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 何とか無事に浴衣も縫い終わり、疾風たちと合流することになったのだが。

 やはり、そうだよな。

 こういう展開になるよな、絶対。

 目の前に広がる光景に、私はひどく納得した。


 本家の道場で組手の稽古。

 大叔父様の指導のもと、疾風と橘が組んで稽古に励んでいる。

 勿論私は組手禁止の身であるがゆえに、しきりの稽古だ。

 これは演舞とはかなり異なるものだ。しきりと呼ばれる範囲の中に演舞は含まれるのだが。

 流れるように舞うという表現が似つかわしい演舞と異なり、しきりの動きは荒々しい。

 まさに無骨という言葉が似合うだろう。

 ただし、蹴り技は禁止と言われたが。

 着地など、己の身に受ける衝撃を殺すように作られた演舞と異なり、しきりは跳躍の着地や蹴りの際に身体が受ける衝撃がかなり強い。

 右足を軸にしても、攻撃に使っても、受ける疲労は相当なものだろう。

 随分良くなったからといって調子に乗って無茶をしてはいけないと、大叔父様が仰ったのだ。

 日常生活の動きに身体が付いていくようになったけれども、それ以上の負荷が当然かかる武術で身の危険を考慮しなければならない組手やしきりはやはり上位者の判断が必要だろう。

 だが、しきりの許可が一部とはいえ下りたということは、かなり良くなったのだと嬉しくなる。

 今は体術だけだが、そのうち、得物での稽古が解禁される日もくるということだ。


「よし。休憩じゃ」

 大叔父様の声でふと我に返る。

 どうやら無心でやっていたようだ。

 じわりと額に汗がにじんでいる。

 疾風たちはと振り返れば、橘が畳に沈んでいた。

 まあ、実力差があるからな。

 疾風は汗ひとつかかずに平然としているが、稽古をつけてもらっていた橘は疲労困憊の様子だ。

 大叔父様は2人の様子を満足げに眺めている。

 元々、橘の実力がどれくらいあるのかは、大叔父様にとって問題ではない。

 相良や岡部のように守る者ではなく、橘は守られる者なのだから。

 それよりもどれほど真面目に取り組むか、が、問題なのだ。

 その点において、橘は及第点だろう。

 力量を測れる身でありながら、疾風相手に臆することなく挑んでいたからだ。

 自分より格段に強い相手に挑むのは、非常に胆力を要する。

 とても怖い相手と戦い続けるには体力、精神力共に常の数倍も削り取られるものだ。

 それをわかっていて己に強いるのは、やはり強くなりたいという気持ちが根底にあるからだろう。

 大叔父様の御眼鏡に適うのは、並大抵のことではないが、橘はそれをクリアしたということか。

「ひいさん、こっちゃ来」

 大叔父様に手招きされ、私はタオルを手にそちらへと向かう。

「お呼びですか?」

「うむ。後ろを向いて」

「……はい」

 師匠に背を向けるというのは、いささか気が引けるのだが、言われるまま背を向ければ、大叔父様の手が肩に触れる。

「ふむ。少し張りが残っておるの」

 腕を取られ、背筋を確かめられ、何かを探るような大叔父様の様子に大人しく待つ。

「重心もまずまずじゃの。八節から始めてみるかの?」

「よろしいのですか!?」

 思わず振り返って問いかける。

「素引きから始めさせろと怒るかと思うたが、ひいさんらしいの」

 くっくっくっくと肩を揺らして笑う大叔父様に、私は瞬きを繰り返す。

「え? 基礎から始めるのが当たり前だと思いますが」

「じゃから、ひいさんらしいと言うたわ! 初歩から始めよと言うたに、嬉しそうに笑うてござる」

「もちろん、嬉しいです!!」

 ここが道場でなければ、飛び跳ねていたくらいには。

「……岡部、はっせつって何?」

 ぐったりと畳に懐いていた橘が疾風に問いかける声が聞こえる。

「ああ、八節ってな、射法八節と言って、弓道の基本動作だ」

「弓道!? 瑞姫、弓道出来るの?」

「弓道だけじゃないぞ。一通り、基礎を学んでいるから、武道と呼ばれるモノはたいていできるはずだ。あとは本人の資質で向いているものを学ばせるという教育方針だし」

 のんびりと答える疾風に対し、橘は何故か起き上がって正座して聞いている。

 なぜ、正座? まあ、正座は基本姿勢の1つだし、できないよりはできたほうがいいが。

「で、ちなみに、瑞姫は何を学んだわけ?」

「んーっと、弓と鎖術、杖術、小太刀だな」

「そんなにっ!?」

「普通だろ?」

 そう言って疾風が私を見る。

「普通だよね。あと、太刀も扱えるな」

「こまかひいさんは、筋がいいからの」

 大叔父様にお褒めの言葉をいただいた。

 非常に珍しいけれど、嬉しい限り。

「……ちなみに、一番強いのはどなたでしょうか?」

 恐る恐ると橘が問う。

「お師匠様」

「大叔父様と柾兄上」

「こまかひいさんじゃの」

 三人三様の答えが出る。

 この場合、答えが被った大叔父様が一番ということか。

 だが、聞き捨てならない言葉が入っていたぞ。

「何故私なのでしょうか!? 一番の未熟者ですよ、私は!」

「ふむ。まず、機を見る目がいい。これだけは天性のモノじゃからのう、誰でもできるというわけにはいかん。それと、おんしは鎖術と小太刀がある」

「は……」

「鎖で相手の得物を封じて、間合いを殺して懐に飛び込む。そうして小太刀で掻き切る……機を見る目と度胸がなくてはできぬが、ひいさんはそれを容易くやる」

「つまり?」

「無謀なまでに大胆に行動できる、怖いもの知らずな胆力がないとできんわな。わっちには無理じゃ」

 溜息交じりに言われてしまった……。

「柾は、確かに強いの。あれは、己の不備を認めてはならんという思いがある。完璧でないと守られぬとな。じゃが、ひいさんは己が未熟じゃという思いが先にある。足らぬところは足せばよい。それが己の努力でもよいし、他力でもよい。そうして最後に完璧になればよい。ここが大きな違いじゃ。それに、あれは下に甘い。ひいさんになら討たれても構わぬと思うておるからの」

「……確かに」

「疾風! 認めちゃ駄目だから!」

「決して討たれるまいと思うひいさんと差があるの」

「なるほど」

「誉! 納得しない!!」

 どうして2人とも頷くんだ!?

 柾兄上は本当にお強いんだから! 私など、到底かなわないのに。

 思わずむくれると、橘に頬をつつかれた。

「瑞姫、栗鼠かハムスターのようだよ。可愛らしいけれど、初めて見たよ、そんな表情」

「瑞姫はブラコンだからなぁ。誰かが柾様にダメ出しすると不機嫌になるんだ」

「こげんこまか時から変わらんけんのう」

 大叔父様がご自分の膝丈くらいを示して言う。

「じゃけん、柾が甘うなる。愛らしかが、そろそろ卒業してもらわんと嫁の来てがなくなるがね」

「…………そこだけは、激しく同意いたします」

 八雲兄上はまだ猶予はあるけれど、そろそろ柾兄上もお嫁さんをもらっていただかないと。

 それよりも茉莉姉上と菊花姉上の嫁ぎ先の方が問題かも。

 意中の方がいても、外野がうるさいから黙っているという可能性もあるけれど。

「兄弟が多くて、仲が良いのは羨ましいね」

 ほんのりと微笑んだ橘が何気なく言う。

 ああ、そうか。橘は……。

「望む相手と家族になれるように努力すればいい」

 ぽつりとそう言ったのは疾風だった。

「岡部? ああ、そうだね」

 驚いたように疾風を見た橘が、ふわりと微笑む。

「だけど、俺も手を抜かないからな」

「いや、ハンデください」

「甘い!! 俺は、瑞姫以外は絶対に守らない。だから、ハンデなんかやらない」

「はあ……もう、わかったよ。受けて立てばいいんだろ」

 何の話をしているんだろう?

 というか、本当に仲が良いな、この2人は。

 微妙に疎外感を感じてしまうが、男同士の友情というものなら仕方がない。

「大叔父様、着替えて弓道場で八節してきます」

「おお。あとから見に行くけん、励んじょれ」

「はい」

 こういう場合は、頭を切り替えて、しなければならないことに専念するのがいいだろう。

 そう思って言い出せば、大叔父様がのんびりと頷いた。

「……筋肉痛になりそうだなぁ」

 道着を着替えるために歩き出しながら、ふと呟く。

 普段、鍛えていても、古武術と弓道とでは使う筋肉がやはり違う。

 あとできちんとケアしなければ。

 矢を使えるようになるまでは、相当時間が掛かるだろうし。

 それでも、思ったよりも早くに許可が下りたことが嬉しくて、頬が緩むのが隠せない。

 あとで柾兄上に報告しようと考えながら、部屋へと戻った。

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