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 試験結果が発表されるまでの数日間、通常授業に戻り、いつも通りの学園生活を送る。

 そう。表面上はいつも通りの生活だ。

 相も変わらず東條凛は、周囲にとって不可解な行動を取っている。

 千瑛によると、昼休みや放課後に、校内のあちらこちら、特に特別棟辺りをうろついて、『誰もいないって何でーっ!?』と叫んでいる姿を目撃されているということだ。

 本当にわけがわからない人だ。


(瑞姫、あれはね。ゲームのパラ上げ及びフラグ立て行動だよ)

 その理由を教えてくれたのは、やはり瑞姫さんだ。

 だが、言っている意味がさっぱりわからない。

 パラ上げはパラメータを上げるという意味だということは辛うじてわかったが、フラグ立てというのも謎だ。

(親密度を上げて、イベントを起こすために、攻略キャラがいる場所に行って、会話をするというのが、ゲームの主要行動なんだ)

 瑞姫さんが書いていてくれたゲームの内容をまとめたノートにも確かにイベントについて書かれていたっけ。

 イベントを起こすために、キャラに会う。

(未だに現実だとわかっていないようだな)

 なんて残念と、冷ややかに笑う気配がする。

 攻略キャラが特定の場所で昼休みや放課後を過ごしているところに偶然を装って遭遇……何というか、三文芝居にも劣るとはこのことだろうか。

 大衆芸能に対して失礼な言葉だと思うが、まあ、あまりにも稚拙な行動だと傍目に映ることだろう。

 第一、特別棟は授業以外では特に用がないので、昼休みや放課後にわざわざ足を運ぶことはない。

(ああ、部活なんて、あってなきがごとしな学校だからねー)

 苦笑しながら呟く瑞姫さん。

 そう、一応、部活動はあるが、特に所属して何かをしようとする生徒は少ない。

 四族であれば、放課後は殆ど御稽古事に通う者が多いので、学校に遅くまで残るという考えはほとんどない。

 つまり、部活動に所属している生徒というのは、圧倒的に外部生が多いのだ。

 そうしてたまに、何かに秀でている内部生が、乞われて部活に所属するということがある。

 疾風がいい例だ。もう、部活はやめてしまったけれど。


 図書室でいつものように委員の仕事をしていると、視界に安倍彬の姿が映る。

 また、ノートにものすごい勢いで何やら書き込んでいる。

 数ページ書き込んだ後、ふと手を止め、ノートを前に繰り、読み返している。

 何度も読み返し、何やらうっとりした様子だ。

 姉も妙だが、妹も奇行に走っている。

 迷惑を被らないという点では、妹の方が常識的だと思えるが、やはり近付きたい相手ではないようだ。

 だが、一体何をしているんだろう?

(……何となく、何書いているのか、わかったような気がする……)

 ものすごく微妙な声音で瑞姫さんが呟いた。

 わかったんですか!? すごいです!

(いや、何となくだけど。やっぱり残念な子だけど、姉に比べてその残念さが一部に激しく共感を呼べる分だけ、マシかなぁ?)

 残念なんですか。

 でも、共感呼べるんですか?

 わからない。

(瑞姫には、わからないと思うよ。私は、まだ理解できるけれど)

 私にはわからなくて、瑞姫さんには理解できる?

 経験の差とかいうやつだろうか。

(経験、といえば、確かに経験だろうけど。まぁ、瑞姫が考えている経験とは違うものだよね)

 やっぱりよくわからない。

 だが、彼女も瑞姫さんや東條凛と同じくゲームの記憶を持っている人なのだろうか。

(……そこは、ね。まだ、わからない。だけど、今の時点で接触してきてないとなると、可能性は低いよね)

 その言葉に私は納得する。

 こういった『記憶持ち』と呼ばれる人たちの行動パターンは二極すると瑞姫さんのノートに書かれていたからだ。

 自分が知る未来、所謂シナリオをそっくりそのまま踏襲して攻略? を行わなければ気が済まない人やフラグを叩き折ることに専念するという人と、攻略キャラと呼ばれる人たちとの接触を極端に厭い、遭遇することを避け、目立たなく生きようとする人に分かれるらしい。

 東條凛は前者であり、今の時点で安倍彬はそのどちらでもなかった。

 何故なら、安倍彬は自分から私の名前を訊ねてきたからだ。

 瑞姫さんに言わせると、攻略キャラよりもライバルキャラの方が面倒臭いので、さらに接触しようとは思わないらしい。

 つまり、ある程度、名前や顔が知られている私に、見る限り常識人である安倍彬が名を訊ねるなど愚を犯すような真似はしないだろうということだ。

 今のところ、安倍彬がゲームについて知っている可能性は、低いだろう。

 だが問題は、安倍彬が、所謂本物の『東條凛』の可能性があるということだ。

 戸籍上、東條凛と安倍彬の歳の差は8ヶ月と記されていた。

 これは安倍瞳の戸籍で確認している。

 東條凛が実子であるとすれば、安倍彬は確実に早産であり、安倍瞳は産み月近くで駆け落ちしたということになる。

 婚姻届は、東條凛が生まれる2ヶ月前となっていたのだから。

 この仮説は、絶対に無理ではないが、かなり難しいと思う。

 死亡した女性の赤ん坊を引き取ることにし、出生日と両親の欄に虚偽を記載したという方が納得しやすい。

 出生届というやつは、うっかりミスで事実と異なることを書きこんでしまう書類の代表格ともいえるらしい。

 実際、疾風の弟の颯希は、女の子として届け出をして、その1週間後に書類申請の為に戸籍を取って、その間違いに気付いて慌てて訂正してもらったという逸話がある。

 可哀想に、さっちゃんは幼い頃に散々その話を聞かされて、トラウマになってしまったらしく、女の子に間違えられると箍が外れてしまうのだ。

 小さい頃は本当に可愛らしかったので、からかわれては怒って大暴れしていた。

 いや、それはどうでもいいが。

 意外とこういうものは虚偽がバレにくいことがあるらしい。

 届け出をした子供との親子関係を証明するためにDNA鑑定結果を提出するというようなことは一切ないのだから。

 だが、もし。

 もしも、東條凛が、己がゲームの主人公である『東條凛』でなかったと知ったら、どうなるのだろうか。

 ゲームでないとしたら、どんなに不満でもこれから先、『東條凛』として生きていかねばならない。

 今まで生きてきた安倍凛の意識を乗っ取った責任を負わねばならないのだ。

 厭きた、不満だと思っても、やり直しができない世界は、彼女にとってつらく厳しい世界になることだろう。

 これも仮定の話だが。




 閉室の時間になっても、安倍彬はノートに向かって何やら書きつけている。

 実に熱心なことだ。

 だが、規則がある限り、閉室の時間は守ってもらわねばならない。

 私が言わねばならないのか。

 深々と溜息を吐き、安倍彬の傍に立つ。

「……失礼、安倍の姫。時間が来たので、退出していただけないだろうか?」

「えっ!? もうそんな時間っ!! あ、相良先輩!!」

 今日は声を掛けただけで気が付いてもらえた。

 これは、喜ぶべきだろうか。

「御機嫌よう。何やら熱心に励んでおられたようだが……」

 規則は守ってくれと言おうとした瞬間、安倍彬は全開に笑った後、勢いよく立ち上がる。

「御機嫌ようって言うんですね!! さすが、王子様です!! あ。学園七騎士って呼ばれているんでしたっけ?」

「……一体、誰のことだろう?」

 本人に向かって言われているわけではないので、非公式だ。

 無論、認めるわけがない。

「私は王子でも騎士でもない。ただの生徒だ」

「ああ。そっかー! そうですね。本人に向かってそんなこと、普通、言いませんよね。失礼しました」

 1人で納得した安倍彬は、ぺこりと頭を下げる。

「いや」

「相良先輩は、乙ゲーって、知ってます? 私、中学の時に友達に教えてもらって始めたんですけれど」

「は?」

 にじり寄るように迫ってくる安倍彬に、半歩下がって距離を取る。

「すごく面白いんですっ! あんな恋愛が出来るなんて……って思って。実際はそんなにうまくいかないんですけど」

 にこにこと上機嫌で、しかも勢いと迫力を持って訴えてくる。

「それで、私、思ったんです。実際の恋愛はそう簡単にできないけれど、お話は書けるんじゃないかって!! ゲームのシナリオは難しいかもしれないけれど、頑張れば小説家にはなれるんじゃないかって思ったんです!!」

「そ、そう……?」

 にじり寄る安倍彬に、私は思わずさらに距離を取る。

「父や伯父の勧めでこの学園に来て良かったです! 話のネタになりそうな素敵な先輩が沢山いるんですもの」

 ノートを抱きしめ、じたじたと足を踏み鳴らして告げる安倍彬に、図書室では静かにするよう告げるかどうか迷う。

 多分、言っても、聞こえないだろう。

 完全に自分の世界に入っている。

(あはははははっ!! やっぱりそうかーっ!!)

 私の内側では瑞姫さんが大笑いしている。

 この展開を予想していたような笑いっぷりだ。

「特に相良先輩が秀逸です! もう、滾りますっ!! 皆が憧れる学園七騎士の1人で筆頭であり、高貴で優雅な物腰の王子様! でも実は、繊細可憐な乙女って、もう、もうっ!!」

 総毛立つというか、何というか。

 鳥肌立ちました。

 思いっきり距離を取り、得体のしれない存在となってしまった少女を眺める。

 そうか、これが『ドン引き』というやつか。

 言葉は知っていたけれど、実際に理解するに至ったのは、これが初めてだろう。

 確かに無意識に距離を取りたくなるな、これは。

 姉の東條凛とはまた違った方向で、理解不能だ。

 これが『残念』の意味か。

 姉よりも顔立ちが引き立っている分、その『残念』さ加減が際立つ。

 人に迷惑をかけない分、姉よりもましだろうが、巻き込まれた者は精神的負荷が半端ないような気がする。

 さて、どうしたものか。

 退出させたいが、正直言って、声を掛けたくない。

 困ったなと思ったところに、人影が差した。

 私を追い越すような形で安倍彬の前に立つ背。

「……君、1年生だね? 図書室では静かにするというのは、小学生でも知っていると思うけれど?」

 そう声を掛けたのは、同じ学年でやはり図書委員の男子生徒だった。

「え? あれ?」

 我に返った安倍彬は周囲の様子をきょろきょろと見渡して確かめる。

「すでに閉室の時間だ。他の生徒は立ち去った。君も出て行ってくれないか?」

 きっぱりとした口調で扉を示す。

「す、すみません~っ!!」

 大慌てで荷物を纏め、安倍彬は走り出す。

「走らないっ!!」

「ごめんなさいっ!!」

 怒られて、反射的に謝罪したものの図書室を走り去る。

「………………何なんだ、一体……」

 忌々しげに呟かれた一言に、私は大きく頷く。

「まったくだ」

「災難でしたね、相良さん」

「すまない。手間を取らせてしまった」

「いえ。彼女には、苦情というほどでもないですが、少しばかり色々と声が上がっていたので、気を付けていたのですが。相良さんにお知らせしなければならなかったところを伝えそびれていた僕にも手落ちがありました。申し訳ありません」

「いや。間に入ってもらえて助かった。ありがとう」

 彼は、確か、外部生だったな。

 それほど親しくはないが、ここではよく見かける顔なので、相当な本好きであることは間違いない。

「もう少し、早く間に入ればよかったと……」

「君はカウンターの当番だったから。だが、本当に助かったよ、佐藤君」

「次からは僕が注意に回りますので、相良さんは彼女に声を掛けなくても大丈夫です」

「重ね重ね、申し訳ない。ありがとう」

「いえ。まぁ、実際、彼女の言い分も多少はわかりますけれど。だからといって、あれは、ないでしょう」

 私にはわからなかった彼女の言い分は、彼にはわかるのか。

 だが、『ない』と断言されてしまったぞ、安倍彬。

「そうか、ないのか」

「趣味は自分の中だけで抑えておくものであって、人にあのように告げるものではないでしょう。自分の思い込みや理想を人に押し付けるのは、褒められた行為ではありませんし」

「……申し訳ないと思ったが、鳥肌が立った」

「普通の反応ですから、それ」

「……そうなのか」

 今日は何だか色々と学んだような気がする。

「もう、時間ですし、相良さんはこのまま退出してください。後片付けは、僕が当番ですから」

「しかし、手伝うくらいはすべきだろう?」

「大丈夫です。いつも、当番でない時も、後片付けされているんですから、多少は」

「厚意に甘えさせてもらおう。ありがと」

 実際、もう、気力があまり残っていない。

 ここは彼の厚意に甘えて後をお願いすることにした。


 本当に、穏やかな時間を過ごしたいものだと、そう思いながら、図書室を後にし、廊下を歩いていたら、迎えに来てくれたらしい疾風と遭遇する。

「瑞姫? どうした? 顔色が悪いぞ」

 私の顔を見た疾風が、足早に近づいてくる。

「気分が悪くなったのか? それとも、傷が痛むのか?」

 熱を測るように私の額に右手を当て、左手は頬に添えられる。

「いや、大丈夫だ。ちょっと、精神的な衝撃を受けただけで……」

「……何があった?」

 声をひそめた疾風は、かがみこんで私の目を覗き込む。

 その直後、どさりと何かが落ちる音がした。

「ん?」

 2人揃ってそちらの方へ顔を向けると、目を瞠り、顔色を変えた諏訪がいた。

「………………」

 暫く、何事かと思って諏訪を眺めていたが、何故だか泣きそうな表情を浮かべた諏訪が、落とした鞄を拾い上げ、そのまま踵を返して立ち去った。

「…………何だろう、あれ?」

「さあ?」

 何だか今日は、意味がわからない行動を取る人物が多すぎて、精神的疲労を感じてしまった。

「早く帰ろう。今日は何だか疲れてしまった」

「そうか、わかった。もう、車も来ている。このまま帰るか」

 疾風が頷き、添えられた手が離れる。

 そうして2人並んで、いつものように下校した。

次回は、ムーン様の方の連載を更新いたしますので、少し時間が空きます。

なるべく早く仕上げようとは思いますが。少々お待たせいたします。

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