がるものもいれば、外部から人が入るため保安上に問題があると声高に叫ぶ者もいる。意見をまとめるのは難しいので、最初からなければよいという結論に達したと聞いております。文化祭も似たような理由でありません」
「……まあ」
それだけを呟いて絶句した郎女の表情は、完全に呆れが混じっている。
「個体差を浮き立たせるものは、学生の本分である学業だけでよいとの考え方のようです」
「……それで、よろしいの?」
「特に否やはありません。授業で最低限の体力作りはプログラムされています。それ以上ともなると、入院されてしまう方が続出するでしょうし」
主にはしゃぎすぎて極度の疲労状態に陥ったとか、いいところを見せようと張り切りすぎて肉離れを起こしたとか、まあそういう理由で。
「そういう理由ですか……」
私が匂わせた理由に行き当たったのか、納得したように郎女が頷く。
「体育祭がしたいと言い出すような生徒もいないのですね」
「そのようです。身体を動かすことを苦手とする者には苦行のようですし、元々身体を動かすことになれている者にとっては準備運動の足しにもならないような競技しか用意できないのなら、しないでも不都合はないと考えるようですし」
「そうしますと、迂闊にそのような話題を乗せれば拒絶される可能性が高いということですか……」
ぽつりと零れた言葉に、思わず眉が寄った。
体育祭を企画するという話は瑞姫さんのノートに書かれていたイベントフラグとやらだ。
何故ここでその話が持ち上がるのだろうか。
いやだが、時期的に遅い。
体育祭をするには企画から準備期間までかなりの時間を要するはずだ。
文化祭にしろ、今すぐ行うのは無理だ。
少なくとも夏休みに入る前には企画を上げる必要がある。
「……相良様、そこまで嫌そうなお顔をなされなくても……」
「いや。すでに遅いだろうと思っただけだ」
「まあ、そうですわね」
私の指摘に郎女は素直に頷く。
「今から企画すれば、冬ですもの。無理ですわね」
「そういうことだ」
「では、ハロウィンがあるというのは、まことですか?」
小首を傾げて次の質問を口にする。
何をするのかと、実に不思議そうだ。
「あるなしで答えれば、あると答えましょう。だが、本格的なものでもないし、強制参加でもない。楽しみたいものだけ楽しめばいいという程度だな」
「そうなんですの?」
「ああ。参加するならば、お菓子は手作りであることが条件だ。自分で作らなくてもいい。誰かの手作りと判る程度で充分だ。ああ、食べ物を粗末にするのは当然のことながら絶対禁止事項なので、味はそれなりに美味しいものにしておくことを付け加えなくてはね。衣装については、制服を逸脱しないことだ。耳をつけるとか尻尾をつけるとか、レースをつけてみるとか、帽子をかぶるとか、その程度だな」
去年の瑞姫さんの記憶を呼び覚まし、表面のみの答えを告げる。
「去年は、相良様はどのようなお姿になさいましたの?」
「菅家の姫がシルクハットを模した髪飾りを作ってくださったので、それをつけていたようだ……正確に言うと、彼女がつけたので、私からは見えなかった」
「菅原様でございますか……手先が器用なのですね」
「そうだな。何をやらせても嗜み以上の結果を出す姫ゆえ」
郎女が気付くかどうかはわからないが、とりあえず警告だけは出しておく。
見た目の幼さで千瑛を侮れば、手痛いどころの騒ぎではないしっぺ返しが待っている。
それをみものだと思う私も相当性格が悪いだろうが。
「手作りのお菓子を何になさったのか、参考までにお訊ねしてもよろしいでしょうか?」
「去年の分なら構わない。ロリポップの花束とキャラメルだ」
「それを手作りなさいましたの?」
「我が家のパティシエ、ああ、女性だからパティシエールか、彼女に作り方を教えてもらって」
「そうでしたか。今年は秘密なんですのね」
「当然だ。楽しみが減ってしまうだろう? もちろん、何の悪戯をするかもね」
にっと笑って堂々と言い切る。
郎女も楽しげな笑みを浮かべた。
「確かに。では、その時を楽しみに待ちましょう」
「ぜひ」
ハロウィンの話はそこで打ち切りにし、生徒会役員選挙やクリスマス、年明け手の行事に関しての説明を簡単に話す。
どうやら知りたいことはその辺りで充分賄えたようで、郎女は満足そうな笑みで頷く。
「ありがとうございました。知りたいことはそこまでですわ」
「お役に立てたのならよかった」
そこまで告げて、頷く。
「ええ。相良様がとても優しい方だということがよくわかりましたわ」
「……果たして、どうかな?」
郎女の言葉に私も笑う。
「それは……?」
「あなたと対峙しているのに、私の周囲に誰ひとりいないという状況をおかしいと思わなかったのですか?」
その一言に、郎女から笑顔が消える。
「私の友は、大変過保護な者が多くて、彼らが親しい相手だと判断しない限り、傍につき添うのが当たり前なのですよ」
「……わたくしを親しい相手だとは思ってらっしゃらないようですものね」
「そうですね。たった3回会った相手を親しいと思うかどうか、難しいところですね」
私の口調も変わったことに気付いたようだ。
表情を引き締め、こちらの様子を窺う。
真眼の巫女として能力を使っているのかどうかはわからない。
だが、結果は同じだ。
私は一切偽りを口にしてはいないのだから。
大巫女が先見を違えた相手であれば、己の能力も通用しないかもしれないという恐怖心が郎女にもあるだろう。
すべて真に聞こえるというのは、偽りを目にしてきた者には恐ろしいものなのだそうだ。
「では、彼らは何をなさっているのかしら?」
「知りません。私は友を信頼しているため、彼らがどう動こうとも気にしないことにしています。必要であれば教えてくれるだろうし、そのつもりがなければ、決して言わない。聞いても無駄だということですから」
「それでよろしいの?」
「構わないでしょう? 気にするようなことでしょうか。必要であれば、私も友の為に動くのだから、同じことです」
にこやかに笑えば、郎女は目を眇める。
「相良様は本心を隠すのは得意なようですわね」
「いいえ。私は嘘が苦手なので、本当のことしか口にしません」
言いたくないことは黙るけれど。
「私はどちらかというと優しいのではなく、残酷な性質だと思いますよ。切り捨てることに躊躇いを覚えることがまずないので」
「それは、諏訪様のことを仰っています?」
「いえ。彼のことも入るかもしれませんが、基本的にあまり他人に興味がないのかもしれません」
「……誉様も切り捨てると仰いますか?」
「状況による、とだけ、申し上げておきましょう」
笑顔で告げれば、郎女は深々と溜息を吐いた。
「あな……ッ!!」
何かを言いかけた郎女がびくりと肩を揺らし、後ろを振り向く。
一気に数名分の殺気を向けられれば、確かに驚くだろう。
疾風に颯希、千瑛と千景、それから橘もだけれど、何で諏訪までいるんだ?
ちなみに諏訪はサンルームの入り口ではなく、天上のガラス向こうに映る校舎を繋ぐ渡り廊下からこちらを見ている。
偶然見つけたという感じではあるが、近付く気はないようだ。
「そこまでだ」
薔薇の陰から姿を現した橘が低く告げる。
「誉様」
「もう用は済んだのだろう? これ以上は時間の無駄だ」
きっぱりと言い放つ橘に、機を逸したと悟ったらしい郎女は、淑やかに立ち上がる。
「相良様、お時間をいただきありがとうございました。またお会いいたしましょう、御機嫌よう」
それだけを紡ぎ、郎女は立ち去る。
橘に対し、言い訳することも取り繕うこともなしに何事もなかったかのように去っていく姿は見事としか言いようがない。
わざと悪役を演じているかのようにも見える。
「瑞姫?」
「ああ、何でもない。ちょっと考え事をしていただけだ」
「余裕だね」
苦笑する橘の傍をすり抜け、颯希が私の前に立つ。
「瑞姫様、大丈夫でしたか?」
「心配いらないよ、話しただけだ。彼女は私に何かをする気はないようだ」
「それならいいのですが……塩撒きたいです!」
拳を握ってぼやく颯希の頭を思わず撫でる。
「瑞姫様!!」
「ん。気持ちだけで充分だ。ホントに撒いたら、薔薇が痛んでしまう」
「むうっ! 口惜しいです!!」
「さて、帰ろうか」
そう声を掛けて、双子に視線を向ける。
少し硬い表情の千景と、にやりと笑う千瑛がほぼ同時に頷く。
そうして2人は軽く手を振ってその場から立ち去った。
「……任せてしまっても安心だとは思うんだけど、不安しか感じない場合もたまにあるんだよな」
郎女には言わなかった言葉を正直に呟いた。




