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目を開けると、顔があった。
「………………」
驚きのあまりに、ちょっと硬直する。
いや、見慣れた顔でも、状況わからずに傍にあれば、誰でも驚くと思うよ?
ねえ、そうでしょ?
「目、覚めた……」
今にも泣き出しそうな表情をしていた疾風が、嬉しそうに笑って呟く。
ああ、心配していたのか。
私が目覚めないと思って。
申し訳ないという気持ちになって、手を伸ばし、疾風の頭にポンと乗せる。
そのままわしゃわしゃとかき混ぜるように撫でてみたら、目を細めて笑みを深くする。
嬉しいのか。
そうか、そんなに嬉しいのか。
で、ここ、どこ?
天井に視線を向け、ついでに周囲にも視線を走らせ、白い仕切りカーテンを見つける。
「保健室?」
「ん」
「疾風が運んでくれた?」
「ん」
私の手を頭に乗せたまま、こくこくと頷く疾風。
何故にこうも犬っぽいんだ。
とりあえず、黙っていれば極上イケメンなのに。
「それはすまなかったな。心配をかけた」
「瑞姫。痛むなら、ちゃんと痛いと言ってくれ。瑞姫の痛みは瑞姫にしかわからない。言ってもらえなければ、俺は何もできない」
「すまない。まだ大丈夫だと思ってたんだ。私の考えが甘かっただけだ。疾風は悪くない」
謝罪がてら頭を撫でてみたが、今度は浮上してくれない。
しまった。
心配かけ過ぎたか。
「今は、何時ごろ? 授業はどうなってる?」
「もう放課後。茉莉様から職員室へ連絡を入れてもらったから、大丈夫だ。そのまま帰っていいって」
「しまった。期末試験、もうすぐなのに……」
最近、テスト勉強が楽しくなっているのだ。
授業もそのせいか、面白くて仕方がない。
いっそのこと、資格試験マニアにでもなろうかと考える今日この頃だったりする。
「勉強より身体が大事だって」
じっとりと疾風が睨んでくる。
拗ねてるっぽい。
「ああ、うん。今日は大人しく休む。で? 茉莉姉上は?」
「巴が来て、外にいる」
「巴が? 病院で何かあったのかな?」
巴とは、岡部巴で岡部家の分家筋の女性で、茉莉姉上の随身、片腕となる人だ。
彼女も茉莉姉上と同じく医師免許を持っている。
普通、岡部家が相良本家に添えさせる随身は、同性の場合が多い。
特に相良の娘の場合、岡部の中でも最も優秀な人材を選りすぐって送り込む。
私と疾風の場合は、たまたま私と歳が近い岡部の娘がいなかったことと、同世代の少年の中で疾風が最も優秀だったことでこうなった。
随身が疾風でなかったなら、3つ下の疾風の弟の颯希が選ばれる予定になっていたらしい。
常に傍にいられるように、職業や資格も一緒になるよう定められているらしい。
「病院は何もない。瑞姫のストレスのことだ」
「……私の……」
う~ん。バレてるか。仕方ないな。
八雲も上の兄や姉には隠し事しないからな。
「瑞姫のストレス解消に何かいい方法がないかって、茉莉様が巴を呼びつけた」
「あちゃー……すまぬー巴!!」
後で巴に平謝りで謝っておこう。
女帝様の面倒を見てるだけでも大変なのに、私の件までとは申し訳なさすぎる。
「瑞姫の好きなこと言って。俺がストレス溜めすぎないようにちゃんとする」
むすくれた表情で疾風が言う。
そうか。
私が倒れると、世話をする疾風が岡部から何か言われる可能性があるんだ。
「んー……疾風、起き上がってもいい?」
「あ、うん。わかった。ちょっと待って」
何も知らない疾風は素直に私を起こしてくれる。
「背もたれあった方がいい? きつくないか?」
「大丈夫。疾風、ちょっとこっち」
「ん?」
世話を焼こうとする疾風を呼びつけ、頭を引き寄せ髪の毛に頬擦りする。
「柔らかくて気持ちいい。癒される」
ふわふわなくせ毛って憧れるよねー。
あと、モップ並に毛の長い犬とかもふっとしてて気持ち良さそうで。
「み、みずき……」
かちんこちんに固まった疾風を無視してもふりを心行くまで堪能する。
「ストレス解消、無事完了」
「え?」
瞬きを繰り返す疾風が何やら可愛らしい。
イケメンで可愛いとは何事ぞ。
「先にこうしておけばよかったんだ。悪かったな、疾風」
「い、いや。瑞姫の気が済むなら、別にかまわないけど……」
訳がわかってないらしい疾風は、挙動不審になりつつがくがくと頷く。
「じゃあ、帰ろう。ストレス解消法もわかったことだし、明日は買い物に付き合ってくれるか?」
「全然かまわないけど、何処に行くんだ?」
「………………どこに売ってるんだろう……クラフトショップか?」
誰か教えてください。
兎の毛玉って、この時期、どこで売ってるものなんでしょうか。
ネットか、知ってそうな人に後で聞こうと思い直し、とりあえず家に帰ることにした私であった。
何とか家に辿り着いた私を待っていたのは、またしても招待状であった。
「大伴様から夏の宴に誘われましてね、あちらの七海さまは大層瑞姫のファンでいらっしゃるから」
おっとりと仰ったのは招待状を持ってきたお祖母様だった。
大伴家の当主夫人である七海様は、お祖母様の年下の友人だ。
小さい頃から私を可愛がってくださった方だが、少々夢見がちな万年少女という愉快すぎる方だ。
それこそ幼稚舎あたりの幼い頃は私の壮大な光源氏計画を妄想し、紫の上設定の私を育てるお兄様はどなたでしょうとかうっとりして仰っていたが、近年それは別の計画へと挿げ変わった。
学び舎と私的の場では男装する私に、男装の麗人ね☆と最初に言い出し、お祖母様に対し、名前を芳子にするべきだったとか、背が高いから軍服もお似合いねとか仰って、別の世界に入られてしまった。
お幾つになられても少女めいて嫌味のない方なので、何を言われても笑って答えられるが、まさか大伴家のパーティに招かれるとは思わなかった。
「……ですが」
「ちょうど夏休みに開催される予定ですし、趣向を凝らしてあるので出席しても問題はないと思いますよ」
「お祖母様」
「面白い趣向ですよ。仮装するのですって」
「……コスプレですか?」
「え?」
きょとんと私を見上げるお祖母様の表情が可愛らしい。
「何ですか、そのこ、こす……」
「コスチュームプレイです。普段とは違う衣装を楽しむという意味ですよ」
「ええ、そのようですね」
意味が通じたお祖母様は、ゆったりと頷いて笑う。
「それで、お題はなんでしょう? ハロウィンには早すぎますし」
「お題?」
「ええ。仮装するにあたって、普通ならばどういう仮装をしましょうという方向性を決めるのが普通なんですよ。普段と違う衣装というのは、いろんなものがありますからね」
「そういうものなのかしら?」
「そういうものです」
「瑞姫はそのコスプレとやらに詳しいのね」
「いえ。それほどでも。若者の常識というモノです。以前、メイド喫茶なるものが流行りましたでしょう?」
「ああ、そういえば。不思議なものが流行するのですね、世の中というものは」
感心したように頷くお祖母様に、ちょっとばかり良心が痛む。
私がコスプレを知っているのは、その昔、薄い本の売り子をしていたからです。
現世の瑞姫は知る由もありません。
「七海さまはそのままでの仮装をと仰っていましたけれど、詳しく聞いてみましょうかね」
「ちょっと待ってください、お祖母様。七海さまは、そのままでの仮装と仰ったのですか?」
「ええ」
頷いたお祖母様は、私を見上げて微妙な笑顔になった。
「あらま。七海さまったらどうしても瑞姫をお呼びしたかったのね」
「普段通りの男装のまま来なさいっていう意味ですね、これは」
苦笑するほかない。
大伴家の夏の宴は、割と有名だ。
招かれることで家のステータスが決まると言われるほど、厳選して客を招く。
勿論、相良は毎年呼ばれている。
以前は私は幼すぎるということでお断りしていたが、今年からは出席しないといけないだろうとはお祖父様から聞いてはいた。
私が来やすいようにと、七海さまは趣向を凝らすという名目でコスプレを選ばれたのだろう。
「そのようよ。お友達も呼ぶようにと添えられてたもの、あなたの招待状だけ」
「あははははは……」
学生の交友関係まで詳しく調べるわけにもいかないから、そう書き加えてくださったのだろう。
「わかりました。その友人たちとお揃いになるよう、ちょっと考えてみます」
「目立たず地味に、でも華やかにね」
いたずらっぽく笑ったお祖母様の言葉に、私は巻き込む友人たちの顔を思い浮かべた。