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「もう一度、申し上げましょうか? ご自分の家を潰すような真似をなさった理由についてお聞かせくださいますか、と」

 ゆっくりと言葉を切り、問いかけると、大神の表情は間抜け面から眉間に皺を寄せて不快気なものに変わった。

「家を潰すなど、不可解なことを仰る」

「全く理解しておられないと?」

「何故、そんな話になるのですか?」

 表情を取り繕い、脳裏でシナリオを構築しているであろう大神に、菅家の双子がこれ見よがしに溜息を吐く。

 あまりの息の合い様に、流石双子だと意味のない感想を抱いてしまう。

「今の状況をご当主にお伝えしましょうか? 君が廃嫡で済めば、軽いものでしょうね」

「だから、何を!?」

「先程、疾風が言ったでしょう? この展示会を潰すつもりなのかと」

 淡々と告げれば、さすがに思い至ったのか、大神は黙り込む。

「悪戯半分の軽い気持ちでおられたようですが、これは私のための展示会などではありませんよ? 私個人なら展覧会でしょう? 『展示会』の意味を把握せずに来られたことこそ、いくつもの家と敵対した最大の原因といえるのですが」

「……何を」

 先程と同じ言葉を繰り返すが、今度は力ない声であった。

「先程来られていた御婦人方。彼女たちは何をしにここに来られたか、御存知ですか?」

「は? 展示会でしょう? 展示されているものを見に来たか、それらを注文するためじゃ」

「ここでは商談をいたしません。それに、あの方たちならいつでも花見月の商品を手に入れることができますし、欲しいものがあれば特注もできますよ」

 そう。御祖母様が招待状を出した方々だ。

 わざわざ足を運んでいただくのは別の要件のためだ。

 そのために職人たちを日替わりでこちらに常駐させている。

 彼女たちは自分が気に入った職人を見つけ、育てるために足を運んでくれたのだ。

 スポンサーやパトロンといった言葉を連想するだろうが、実際は少々異なるがそういったモノと思ってもらっても差し支えはないだろう。

 伝統の担い手を育てるのは、非常にお金がかかるのだから。

「それでは、何のために……」

「それがわからないのなら、潰されても仕方がありませんね。彼女たちが得意としているのは『噂』を操ること。君の生家である大神家は『悪しき噂』が打撃になる病院及び製薬会社を主体としていますよね? 彼女たちは、ほんの少し、囁けばいい。それだけで興味本位の『噂』が広まり、君の家は取り返しのつかない痛手を受けることになる」

「なっ!?」

「無知は罪だとよく言いますが、都合の良いこと以外を知ろうとしないことは悪以外の何物でもないと思いませんか?」

 そう問いかければ、大神は押し黙る。

 反論したくてもできないと気が付いたのか。

「君は、自分に都合の良い解釈をしたがるようです。君が描いた登場人物以外の方々も、この場におられるのですよ? その方々の思惑を潰せば、報復があるのは当然のことでは?」

 それでもまだ気が付いていないため、懇切丁寧に説明をして差し上げる。

「…………!」

 ようやく意味がわかったのか、大神は目を瞠り、息を呑みこむ。

「ここまで瑞姫ちゃんに説明してもらわないと理解できないなんて、学年次席なんて意味ないわね」

 くすりと千瑛が笑って告げる。

「御婦人方の件もありますが、もちろん、相良からの報復もありますよ。当然でしょう?」

 千瑛の言葉に反応しないように言葉を被せると、大神はこちらに視線を向ける。

「相良家主催の展示会です。顔に泥を塗るような真似をされたのですから、最低倍返しは当たり前のことです。相良が侮辱されたとなれば、岡部や阿蘇家も動きますよ」

「まさか、阿蘇……」

「縁戚なんです。知らないとは言わないでしょう? まあ、一番怒っていいのは私でしょうから、私個人からも報復措置に動いてもかまいませんよね?」

 にっこりと笑えば、大神は顔を引き攣らせた。

「まさか、仕掛けた本人が、相手からの反撃を考慮してないなんて仰いませんよね? 仕掛けるなら、当然反撃があると考えているはずです。例外はありません。自分はされないなんて都合の良いことあるわけないでしょう」

「……まさか……」

「まさか、何でしょう?」

 笑みを深くすれば、言葉を紡ぎかけていた大神はそのまま言葉を呑みこむ。

 本気で私が反撃するつもりだと思ったようだ。

 本当にするかどうかは別として、その言葉に踊らされて、何か起これば、私がしたことなのかと疑念を持ち、怯えることだろう。

 これは、瑞姫さんが得意としていた言葉遊びだ。

 言葉に隠したトリック、仕種、表情、その細かい動きで相手を惑わす。

 策を練ることを得意とする者の方がこういったことに引っ掛かりやすい。

「当然の権利でしょう? 『そんなつもりはなかった』なんて言葉は何の免罪符にもなりませんよ。君は、私の報復に耐えられますか?」

 ゆるやかに笑みの種類を変える。

「あら、楽しそう。菅原も参加させてもらうわよ」

「そうだね。僕らも大神に邪魔されたんだもんね。当然、権利はある」

 千瑛と千景も楽しげに言葉を挟む。

 その瞬間、大神はむっとした表情を浮かべ、そして消した。

「ああ、それから。在原様からも君がしでかしたことに対してのペナルティを要求すると思うよ」

 橘家の揉め事をこんなところで明らかにされたのだから、八つ当たりの対象にされるという意味でだが、そこは黙っておこう。

「在原家は商社だ。それこそ色んな物を取り扱っておられる。海外製の医療機器なんてものも、中にはあるよね」

「っ!?」

 大神家が欲しがっている最新式の医療機器を他の病院と契約して在庫を切らしてしまうとか、注文を掛けても取引先ではないと断るとか、些細なことだ。

「あの、諏訪家ですら、相良本家が直接動いていないというのに相当なダメージ受けてもんね。大神家はどこまで凌げるかしら?」

 にんまりと千瑛が笑う。

「楽しみ、でしょう? 大神紅蓮」

 実に楽しそうに告げる千瑛に私は思った。

 千瑛は小悪魔ではなく、大魔王だな、と。




 その後は疾風も参戦し、大神の精神状態は見るも無残な状況へと陥ったようだった。

 表面上はさほど変わらない。

 我々はそういう教育をされているのだから、表情を取り繕うというのはほぼ無意識に行える。

 中身はどうかというと、まあ、二度と会いたくないと思う状態だと思う。

 会場を去る時、大神は決して千瑛の方を見ようとはしなかったから。

 そんな状態になっても、去年の生徒会役員選挙で自分を陥れたのが千瑛だとは気付かなかったようだ。

 気付いたところで何もできないだろう。

 アレは多分、心が折れたという状態なのだろうから。

 このまま夏休みの間、何の接触もないことを祈ろう。




 時間が来たため、会場を後にする。

 少し買い物でもしないかと千瑛に誘われたので、疾風と千景も一緒に歩くことにした。


「……ところで。何やったの、千瑛?」

 周囲の人と程々の距離を取りつつ、千瑛に問う。

「ん?」

「あれだけの騒ぎ、誤魔化せないからね」

 背後から聞こえる喧騒を指さして言えば、千瑛は可愛らしく笑う。

「えへへへへ」

「誤魔化さない」

「やだなぁ、そんなこと」

「気付かない方が間抜けよねって言う千瑛さん?」

 どう見ても大捕り物の様相を示す背後の状況に、私も笑って見せる。

「……はあ……警察も何やってるんだか。たかだかアレ1人掴まえるくらいで」

 不満そうな表情を浮かべて千瑛が呟く。

「……アレ、ね」

 千瑛の言う『アレ』には心当たりがあった。

 今逃走中だという、『彼女』だ。

「諏訪のご隠居様と手を組んだのか?」

「頼まれちゃったのよねー。まあ、あの諏訪の御大に盛大に恩を売れるんだもの、乗らなきゃね」

「そうか。それで私を囮に使ったわけだ」

「いやあ! バレちゃしょうがない」

 てへっと作ったような笑いを浮かべて告げる千瑛に私どころか千景も疾風も胡乱な視線を向けている。

「だから、言っただろ。瑞姫にはすぐにばれるからって」

 呆れたような眼差しで、千景が姉に告げる。

「あら、でも。私だって、瑞姫ちゃんに害がないから乗ったのよ? どんなに無能でも掴まえられるって状況じゃなきゃ、応じないわよ」

「万が一にも害があるなら、僕が全力で千瑛を止めるよ。いくら姉でも、そこは許さないから」

「ちーちゃんってば、瑞姫ちゃんのこと、大好きだもんねー」

「当たり前だろ? 千瑛の暴走を笑って受け止められるほどの大物、瑞姫しかいないんだから」

「人を暴走機関車のように言わないでよ」

「事実だろ」

「……ちょっと、双子さんたち。微妙に脱線しないでくれるかな?」

 漫才のように矢継ぎ早の会話で論点をずらしていく双子に、釘をさす。

 こら、千瑛。舌打ちしない。

 千景も視線を逸らさない。

「つまり。御隠居様から千瑛に打診があったと理解していいんだね?」

「そうよ」

「展示会の情報を流して、ここに来るように仕向けたってわけだ。その情報を警察にリークした?」

「仰る通り。今日、何時頃に瑞姫ちゃんがここを通るかって情報をアレに伝わるようにして、どこに潜むかを向こうに教えてたの」

 ぷうっと頬を膨らませ、面白くなさそうに千瑛が説明する。

「大神紅蓮はイレギュラーだったから、ちょっと腹が立ったけど。まあ、時間通りに出れたから良しとするわ」

「それで? 糸を引いてたのはどの家だった?」

「……小野家よ。東條家を完全に潰すのが狙いだったようね」

 溜息交じりの千瑛の言葉に、少しばかり苛立ちを感じる。

「他家に潰してもらおうって魂胆か」

「表に出ちゃったら、本家ってことで自分の家も危ういことになっちゃうからでしょうね」

「ムシの好すぎる話だけどね、まあ、あそこまで相良に喧嘩吹っかけちゃってる東條家を自分の分家だとは言えないしね。自分たちが本家とバレないようにして潰すのが妥当だと思ったんだろう』

 双子たちがそう解説する。

「それはそれで、ムカつく話だな。疾風」

「ん?」

「悪戯してもいいぞ」

「……ん。了解!」

 今まで不機嫌そうだった疾風が晴れ晴れとした表情で頷く。

「あくまで、悪戯の範囲だからな」

「はいはい。丸裸にして潰す気はないから。せいぜい、株を暴落させるくらいに止めるさ」

「…………それって、本当に悪戯の範囲?」

 珍しく千景がこっそりこちらを見て問いかけて来たのが、妙に印象的だった。




 そのあと、千瑛とアーケード街で夏用の小物をいくつか選んで買って、満足したところで車を呼び、別れた。

 家に辿り着くと、ちょうど橘も戻ってきたところだった。

 傍には護衛を頼んでいた颯希の姿も見える。

「戻ってきたところだったのか、お帰り。誉」

「……瑞姫」

 声を掛ければ、振り返った橘が淡く微笑む。

「さっちゃん……じゃなかった、颯希。ありがとう」

「瑞姫様、任務無事に終了いたしました。差し迫った問題はありません」

「うん。颯希に頼んでよかった」

 根が真面目なさっちゃんは、こういった基本的な護衛を得意としている。

「後で報告にあがります。橘様をお部屋まで案内して戻りますので、瑞姫様もお部屋でお寛ぎくださいませ」

「わかった、頼むよ。誉も少し休むといい。夕食を一緒に摂ろう」

「そうするよ、ありがとう」

 穏やかに微笑んで頷いた橘は、視線を落として、そうして私を見た。

「瑞姫」

「ん?」

「父と在原様に会ったよ。ありがとう」

「……そうか。その話は、またあとで」

「ん」

 頷き合って、それぞれの棟へと向かう。

「瑞姫」

 疾風がそっと声を掛けてくる。

「……あれで、よかったのかな?」

 もう少し良い手があったかもしれない。

 手を打った後で、いつも考える。

「大丈夫だ。橘は笑ってただろ?」

「うん」

「あいつは、瑞姫の前では仮面を被らない。笑っていたなら、それが結果だ」

「……うん。ありがとう」

 疾風の言葉に、いくらかホッとしながら、家の中に入って行った。

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