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父様と御祖父様それぞれに進路の件を伝えたところ、あっさりと了承をいただけたのだが、何故か頭を撫でられた。
何故だろう?
兄姉にも母様から伝えられたようで、進路が決まったお祝いにと有名建築家の建築写真集と図面集が贈られた。
実に有難いプレゼントではある。1日中でも眺めていられるぐらいだが、目指しているものと方向性が全く異なるところが残念だ。
数十年どころか数百年かけても完成しない建物を作るつもりは全くない。
設計から完成まで3年以内で終わらせたいのだ。
本当に学びたいことが沢山ある。
目的があり、それを手にする手段を持ち合わせている私は、本当に恵まれていると思う。
だからこそ機会を無駄にしてはならないと自分に言い聞かせる毎日だ。
夏休みに入っての相良瑞姫としてのお仕事は、『展示会』であった。
『個展』ではなくて、『展示会』だ。
友禅デザイナーとしてのお仕事のひとつ。
祖母が主催として行っている『花見月』の作品展示会なのだ。
スケッチや下絵、それをもとに描いた着物と、私がデザインした絵に新人作家さんたちが色付けしたものを展示している。
招待状をお送りした方はもちろんのこと、一般客も気軽に来場できるようにと去年から計画していたものだ。
あくまで展示なので、商談はしない。
友禅の美しさを見ていただくことと、お気に入りの作家を見つけていただくことが今回の趣旨なのだとか。
そのため、会場には日替わりで私以外の作家たちが詰めることになっている。
私は毎日数時間ほど会場にいるように言われている。
作家たちとの交流はもちろん、来場してくださったお客様への挨拶などが目的だ。
私が未成年であるため、取材もお断りしている。
驚いたことに取材の申し込みがあったそうだ。
招待状以外の周知はしていなかったのだがと首を捻ったが、答えはすぐに見つかった。
招待状を送った相手が情報を流したのだ。
まあ、御祖母様が招待状をお送りするような相手であれば、それなりの地位の方であり、色々な伝手をお持ちであろう。
話のついでに零したことが、意外な方向へと流れて行ったというのが真相のようだった。
意外な方向というのは、時に厄介な方向でもあると知ったのもある意味、仕方がないことなのかもしれない。
展示の期間は5日間。
程々の長さだ。
ふと目についたからと、着物愛好家の方がふらりと立ち寄ってくださったりと、嬉しいこともあった。
実際に普段よく着物を着ていらっしゃる方のお話というのは、デザインする側にとって実に有難いものなのだ。
その方の好みもあるだろうが、流行りの柄というのもある程度わかるからだ。
今好まれている色使いや柄がわかれば、これからのデザインの参考になる。
伝統はとても大事だが、型にはまりすぎるというのも進歩がない。
臨機応変に対応していくことも時には重要ということだ。
それらを知る機会が与えられたというのは嬉しいものだ。
「瑞姫ちゃーん! 来ちゃった」
明るい声が響き、振り返れば、似たような顔が2つ並んでいた。
「千瑛、千景! 来てくれたの?」
「うん! 少しは着物の勉強でもして来いって」
肩をすくめて告げる千瑛に苦笑する千景。
これは、母君から言われたのだなと推測する。
「これ、全部手描きって、すごいよねぇ」
感心したような溜息交じりの声に、他の作家たちからも笑みが零れる。
「まあ、失敗は許されないから、根気と集中力がいるからね」
多少の失敗は修正できるけれど、それが集中力を欠く切っ掛けにもなってしまうので、やはりミスは恐ろしい。
完璧に、丁寧に、美しく仕上げることが、作家であり同時に職人でもある者たちの意地だ。
「ホントに大変よね」
仕上がるまでにどのぐらいの時間が掛かるのか想像した千瑛は、ウンザリしたような表情で呟く。
仕事と定めて行う者と、そうでない者の差だろう。
「何か気になるものがあれば聞いて? 説明するから」
「うん、ありがとう」
構われることを好まない千瑛には、自由に見るように勧める。
千景にも同じように声を掛けようと視線を向ければ、すでに気になるものを見つけたらしい彼は片手を挙げて指さす。
「あれはなに?」
原画と装丁された私の作品を上段に置き、その下にも装丁された作品が並べられているコーナーだ。
デザインはすべて原画と同じものだが、色彩はすべて異なる。
使われている技法も然り。
辛うじて同じ絵だとはわかるものの個性が際立つ作品群だ。
「ああ、あれね」
千景らしい着目に、笑みが零れる。
「花見月の入賞者の作品だよ。私が描いた下絵を写して着色したものを審査した結果、入賞した人たちの作品を展示しているんだ」
「瑞姫のが正解で、それに近い作品を入賞にしてるわけじゃないんだ?」
私の描いたものと、彼らの作品の違いを見比べながら、慎重な声音で問いかける。
「うん。見ているのは、個性と技量だからね。私の下絵をどう自分なりに表現するか、それが評価の基準になってるんだ」
「ふうん。まあ、色のバランスは重要だからあまりごちゃごちゃした色合いはないみたいだけど」
「色の濃淡やぼかしの技法がきちんと身についているかというところを見てるからね」
「ああ、そういうことか。友禅て聞くと、女性用の着物しか思い浮かばないし」
「まあ、確かに。男性用がないということはないけど、表現したい絵柄が女性向なものが多いかな」
その技法から華やかな色彩を使うことが多いため、女性用の着物のイメージが強いのは否めない。
ある意味、芸術作品として成り立ってしまうからだ。
「男性用は色目を抑えて少ない色の濃淡で仕上げることが多いしね、私の場合は」
「それはそれで渋くて格好良さそうだね」
「興味があるなら、今度、見てみるかい? うちにいくつか置いてあるから」
兄上達用に描いたものの、反物のまま仕立てていない物がいくつかあるのだ。
ちょっと派手だったり、イメージが合わなかったりしたものだとか。
「いいの?」
「構わないよ。千景が気に入ればいいけれど」
「ありがとう」
意外にも着物に興味を示した千景に少しばかり驚きながら承諾すれば、期待に満ちた視線が返ってきた。
気に入れば、仕立ててあげようと思いながら、千瑛に視線を移す。
ふと、視界の隅で何かが動いた。
惹かれるように振り返り、そうして見覚えのある姿を見つけ、そうして何事もなかったかのようにそこから視線を動かす。
何も見てない。
気付かなかった。
そう自分に言い聞かせ、千景を促し千瑛の方へ移動しようとした。
そうしてその時、背後から声を掛けられ、舌打ちしそうになった。
大丈夫。
舌打ちしてないから聞かれてない。
そう自分に言い聞かせたくなるほど、とりあえずは会いたくない相手がそこにいた。