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 期末試験が始まった。

 1学期の成績が、これで確定する大事な試験だ。

 手を抜くなど、私の辞書には存在しない。

 絶対に負けられないのだ。

 自分自身にもだが、諏訪にもだ。


 本来、諏訪のスペックは私と比べようもないほど高い。

 かなり突出した能力の持ち主なのだ、本当に。

 だが、その能力を十全に出し切ることなく阻んでいるのが、本人の性格だ。

 こればかりは本人が自覚しないとどうしようもないのだが、そこに付け込ませてもらっているというのが事実だ。

 自分より格上の相手と対等以上に渡りあうのであれば、それなりに戦略が必要だ。

 相手の欠点、弱点に付け込むのは当然の戦法だ。

 卑怯だとか姑息だとか言える立場ではない。

 勝てば官軍なのだ。

 今は、力で捻じ伏せたように魅せる必要があるのだ。

 そうでなければ、周囲を抑えることができなくなる。

 私は弱い。

 しかし、弱いことを周囲に悟られてはならない立場にいる。

 だからこそ、誰もが強いと思っている相手を余裕で捻じ伏せているように見せ、周囲を魅了しなければ生き残れないのだ。


(本当に面倒臭い世界だな。でもまあ、瑞姫はよくやっていると思うよ)

 私の中で瑞姫さんが告げる。

 格上の者を捻じ伏せるには気力体力を根こそぎ削る。

 私では務まらないと何度も思ったが、とりあえずのところは皆、騙されてくれているらしい。

(大丈夫だって。演技がバレている相手は、瑞姫の事を守りたがっている人ばかりだからねー)

 のんびりとした口調で話す人に、私は困惑する。


 本当は、その人たちを騙さないといけないのでは?


 兄姉だったり、大切な友人だったり。

 過保護すぎる人たちだから、大丈夫だと見せなければいけないのに。


(いいんだよ。多少隙がある方が、あの人たちも安心するんだから。瑞姫に隙がなくなったら、かえってあの人たちは警戒するよ?)


 そういうものなのだろうか?


(そうそう。無理をしていないと安心させるために、ボケてなさい)


 ボケ……それはいくらなんでもひどいのでは。

 がっくりと肩を落としたくなるような一言に、私は空を仰ぐ。

(あ。そーだっ! あの東條凛は、課題提出クリアしたわけ?)

 興味津々といった様子で、瑞姫さんが聞いてくる。

 課題提出はしたようだけれど、クリアはしていないというのが事実だ。

 しかしながら、期末テストを受けさせないというわけにもいかないので、一旦、これで終了ということになったらしい。

 ここで学校側の思惑が透けて見える。

 理事会側の東條凛を復学させろという圧力に屈したように見せかけて、期末試験を受けてもらい、規則に法って退学せしめるというわけだ。

 授業を受けていない東條凛が50位以内に入ることはありえないとの判断が働いているのだろう。

 普通に考えれば、確かにそうだ。

 そうして、これ以上は理事会側の思惑に従うことは学園運営に支障をきたすので出来ないと判断を下したのだろう。

 千瑛の情報によれば、近々株主総会で理事の入れ替えが提案されるらしい。

 随分と根回しが進んでいるとのことだった。

 私の記憶を表面に浮き上がらせるようにして、瑞姫さんに事の次第を伝える。

(なるほどねぇ……そして、総会前に決定打を打つわけだ)

 私の記憶を読み取った瑞姫さんが、ひとりごちる。

 にやりと笑うような気配がした。

 学園側の思惑と、現理事会の思惑を察したのだろう。

(それはそうと、疾風たちは遅いねー)

 のんびりとした声音に戻って、瑞姫さんが呟く。

 今、私がいるのは教室だ。

 試験期間ということで、生徒たちは早々に帰宅しているので、教室内には私一人しかいない。

 疾風は在原と職員室に行っている。

 期末試験で試験科目に入っていない授業の課題を提出しに行っているのだ。

 東雲ならではの特別科目である礼儀作法や芸術鑑賞等の授業は課題提出で単位をもらうことになっている。

 内部生にとっては、単位をもらうためだけの簡単な課題だが、外部生にとっては非常に難しい課題らしい。

 なので、この課題はグループ課題となっている。

 レポート形式でまとめて、それぞれの班で提出するという内容だ。

 班長が課題を提出することになっているので、疾風と在原が一緒に提出しに行ったのだ。

 私にここで待つようにと言い残して。


「んーっ!! さすがに、退屈になってきたなぁ」

 大きく伸びをして呟いたその時だった。

 廊下で人の気配がした。

 馴染んだそれではない。

 そうして、聴こえてきた言葉に驚いた。

「期末試験、油断してたら痛い目に合うんだから気を付けてね☆」

 きゃぴりとした甲高い声が驚きの内容を告げる。

 気配は2つ、声は1人。

(うっわー! イタい。痛すぎる)

 厭そうな声が私の内側から響く。

 耳に馴染んではないが、記憶にはある声。

 おそらく、東條凛の声だ。


 よくもまあ、ここまで自信たっぷりに言えるものだな。


 それが、私の正直な感想だった。

 授業も受けずに、主席発言とも取れることを口にするとは、すごい自信だ。


(あー……瑞姫、あれね。シナリオのセリフなんだわ)

 瑞姫さんが、呆れ果てたような声音で告げる。


 は?


(実力試験で上位に入って、中間試験でTOP10に入った場合、期末試験でのイベントフラグ立ての3択でね、諏訪伊織の興味を引くセリフなんだよ)

 苦笑も出ないといったような乾いた声で、ぼそりと紡ぐ言葉に私は驚く。


 中間で、TOP10……受けてないのに?

 いや、あれ、最下位のALL0点扱いだったはずでは?

 状況が状況だけに、当たり前だけれど、東雲初の珍事に教員が大慌てしていたのは記憶に新しい。

 そもそも、瑞姫さんの言った条件には全く当て嵌まっていないと思うのだが。


(あそこまでイタいといっそ清々しい気分にもなるよね、道化すぎて)

 何というか、彼女は状況把握という言葉を知っているのだろうかという気になってくる。

(現実とゲームの区別が未だについていないなんて、残念の一言じゃもう片付けられないよね)

 まったくもってその通りです。

 自分が置かれた立場というか、状況というものを冷静に判断しようという気がないのだろうか。

 外部生は基本的に寄付金というものがないが、その代わりに優秀な成績を修めることが必須条件だ。

 試験結果の上位50位以内というのは、内部生の保護者たちが支払う馬鹿高い寄付金を彼ら、外部生が使うための理由のようなモノだ。

 優秀な人材育成のため、彼らが東雲学園でかかる費用の一部負担が内部生の家から出る寄付金で賄っているのだ。

 東條凛は葉族だが、外部生である。

 実際、試験には合格できない成績だったらしいが、寄付金積んだ上に理事会の後押しを受けて無理やり合格した。

 だがしかし、学籍を置く以上は東雲の規則に従わねばならない。

 つまり、外部生として、上位50位以内に入り続けなければならないわけだ。

 実力試験で前代未聞のすべて赤点の最下位を叩き出した後、中間試験は出席せずの最下位。

 今回、50位に入らなければ、自動的に退学だ。

 そのことをわかっているのだろうか、果たして。

(わかってないと思うよー。というか、諏訪、いるのにまるっと無視してるね)

 くくっと笑いながら瑞姫さんが言う。

 確かに。

 気配はするが、声がするのは東條凛だけで、もうひとりは全くの無言だ。

 諏訪は彼女の存在を認めていないということなのだろう。

 もう少し、体裁というものを考えろと大神が言って聞かせ続けるほど、諏訪は好き嫌いが激しい。

 今は随分改善されつつあるようだが、それでも嫌いな女性に対する態度は酷いものだ。

 今度、諏訪の当主になるのだから、愛想というものを学ぶべきではないのだろうか。

(……瑞姫が言えば、多少は改善されると思うけれど? 主に、瑞姫に対して)

 私に対して改善されても困るのだが。

 一般的に他人に対して、それなりに対応できるようにならないと。

 そう思っていた時だった。


 賑々しく1人で喋っていた東條凛の声音が一段と高くなる。

「あっそーだっ!! 大伴家のパーティ! 私、パートナーになってあげるね」

 どうだ、嬉しいだろうと言いたげな口調で爆弾が落とされた。

(うっわー……上から目線。パートナー申し込みの仕方が逆じゃないか。最悪すぎる……)

 目の前に瑞姫さんが居たら、おそらく掌で目を覆っていたことだろう。

 そんなリアクションが想像できるような声だった。


 大伴家のパーティって……もしかして?


 瑞姫さんの記憶の中にあったそれを思い浮かべ、私は呟く。

 東條家はもちろんだが、諏訪家も出入り禁止になったやつじゃ……多分、そうだったはずだ。


(ああ、うん。そう。東條家は無期限で禁止。諏訪家も当分はという形で招かないことを通告してたね)

 七海さま、あの騒ぎを相当お怒りだったし。

 そう告げる瑞姫さんの声音は胡乱な響きを含んでいる。

 まさかと思うけれど。

(この分じゃ、シナリオ通りに出席できると思い込んでるよねぇ。分家が起こしたことは、本家が責任取るのが筋だってこと、理解してないし)

 そこは一般人だったから仕方がないかもしれないけれど、普通、出入り禁止になっていることくらい、当主が伝えているべきではないだろうか?


「諏訪家は、大伴家の夏のパーティに招待されていない。東條家の人間は、一切、大伴家の敷地内に立ち入ることを禁じられている。そんなことも知らずによく莫迦なことが言えたな」

 冷ややかな声が耳を打つ。

 諏訪の声だ。

 こんな声も出せるのかと、感心するほど低く冷たい声だ。

「え?」

「大伴家のパーティにおまえを誘う者など、何処をどう捜しても現れることはない。いや、どの家のパーティでも東條を招く者はいないだろう。諏訪も然り。犯罪者を出した家の末路はそんなものだ」

「え? 犯罪!?」

 きょとんとした声だ。

 とても父親を殺された子の反応ではない。

 分家に父を殺されたというのに、犯罪者を出した家と言われて己の家を思い浮かべることができないのも奇妙な反応だ。

 やはり、現実とゲームの区別がついていないのかもしれない。

「伊織君!? ちょっとー!! ねえ、待ってよ!!」

 遠ざかる諏訪の気配と、慌てたように追いかける東條凛の声。


 気配が消えて、溜息が出た。


 ここはゲームの世界なんかではない。

 私にとっての現実だ。

 その現実を遊び感覚で過ごす彼女の態度にむっとしてしまう。

 随分と迷惑を被ったことだし、そろそろ態度をはっきりさせた方がいいかもしれない。

 ようやく戻ってきた疾風と合流して、家に向かいながら、私はそう考え始めていた。

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