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106(相良八雲視点)

相良八雲視点




 相良八雲、そう名付けられて20年が経つ。

 生まれてから数年間、そう、物心がつくかつかない頃まで僕は相良家の末っ子だった。

 末っ子という存在が、女の子ならまだしも、男だとものすごく理不尽な扱いを受けるのだと気付いたとき、その理不尽を強いる次兄が仮想敵となった。

 体力も知力もまだ敵わないが、絶対に負かしてやろうと思える存在が、僕という人間を変えた。

 それと同時に、自分の下の兄弟がほしくなった。

 できれば、女の子。

 男は鬱陶しいから嫌だと蘇芳を見て思っていた。


「八雲、クリスマスプレゼントは何が欲しいの?」

 3歳のクリスマス前に母がそう尋ねてきた。

 クリスマスプレゼントは両親からもらうもの。

 サンタクロースからはカードが贈られる。

 それが、僕のクリスマスのイメージだ。

 この時ばかりは遠慮なくプレゼントをねだってもいい。

 だから、この時、何もわからずに僕は素直に欲しいものを口にした。

「妹がほしい」

「八雲? あのね……」

「弟はいらない。妹がいい」

 僕のお願いは兄と姉もその場で賛同した。

 戸惑う母を余所に父までもが多いに頷いた。

 あの晴れやかなまでに嬉しそうな笑顔は未だかつて見たことがない。

「そうだな、妹、欲しいよな」

 この笑顔の意味に気付いたのは、割と最近のことだ。

 相良の男は、『嫁命、子煩悩』がDNAに細かく刻みこまれているようだ。

「あのね、八雲。赤ちゃんは神様のプレゼントだから、いつもらえるのかも、男の子か、女の子かもわからないの」

 実に困ったような表情で母が僕を諭す。

「……妹がいい」

 普段は聞き分けがいいと言われる僕だが、この時ばかりは我儘を押し通した。

 蘇芳のような弟はいらない。

 茉莉や菊花のような妹もできれば避けたいところだが、それでも蘇芳よりはマシだ。

 姉たちは、蘇芳よりも僕に対しての方が手加減してくれることは知っている。


 このクリスマスプレゼントは年を大きく越した5歳の春間近に贈られた。




 病院のベッドで身を起こした母の腕の中に、白い布に包まれた小さな小さな何か。

「八雲、あなたの妹よ。大切にしてね」

 ベッドの傍にあった椅子によじ登り、母の傍に近付けば、そう言って腕の中のものを見せてくれる。

 覗き込んだ僕は、何度も瞬きを繰り返した。

「……赤ちゃん。すごく小さいね」

 街中で見かけたことがある赤ん坊よりもはるかに小さい。

「そうね。生まれたばかりだからね。いっぱい眠って、いっぱいミルクを飲んだら、大きくなるのよ」

「ミルク……僕があげてもいいの?」

 動物園のふれあい広場で子ヤギにミルクを飲ませるという体験を脳裏に思い浮かべ、そう尋ねる。

 僕が何を考えていたのかがわかったのか、微妙な表情になった母は、穏やかな笑みを作る。

「そうね、もう少し大きくなってからね。たくさん飲めるようになるまで、ほんの少しだけ待ってあげて」

「うん」

 母の言葉に頷いた僕は、どうしても気になっていたモノに手を伸ばす。

「手もちっちゃいけど、爪もちっちゃい」

 どこか作り物めいたその小ささに驚きながら突いてみると、しっかりと握りしめられていた手が開き、僕の指を握った。

 思っていたよりも強い力。

 温かい。

「お母さん! 僕のゆびを握ったよ!」

「そうね。お兄ちゃん、よろしくねっていうごあいさつね」

「僕、お兄ちゃん?」

「そうよ。八雲はこの子のお兄ちゃんなの」

 柔らかく微笑む母と、僕の指を握ったまま眠り続ける小さな小さな妹。

 自分が、この子の兄なのだという自覚が生まれたのは、多分、この時だった。




 瑞姫と名付けられた妹は、実に可愛らしかった。

 何をするにも僕の後をついて来て、手を差し伸べて無邪気に笑う。

 何でも僕の真似をしようとする。

 こんなに可愛い生物がこの世の中に存在するとは思わなかった。

「みずき、おにーちゃんって言ってみて?」

「だーあっ? あー!」

「おにーちゃんだよ、みずき」

「あーっ!!」

 ご機嫌に手をぶんぶんと振って笑う小さな瑞姫に家族中が夢中になった。

「八雲~っ!! もうそろそろお父さんにも瑞姫を貸してくれないかなー?」

「みずきのお世話は僕がするの!」

「あーう」

「お父さん、起きてる瑞姫となかなか会えないんだし」

 はっきり言って、この時の父ほど情けない姿をさらしたことはなかっただろう。

 今でこそ、相良の次期様と一目置かれているが、僕が幼い頃の父は、それこそ子供に構いたがる子煩悩という言葉だけでは表現が足りないようなデレ甘な姿を見せていた。

「八雲、ちょっとだけ!!」

「そこまでにしてください、父さん。八雲も。瑞姫と一緒にお昼寝の時間だろ?」

 間に入って諭すのは、長兄の柾だ。

 中等部にあがった柾は、慣れた様子で僕を小脇に抱え、瑞姫を抱き上げる。

「だぁー?」

 こてんと首を傾げた瑞姫が柾を見上げる。

「おひるね、だよ、瑞姫。ねむねむしよう」

「あーっ! あーっ!!」

 お昼寝の意味がわかった瑞姫は、僕の頭をぽんぽんと叩く。

「そうだね、お昼寝だ。瑞姫は賢いな」

「あーっ!」

 得意げに笑った瑞姫は、何度も何度も僕の頭をぽんぽんと叩く。

 どうやら皆が、瑞姫を寝かしつける時に背中なんかをぽんぽんと叩いてあやしていたため、その仕種を覚えてしまったらしい。

 何度もその仕種を見せていた妹は、ことんと柾の肩口に倒れ込む。

「う~ん……眠れとあやす方が先に眠るとは……瑞姫は間違いなくうちの家系だな」

 苦笑した柾がお昼寝用に敷いてあった小さな布団の上にそっと瑞姫と僕を下す。

「眠っちゃったね」

「瑞姫は眠るのが仕事だからな。おまえも瑞姫と一緒に眠ってろ。ここにいるから」

 そう言われては仕方がない。

 もぞもぞと布団の中にもぐりこみ、隣で眠る瑞姫を眺める。

 お日様の香りがするふかふかな布団の中で、妹の顔を眺めながらいつの間にか僕も眠っていた。




 小さな小さな僕の妹。

 大切に見守ってきた。

 誰よりも大切だからこそ、大事に見守ってきた。

 必要なときには手を貸して、何事も起こらぬように先回りして。

 そうして、いつものように瑞姫に喜んでもらえるようなことを考えていた僕は、病院にすぐに来いと呼びつけられて愕然とした。


「覚悟? 何の覚悟をしろと仰るんですか、先生?」

 事件に巻き込まれ、重態に陥ったと聞かされ、感情が凍りついた。

 打てる手はすべて打った。

 あとは瑞姫の生きる気力がすべてだと言われ、浮かんだ感情は怒りだった。

 茶番を繰り広げる諏訪夫人。

 己の子供に死ねとは、よく言うと笑みがこぼれる。

 ああ、己の子供ではなかったか。

 諏訪家の嫡男を自分の道具としか認識していない出来の悪い策略家気取り。


 瑞姫を傷つけた罪は重い。

 相手が誰であろうとも、決して赦しはしない。

 それが兄弟の総意だった。

 だから、僕は事の次第をつぶさに調べ尽くした。

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