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 色々とバタバタしているうちに夏休みに入った。

 周辺にあまりにも刑事事件が多すぎて少々うんざりしているのだが、そういったことを表に出すわけにもいかないので、普段通りに穏やかな表情で過ごしていたのだが、正直、夏休みに入って助かったと思ってしまった。

 情報入手先を当事者に求めようとする輩が割と多くて困ってしまったのだ。

 本来ならば手持ちの情報収集機関に任せるのが一番だが、今回の場合、情報規制が徹底しすぎて何も洩れず、それならと突撃してくる者が続出したのが原因だ。

 私に突撃してきた者たちは、もれなく千瑛と疾風の餌食になっていたが。

 さぞかし肝の冷える思いというものを存分に味わったことだろう。あれをきっと勇者と言うに違いない。

 私はそんな勇者にはなりたいと露程も思わないが。

 『自業自得だよね』と呟いた千景の表情が忘れられない。

 出来れば忘れ去りたいと思うほどに、色々な意味で怖かった。


 学校と言う時間的束縛から一時的に逃れられることは、学業以外に活動する者にとって実にありがたいことである。

 株を扱うものは年中無休的なものがあるのであまり変わらないだろうが、手に職を持つ者にとっては創作活動を確実に確保できるということだ。

 勿論、本分である学業を疎かにするつもりはないが、次を作れと常に言われているので作時間ができるというのは助かるのだ。

 それとは別に、そろそろ決めないといけないこともある。

 高校生活2年目の夏休みと言えば、進路だ。

 東雲学園に通う者の大半は、そのまま大学部へ進む。

 だが、その大学部に己が学びたいものが無ければ、当然のことながら別の大学を選ばなければならない。

 橘はデザインの基礎をきっちりと学びたいという理由で、デザイン科を持つ工芸大に進路を定めているようだ。

 どこの大学を受けるかまでは聞いていない。

 私もまた、東雲ではなく別の大学を選ぶつもりだ。

 そろそろそのことを疾風に告げなければならない。

 疾風は私の随身だから、出来るだけ進路も同じように揃えるべきだと誰もが考えているだろう。

 本来であれば、そうあるべきなのかもしれない。

 だけど、それだと疾風が進みたい道を絶つことになりかねない。

 私にも進みたい道がある。

 ならばどうするべきかと考えれば、話し合いをするしかないだろう。

 似たような道なら問題ない。

 違うようであれば、妥協点を探して歩み寄れるようにする。

 どちらも犠牲にならず、負い目を感じないように。理想論かもしれないが。

 全く違う学部なら、それら両方を持つ大学を選び、教養学科で一緒に授業を受けられるものを探すとか。

 同じ敷地内にいるのなら、その程度は許容範囲だと認めてもらえるかもしれないし。

 一度、話し合おう。

 自分が進みたい道を疾風に押し付けてしまい、彼の夢を潰すということがあってはならないと思うから。

 そう考えて、疾風と向き合う。

「疾風。進路のことなんだけど」

「うん? ああ、瑞姫と一緒でいいけど?」

「………………あのね。せめて、何をするか聞いてからにしてほしいな、同意するなら……」

 あまりにもあっさりとした答えに脱力する。

「瑞姫は理系だろ? 文系の大学に進みたいと言われる可能性はないと思ったし」

「それは、そうなんだけど」

「だったら、問題ない」

 そんなに簡単な答えでいいのだろうか。

「それで、どこを受けるつもりなんだ?」

 東雲を出るということを確信していたようだ。

「建築士になりたいから、工業大学を目指すつもりだ」

「…………そうきたか」

 雑誌を捲っていた疾風の手が止まる。

「八雲様と同じ大学かと思ってた」

「国立大なのは一緒だけれど、建築士を目指すなら工業大学の方がより環境がいいと思って」

「難易度上げたなー……理系最高峰か……」

 ぱたりと雑誌を閉じ、溜息を漏らす。

「だ、駄目かな?」

「いや。瑞姫の進みたいところに行けばいい。まあ、今の俺の成績でも何とか合格できるだろうし。もう少し順位を上げるか」

 ぼそりと呟く疾風の言葉に、やはり成績を誤魔化していたかと半眼になる。

 疾風も充分成績上位者だが、千瑛同様目立たない位置についている。

 あからさまに実力を見せているのは体育ぐらいなものだ。

 それとてかなり加減はしている。

 私の随身として、護衛の実力は十分持っているとわかる程度に見せているのだが、それだけでも追従を許さぬほどに男子の次席との差がある。

 まあ、四族が通う学校ゆえと言っておくべきか、武張った家系であっても今もなお武を鍛えている家はそう多くないのだ。

「だけど、いいのか?」

「何が?」

「皆と離れることになるぞ」

「進路が異なるのだから、仕方がないと思うよ。千瑛たちは医療系の進路を選ぶつもりだろうし、誉は工芸大に進むのは聞いたし。静稀だって語学を学ぶために外部の大学を選ぶつもりだ」

「まあ、そうだな」

「進む道が違ったから、会う時間が少なくなるのは当たり前のことだ。だからと言って自分の進路を変えることもおかしいだろう? それに、疎遠になったくらいで付き合いがなくなるなんてこともそうないだろうし」

 大学になれば今まで大目に見てもらっていた社交の場にも出席しなければならない。

 そういったところでも彼らに会うことはできるのだから、あまり気にはならない。

 そういう無関心ではないが、あまり他人に執着を見せないところが人としておかしいと、以前、見知らぬ人に言われたことがある。

 おかしいと言われても、人それぞれなのではないかと思ってしまうので、根本的なところが相手とは相容れなかったのかもしれない。

 結局、どういう相手でどんな顔をしていたのかすら覚えていないのだから。

「瑞姫は、そうだな。一度懐に入れた相手は絶対的な信用を置くからな」

「それが友だろう?」

「まあな。とにかく、建築士の進路の件は承知した。御館様も反対はなされないだろう」

 勝手に結論付けた疾風が頷く。

「疾風はいいのか? 岡部の方は」

「岡部は土木が主体だ。建築士ならむしろ喜ばれるぞ」

「そ、そうか……」

 そういえば、そうだった。

 疾風の兄上たちは全く違う方面の仕事についているので、まったく気にしていなかったけれど、岡部の本体は建設業だった。

 それで誰も建設業系の職に就いていないと気にしていないのがすごいな。

 だが、岡部の方でも問題にはならないのならよかった。

「当面、進路は理系に進むということだけ公表して、東雲を出ることは隠しておけよ」

 少しばかり顔を顰めた疾風がそう告げる。

「そのつもりだけれど。何故?」

「東雲進学するやつで、おまえが出ると聞いたら大騒ぎするやつが何人かいるからな」

「そう?」

 友人、知人と呼べる人の中で、そのくらいのことで大騒ぎするような人物には心当たりがない。

 首を傾げれば、疾風は深々と溜息を吐いた。

「誰だろう?」

「うん。そのまま、気付かなくていいから」

「そうか?」

「そうだ」

 力強く頷かれたので、そうなのかとそれ以上考えることを放棄する。

「疾風に問題がないのなら、父様に進路を伝えようと思うがいいか?」

「ああ。俺には問題ない。それで、瑞姫は、建築士になって何を造りたいんだ?」

「病院とか、公共施設だね」

「……病院……」

 微妙な表情になった疾風が黙り込む。

「どんな人でも使いやすい建物を作りたい」

「そうか」

 それ以上の言葉はなかったが、私の考えていることは大体伝わったようだった。

 名前など、どうでもいい。

 ただ、人の役に立つ仕事をしたい。

 直接人と触れ合うことではなく、ひっそりと目立たずに。

 兄や姉とは異なる方法で。

 それが今の私の望みだ。


 そのことを伝えるために、父に時間を作ってもらえるよう母に頼みに行った。

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