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ふと気が付けば、いつもの青い空間にいた。
目の覚めるような青。
これは海と空の、どちらの青なのだろうか。
まあ、この際、どちらでも構わない。
瑞姫さんが居るこの場所が暗く、寂しい場所でさえなければ。
いつものソファへ目をやれば、瑞姫さんの姿がどこにも見当たらない。
そのことに私は驚いた。
瑞姫さんが、ここにいない。
何故!?
それだけで、不安に心が揺れる。
だが、次の瞬間、あるものを目にして落ち着いた。
小さなベッドだ。
それが一般的な大きさなのだと聞いて驚いた、シングルベッド。
今は洋館にベッドで暮らしているが、以前は母屋で敷布団だった私にはあまり馴染のない大きさだ。
やたらと頑丈な武将の家系というのは、色々と一般的なサイズからははみ出てしまうことが多いのだと姉上に諭されたことがある。
あまり可愛らしいモノというものに興味を持たなかった私と違って、小さくて可愛らしいモノが大好きであった菊花姉上は色々と諦めねばならないことが多く、一時期、とても絶望したらしい。
笑い話になっているが、艶冶な美女である菊花姉上と可愛らしいモノは、今の時点でも意外性のある組み合わせなので、彼女の好みは主に自分ではなく周囲に向けられている、そう、八雲兄上あたりとか、私とかにだが。
可愛らしい小さなベッドに憧れていた姉上は、己の身長という越えられないモノに阻まれ断念せざるを得なかった。
その、姉上憧れのベッドがここにある。
ベッドの主は瑞姫さんだった。
深い眠りについている瑞姫さんは、私が近付いても気付かずに穏やかな表情のままだ。
その寝顔に、よかった、と、思う。
瑞姫さんにはとても申し訳ないことをしていることは承知している。
罪悪感など抱いてはいけないほどに。
本来ならば眠りについていなければならないはずの彼女を引き留めたのは、私の我儘だ。
それを笑って赦してくれる彼女に、私は何度救われたことか。
だからこそ、次に眠りにつくと彼女が言ったとき、私は心細さを我慢しても見送らなければいけないと思う。
間違えてはいけない。
瑞姫さんを失うということではないのだから。
自分にそう言い聞かせたところで、ふと気が付く。
眠っている瑞姫さんを見たのは初めてだということに。
こうやって見ると、やはり私よりも年上に見える。
蘇芳兄上と同じくらいだろうか。
蘇芳兄上よりも落ち着いて見えるけれど、柾兄上ほどではない。
菊花姉上も蘇芳兄上より落ち着いて見えるので、蘇芳兄上か菊花姉上くらいだろうと思う。
茉莉姉上よりも年上かという点では、判断に困るところだ。
何せ、相手は女帝様だ。
見た目も中身も……いや、何でもない。
迂闊なことは言わぬ方が身のためだ。
その辺りまで年上に見える瑞姫さんは、普段、私の負担にならないように軽やかに振る舞っているのかもしれない。
多分、いや、きっとそうだ。
私よりも私らしく振舞ってきた彼女のことだ、そのぐらいのことは容易くやってのけるだろう。
私が瑞姫さんにしてあげられることはほとんどない。
今は、この眠りを守ることぐらいだろう。
そう思って、上掛けを掛け直そうと伸ばした手が瑞姫さんに触れる。
その途端、色々な映像や記憶が私に流れ込んできた。
見たこともない景色。
似ているようでまったく異なる常識。
これは……。
驚いて手をひっこめると、流れ込んできたものが途絶える。
四族が存在しない世界……これは、瑞姫さんの記憶なのか。
もし、そうなら。
何てことだ。
よく、ここで独りきり、耐えられたものだ。
似ているからこそ、その些細な差異にものすごく違和感を感じる。
それゆえ感じる孤独というものに、よくも耐えられたものだと思う。
そうか。
これが、瑞姫さんが眠りたい理由の1つでもあるんだな。
私は瑞姫さんから離れた。
「……ごめんなさい。ありがとう」
気付けば、私は深々と瑞姫さんに頭を下げていた。
言える言葉は、この2つしか思い浮かばない。
これ以上の言葉は見つからない。
周囲の景色が薄れていき、気付けば私はソファの上で横になっていた。
転寝をしていたと疾風に見つかれば、間違いなく怒られる。
ソファから立ち上がり、伸びをしつつ窓際に立つ。
東條凛が捕縛されてから今日で3日目。
そろそろ証拠が固まり、正式に逮捕されるらしい。
聞くところによると、あの東條凛が抜け殻のように大人しくなっているそうだ。
てっきりいつものように理解不能な言葉を声高に叫んでいるのかと思っていたが。
罪をきちんと償うことを願うだけだ。
本来の『東條凛』の意識を押し潰した『罪』を。
東條家当主夫妻については、色々と驚くべき真相が浮かび上がってきているそうだ。
それについても裏付け捜査がなされ、容疑が固まったら立件という流れになるらしい。
こちらも早く片付くことを願うのみだ。
そう言えば、今日は諏訪の誕生日パーティの日だったな。
今頃、当主交代でも発表しているのだろうか。
ご隠居の企みというか、償いの一部については、ようやく尻尾を掴めたが、全体像はまだ把握できていない。
尻尾から見るに、かなり壮大な計画のようだ。
傑物と言われるだけあって普通ではない。
おそらくこれならば、うちの親族も納得するだろう。
正確に言えば、納得せざるを得ない内容を用意された、だ。
これを出される前に咬みつかなければならないというわけか。
御祖父様とご隠居は友人同士のはずだが、咬みついても大丈夫なのだろうかと心配になってしまう。
どちらかというと、あの事件が起こった時に、すでに納得済みのような気もするが。
「……ん?」
何やら、屋敷内の気配がおかしい。
慌ただしいという感じだ。
何か、あったのか?
様子を確かめようと扉に向かえば、タイミングよく疾風がやってくる。
「瑞姫」
「……何があった?」
「諏訪のパーティでひと悶着あった」
簡潔すぎる答えだな、疾風。
「律子夫人がお気に入りにしていた偽物デザイナーが乱入して、諏訪伊織を刺した。その伊織を庇って、父親の斗織氏も重傷を負ったそうだ。救急車で病院に運ばれている」
「……それで?」
「犯人は取り押さえられて、律子夫人も錯乱して病院へ運ばれている。御大は無事だ」
「そうか」
私はひとつ頷いた。
「瑞姫?」
「今はまだ動く気はない。情報が足りないからな」
怪訝そうに首を傾げる疾風にそう答える。
だが、大体の想像がついていた。
斗織様の復讐が結実するときが来たのだろうと。




